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百怪―動物の怪18話―

作者: annmin

「木の葉」


マッサージ店に勤めている女性から

聞いた話。


本格的な店ではなく、いわゆる10分、

15分いくらのクイックマッサージという

ものである。


「何かを“背負って”いる人が来たり

 すると、普通より疲れたりはしますね」


彼女の話によると、普通に疲れている場合は

いいのだが、中には知らず知らずのうちに、

“憑かれて”いる人が厄介だという。


彼女は元々心霊とかそういうものを信じる

性格ではなかったのだが、その人生観を

変えるような出来事に遭遇したのは、ある

店に勤めている時だった。


「いつものように、お客さんをマッサージ

 していたんですけど」


肩や首の凝りが酷い人で、いくらやっても

ほぐれたような気がしない。

汗だくになっていると、店長が様子を見に

来た。


「僕が代わろう」


さすがに店長だと思っていると、彼は手を

持ってきたスプレーで濡らし始めた。

「何ですかそれ?」と聞いても答えずに、

そのお客の肩を揉み始めた。


「濡れた手で揉んでいるんですから、

 そのうちアカすりみたいになっちゃって。

 汚いなあ、とか思って見てたんですが」


それはアカではなかった。

こする度にそれはポロポロと肌から

浮き出てきたが、よく見ると小さな

木の葉のように見えたという。


しかも、それは床には落ちずに、肌から

出ては中空で渦巻きを作っていく。


「ちょっと窓を開けて」


店長に言われるがままに窓を開けると、

それはつむじ風のように舞いながら、

開けた窓の隙間から出て行った。


「そこで気付いたんですけど」


それは木の葉ではなかった。

正確には、葉を羽根のようにした

蝶の一群だった。


その客は、マッサージが終わるとすごく

喜んでいた。

曰く、どこのマッサージ店に行ってもダメ

だったけど、ここはスゴい、あれだけ

治らなかった肩凝りが治ったと―

そう何度も礼を言っていたという。


「あいつ、どこかの山で火遊びしてきたな」


その客が店を出て行った後、店長がぽつりと

そう言ったのが印象的だったという。

それから半年ほどして、店長は実家を継ぐと

いう理由で、故郷へ帰ってしまった。


「神主の息子さんだったみたいです」


彼女も、今は別の店で働いているので、

彼やその店がどうなったかは不明だが、

今でもあのスプレーの中身だけは教えて

もらえば良かったと、残念そうに言った。




「ジョギング」


去年結婚したばかりの女性から聞いた話。


彼女はあるスポーツジムで今の夫と

知り合い、結婚したという。

いわば夫婦揃って体育会系であり、

夜のジョギングを日課としていた。


「だいたい、2キロくらいですかね。

 私も彼も、体動かしていないと調子が

 出なくて」


その日も、いつものコースを2人で走って

いた。

マンションから大通りへ抜け、中間地点に

小学校があった。


「夜の学校っていうと、外から見てるだけ

 でもあまり気持ちのいいものじゃないです

 けど、2人で走っていたので」


1人で走るより怖くはない。

いつものように、校舎から校庭側へ回る

ようにして通り過ぎようとした、その時


「見ちゃったんです」


白い、和服姿の、同性から見ても美人と

思える女性が立っていた。

うつむいて、その長い前髪の向こうから

こちらを見ているような―

校庭と道路を隔てる鉄柵の内側、その

隙間から手を伸ばせば届きそうなほどの

位置に。


「あ、あなた、あれ」


走りながら顔をそちらへ向けて、夫に

伝えようとするが、


「ああ、わかっている」


と反応が返ってきた。


どうやら夫も気付いているようだ―

それを聞くと、何やら安心感がわいて、

また遠ざかると共に冷静さを取り戻して

いった。


家に帰り、スポーツドリンクを飲んで

落ち着くと、あれは一体何なのだろう、

という話に当然なった。

しかし―


「白鳥? それともアヒルかな、

 何て言うんですよ」


夫の説明では、そこに飼育小屋があり、

金網の中のそれが首を伸ばして、こちらを

見ていたそうである。

妻がそれに気付いて、自分に声を掛けて

きたのだと思っていたらしい。


翌日、夫について恐る恐るそのコースを

通ると、なるほど確かに飼育小屋があり、

白鳥が金網の中で寝ているのが見えた。


「ツルが化けるのならともかく、白鳥が

 化けるのなんてアリですか?」


そう言って、彼女は首を傾げていた。




「後ろ髪」


ある大手に勤めているSEの話。

彼の仕事はいわゆる物流サーバーの管理で、

都内の勤め先へは秋葉原を経由していた。


ある時、彼はいつものように秋葉原駅を

降りると、妙なものを目にした。


「髪を後ろに縛っていた男性を見まして。

 今は珍しくないんでしょうけど」


しかし、妙だったのはその髪の色だった。

後ろに縛った髪だけが茶色に染められて

いたのだ。


「他は普通に黒だったんですけどね……

 まあこういうのもあるのかな?

