第二十話 河西の歓談
それにしても楽しい。縦横無尽に動きまわる機敏さ、さっきまでの消沈していた姿など何処にも見当たらない。
私の会社にもこれ程の躍動感があれば、もっと良い作品を世に出せるのだろうな。
ピザの香りに群がる、美女たち。
午後一番の会場入りとなれば、大した物など口にしてはいまい。
こんな時、男は何とも無神経だ。女性の腹部のラインは、その時々で微妙に趣を変えてしまうもの。
勝算は己の自己管理だとの信念が、彼女たちを支えてもいる。空腹にも耐えていたはず。
繰り返そう。実にタイムリーな演出だ。
人としての気配りは最大級と言っても良い。喜べ河西よ。うちの社の行動評価にも反映するかも知れないぞ。
『やだーっ、審査員だったんですね、マジでえ?』
『最初っから言っておいてくださいよお!、やだあ、わたし!』
『わたしも、スタッフさんかと思ってタメ口きいちゃったあ。』
『控室でもいましたよねえ。もう、信じらんないーっ!』
『河西さんてスパイみたいですね。超カッコイイ!。相手の情報とかを、小型カメラで撮るんですよね、どこにあるんですか?、もしかしてこのスタジオに、仕込んでるってこともありますう?、だったら、着替えなんかもおーっ、ヤッダー!、見てたんですか!』
『・・・・』
河西さえ、撃沈されかねないか。その会話にふさわしい応対の“ノウハウ”は、残念ながらここには皆無だ。
『えっと、君はさっき終わってたよね。どうだった?、面接』
ピザを片手に河西が、素人美女対象のインタビューを始めた。
『あのう、何で審査員の方って、“おじさん”ばかりなんですか?。今までのどこの会場も、みんないやらしい目つきで見るんです。なんか、嫌だなあ。河西さんみたいな方ばかりだと、素敵だなって思います。そう思いませんかぁ・・』
色仕掛けだ、河西よ。その娘はお前の投じる一票が欲しいのだ。気をつけろ。
3秒以上も目を合わせたら最期、石のように固まってしまうぞ!。
しかしどうだ。これ程の美女を前に、毒を吐けるのか?。お前は。
『あのさ、おじさん達って結構バカに出来ないんだよ。そりゃ、いやらしい目つきは君以外の子も感じているだろうけどさ。あれはね、職業病なんだ。解かる?』
『職業病・・?、って、言われても解かんない!。だって、舐めるように見てるんですよ、特に胸の当たりなんて』
『そこだよ、そこ。舐めないとダメなの、しっかりと上から下までね。俺だって舐めてるよ、君のことも随分』
『やだあーっ、河西さんってそんな人なのお、まるでおじさんみたいなこと言ってる!』
・・。河西よ、おじさんを代表して言う。その娘を黙らせてくれ、どうにも耳に障る。
その鼻にかかった物言いでは、台詞どころではない。せいぜいグラビアの表紙を飾れるくらいのレベルだ。
『じゃあ訊くけど。あのおじさん達にあって、俺に無いモノって何だろう?』
『はーい、加齢臭でーす』
『なるほどそうだ、はは・・・正解。もっと、あるんじゃないかな!、そこの君』
『んーっ、やっぱり・・、いやらしさかな。おじさん特有のねっとりとした、鳥肌の立つような・・』
『ビンゴ!。そうなんだよ、そのいやらしさこそがおじさん達の武器なんだ!。解かる?』
『武器って・・?』
美女たちの反応が途絶えた。音信不通のほんの、数秒間。私の理性は回復出来た。
『・・・。全然、解かんないです。それって、超スケベってことでしょ!』
『そうですよ、スケベが武器なんて、イヤだーっ、そんなの、わたし!』
『んーーっ、あのさ、どう言っていいのかな。つまり、あのおじさん達って俺より数倍長く生きて来たんだ。俺の数倍、女性を見て来た訳。しかも、この業界って言ったら、世間に無い位いの女性と関わって来たはずさ。その女性たちときたら、そう、君たちのように超可愛い人ばっかでさ。つまり目利きだよ、目利き!』
