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落ちこぼれの幼馴染

 僕は師匠からもらった服を着て、夕食の食材を買いに街に来ている。

 僕らはあまり森の外へ出ようとしない。その理由としては、僕と師匠の家は街からかなり離れた場所にあり、往復するのにかなり時間がかかるからだ。

 そのため、いつもは家に食料を大量に貯めているのだが、今回はそれも尽きてきたので買い出しに来たわけである。

 そもそも立ち入り禁止区域に住もうとすること自体おかしいのだが。いや、国内に危険な森があるにも関わらず放置しておく帝国が悪いのか?

 でも、今はそんなことより


「今夜は……シチューでいいか」


 夕食のメニューを考えながら街を歩く。基本僕らは食べる物の好き嫌いがない。だから師匠に夕飯は何がいいかと聞くと、決まって何でもいいと帰ってくる。倦怠期の夫婦かよ。まあ、僕も人のことは言えないが。

 

「おい、あいつって……」

「ああ、あの家(・・・)から追放されたっていう」

「ちょっと、あの子まだいたの?」

「最近見ないからやっといなくなったと思ったのに」


 ふと、僕が夕食の事を考えていると、そんな陰口らしきものが耳に入ってくる。

 

(ああ、またか……)


 僕は声には出さず、心の中で毒づく。

 最近は、食料をためていたこともあり、あまり(こっち)まで来ていなかったせいか、僕のことをよく知る街の人々は、僕が居なくなったと思っていたのだろう。

 

「チッ、ランスオールの面汚しのくせによぉ」

「とっとと他の国に行ってほしいわ」


 本当にそう思っているのだろう。わざと僕に聞こえる程度の声量で会話をしている。

 この扱い。

学院と全く同じだ。


(消え失せろ無能がっ!)


 父だった男から浴びせられた罵倒が脳裏によみがえる。

 最初はこの扱いに嘆いたかもしてない。泣いたこともあったかもしれない。

 でも、もう慣れた。

もう涙は枯れた。

 心が壊れた僕はこんなことで動じることができない。


「おい」


 そんなことを考えていると、誰かに話しかけているらしき声が聞こえた。男の声だ。


「ちょっと待てよ落ちこぼれ」


 落ちこぼれ。

 その一言で誰に声をかけているのかは明白だろう。


「……なに?」


 無視をして因縁をつけられるのも面倒くさいので、素直に返事を返した。


「なに? じゃねえよ。 てめぇ、どのツラ下げてここに来てんだよ」


(何を言っているんだこいつは)

 僕に話しかけてきた男の方を振り振り返る。その男の恰好を見て、大体の事は理解した。

 その男の服装はレムスタッド学院の制服。背は中の上、僕よりは大きいだろう。燃えるような赤い髪に、釣り上った眼には髪に合わせるような緋色の瞳。鼻は高く、全体的に整った容姿をしている。

 こいつモテるだろうなと思い、イラっとしたのはここだけの秘密である。

 街にいるということはおそらく平民の生徒だろう。貴族の生徒ならわざわざ街に出てくるということはあまりない。

 おそらく落ちこぼれの僕が街に来ることを許せないとかそんな理由で絡んで来るやからだろう。そういったやつには、小さい頃家を追放されてからよく絡まれている。


「どのツラって……このツラ?」

「ふざけたことぬかしてんじゃねえよ」


 そいつは僕に近づいてくる。


「てめぇみたいな落ちこぼれが来ると街全体の空気が悪くなるんだよ」


 ほら、やっぱりそうだ。

 こいつも訳の分からない理由で絡んでくるやつらと同じだ。


「ひどいなあ。僕にだって食材を買いに来るくらいの人権はあるでしょ?」

「黙れよ。テメェにはそこらへんに生えてる雑草で十分だろ」


 正直めんどくさい。

 【黒蝕流】を使ってもいいが、今は武器になりそうな物がないし。そもそも魔獣との戦闘以外ではまだ(・・)【黒蝕流】の使用を禁じられている。

 こういうときは適当にあしらうのが一番だ。


「はいはい。じゃあ僕は適当に雑草を食べてくるからじゃあね」


 そう言ってその場を去ろうとする。

 しかし、この男子生徒はそれを許してくれない。


「待てよ」


 僕が去ろうとすると、そいつは僕の肩をつかむ。


「なに? まだ何か用? 僕が雑草食べてれば君は満足なんでしょ?」

「うるっせえんだよ!」


 ゴッと、僕の頬に鈍い痛みが走る。 どうやら僕は殴られたようだ。

 かなり力が強かったため、僕は後ずさり尻もちをついてしまった。

 それが不幸したのか、街を歩いていた人々の視線が一気にこちらに集まり、次第に人だかりができてくる。

 

「いったいなぁ」


 殴られたところをさすりながら立ち上がる。


「いきなり殴ってくるなよ。まったく、どういう教育されているんだか」

「口だけは達者だな落ちこぼれ風情が」


 男は殴り飛ばされた僕に近づき、追い打ちをかけるかのように胸倉をつかんで来る。

 それを見人だかりがざわめきだす。


「いいか。ここはてめぇなんかが来ていい場所じゃないんだよ」


 胸倉をつかむ手に力を入れ、男は続ける。


「てめぇはただでさえこのランスオール帝国の汚点なんだ。帝国に住んでいること自体許されないのに、そんなやつが俺達の街に来ることが許せないんだよ!」


 この男に便乗して周りからも「そうだそうだ!」「いなくなれ面汚し!」といった罵声が浴びせられる。


「生まれつき(れん)も魔力もなかったことには俺も同情してやるよ。」


 男は、だがなと続け。


「それはてめえの運がなかったのが悪い。怨むなら煉も魔力も与えなかった神様を怨め」

「あいにく、生まれた時から神様なんて信じていないんでね。本当に神様がいるんなら、僕みたいな落ちこぼれなんて存在しないだろう?」

「そうかもな。煉も魔力もない落ちこぼれを作っちまった時点で、神様なんてものはいないのかもしれねえな。」

「でしょ?」

「ああ、だったら自分を怨めよ落ちこぼれ。この帝国ランスオール帝国はエルナスティ大陸でもトップを争う武力国家だ。そんな国で落ちこぼれとして生まれ落ちた自分の不幸をな」


