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第十三話 河西の手腕

河西の自慢の小道具が、セットの中央に並ぶ。幸せそうに光を浴びて、輝きを帯び始める。

脚本に恥じない、いや、奴に限ってはそれは通用しないだろう。

恐らく奴にとって、脚本なんて一時凌ぎに過ぎないさ。さらっと、目を通す程度。

奴の、感性は別物だ。演じる役者にどう対抗出来るか。物言わぬ個体が、活き活きとそこに控えているのだ。まるで、出番を待つ役者のように・・。どうせ、片岡イズムの後ろ盾があればこそだ。奴一人の才覚では、ここまでは出し得ないさ。

河西の揃えた小道具は、関係者には、たいそう評判なようだ。

どうせなら、レンタル屋を開業してみてはどうだろうか。“映画小道具専門店、河西”ってな。私の会社でよければ、借りてやってもいい。但し、レンタル料金は“要相談”が条件だ。



我が社で抱えている、別企画のセット作りが、某スタジオで始められていた。

小道具は勿論、河西が担当。

調子のいいことに、アシスタントには、備品課の“アイドル”。純ちゃんを、引き込んでいた。


なんだ、奴にも色気があったのか。映画バカに終始する、“オタク”でもなかったようだな。

純ちゃん、気をつけろ!。奴の素性は、誰にも掌握出来てはいない。まさに、“エイリアン”だ!。

と、言っても“エイリアン”世代では、残念ながら、無いはずだ・・。彼女は・・。


この作品は、気負いのない柔らかな、中年向きのストーリー。

50代の女性が、夫との離婚後。昔、愛した彼に想いを依存してしまう。輝いていた頃の、自分に寄り添っていた、危ないほどの彼との情事を。

今更ながら回想しながらでも、目の前に現れる事の無い“彼”を、追ってしまう。

女性、特有の強さとその弱さが。性へと目覚める様子を、事細かく描写している。

この年齢にならないと、判り得ない“心”のうつろい。

心が犯した罪の、ジレンマとも思える審判の様相。人間の本来持ち続けるであろう“愛情”と言う無形の代償。

表面上は無色ながら、見事に“愛”を、知らしめている秀作だ。

私の、好きな分野でもある。

さて、河西の手の内を覗いてみるとしよう。



セットに並べられるひとつひとつを、河西と純ちゃんが念入りに確認している。

ヒロインの部屋でのワン・シーンが、今日の撮りのメイン。

並べられた小物を手に取り、目を閉じて河西が何かを唱えている。


『何してるんですか?』

すかさず、純ちゃんが突っ込む。


『ああ・・。役者の気持ちになれるんだ。こうしているとね』

『えっ・・、役者ですか・・?』

『そう、どんな気持ちで、仕草で、これを触るんだろうかって』

『河西さんって、役者になりたかったんですか・・?。でも、なれなかったんですよね・・』

『バカ言うなよ!。なれてたさ、その気さえあればよ!』

『だって河西さん、現実、裏方ですよ。正直、なれなかったんですよね!、役者に』

『なってたさ!、ただ、俺がそう望んでなかっただけだ』

『なんか面倒くさいです、河西さんって・・。素直に言えばいいじゃないですか、役者になりたいんだーーっ!、俺わって・・。ねっ!、気持ちいいでしょ、この方が』

いいぞ、純ちゃん。もっと踏み込んでみてくれ、奴の本音はきっと君にしか探れない。

君であれば、河西は素直に差し出すはず。“俺は嘘つきだ”って、負け惜しみの言葉をね。


『お前さ、黙って仕事出来ないのか?、いちいち気に障るな』

『だって、河西さんって・・、変ですもん!』

『変なものか、こんなに愛情を持って小道具を扱う人間も、そうはいないぜ!』

『マニアックです。異常です。こんなモノに愛情なんて・・。やっぱ変ですよ』

『・・。俺はね、映画全体に愛情を持って接してるの。たまたま、今は小道具なの・・。その気になれば、脚本家だって、役者だって、照明だってやるさ。いっそ監督にでも、なってやろうか?』

