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【零れ砕けるメンタリティ】

「特に大きなケガではないわ。下手に構わなければ数日で痛みも引くし、爪が生え変われば傷もキレイサッパリ消える。……でも明後日の大会は無理ね。少なくとも一週間は弓を引いちゃダメ」


「……………………」




 連れて来られた保健室。目の前に座る、確か『艶夜(あでや)』とか言う名前の女医は手早く処置を終えた後、私にそんな事を告げた。

 ……この人が何故こんな事を言うのか分からない。こんなのは大したケガではない。包帯でぐるぐる巻きにされているでもなく、ケガをした右手親指を消毒し軟膏を塗ってガーゼをテープで固定してあるだけ。痛みだって殆ど無いし、今は血すら滲んでもいない。なら……大会は出られる筈だ。


「……待って下さい。この程度ならやれます。ほら、全然痛くなんかないし」


 私は右手を振って笑顔を見せる。一瞬チクリと痛みが走るが、そんなものは無視だ。


「ダメだって言っているでしょう。今無理をしたら傷の治りが遅くなるわよ。確かに今後二度と弓を持てなくなるような大ケガではないけど、そんなまともに力の入らない指でまともな成績を修める事なんて出来ると思っているの? ただでさえ弓道は繊細な力加減が要求されるというのに」


「…………………」


 保険医の言葉は正論だ。正論だからこそ、救いがない。何しろ……次の大会は高校最後なのだ。これに出れなければ今まで積み重ねてきたものが全て瓦解すると言っても過言ではないのだから。なのに保険医は出るなと言う。私の努力を全て無に帰そうと辛辣な言葉を投げ掛ける。

 頭の中を絶望感と焦燥感が入り混じって駆け巡り、それは今まで積み上げて来たものが崩れ落ちた所に堆積して精神を圧迫する。爪先から少しずつ力が抜けて、気付けば私は床に尻餅をついていた。保険医も付き添っていたミミも、居辛そうに目を伏せる。……憐みや同情なんか欲しくない。ないのに……。

 積み上がり切った絶望感の頂に、何故かアイツの顔が浮かぶ。……ああそうか、今の私ってあの時の、中学最後の大会前にケガをしてバスケが出来なくなった琉依と殆ど同じ状況なんだ。悔しさと切なさが涙となって零れ落ちる。

 ……でもお陰で、少しだけ琉依の気持ちが分かった気がする。安易な憐憫や同情は慰めにもならないし、逃げたくなるのも理解出来る。そして同時に気付かされた。………今まで自分が、どれほど琉依を見下していたのかを。


「……ごめんミミ、今日はもう帰るね。練習出来ないなら居たって仕方ないし」


 私は力の入らない足を無理やり立たせて、ヨロヨロと出口に向かう。


「梨羽……元気、出してね。付いて行かなくて大丈夫?」


「うん、大丈夫。ありがとね。……でもちょっと一人にしてくれる?」


「あっ、うん、ゴメン。じゃあ私は道場に戻るから。……あんまり思い詰めちゃダメよ?」


「分かってる。心配しないで。………それじゃあね」




 結局一度も振り返らずに、私は保健室を後にした―――――









「あ、いたいた林原。ちょっといい?」


「おおwww新海嬢でござるかwww拙者に用とは随分と珍妙なwww明日は豪雨でござろうwww」


「えーっと……と、藤堂くんは……?」


「藤堂氏ならば帰宅召されたでござるwww何やら事情も分からぬ不思議そうな表情をしておったでござるがなwww拙者ではなく藤堂氏に用だったでござるかwww? ヌポォwww」


「そ、そう……って、用事はそっちじゃなくて……えっと、アンタ梨羽の近所でしょ? 悪いんだけど、梨羽の荷物を家に届けてやって欲しいのよ」


「オウフwww梨羽殿がどうかしたでござるかwww? ケンカでござるかwww? ケンカでござるかwww? 他人の修羅場はメシウマでござるwwwww」


「……アンタ相変わらず得な性格してるねー……。ケンカじゃなくて、ケガよケガ。梨羽、部活中にケガしちゃってね。……明後日の大会にも出れなくなっちゃったんだ」


「www……………。マジ?」


「マジ、よ。あのコは部で一番中てるから、部長としては冗談であって欲しかったんだけど……あ、でも心配しないで。ケガ自体は大した事はないから。ちょっと箇所が悪かっただけ。てか自業自得ね。弓懸も着けずにあんな無謀な射を繰り返してたんだから。爪くらい割れて当然というか何というか、むしろ爪程度で済んで良かったというか。弓弾いた時の衝撃って結構凄いから、下手すると指の骨が折れちゃったりするんだけどね」


「………………………」


「あたしはそっとしておく事しか出来ないけれど……アンタからは言える事があるんじゃない? アンタが本当に『林原琉依』であるのなら、ね」


「………………………」


「それじゃ、あのコを宜しくね、『幼馴染』クン」




「…………『幼馴染』、か―――――」





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