第十七話 オーディション開始
異例の代理人、河西 拓。仕方ないさ、私は依然体調不良で自宅療養中の身だ。
そもそも“オーディション”なんてお稽古ごとには付き合いきれないさ。
若い女のケツを眺めながら、値札を付けていく。何と滑稽な姿であろうか。結果、私にとっても好都合と言うもの。
河西の感性を信じよう。奴の類稀な映画人の直感を、その実力とやらを見せてもらおうじゃないか。
最終審査の行われる都内の某スタジオ。
関係者と生き残りをかけた“美女”たちの熱気で、やや、殺気立っている。
その中で唯一、普段着の無礼者U・K代表、いや、代表代役の河西だ。
ネクタイなど無用の長物。奴のポケットには、ハンカチすら収まってはいないだろう。
名刺を僅か程度、所持しているので精一杯だ。
昨日の私からの忠告、“名刺だけは忘れるな”その言葉に反応した河西が、苦笑い。
『はは、3枚しか持ってないや』
今更どうってことないか。気に入らない奴などに見せる義理も無い。
安売りだけはするな。お前はこの植木の代理人だ。嫌気たっぷりに立ってろ。そして気難しい出来る男のオーラを放っていろ。
言うだけ野暮か、勿論、お前の得意分野だろうけどな・・。開始時間までには、まだ、一時間以上の余裕がある。
“美女”たちの緊張感は、したたかなその笑顔の裏の野心は、控室で既に戦いの最中だろう。
オーディションとは、受ける側が脚光を浴びればいいと言うのもでもないのだ。
審査員としての力量。それは、発言力や的を得たジャッジ。そして曖昧な画策に、どう物言いが出来るか。
既に某事務所による裏工作も、この業界には相変わらず蔓延っているはず。
今回の募集に関しても、“素人娘”を前提にはしているが、いやはや、そうすんなりと許される筈がない事は、関係者たちも薄々は感じ取っているだろうさ。
ただ一人を除けばな・・。河西の評価が、真価が問われる。
先細りの元凶を、垣間見ることにならなければいいが。
奴の性質からすると、必ず“暴言”は用意されているはず。どのタイミングで、それを披露してくれるのだろうか。
心配事など山ほどある。いいさ、お前に託したんだ。思いつく事を連発してやれ!。月並みの言葉で場を白けさすことだけは、するなよな。
核心をついた殺し文句のひとつも、飛ばしてやれ。
物見遊山では無い、真剣勝負だ!。油断するな、相手の見せかけの“可愛さ”などに、尻尾を振る事だけはするな。
彼女たちは、全国レベルの強者だぞ。男の気を引く術など幾らでも隠し持ってる。
たとえお前が女嫌いであったとしても。ステージに身を晒すその個体には、特別な目を向けてしまうのだ。
つい、彼女たちに夢を託してしまう。そんなずるい男心が、判断を鈍らせる。
街角で女の娘に声を掛けてしまう興味とは、遥かに次元が異なるのだ。いいか、お前の目の前の女体はあくまでも役者だ、女では無い!。
決してお前などを愛してはくれない。くれぐれも客観的に、“仕事”をこなしてくれればいいのだ。
時間を持て余しているのか、河西の行動が怪しい。
さっき、控室で美女たちと談笑したかと思えば、玄関脇で誰かを待つようにじっと立ってる。
まるで、暇つぶしを気取ってるかのように、車の流れを見つめている。
最終審査に残った18名のうち、17名が控室で待機している。
さて、最後の一人はどうした・・・?。
スタッフの一人が、たまらず大きな声を上げた。
『えー、菊池カナがまだのようです。中四国代表の菊池が、まだ到着してません!』
『菊池カナ・・。たしか、広島ですよね。でも、昨日から都内入ってるんと違うの?』
司会役のお笑い芸人のGが割り込む。
『彼女のケータイ判るんだろ!。呼べよ、ダメならはずしちゃえよ』
