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プロローグ

23歳の1月に僕は実家を叩きだされた。

食事中の事だ。僕の両親は仕事柄不在にすることが多く、その日も妹と二人きり。

何の話をしていたのか――ショックが大きくてこの辺の記憶は定かではないのだが、

会話の途中で妹が向日葵のような笑顔で言ったのだ。


「ふーん――じゃあ、家から出たら?」


なにいってんだこいつ。

しかし、その疑問を口にする前に、僕は文字通り尻を蹴とばされ家から閉め出された。

それも吹雪の夜に。死ぬっておい。

つい数秒前まで、暖かい食事を目の前にしていたのに。人生って本気で何があるかわからない。

あまりに唐突な出来事に、僕は投げ出されたままそんなことを考えてしまう。

すると、扉が薄く開いた。ああ、やっぱり何かの冗談だったんだよね?

こんな吹雪の夜に締め出すなんてそんな極悪非道な行為が――。

しかし、僕の希望を打ち砕く様に僅かに開かれた扉の隙間から、

厚手のコート、カバン、通行許可証等々いわゆる旅をするのに必要な最低限なものが放り出され――

最後に愛用の財布と幾枚かの硬貨が積もった雪に放り出される。

そうして、入り込む冷気を厭うように――いや、厭われたのは僕なのかもしれないけど――

ともかく扉が重々しい音とともに閉じられた。

「……マジか」

ぽつりとつぶやいた言葉は暗闇と豪雪にのまれて誰の耳にも届かない。

閉ざされた扉に吹きすさぶ雪。23歳の身の上に突然降りかかるにしては、

中々にハードな出来事だと思う。




「……というわけで、幸いにも通行許可証があったから今は秋の大陸にいるんだ」

この時期の冬の大陸はさすがに旅をするには厳しすぎる環境だからね。

僕がここに至るまでの経緯をそんな風に締めた。

短いような長いような話を食事をしながら聞いていた少女は

「……君は苦労するのが趣味なのかい? 虐げられるのが好きとかそういう人種?」

何の衒いもなくどストレートにひどいことを言った。

もうちょっとオブラートに包むとかそういう配慮はないんですかね!

ふん、と彼女は鼻を鳴らして、下等生物――豚でも見るような目で僕を見た。

「僕と君は大して長い付き合いではないが――その短い間に君が巻き込まれた、

 もとい僕が巻き込まれたトラブルの数を考えれば至極真っ当な意見だと思うんだが」

「おっしゃる通りです、はい……」

なんか、生きててごめんなさい……。

反射で謝ってしまいたくなるほどに侮蔑的な眼差しを向けられた。

だけど、トラブルを呼び込んだの決して僕だけじゃない。

彼女だって「僕には知らなければならないことがあるんだよ!」

の一言と共に積極的にトラブルの渦中に飛び込んで行った気がする。

そんな僕の抗議を、ラム肉の赤ワイン煮込みと一緒に咀嚼して

ぺろりと飲み込んだ少女は、赤ワインより紅い唇を綻ばせた。

「うん、とても美味しい。――しかし、意外というかなんというか君と僕は似たような身の上だったんだな」

「は?」

それはどういう? 僕の顔に浮かんだ疑問に彼女が答える。

「僕は実家を勘当されているんだ。まぁ、君とは経緯が違うけどね」

「ええええええ」

機嫌よくカボチャと栗のポタージュを口に運んでいた彼女の眉が顰められる。

「なんだい。君の方がもっとひどい扱いを受けているくせに勘当くらいで騒がないでくれたまえ」

あれ、なんか僕さらりとひどいこと言われてる?

「いや、だって君、まだ子供じゃ――――っぐぅ!」

言い終える前に、テーブルの下で轟音がした。僕の喉が激痛で引き攣ったような音を立てる。

こいつ、顔以外にも目がついてるんじゃないかっていうぐらいの正確さで、

僕の足の小指を踏み抜きやがった。それも容赦なく、魔法で脚力を強化したブーツのヒール部分で。

殺傷能力は言わずと知れる。

そんな非道な振る舞いをした本人は、周りの人間が今の轟音はなんなのかと目を瞬かせている中、

幸せそうにポタージュに舌鼓を打っている。

「君もいい加減学習したまえ。確かに僕は君よりは年下だが、子供扱いされるほど子供ではないよ」

子供はみんなそういうんだよ。酔っ払いが酔っぱらってないっていうのと一緒だよ。

「……何か失礼なことを考えてないかい?」

「いえなにも。えっと、なんで勘当されたの?」

追撃の手を躱すために話題を逸らしたかったのだが、

ぱちくりと大粒の瞳が開かれるのを見て、しまったと思った。

誤魔化すにしてももう少しましな話題があっただろう。

ふふ、と少女が笑いを零す。

「顔にしまった、と書いてあるよ。心配しなくても僕は気にしない」

「あ、そう……」

ポタージュ用のスプーンを指示棒のように振って、出来の悪い子供に言い聞かせるように彼女は言った。

見かけは少女なのに、そういう動作をするとなぜか大人びて見えるから不思議だ。

「ううん難しいね、どういったらいいのか。

 しいて言うならば、天才というものはいつの時代も異端扱いされるものなのだよ」

「ふう、ん?」

それ、暗に自分が天才だって言ってる?

答えになっているようななっていないような、そんな言葉を僕に与えた彼女は

それきりこちらへの興味を失ったのか、目の前の料理へと意識を集中させる。

この少女、小さい身体のどこに消えているのか尋ねたくなるほどの大食漢なのである。

放置された僕はううん、と首を傾げる。

ようするに、天才ゆえの無茶苦茶なトラブルを起こして、呆れを尽かされて勘当された……のかな?

そう結論を出して、僕も食事に取りかかることにする。

放っておくと、僕の分まで綺麗に平らげられてしまうのだ。




この時、僕が考えていたことを口にすれば、きっと彼女はいつものように

「君は馬鹿だな」と言って笑ったのだろう。

だけど、彼女の言うとおり馬鹿な僕はその問いを口にすることもなく、

彼女の言葉が示す本当の意味も知らないままだった。

もし、あの時尋ねていたら何か変わっていたのだろうか。

こんな砂を噛みしめるような苦々しい思いをしなくてすんだのだろうか。

だけど、その答えはもうどこにもない。だって僕は選択してしまったのだから。

後はただひたすらに、突き進むしかないのだ―――。

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