止めておけ、軟な強がりは、私の前だけで十分だ。それ以上は墓穴を・・、何とかだぞ。

『無理です。出来るわけないですよ。だって、一人で、そんなに担当出来るはずが無いじゃないですか。いい加減なんですね、河西さんて』

『・・・・』


奴が!、口ごたえ出来ずにいる。達者な口元は、行先を探しているのだ。

リピート出来ないものか!、さっきまでの会話を。

記念すべき、“無言”の河西 卓。誕生ってな。愉快じゃないか、とても爽快にも思えるぞ。

・・・。わくわく感か?。得体の知れない高揚だ。

私にしても、歳外にも無くのめり込んでしまった。それ程、二人の会話には退屈を許さない秘訣が、詰まっていた。

“相性”だ。それは、意図的に操作不可能な互いの意識が、深く心理の底で“シンクロ”を始めたのだ。

しかし、当人たちの意識は、まだ遊び半分にじゃれ合ってるだけに留まってる。


『あのね・・、お前手が止まってるぞ、さっきから。余計なこと考えてんじゃないよ、時間がないんだ、集中しろよ!』

『はぁーい、“申し訳ない!。迷惑をかけたな・・河西”、なんてね!』

『お前ねえ!、いい加減にしろよ!』

『ごめんなさい・・、もうしません!』


天然だ・・、純ちゃんは。それにしても、奴の企みが成就すればいいのだが。

決まっているさ。河西の目当ては、必ず彼女に向けられる。

河西たちの、お粗末な打つ合わせが終盤を向かえた頃、カメ・リハの準備が進められていた。


“カメラ・リハーサル”と言っても、役者不在のリハだ。

演じ手の動きを想定した、カメラ・ワークの事前作業。たとえ、役者が顔を見せてはいないにしても。

スタジオ内には、いつ、役者を迎え入れてもいい位いの緊張感を保っている。


『はい、シーン9入ります』

ゆっくりとカメラが流れ出す。上下左右に、まるで空間を舐めるかのように。

ここでA子が立ち上がり、クローゼットの中のダンボールを運び出す。

年代物の古臭い箱だ。埃をそっと拭いながら、懐かしそうに中身を取り出し始めた。

ふいに、A子の手が止まる。手に取った一枚のCD。“THE BEATLES ”だ。

A子の青春の詰まった、懐かしいCDだった。しばらく眺めていたA子にある曲が、目に留まる。“IN MY LIFE ”。聞き飽きるほど、耳にしたその歌を、今、思い出と引きかえに聴いてみる。A子がCDデッキに手を延ばす・・?。


『カット!』

ディレクターの小西が叫んだ。


『おいおい!、何だよ!。何でカセット・デッキなんだよっ!。誰が置いたんだよおっ!!!』

けたたましく小西が騒ぎ出す。

『どうして今の時代にカセッットなんだぁ!、馬鹿じゃねえのか!。責任者誰だよ!、おい』

相変わらずうるさい男だ。誰か奴を黙らせろ。悪い癖だ。歳がいもなく、すぐ切れてしまう。

“出来る男”なのだが、その気性もあってか部下からの信望に、欠けてしまう処がある。

ここまで騒ぐ必要もあるまい。お前の手柄は、良い作品作りに貢献することだ。

現場での不具合を殊更、云々する事ではない。


『ごめんなさい!、わたしが置きました』

すぐさま、純ちゃんが名乗りを上げた。


『どうかしてるぜ!、おい、お前。このシーン、判ってんのか!。ちゃんと台本見てんだろうな!』

勢い更に、ブレーキの壊れた小西が、彼女を責め始めた。

うんざり顔をさらけだし、助けを求めるように、純ちゃんが河西に目線を送った。

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