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【混沌盈るアナザーワールド】

「んでwwwんでwwwんでwwwにゃーんでwww」


「……………」




 ドアを開けた途端に溢れ出す毒電波。絡み付くように甘ったるく甲高い歌声。深い意味なんてなさそうな歌詞。無駄にふわふわでキラキラな音の洪水。詳細は分からない……というより分かりたくないが、所謂『アニメソング』という類の曲。それが爆音でこの異空間に響き渡っている。

 それだけならまだしも、目の前にある醜悪な『物体』はその脳みそが蕩けそうな曲に、自らの濁声をさも嬉しそうに乗せていらっしゃる。ステレオで時間設定した目覚まし代わりのCDを流して、目が覚めた瞬間条件反射のように歌い出すのだとか。………何このキモ生物。


「おおwww梨羽殿www毎朝大義でござるwwwドゥフフwwwwww」


「……………」


 見渡すのも躊躇われる、色とりどりの髪の色と造形があまりにもオカシイ衣装に身を包んだ可愛らしく微笑む女の子(アニメか何かのキャラクター)のポスターやら人形やら各種グッズで部屋中を埋め尽くし、自身も実にきわどい格好の女の子っぽい絵柄がプリントされている抱き枕にスリスリしている部屋主。彼は『林原 琉依るい』17歳。私の幼馴染であり、今も同じ高校に通うクラスメイト。……そして、何を隠そう幼き日に結婚の約束をした、あの『るーくん』その人なのである。

 だらしなく肥えた腹、お菓子ばっかり食べている事による顔中のニキビ、手入れする気もなさそうなボサボサの髪など、見た目完全にテンプレ的『オタク』。プロバスケ選手を目指していて、それに違わぬ運動能力と爽やかな笑顔でクラスの女の子の憧れの的だったあの思い出の中の彼とは似ても似つかぬ今の琉依。正に『どうしてこうなった』という言葉が何の違和感もなく頭に浮かぶ。


「デュフィノプゥwww今日もアニソンまみれの朝でござるwww清々しいでござるwwwせーいぞーんせんりゃくーーーっwwwww」


「………………」


 普通にイラッとする。片や目の前の肉塊は朝も早よから実に楽しそうだ。オタクってのはもっと奥ゆかしいものだった気がするのだが。もう人目とか世間体とか私とか人として大事なものを一切無視してノリノリである。ここまで来ればいっそ清々しい。コイツが私の幼馴染でなければ、ガン無視決め込んでいる事請け合いなのだが、そうも行かないのが世の中ってものなのだ。沸々と湧き上がる殺意を隠しもせず、私は作業を遂行する。


「ああああああもうっ!! 朝からウザいわね相変わらずっ!! 暑苦しいのよキモイのよ!! 起きてるなら私が起こしに来る前に降りて来なさいよ!! そうすりゃわざわざこんな異空間に入らずに済むのにぃ!!」


「クポォwww朝から騒がしいでござるな梨羽殿wwwもしやアノ日でござるか? デュクシwwwちょーしに乗っちゃダメーwwwww」


「うがああああああ!! もうほんっっっとイヤ!! さっさと降りて来ないと的に縛り付けて私の射で穴だらけにするわよ!!」


「デュフフwwwサーセンwww」


「だからそれは何語なのよっ!! 謝る気ないでしょアンタ!! とにかく、責任は果たしたからねっ!! 後は勝手になさい!!」


 ドアを破壊せんが勢いで叩き閉め、一応義務を果たした私は魔窟を後にする。ついでに私のキャラもかなり崩壊気味だが、アイツと関わる時は仕方がない。……私はそんな凶暴な性格じゃないですよ? ホントですよ? 一応学校でも『成績優秀で優しく清楚な桜木先輩』で通ってるんですから。そう、全てはあのオタクブタの所為なのですっ!! 私は悪くないのですっ!! そこっ、責任転嫁とかゆーな!!