 と思って見ていたら」


その後ろ髪がふわっと浮き上がった。

え? と思って見続けていると、

肩に何かが乗っていた。


「小さな狐が乗っていました」


後ろ髪だと思っていたのは、その狐のしっぽ

だったらしい。そしてその狐と目が合った。

狐は一回あくびすると、目を閉じて眠った

ように見えたという。

そして男性は狐を乗せたまま、雑踏の中へ

消えていった。


「何だったんでしょうね、アレは」


答えようが無いものである。




「飛び降り」


釣りと山歩きが趣味で、夏と秋に必ず

奥多摩を訪れるという男性から聞いた

話。


ある年の秋、いつも馴染みにしている

民宿へ着いた彼は、自分の部屋で荷物を

整理し、外で一息つこうと廊下へ出た。

と、フスマを閉めた向こう、無人のはずの

自分の部屋から妙な音がする。


不思議に思ってフスマを開けると、中には

5、6歳と思われる男の子が、自分の荷物を

あさっていた。


「コラッ!!」


彼の声に驚いた子供は、少し開いていた

窓から、一目散に飛び出した。


「あっ!?」


今度は彼が声を上げた。

彼の部屋は2階。いくら身軽な子供とはいえ

無事とは思えない。

数秒して我に返った後、慌てて窓から下を

確認するも、そこには誰もいない。


代わりに、彼がおやつにと買った

菓子パンを、袋ごと重そうに引きずっていく

狸の姿があった。




「誘拐」


知人から聞いた話。


本人ではなく、その彼女の事なのだが、

ペットはウサギ派で白黒のウサギを

大変可愛がっていた。


しかし、やがて寿命を迎え―

落ち込んでいる彼女を温泉に誘った彼は、

その帰る日にとんでもない物を見つけた。


「持ってきちゃった……」


彼女のバッグの中には小さなウサギがいた。

温泉施設の一角にウサギ小屋というか、

放牧場のようなものがあり、それが彼女を

その温泉へ誘った理由でもあるのだが―


「一匹くらいなら……って」


さすがに彼も問題とは思ったが、考えて

みればそこのウサギは何十匹もいたそうで、

一匹だけならわからないだろうと思い、

目をつむった。


事件は夜に起きた。

もっとも、気付いたのは朝。

「きゃっ」という彼女の悲鳴と共に彼が

見たものは、彼女のバッグだった。


ブランドもののそれが、無残にもボロボロに

なっていた。

長年ウサギを飼ってきた彼女は、その状態を

一目で理解した。

しかし連れ帰ってきたウサギはゲージの中。

それに、


「……一匹じゃないよね、コレ」


と彼女は肩を落とした。


「仲間が怒ったんですかね。

 で、返しに行きました?」


彼は首を左右に振り、


「俺もそう言ったんだけど、

 ブランドバッグ一個ムダにしたんだから、

 このコもらってもいいでしょ! って。

 俺に言われても……」


そう言って彼は頭をかいた。




「鶏肉」


40代のサラリーマンから聞いた話。


彼がいつも通り通勤のため道を歩いて

いると、カラスが小さな野鳥を襲って

いる場面に出くわした。


「コラッ!」


思わず声を上げて、カバンを振り回して

その場へ乱入し、2匹とも別々の方向へ

逃げた。


野鳥を助ける事が出来たものの、考えて

