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第十四話 映画への情熱

『俺が指示しましたけど、何か・・?』


得意の冷めた口調で髪を掻き上げながら、不敵に河西が小西に歩み寄った。


『何か・・じゃねえよ!、お前!、誰がカセット置けと言ったよ!。台本にもあるだろが、CDだよ、CD!。頭おかしいんじゃないの?、お前ら。ちゃんと仕事しろよ!、なめてんじゃねえぞ!』

小西よ、お前には少しの余裕も無いのか・・。しかも、普段からそんな口のきき方なのか?


『あの、お言葉ですが小西さん。台本には、“BEATLES ”の曲が流れ出す。としか見当たらないようでしたけど』

『あのな、お前素人かよ!。何度も言ってるだろ、俺が!。今の時代にカセット聴いてんの何人いるよ?、爺さん婆さんだって、CD聴いてんの!。最近は!』


小西が正しいな。私ももっぱらCDだ。

そもそも今の時代に“カセット”とは、無理な設定だ。不自然だ。

レコード・プレーヤーや、カセット・テープを家に置く姿など、もう二十数年以上も前に遡る年代だろう。マニア以外では、もはや化石だ。

それ以降は、どの家庭もCDの再生機が一般的な音楽鑑賞の道具になった。

ましてや今の時代、CDさえも危ぶまれてる程だ。

どうした河西、誤算か?。それとも何か企んだか、嫌がらせなのか?。


『小西さん、ヒロインの年齢って、幾つでしたっけ』

『・・・、何なんだよ、お前さ』

『えっと、多分、52・・、ああ、53歳ですね河西さん』

純ちゃんが、小西の代弁を返した。


『そうすると、A子の、彼女の青春は・・、1980年ころか。学生時代はそれくらいだよな。“ビートルズ”が1962年頃からで・・。当時はレコード盤しか無かった訳で・・。それからカセットテープ全盛がやって来て・・。そして、CDか。』

河西は、言葉をなぞるように、ひとつ、ひとつ並べていく。


『生憎、ヒロインの学生時代って、レコード盤かカセットしか無かったようです。はいっ!』

さても瞬時に、よく口についたものだ。いや・・、よく調べていやがる。

河西は、準備していたのだ。あの会議室での再戦を、今度は現場に持ち込んだ。

しかも、自己責任のとれる己の分野でだ。

この戦の勝算は・・?、どうなのだ河西。もう私には、お前のフォローなどゴメンだぞ。


『お前さあ、理屈はもっともだけどよ・・、いい加減にしてくれない。時間、無いんだよ』

小西、何を弱気になってる。物作りは根気との勝負じゃないのか?。

お前の妥協グセは、ここにも出るのか?。


『A子は学生時代の恋人を思い出して、あの頃にタイムスリップする。あの時の気持ちをとり戻したくなる。別れたその彼のことが、いつまでも心に沁みついている。その後の結婚生活が始まっても、その彼から借りたままの“カセット・テープ”が、捨てられないでいた。“ビートルズ”のあの曲が、若かった二人の青春そのものだった・・。小西さん、捨てられないんですよ、思い出って!。特にこのカセットだけは、どうしてもね。この作品を観に来る、同世代のお客さんも、きっと、そうだったと思います。お気に入りの曲を聴くために、早送りや巻き戻しボタンを押して、その度に“キュルキュル”って、音がして。そして、そのもどかしさを想い出して、“ああ、私たちにも恋い焦がれた時代があったんだ”って・・。そこがこの作品の要です。俺、そう思いました。だから“カセット”なんです』


“キュルキュル”か・・。はは、確かに懐かしい!。アナログの良い時代だった。

誰しも経験があるはずだ。


それにしても河西の奴、やけに大人しい反撃じゃないか。しかも、説得力も十分だ。

成長したのか、したたかなだけなのか。

賛成だ、河西の言う通りだ。ただ、曲が懐かしいだけではもったいない。

昔の恋人から借りた、返しそびれたテープを、後生、大事に持っていること。そのものが、ヒロインの生きる術だったとも、思えてしまう。

その想いに乗っかって、あの、名曲が流れる・・。まさに、感動が見えてくるじゃないか。

よくも、脚色出来たものだ。


どうだ、小西。次の戦いの一手はどうした?。困り果てている様子にも見えるぞ。

たかが“若造”だぞ。お前の、自慢のキャリアで、“ぎゃふん”と言わせてみろ。

誰か、奴を救ってやれよ。“若造”にここまで追い込まれては、立場が無い。

少々乱暴な奴だが、我が社には必要なスタッフだ。どうか助けてやってくれ。


『へえ、カセット・テープかあ・・。懐かしいな・・!。俺も、若い頃は随分と持っていたぜ、タイトルもな手書きなんだ。妙に緊張して書くんだよ、これが・・、ハハハッ!。いいんじゃねえか、カセットで。俺は、賛成だね』

