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落ちこぼれの幼馴染 2

「よろしくおねがいします」


 受付の元幼馴染をあしらい、診察室の中に入っ。

 ここの診察室はあまり広くない。

 人一人寝かせることのできる簡易的なベッドが一つ。患者の書類や医学に関する本が立てかけてある机。ぱっと見た感じはそれくらいしか見当たらない。他にも日用品的な物があるにはあるのだが、目につくものはその二つくらいしかなかった。


「よう、ぼうず」


 デスクのイスに座り、無愛想な表情で僕にそう言ってくる人。

 この人こそ、この診療所の先生で僕の元幼馴染、フィアナさんの実の父親。キース・アルカッド先生だ。


「こんにちはアルカッド先生」


 僕は軽く頭を下げる。


「こりゃまた酷くやられたもんだなあ」


 僕の顔を見たキース先生が呆れ半分でそう言った。

 街中であった男子生徒にやられた怪我の事を言っているのだろう。


「まあしょうがないですよ。いつものことですし」

「……そうか」


 キース先生はそのまま黙り込み、デスクに向かって書類に何かを書き込み始めた。

 十一年前からそうだが、ここの診療所はランスオール帝国で唯一僕の診察を受け入れてくれる。

 他の医療施設では落ちこぼれを理由にされ、満足に診察をしてもらえなかったが、この診療所だけはまともに診察をしてくれた。

 だが、僕の味方と言うわけでは無いようだ。

 僕が街の人々に暴力を受けていると知っていても、それを止めるように言うわけでもなければ、慰めてくれるわけでもない。

 じゃあどうしてキース先生は僕を診察してくれるのか。答えは至極簡単だ。

 キース先生は医者として、怪我人をほおっておくことはしないからである。

 そこに患者がいれば治療をする。そこに例外は無い。

 だが、あくまで医者と患者。そこの境界線はしっかりとしていて、患者の私情に口をはさんだりはしない。早い話が自分の事は自分でやれと言うことである。


「とりあえず座れや坊主」


 顎でクイッとキース先生の目の前に置いてあるイスに促される。

 僕はその指示に従いイスに座った。


「どれ、見せてみろ」


 そう言ってキース先生は顔を近づけてくる。

 僕の顔をまじまじと見つめ、何度か腫れている部分を軽く触った。

 

「ああ、いつもみたいに炎症止めの塗り薬出しとくわ」


 診察時間はものの数秒。適当にやっているようにう見えるかもしれないが、これが意外に的確な処置をしてくれるのだ。医者として確かな目を持っていることは間違いないだろう。


「分かりました。ありがとうございます」


 キース先生に礼を言い、立ち上がる。

 そのまま診察室を出て行こうとするが――


「おい、ちょっと待て」


 呼び止められてしまった。どうしたと言うのだろうか。


「何ですか?」

「いや……大したことじゃないんだが」


 どうも歯切れが悪い。何やら言うのを渋っているようだが。


「ハッキリ言って下さいよ」

「あー、その……うちの娘とはどうだ?」


「…………は?」


 何を言っているんだこの人は。正直な感想がそれである。

 何がどうなのか? 寧ろこっちが聞きたいくらいだ。

 僕が落ちこぼれになってから、この診察室の受付で業務的な会話を交わすくらいしかしていないのに、どうとは一体何のことを言っているのか。


「ちょっと待ってください。先生が何をおっしゃりたいのか全く理解できないのですが」

「いや、いい。今の事は忘れてくれ」

「はい?」


 いきなり訳の分からない事を聞いてきたと思ったら今度は忘れてくれときたもんだ。

 ここで追求してもいいが、本人が言いたくないのであれば詮索するのはよしたほうがいいだろう。


「まあ、先生が言いたくないのであれば無理に聞こうとはしませんけど」

「ああ、悪かった」


 どうもバツの悪い表情をして僕に謝ってくるキース先生。

 何ともいえないモヤモヤを胸に残し、僕は診察室を去った。




――――――




「会計お願いします」


 診察室から出てきた僕はすぐに受付に向かい、会計をしようとする。

 元々夕食の食材の買い出しをするだけだったはずがとんだ道草をくってしまった。


「はい、今回は診察代と薬代で合計銀貨四枚になります」

 