 分かったらとっとといなくなれ。

 そう言うと男は僕の胸倉から手を離し、膝に一発蹴りを入れてくる。そして舌打ちをして去って行った。


「……めんどくさいなあ」


 誰にも聞こえない程度に、そう呟いた。


「あーあ、薬も買わなくちゃ。師匠が無駄遣いするからできるだけ出費は抑えたいのに」


 男が去って行ったと同時に他の人だかりも段々と数を減らし、既に僕の周りに人は集まっていない。


「……買いに行くか」


 僕は、殴られた頬をさすりながら重い足取りで食材と薬を買いに行く。





――――――



 男子生徒に殴られた場所から少し離れ、僕は今とある診療所の前にいる。殴られた場所に塗る塗り薬を貰うためだ。


「まんまりここに来たくないんだよなあ……」


 診療所の看板にはアルカッド診療所と書いてある。名前のとおりアルカッド夫妻が経営している診療所だ。

 ここにはアルカッド夫妻の一人娘がおり、診療所の手伝いをしてる。彼女とは、僕が家を追い出される前からの知り合いで、小さい頃はよく遊んでいた。

 小さい頃は、ね。

 僕は短く息をつき、中に入ることを決心する。


「すいませーん!」


 扉を開き、少し声を張り上げてそう言った。中に入るとすぐのところにカウンターがあり、受付と書かれた立て札が置いてある。そして、その受付と書かれたカウンターには一人の女性が座っていた。正確には座っているわけではないようだ。両肘をカウンターにつき、頭を垂れている。その頭が不規則にコクコクと上下に動き、スウスウと、小さな吐息が彼女から聞こえる。

 夢の世界の住人になっているようだ。


「……」


 僕は半眼を彼女に向けながら、驚き半分呆れ半分といった心情を露わした。

 何故彼女は診療所の受付をしているにもかかわらず、その途中で居眠りをしているのだろうか?

 患者が来たらどうするつもりだと言ってやりたい。


「まったく……」


 僕はため息をつきながら彼女が眠っているカウンターに近づき、再び言ってやった。


「すいませーん!」


 確実に彼女が眼を覚ますであろう距離まで近づき、先ほどよりも大きな声で言った。


「ふぁいっ!?」


 僕の声が届いたのか、彼女はバッと頭を上げた。いきなり近距離で大声を出されて驚いたらしい。声が裏がえり、よくわからない言語が口から飛び出していた。

 そして俯いていたため見えなかった彼女の顔が露わになる。

 鮮やかな翡翠色の髪、そしてやはり髪と同じ色をしている澄んだ瞳。顔立ちは街娘とは思えないほど整っている。腕はスラっと伸びて、指先まで肌の色が真っ白だ。寝起きのせいに見えるかもしれないが、目元は少し垂れ眼気味になっている。これは小さいころからの彼女の特徴だ。

 

「ふぇ?」


 寝起きのためか、彼女はまだ状況を把握できていないようである。

 その証拠に、口元によだれを垂らし、意識がはっきりしないのか、虚ろな眼差しでポーっとしていた。


「診察。してもらってもいいですか?」


 そんな彼女はお構いなしに診察の受付を要求する。

 僕の声を聞いてやっと意識がはっきりしたのか、慌ててこちらに視線を向けてきた。


「か、カイちゃん!?」


 カイちゃん。

 僕のことをそう馴れ馴れしく呼ぶのはこの人、フィアナ・アルカッドしかいない。

 彼女こそ僕の幼馴染だ。

 いや、正確には()幼馴染と言った方が正しいだろう。


「診察の受付を頼んでもいいですか? アルカッドさん(・・・・・・・)


 対して、僕は冷たい口調で、彼女――フィアナさんのことを突き放すように言った。

 

「あ……」


 そんな僕の対応に、フィアナさんはどこか気まずそうな表情をしてから一度俯き、また顔を上げる

 フィアナさんもあまり僕と話したがらない。カイちゃんと呼ぶのは昔の癖だろう。

 街の人と同じとまではいかないが、フィアナさんも僕に苦手意識を持っている。まあ、こんな落ちこぼれと好き好んで仲良くしようとは普通思わないだろう。

 昔馴染みなだけに、会うと微妙に気まずくなってしまう。


「こんにちはスイメイルさん(・・・・・・・)。診察お受けいたしました。奥の診察室へどうぞ」

「はい」


 僕たちはまるで他人のような会話を交わす。いや、ようなではない。他人なのだ。

 家を追い出されてから僕は落ちこぼれとしてこの街の人々から腫れもの扱いされてきた。僕と親しげに話していると知られればフィアナさんに迷惑がかかるだろう。だから他人のままでいいんだ。僕のせいでフィアナさんまで罵倒されることは無い。


「……カイちゃん」


 小さく、消えそうな声でフィアナさんが呟いた。

 他に患者が居なかったせいか、僕の耳にはしっかりとその、消えそうな呟きが聞こえていた。

 

 

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