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落ちこぼれ服装

 ケルベロスを殺し、森に静寂が訪れる。

 魔獣を殺した後は、僕の中から何かが抜け落ちたような感覚に襲われる。この感覚が何なのかはわかからない。

 なにもこの感覚は師匠と修行を始め、魔獣と戦い、殺し始めてからわいてきたわけじゃない。むしろ、最初に殺した魔獣は嬉々として殺していた気がする。

 そのときだろうか、僕が異常だと言うことに気付いたのは。

 元々、そこそこ位の高い騎士の家系に生まれ育ってきたので、一般常識などは教わっていた。

 だからこそ、僕が魔獣を殺すことに喜びを覚えているという事実に直面した時、僕は自分の異常性を感じ取った。

 しかし、それに嫌悪感を抱くことは無かった。

 殺すことを躊躇しない。それは僕にとって好都合だ。

 おそらく僕は心が破綻しているのだろう。

 心が壊れ、感情というものがよくわからない。

 それでも僕はいいと思っている。この破綻がなければ僕は今の強さを手に入れられなかっただろう。

 

 全ては復讐のために――――――




「帰りましょう、師匠」

 

 僕が師匠にそう言った。


「……ああ、そうだな」


 師匠はどこか遠くを見るような目をしながら返事を返してくる。

 修行を終えた後はこの森に留まる理由は無い。夕飯の材料を調達して家に帰るだけだ。


「あ、師匠。今日の夕飯は何がいいですか?」

「ん? あー、そうだな……」


 こんなたあいもない話をしながら家に帰る。

 これが僕と師匠の毎日だ。


 ――――――――――――






「あー、疲れた―」


 修行を終え、家に帰ったとたん師匠がそこらへんに突っ伏してグダり始めた。


「何が疲れたですか、毎度のことながら師匠何もやってませんよね?弟子にA級以上の魔物と戦わせておいて、自分は高みの見物ですか」


 ハァと、僕は呆れたようにため息をつく。

 基本この人は、やることを指示したら跡は勝手にやっとけと言うタイプで、僕の修行のときも、修行の内容を僕に言い渡したら、あとは寝ているか、今日のように高みの見物かのどちらかだ。


「うるさいなー。こちとら徹夜明けなんだよ。どっかの手のかかるバカ弟子の修行に付き合ってたせいで眠くてしょうがないんだよ」

「そ・れ・は! 師匠が酒飲みながら討伐の依頼受けてきたからでしょう? いい加減にしないと僕にも考えがありますよ?」

「ほお~、何だよ。言ってみろバカ弟子」

「じゃあ言わせてもらいますけど」


 小さく息を吸い、師匠に向けて言う


「炊事、洗濯、掃除、その他もろもろの家事を師匠にやってもらいますよ」

「なぁッ!?」


次の瞬間。師匠の顔が絶望の色に染まった。


「ふざけんな! アタシに真人間になれって言うのか!」

「ふざけてるのはそっちでしょう! 家に帰れば寝るか酒飲むかの二択、もうおっさんじゃないですか!」

「お、おっさんじゃないですー! おっさんと同じ年齢じゃありませんー! 大体アタシ女だしー!」

「子供ですか! そんなこと言うんだったら僕これから一週間家事何もやりませんからね!」

「じゃあ、アタシの身の回りの世話は誰がやるんだよ!」

「自分でやれこのダメ大人!!」


 ダメだ。このままじゃらちが明かない。

 僕はため息をつき、師匠に背を向ける。


「まったく、少しは自分の身の回りのことくらいやってくださいよ」

「やだー」


 この人の生活態度について話している頭が痛くなる。


「じゃあ僕着替えたら買い出しに行ってきますよ」

「うーい、頼んだー」


 あくまでもダラダラし、生返事を返してくる師匠に諦め半分呆れ半分といったふうになる。

 

