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落ちこぼれの“牙”

魔寄玉(まよせだま)の臭いに引きつけられて森の奥から姿を現したA級以上指定魔獣のケルベロス。

 本来なら、帝国の森などには生息していないはずだが、この森は立ち入り禁止区域とされているため、帝国もどんな魔獣が生息しているか完全には把握していないのだ。


『グルウウウウウゥ』


 三頭の頭が同時にうなる。どうやら僕達を見て標的と認識したようだ。


『ガアアアアアアアア!!』


 ケルベロスが雄々しい雄たけびを上げながらこちらへ向かい駆けだした。

 速い。流石はA級以上指定魔獣だけのことはある。

 だが……


「遅いよ」

 

 僕は上に跳躍し、ケルベロスの突進を回避する。そしてそのままケルベロスの後ろに着地して背後を取る。

 これにはケルベロスも驚いているようだ。

 それもそのはず。ただの人間が巨躯である自分の身の丈より高く跳躍しているのだから。

 とはいっても、煉や魔力を使いこなせる人間なら容易にできてしまうだろう。まあ、僕の場合は少し特別だが……


「カイ、やっていいぞ」


 と、上の方から師匠の声がする。僕と同じように跳躍し、そのまま木の幹に着地したようだ。


「使っていいのは“牙”だけですか?」

「当たり前だろ。そのための修行だ」

「分かりました」


 僕はスッと、眼を閉じる。

 その間にケルベロスのが体制を立て直したようだ。再びこちらに向かいうねり声を上げている。


『グウウウウウウウゥ……』


 今度はむやみやたらに突っ込んでこない。僕に跳躍して避けられたため、警戒しているのだろう。

 しかし僕も動かない。いや、相手が襲ってくるまで動かないと言った方が正しい。

 木刀を構え、深く腰を落とす。


『グルアアアアアアア!!』


 ケルベロスのは動かない僕にしびれを切らしたのか、とうとう駆けだした。先ほどより速い。今度こそ確実に僕を仕留めるためだろう。

 だが僕はまだ動かない。まだ……


『ガアアアアアアアアア!!』


 僕の目の前に迫ったところでケルベロスは強く大地を蹴り、飛ぶようにこちらに飛び込んで来る。

 

「【黒蝕流】牙の型……」


 呟くと同時に、眼を見開く。

 そして放つ――――――


紅閃牙(こうせんが)!!」


 木刀を下から上へ、なぎ払うように振り上げる。

 刹那、木刀を振りぬいた軌道に鋭い三本の(・・・)紅い閃光が迸り、ケルベロスを襲う。


『グガッ!?』


 僕の放った“牙”は確実に命中し、ケルベロスが後方へと吹き飛ばされた。

 

 


「……この程度か」


 僕は吹き飛ばされたケルベロスに目線を向ける。斬撃は胴体に命中し、切り口からは夥しい量の血が流れ出ている。いや、最早それは切り口とはいえないかもしれない。まるでその部分だけをえぐり取られたような傷跡だ。