G企画の、村上の部下の的場だ、大きな図体からは想像できない、かん高い声。
良い判断だ。この場で一時間前に集まれない娘なら、用は無い。
中途半端な気構えを持って来てもらっても、審査の邪魔にしかならないからな。残念だ。
『全員揃ってはいませんが、今の17名で始めようと思います。中四国代表の菊池カナ辞退と言う事で始めます』
スタジオ内にアナウンスが響いた。それがいい。主催者側としてもそんな女は願い下げだろう。
『的場さん、集合時間は何時と説明してるんですか?、書面では』
ついさっきまで玄関先にいた河西が、的場に尋ねた。
『ああ、13時30分までには、と、案内してるぜ、通知にはよ』
『まだ10分ありますよ、それっておかしくないですか?』
『あのなお前さ、普通はね一時間前が常識なの。皆な早くからイメージ作ってんのよ、集中してんの』
『だってほらここ、13時30分って書いてますよ、ここ』
『判ってるよ、いちいちお前さ、何なの』
『遅刻ではないです。今時点では。勿論、本人の辞退の申し出もない訳だし、これでダメ出しするのなら5分前に到着したとすれば、彼女怒るでしょうね!。“だって遅刻なんてしてないもん”って』
河西の徐々に迫るいやらしさ、しかし、奴の言い分も正論だ。
非常識だけでは失格には出来ないからな。逆に、主催者側が訴えられてしまうかもしれない。
『あのなあ、この時間に来ない奴は、大抵来ないの!。最近の娘はさ、いちいち連絡なんて無いんだよ、今頃都内で観光気分にでも浸ってるさ、どうせ』
『へえ、そんなもんなんだ・・』
どうした、大人しいじゃないかもっと反論はないのか?。小道具屋の嫌味は、ここでは通用しないのか。
そうして、突然玄関に向けて走り出す河西の背中に、的場が叫んだ。
『何処行くんだ!、お前、審査員だろ!』
『俺、彼女に連絡します!。都内見物はどうだって』
そして彼女に向けて発信した。3コール目で、彼女の声が届いた。
『もしもし・・、あっ!』
慌てた彼女の声と同時に、玄関前に停まったタクシーの中の彼女の声が、“シンクロ”していた。
時間間際ではあったが、到着出来たのだ。13時25分。
書面では文句なく、十分な時間に違いない。
『ごめんなさい、遅くなりました、ごめんなさい!』
今にも泣き出しそうな声。何があったのかは今は関係の無い事。さっさと会場へと入ってしまえ。
数分後には、君は丸裸にされているさ。
『全員揃いました!。10分後に入ります。お願いします!』
スタッフの挨拶で、スタジオ内全体が縮こまる。当然、当該者である18名の胸の鼓動も、激しさを増し始める。
夢の舞台への切符は、一名分しか用意されて無い事は、彼女たちも知ってる。
それにしても、自信満々の顔つき。当たり前だ。激戦区を駆け抜けて、なお、生き残った“超素人集団”だ。今すぐにでも雑誌の表紙を飾っても良い位の、レベルの高さだ。
さて、本番の幕が開く。期待しようじゃないか。
ところで、河西の姿が審査員席に見当たらない。何をしている、緊張の余りトイレにでも駆け込んだか。既に、皆したり顔で席に着いていると言うのに。
『U・Kの河西さん!。至急、審査員席へ、至急お願いします』
スタッフもやはりイラついている。河西の行動は何処でもそうだ。皆を、そうさせてしまう。挙げ句、人間性さえも疑いたくなってしまうほどだ。
それが奴の持ち味なのだ。そして最大の武器とも言える。
『すみません!、お待たせしました。河西、只今、着席しました!』
ははん・・、緊張どころか、妙に楽しそうじゃないか。
決まってこう言う時の奴は、何かを隠し持ってる。さて、今回は何を仕入れたのだ?。