みればカラスは食事をしようとしていた

だけなのに……と、気の毒な事をしたと

思い直した。


「それで、弁当を開けて、ちょうど鶏肉と

 ミートボールが入っていたので、それを」


その場に置いて立ち去ったという。

少し離れてから振り返ると、先ほどと同じか

どうかはわからないがカラスが1匹、それを

ついばんでいるのが見えた。


仕事が終わってその日の帰り。

そういえばここで今朝……と思い出しながら

歩いていると、“オイ”と声をかけられた。


見上げると、塀の上に腰かけるように、

6、7才くらいの少年が座っていた。


「今回は許してやる」


そう言うと、スーパーのレジ袋を投げて

よこしてきた。

足元に落ちたそれは、何かがギッシリと

詰まっているようだった。

何だこれは? と思って塀の上に視線を

戻すと、そこには1匹のカラスがいて、

そのまま羽ばたいて闇夜へと消えた。


「その子、普通の洋服を着ていたんです

 けどね」


レジ袋の中には、クルミが20個ほど

入っていた。

少し肌寒くなってきた、秋口の頃だった

という。




「お披露目」


私の通うお寺に来た、大学生から聞いた話。


冬のある時、彼は一羽のハトを拾った。

道端にうずくまっており、どこかケガでも

したのでは、と病院へ運んだ。


「別にどこも何ともありません。

 ただ、いきなり寒くなったので

 びっくりしたのでしょう」


診てくれた獣医さんはそう言ったという。

当日は急激に寒くなった日で、その年一番の

冷え込みだった。

しかし、そんな理由で動けなくなっていいの

かと、半ば呆れながらハトを自宅へ連れ帰る

事にした。


「まあ1週間もすると元気になったし、

 それで放してやったんですが」


それからしばらく後、彼が自室で寝ていると

ベランダから男女の声が聞こえてきた。

“ここだよ” “でもどうして?”

“一応僕がお世話になった人だし”

“変な人ねえ”等と話している。


「でも、僕の部屋というか住んでいた場所は

 マンション、それも10階で」


ただ、会話の内容からすると、こちらに害を

加えるような悪意は感じない。

彼は恐る恐るカーテンを開けると、そこには

つがいと思われる2羽のハトがいた。


「2匹で僕の顔を見ていたんですが、すぐに

 同時に飛んでいってしまいました」


ちなみに、彼自身には恋人はおらず、あれは

お披露目だったのか嫌味だったのか、未だに

判断に迷うそうである。




「窓」


今年社会人になったばかりの男性から

聞いた話。


彼は初めての出張で、ある地方都市の

ビジネスホテルに泊まった。

本当は日帰りだったはずなのだが、仕事が

長引いてしまい、翌朝に帰る事となった。


「翌日は土曜日でしたし、特に早起きする

 必要もなかったんですが」


それでも、窓から差し込む朝日と、その

サッシにとまって鳴く何匹かのスズメの

声に起こされ、彼はホテルのフロントに

向かった。

まだ9時にもなっていなかったという。


「あんな階まで、スズメって来るんですね。

 窓のところにいっぱいとまってましたよ」


そう話すと、フロントの係りが妙な顔を

した。

“窓って、客室の窓の事でしょうか?”