たまたま居合わせいたベテラン男優のWが、タイミング良く仲介の手を差し伸べた。

さすがに、スマートに事を治めてくれたな。実力は、ここにもあったか。

Wよ、感謝するぞ。

その後は、河西の出る幕はなかった。着々と作業を進める“小道具屋”は、確かに秀逸なる働きぶりを見せたのだ。

純ちゃん、河西を頼む。時に、暴走もするだろうが、だからこそあなたが必要なんだ。

私が見ても釣り合いのいいカップルだ。期待してもいいのかな?、なあ、お二人さんよ。


その後、あの現場での小西のことが気になっていた。

あの場は、Wが上手く治めてくれたように見えたが、当の小西の怒りは当然、収まってはいないだろう。

奴のそのプライドを“ばっさり”と、切り捨てられたのだから。男としては、たまったもんじゃない。

小西の現場に顔を出した私に、バツの悪そうな面持ちで、奴が近寄って来た。


『やられました、奴に、社長!』

『らしいな。ところでどうだ。お前には、河西を否定出来るか?』

『ええ・・・、何とも・・』

『確かに河西は異物だ。扱い方が難しい。正直、俺も面喰ってる』

『社長が、ですか!』

『はは・・、ここだけの話だぞ』

『は、はい。心得ております』

『仮に、お前に河西を預けるとしよう。どうだ、奴の上で指揮が執れるか?』

『社長・・。私には、恐らく無理だと思います。いや、無理と言うより、自分が情けなくなるような気がします』

『情けないとは、どう言う解釈をすればいい?』

『実は、あの後、河西が私のところに来まして、ああ、あと、あの片岡も同伴で』

片岡もだと・・。どう言う展開だ・・。


『二人で、深々と頭を下げるんです。あの時点では呆れてて、返す言葉は無かったんですけど・・。そしたら河西が言うんです。“さっきは生意気言って申し訳ない”、“事前に報告すべきだった”って』

『河西が、そう、言ったのか?』

『ええ、そうなんです。その続きがまた、すごい事言い出して』

『 “小西さんあの・・。事前に、言ったとしますよね、今日の件。そしたら、小西さんや他のスタッフの方は、俺に賛同してくれていたでしょうか?。きっと、何言ってるんだ位いにしか思わなくて、流されてしまいそうな、気がしたんです。いいえ、きっと俺、外されてたと思います。違いますか!“って、そう訴えるんです。“だから、現場で勝負をかけるんだ”って、奴、言ってました・・』


『えらく大人びた言い方だな、奴に、そんなスキルは無いはずだが・・』

『そしたら片岡の奴、こう、付け加えまして。“申し訳ない、俺が組み立てたんだ。お前の戦法を、河西にアドバイスって言うか、仕掛けさせたって言うか”なんて、そんなことを』

『片岡が!、そう言ったのか?。ホントかよ!』

『ええ、正直、耳を疑いました。片岡の奴、同期でしたけど、くそ生意気な男だったんで、まさかあんなこと言うなんて。しかも、何度も詫びるんです、私に・・。それ聞いて、実は、反省したんですよ・・』

『反省・・・?』

『私たちスタッフは、何処か妥協したいんです。いいモノを作りたいと言う反面、どこか投げ出しているんです。時間内で、いいモノを作る。最善を尽くす。会社の方針です。でも、時間を掛けないと出て来ない味もあるんです。現場に、じっくりと腰を降ろして、じっと周りを見回すと、その風を感じることがあるんです・・。意味の無い時間かも知れませんけど、自己満足と、言われればそうです。でも、感じるんですよね、現場の声を・・。』

こいつ・・・、嬉しそうに、喋ってやがる。目が輝いている。


『ああ、この作品の息遣いが・・、なんて思ったりして、そうすると、自分の中の何かが騒ぎ出すんです。どの方向に、目をやればいいのか、どう、創造すれば収まるのか・・。何て言うか・・、スタジオ内に“一体感”が生まれるんです!。そんな日なんて、眠れない位い興奮して・・。社長っ!、解かりますか!』

おいおい、熱くなったな・・。小西よ、お前のキャラではないだろうよ・・。


『小西よ、俺も映画人だ。お前と同じ気持ちは持ってるつもりだ。なるほどな・・。』

解かった振りで、言葉を濁していた。既に、私は“映画人”では無くなってるようだ。


立派な経営者には、なれたつもりだったが・・。そうか、映画人では無くなってしまったのか・・・。

創設当初は、常に現場に立っていた。思うように動いてくれているのか、いつも、心配になっていた。

役者とも、関係スタッフとも、現場でよく語り合っていた。

理想論をぶつけ合って、明け方まで論争を繰り広げることが、日常であった。

一体、私こそ何様のつもりなのだ!。偉ぶって会社の個室を与えられ、何を模索しようとしているのだ・・。

原点だ。河西の先に見えるものは、決して未来ではない。私たちの求めていた原点なのだ。



社会人としても、礼儀をわきまえているか・・。先輩への無礼を、真正面から詫びる事の出来る若者。

昨今は、タメ口で友達のような付き合いが横行している。そんな中、きっちりと上下関係を確立してくれている。

勿論、現場では対等に渡り合ってもらいたい。

下手に遠慮心が出てしまうと、仕事がくすんでしまうからな。お互いに本気が出せる現場。我が社の特徴でも、大いにある。

と言っても、放っておいても、皆、勝手に罵声を飛ばしてくれている。

口の悪さは、私からの伝染か・・、なるほど納得さえしてしまう。


河西への私の持つ認識が、少しずつ変化していく。圧倒される程の情熱、そのバカさ加減。と、思いきや、実に誠実な若者像。律義な好青年との印象が浮上してきている。

が、しかし、それを真に受けてはならない。したたかな若造の顔を捨てる筈がないじゃないか。

騙されるなよ。人の隙を伺って、必ず、奴はキバを向けるさ。饒舌さを武器に人の心に付け入る。

いいだろう。お前に、そうなる力量があるのなら、映画界の異端児にでもなるだろう。私は止めはしないぞ、触れもしない。


会社のルールに従うのならば、大抵のことには目をつぶってやろう。

いいか、どんな事があっても子供じみた誤魔化しだけはするんじゃない!。正面から勝負しろ。

むろんお前の事だ、心配には及ばないか。が、人は皆、紳士ではないぞ。


私においても、例外では無い。物分りの良い“おじいさん”と思いきや、お前の足元をすくう程度の体力は、まだ、残しているつもりだ。

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