ありがとう、河西。おじさんの唯一の正当性を披露してくれたのだな。
『・・。そうか、あの、いやらしさって、特別なんですね。“職業病”か・・』
『舐めるって、そう言うことなんですね・・。』
『ゴメンナサイ!、わたし、河西さんもただのいやらしい男って、勘違いしてた!』
目利きか。上手いこと言いやがる。むろん容姿だけでは無い、内面のことだ。どれほどの輝きを放つ事が出来るのか、民衆を魅了することが可能か。
あのおじさん達も、伊達にあの席に座っているのでは無いのさ。
河西の前に陣取った美女たちが、一応にうなずいていた。
ピザの放つ香りは、その力は、万国共通らしい。
しかし西日本代表の娘たちは、相変わらず険しい表情が解けない。
ピザもそこそこだったに違いないさ。緊張が最優先に立つ。
『君、沖縄からだよね。北谷の宮城さやかさんでしょ!、19歳。大丈夫?、顔色悪いけど』
『はい、少し緊張しているだけです。ありがとうございます』
『もうすぐ楽になるさ!、リラックスしようよ。折角、君可愛いんだからさ、もっと笑顔で!、ねっ』
『は、はい!。頑張ります!』
魔法の言葉も操れるのか、お前は・・・。
河西の一言で、他の娘たちも幾分リラックス出来たようだ。
硬くなったままで迎える10分間の与えられた時間は、さぞかし苦痛だものな。
オーディション経験を持たない娘にとっては、なおさら未知の領域だ。頭が真っ白になって、自分の名前さえおぼつかない者も出る。
緊張を解くには、このピザ作戦は正解だった。
一方、東日本代表にとっては不満とも思えるだろうな。“えーっ、もっと早く食べたかったのにいーっ”てな具合だろう。
そもそも奴の仕掛けた事だ。奴が、その不満をかぶればいいだけの事なのだ。
『あの・・、ひとつ訊いていいですか?。遅刻は減点対象になるんでしょうか?』
ん・・?。彼女は最後に会場入りした、・・、そう、広島からの娘だ。
『それは心配ないよ、遅刻じゃないもの。君は時間内に会場に入ったんだからさ。少し、皆より遅かっただけさ。ねっ、菊池カナさん!』
『えっ?、ああ・・、よかった、よかった・・。ありがとうございました』
心得ている。河西は相当、気配り上手だ。
この場において、名前を覚えてもらった本人としては、何より心強いはず。
そんな気配りがあるのなら、“暴言”を取り消すことも出来ただろうに・・・。
それにしても、気弱そうな娘ではないか。今にも泣き出しそうな顔。しかも、他の応募者と比べても見栄えも少々貧相だ。とにかく、明るさが無い。
どうした中・四国。この程度のレベルで、代表を送り込んだのか?
『菊池さんさ、今日、泣いただろう?。それもけっこうな時間。そんな顔してるぜ』
その娘に向けて、河西が唐突に言葉を向けた。どうした、気になることがあるのか?。
『あ、いいえ、そんなこと、ないです・・・』
『何があったのかは知らないけど、笑っていればいいんだよ。君の一番の魅力は“控えめな微笑”でしょ!。俺にも見せてよ、その素敵な“控えめ”ってやつをさ!』
臆面もなく、女性の心の内に触れ始めた。もちろん芝居だろう。奴に純粋に女性を思う気持など、あってたまるものか。
しかし奴の気配りに、菊池とやらの表情が未だ冴えない。遅刻の件が相当効いているのか。
いずれにしろ、そんな言い訳など通用しない。彼女の実力を問うまでだ。
僅か数分で、すでに河西の面談は済んだようだ。
あとは、スポットライトを浴びて彼女たちがどう映えるかだ。
果たしてこの中にいるのか?、化ける逸材は。
あの席に鎮座するおじさん連中の目を唸らせる、美女は。