「いい大人なんだから自分ことくらいはちゃんとしてほしいよ」


 自分の部屋に戻り、汗を含んだ訓練用の服を脱ぎながらブツブツと誰もいない虚空に愚痴る。

 はたから見たら完全に変な人だろうが、これも全ては師匠のせい。僕は悪くないはず。


「服は……これでいいか」


 タンスの引き出しをのぞき、一番手前にある服を適当に手に取り、着替えていく。

 僕は基本剣一筋、修行だけの人生を送ってきたつもりだ。そのためかあまり服を持っていない。師匠にはよくもう少しちゃんとした服を着ろと言われる。

 年がら年中ほぼ同じ服装の何処が悪いのだろうか? 見せる相手もいないというのに。


「今日は何を作ろうか……」


 着替えを終え、お金の入った革袋を手に持ち、部屋を出る。リビングに行くと、未だに師匠が床に突っ伏しながらグダグダしていた。

 ……もう今日は何も言いたくない


「師匠、夕飯の食材買ってきますからねー」


 僕がそう言うと師匠はこちらを向いた。


「うーい、頼ん……」


 頼んだ。そう言おうとしたのだろうか、師匠が僕を見た瞬間、ピタッと、綺麗に静止した。


「ちょっ、待てカイ。おまっ……まさかその格好で外出るつもりじゃないよな?」

「そのつもりですけど、何か変ですか?」


 僕は自分の姿を見降ろした。

 型崩れし、袖口がボロボロになったシャツ。ダボダボになり、膝の部分が破け、今にもちぎれそうなズボン。この格好の何処がおかしいというのだろうか?


「いやいや! 全部変だよ! というか何で今にも破けそうな服を着て買い物に行こうと思ったんだよ! 人に生活態度を改めろとか言っておきながら自分だって十分ずぼらじゃないか!」

「失礼な、僕は師匠とは違って自分の身の回りのことくらいちゃんとできますよ」

「じゃあその服は何なんだよ」

「タンスの一番手前にしまってあったから着てるだけですよ?」

「なんでそんなボロボロになった服を……ああもおっ!」


 師匠は頭をガシガシといかいてため息をつく。いった何がいけないのだろうか?


「ハァ。おいカイ。お前、それ以外の服もそんなにボロボロなのか?」

「まあ、ここまでかどうかは分かりませんけど、大体こんな感じですよ」

「……聞いたアタシがバカだった」


 そう言うと、師匠は立ち上がり、僕の腕をつかんでリビングを出た。


「なんなんですかいったい」

「いいからついてこい」


 師匠が向かった先。それは師匠の自室であった。


「何で師匠の部屋に?」


 そう言えば久しぶりに師匠の部屋に入った気がする。ざっと見た感じリビングほど汚くはないが、空いた酒瓶が転がっていたり、ベッドのシーツがくしゃくしゃになっている。


「師匠……自分の部屋ぐらい綺麗にしてくださいよ」

「うっさい。その格好のお前に言われたかないわ」


 一体なにがいけないのだろうか? 全く分からない。

 そんな僕をよそに、師匠は自分の部屋のクローゼットをあけ、服を何着か見つくろっている。

 師匠が手に取っているのは、見た感じ女性専用の服と言うわけでもなく、僕でも着れそうな服ばかりである。


「これと、これ。あとは……これでいいか」


 一人でブツブツとつぶやいたかと思うといきなりこちらを振り返る。


「カイ、せめせこれくらい着てけ」


 そう言って、見つくろった服を僕に押し付けてくる。

 型崩れしていない清潔感のあるシャツに、どこも破けていなく、しっかりと折り目でたたまれた黒のズボン。

 ……師匠ちゃんと整理整頓出来たんだ。


「なんでこれ着てかなくちゃいけないんですか?」

「逆に、何でお前は今の恰好で外に出ようと思ったんだよ」

「だって、別服なんてどうだっていいじゃないですか。 機能性を重視して窮屈でなければそれで何の問題もありませんよね? どうせ魔獣を殺してるうちに汚れてくるんですから」

「なにも魔獣と戦ってる時も窮屈な服装でいろって言っているわけじゃない。だが、せめて人と接する時くらいまともな格好でいろって言っているんだよ。お前は動きにく服装嫌いだから比較的柔らかくて動きやすいの選んどいてやったから、これからは人のいる場所に行くときはせめてそれ着てけ」

「え、これくれるんですか?」

「お前だけがずぼらな格好してたらアタシまで変な眼で見られるんだよ」

「……ありがとうございます」


 この日、僕は久しぶりに師匠の優しさに触れたかもしれない。ちょっと感動した。


「あれ、でもそれなら最初から師匠が買い物に行けばいいじゃないですか」

「断固拒否する」


 僕の感動を返せ引きこもり保護者


 

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