 そう言われ僕はポケットをまさぐり、冷たい金属の感触を握りしめそれをそのまま取り出した。手を開いてみるとそこには銀貨が六枚。僕はそれを迷いなくフィアナさんに手渡した。


「はい、お預かり――えっ?」


 手渡した銀貨の枚数を確認していたフィアナさんが小さく驚愕の声をあげた。


「あ、あの、銀貨が二枚多いんですけど」


 フィアナさんは慌てて銀貨二枚を返そうとしてくる。おそらく僕が見違えて渡したと思ったのだろう。それも無理はない。

 この帝国の通貨は基本硬貨になっている。価値が低い順から、銅貨、銀貨、金貨だ。

 銅貨百枚枚で銀貨一枚と同額の価値。銀貨百枚で金貨一枚と同額の価値となっている。 

 貴族や騎士の家系でもない限り、金貨を目にすることはまずないだろう。

 通常の生活は銅貨で全て賄えるとされているが、医療は別だ。薬などが高価とされているため、通常よりも高い銀貨になってしまう。

 故に平民にとっては銀貨の出費も厳しいのである。

 だから僕が間違えて銀貨を二枚余分に払ってしまったと思っているのだろう。しかしそれは違う。わざと余分に渡したのだ。


「それじゃあ、先生によろしくお伝えください」


 フィアナさんを無視して診療所から出ていく。

 いつも僕の診察を受けてくれているお礼のつもりで余分に渡したが、まさか返されるとは思ってもみなかった。この街の他の人ならば間違いなく気付かないふりをしてそのまま金を持って行ってしまっていただろう。やはり彼女は優しいのだ。


「ちょ、ちょっと!」


 診療所をでてすぐのところでフィアナさんに呼び止められる。診療所から出てきてまで僕に返そうというのか。

 

「ダメですよ! 受け取れません!」


 僕の腕をつかみ、渡したはずの銀貨を強引に押し付けてくる。

 素直に受け取ればいいものを、どうしてわざわざ返してくるのだろう。他の街の人なら、僕が金額を間違えても返すことなくそのまま自分の利益にしてしまうだろうに。


「僕は診察の対価として硬貨を支払ったまでです」 

「でも……」

「いいから」


 フィアナさんの腕をつかみ返し、押し付けられた銀貨を押しつけ返す。

 

「い、嫌です! 離してください!」

「ちょ、暴れないで!」


 この時点で気付くべきだった。僕とフィアナさんのやり取りは、はたから見れば完全に襲われている美少女と、獣と化した男であることに。

 しかも、襲っている男が帝国きっての落ちこぼれだ。尾ひれもつくだろう。


「おい、あの落ちこぼれ遂に女に手を出し始めたぞ」

「しかもキース先生のとこのフィーナちゃんじゃないの」

「あの野郎……ぶち殺してやる!」


 案の定あらぬ誤解を受け、またしても悪意のこもった視線を向けられることになった。


(チッ、めんどくさい)


 事態が悪化する前にその場を去るため、フィアナさんの手に銀貨を握らせ、その場を去ろうとするがそう簡単に落ちこぼれが許してもらえるはずがない。

 去ろうとする僕の頬に電撃のような痺れる痛みが走った。殴られた方とは逆の様だ。


「いっつ!?」


 殴られたときとは違い、平たいもので叩かれたような感触だ。おそらくビンタだろう。


「アンタ、最ッッ低!!」


 ……いやまぁ、変質者に思われるような行動をとっていた僕も悪いんだろうけど、それにしてもいきなり人の頬に平手打ちをかましてきて罵倒するというのはいかがなものかと思うけどね。

 どうせ弁解しようとしても落ちこぼれのレッテルのせいでまともに話を聞いてくれないだろう。ならば一目頬を叩いてきた本人の顔を見てやろうと、声がした方に顔を向ける。

 するとそこには――


「サーシャ……」


 僕の元幼馴染二人目(・・・・・・・)が立っていた。

 



 

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