 ……昔はこうじゃなかったんだけどなぁ……。いつから関係がおかしくなって、アイツはあんな風に変わってしまったんだろうか……って、実は原因を知っている。そりゃ曲がりなりにも幼馴染で、今はアレだけどずっと一緒に過ごして来たんだから。知りたくなくても知ってしまう。


 それは3年前の中学3年の夏。琉依は大好きなバスケットボールが出来なくなった。練習のし過ぎで利き腕の右肘を壊したのだ。剥離した肘の骨の欠片が神経を傷付けてしまったらしく、アイツは今でも肘を伸ばす度に表情を歪める。その怪我が原因で中学最後の大会にも出れず、自身は勿論、将来を嘱望されていた琉依の故障は周囲にも大きなショックを与えた。

 そしてアイツは……全てを諦めてしまった。私の声さえ聞かず、自暴自棄になり、全てを拒絶し大切だった筈のものさえ投げ出して、自分の殻に閉じ篭ってしまった。

 ……その時にハマッてしまったのが、『アニメ』を筆頭とした二次元の世界。現実逃避するには格好のコンテンツだったとは言え、所謂サブカルチャー産業に手を出した琉依は怪我をしてから数ヶ月足らずで誰から見ても分かりやすい立派な『オタク』へと転身を遂げたのだった。元々前向きで熱中しやすい性格が裏目に出たようだ。自室に引き篭もり、お菓子を食べながらアニメやゲーム、マンガ三昧。確かに怪我をした当初の、あの全てを憎んでいるような殺伐とした雰囲気はなくなった。なくなったのだけど……私から言わせれば、あんな風になってしまった琉依は正直見たくなかった。

 私がつきっきりで彼を更正させていれば、少しは違ったかも……と今更悔やんでも仕方がないけど……いや、まあ、私も私で思春期の悩みだとか女子間のしがらみ(ヒント:バスケをやっていた頃の琉依はモテモテだった)だとか色々あったもので、『るーくんも辛いだろうし、今はそっとしといてあげよう』とか体の良い放置をしてしまった訳でして、はい。……こんな風になってしまう事が分かっていたなら、そんな余計なものは全てうっちゃってでも琉依の傍にいたものを。気が付いた時には既に遅く、もう手の施しようがない迄に変わってしまっていた。開口一番、


『長○は拙者の嫁wwwデュクシwww』


 とか言われた時は全く理解出来ずに一体何の病気かと頭の中が真っ白になった事を覚えている。……未だに琉依の喋る言葉は何かの暗号かとしか思えないけど。


 かくして琉依は推薦入学が決まっていた高校が怪我の所為で破談になり、今は私と同じ地元の公立校に通っている。私は弓道場に通っている事もあり結局『幼馴染』という立場を無視する事も出来ず、あかりさん達に頼まれるがまま今もこうやって毎朝練習後に琉依を叩き起こす生活を続けていた。……あ、正確には私が起こす前に起きているから私が起こしている訳じゃないけど。

 昔、琉依が変わる前まではあかりさん達に頼まれるまでもなく毎朝自主的に琉依を起こしに来たものだ。そりゃ……家は近くだし同じ学校に通ってるんだし、結局一緒に学校行くんだし。それに……琉依の寝顔が……まあ……その……。あ、でも今は気持ち悪いの1フレーズしか浮かばないけどね。

 ………そう、何が嫌って、私は『オタク』という生き物が心底嫌いなのだ。ああやって性格が変わって罵詈雑言を怒鳴り散らしてしまう程に。アレが『結婚の約束までした大好きな幼馴染のるーくん』であるという事実に目を覆いたくなる。到底理解出来ないし、理解しようとも思わない。いくら相手が琉依とは言え、否、相手が琉依だからこそ許せない。私の運命の人は、問答無用でカッコイイ王子様であるべきなのだ。……何処かの『付き合ってないけど付き合ってるようにしか見えない幼馴染カップル』とは大違いだなぁ……。作者……もとい、世の中って理不尽。




 そんなこんなで、今日もいつもと変わらぬ一日が始まった―――





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