【黒蝕流】牙の型 紅閃牙


 これは一振りでで同時に三回の斬撃を放つことを可能とする。

 斬られたような傷跡ではなく、抉られたような跡から“牙”と呼ばれている。


「派手に飛んだな」

「師匠……」


 上から下りてきたのだろう。師匠が僕のそばによって話しかけてくる。


「しかし、アレをくらってまだ生きているとはな。流石は地獄の番犬と言ったところか」


 吹き飛ばされたケルベロスに目を向けながらそう言った。

 確かに、胴体を抉られてはいるが、まだ息はあるようだ。三つの頭がだらしなく舌を垂らしながら不規則に呼吸をしている。


「しょうがないじゃないですか。武器がこんな素振り用の木刀じゃなかったら必ず一撃で仕留めますよ」

「んなこと分かってる。武器を木刀にしただけで、アタシだってお前がケルベロスに負けるなんて微塵も思っていないよ。なんてったって」


 クシャと、唐突に師匠が僕の髪をかき乱すように撫で始めた。


「アタシの弟子だからな」


 ニッと、はにかんだような笑顔を見せながら頭を撫でてくる。


「ちょっ、やめてくださいよ! 子供じゃないんですから」

「ハハッ! 美人に褒められたからって照れんなよ。可愛い奴だな~」

「照れてないですよ! ほら、まだケルベロスを完全に殺した訳じゃないんですから、こんなことしてる場合じゃないですよ!」


 僕は師匠から逃げるように倒れているケルベロスに近づいていく。

 まったく、十六歳の少年にあの扱いはやめてほしいものだ。こっちだって羞恥心というものがあるのだから。


「なんだよー、ちょっとした弟子とのスキンシップだろー」


 師匠は口をとがらせてブーブー文句を言ってくる。やられるこっちは恥ずかしいっての。


「どっちが子供なんだか……」


 そんな師匠を無視して僕は今にも息絶えそうに横たわっているケルベロスの近くに立ち、見下ろした。


「……苦しいか?」


 その問いかけに対して、ケルベロスは恨めしそうな視線をこちらに向けてくる。それもそのはずだ。自分が、格下だと思い見下していた人間に、こんなたやすく、しかも一振りで瀕死になるまでの致命的な傷を負わされてしまったのだから。憎んで当然だろう。

 でも……


「でも、これが君の……僕らの生きている世界だよ。弱肉強食。食うか食われるかの無慈悲な世界。力がなければ死ぬしかない。」


 そう、確かにこの魔獣。ケルベロスは紛れもなく強かった。通常なら、おそらくギルドの冒険者や、傭兵が6人ほど集まって、しかもA級以上となると、普通は相当な熟練者でなければならない。

 そう、普通は(・・・)……

 


「今回は君より僕の方が強かった。たしかに君はA級以上指定魔獣だからそうとう強いんだろうね。普通ならギルドの熟練者6人がかりで戦う相手だろうけど、あいにく僕は普通じゃないんだ。ごめんね」


 実際は悪いとは微塵も思っていない。形だけだ。この魔獣が人語を理解できるかも分からない。


「だから僕は君を殺す。生き残るために。悪いとは思わない、こんな世界なんだから君もいつかは死ぬことを理解していたはずだ。」


 そう言って僕は木刀を上にかざす。

 するとすぐに、パキパキと音を立て、木刀に亀裂が入っていく。

 木刀全体に亀裂が入り切ったころ、その亀裂から赤黒い光(・・・・)が漏れ出した。


「じゃあね」


 僕は真ん中の頭を狙い、木刀をケルベロスの喉元に突き刺した。


 「ガッ!!」

 

 ケルベロスが目をつむりながら苦しそうに呻き声をあげた。貫いた喉元からは、夥しい量の血がとめどなくあふれ出ている。

 亀裂の隙間から漏れだす赤黒い光が、まるでケルベロスの生命力を吸い上げいるかのようにも見えた。

 まもなく、ケルベロスは絶命に至り、三頭の口からは、舌がだらしなく垂れている。


「死んだか……」


 師匠が呟く。


「ま、及第点だな。いづれは木刀の一撃でAランクの魔獣くらい殺せるようになってもらわないとな」

「分かってますよ」


 僕はケルベロスの喉元から木刀を引き抜く。


「まだ……まだ足りないんだ」


 引き抜いた木刀を見つめる。すると、木刀が先ほどより激しくバキバキと、音を立て始める。

 ややあって音が止む。

 刹那、木刀はまるで何かの力(・・・・)に耐えられなかったかのようにバキンッと、激しく鳴り、粉々に粉砕した。


 「お前の力に耐えられなかったか」


 師匠が呟く。しかし、僕がそれに反応することは無い。


「もっと、もっと力がいる。国一つを潰せる(・・・・・・・)だけの圧倒的かつ絶対の力が……」


 木刀を持っていた手を強く握りしめる。

 おそらく僕は今、酷く歪んだ顔をしているだろう。自分でもわかる。でも、それでいい。

 僕は復讐者(・・・)だ。この心に蔓延る絶大な憎しみを、憎悪を忘れてはいけない。

 たとえどんなに歪んでいて、間違った感情だとしてもだ。


「もっともっと、力がいるんだ……」


 そう呟いた僕の顔は酷く歪み、邪悪な笑みを浮かべていたことだろう――――――

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