質問の意味がわからず、“ええ、まあ”と

生返事をすると、チェックアウトした。


ホテルから出た後、何気なく彼は自分の

泊まっていた部屋の辺りを見上げた。


「え? って声に出てしまいました」


そこの窓、というよりホテルの上半分が、

何かの改装か塗装でもしているのか、足場が

組まれて、防護シートでおおわれていた。

ホテルに入ったのは夜半だったし、いちいち

全体を確認などせず、全く気付かなかったと

いう。


「でも、僕が見たのは本当に普通の、

 透明な窓とスズメたちだったんです

 けどね……」


幽霊よりはマシですけど、と彼は

頭をかいた。




「やべっ」


鳥好きな知人の話。

彼の家では、子供の頃からインコを飼い、

鳥がいなかった事がなかったという。


「よくしゃべるコとしゃべらないコに

 分かれますね。

 先天的なものですよ」


覚える言葉は、主に口真似から。

何度も繰り返し、さらに短い単語から

覚えていくらしい。


何年か前、全く言葉をしゃべらないコが

いたそうだ。

しかし、一度だけそのコが言葉を発する

のを聞いた事がある、と彼は言った。


「脱走の名人でね。

 夜、何か飲み物でも飲もうと冷蔵庫に

 向かったんだけど」


そこにそのコがいた。

テーブルの上で、何かモゾモゾとしている。

また何かイタズラでも……と思って近付くと

向こうも気付いたのか、振り向き


「やべっ」


と一言だけ発した。

後にも先にも、そのコが言葉を発したのは

それきりだった。


「あいつ、絶対意味分かってて言ってたよ」


そう彼は確信しているという。




「モーモ」


品川区に住んでいる主婦の方から聞いた話。


彼女は生まれも育ちも品川で、一時東京から

離れていたが、結婚を機に実家の近くまで

戻ってきていた。


子供も生まれ、その子が幼稚園くらいの

頃に、こんな出来事があったという。


「近くに小さな公園があったんですけど、

 そこから帰ってきた子供が変な事を言い

 出したんです」


聞くと、“モーモがいる”という。

“モーモ”とは牛の事だと思ったそうだが、

公園に牛がいるなんて普通は思わない。

確認のために外に出ると、子供は道案内を

するように駆け出した。


「そのまま公園のトイレに向かったので、

 中をのぞいてみたんですが」


そこには、狭そうに巨体を入れている牛が

いた。

動物園でかぐような匂いも確かにあった。

びっくりして子供を抱き上げると、その

まま家に戻って夫にそれを告げた。


「でも、夫と一緒に行った時にはもう牛の

 姿はどこにも無くて」


今年中学生になる息子さんもその事は覚えて

いて、今でも時々話題にするという。

ホルスタインのような白地に黒模様の牛では

なく、全体的に茶色がかっていたそうだ。




「あげる」


5才になる女の子を持つ主婦の方から

聞いた話。


ある時、家の中でその子が何かを持って

いる事に気付いた。

よく見るとそれはニンジンで、しかも

先端がいびつな形で無くなっている。


「ニンジンなんか持って、どうしたの?」


聞くと、その子は“お馬さんにあげた”

という。


「お馬さん? どこにいたの?」


見ると、台所の窓が開いていた。

しかしその子が手を伸ばしても届く高さ

ではない。

さらに詳しく聞いてみると、娘が台所を

見上げていたら、馬が窓からのぞいて

いる事に気付いたという。

それで何かあげるものはないかと冷蔵庫を

開け、ニンジンを持ち出した。


そのニンジンを頭上にかかげるようにして

高く持つと、馬が窓から首を入れて食べた、

という事らしい。


「でもねえ、家ってアパートで、それも

 住んでいる階は3階だったんですけど」


結局、そのニンジンは気味が悪くて

捨ててしまった。


その後、娘にはどう注意したものか

悩んだが、


「もし何か窓から入ってきても、

 物をあげちゃダメ」


に落ち着いたらしい。




「コーヒー」


都内の、ある研究機関に勤める男性から

聞いた話。


「水質調査を頼まれた時がありまして。

 5、6年ほど前だったかなあ」


いわゆる環境調査で、公的な依頼を受ける

事がよくあるのだという。

ある地域一帯の調査に向かい、サンプルと

していくつかの水源から水を採取した。


「その中で、小さな池があったんですけど」


試験管に水を移していると、大きな影が

目の前を横切った。

何だろうと思い、持っていた網でそれを

すくおうと水中に突っ込んだ。


「それが、簡単にすくえてしまいまして」


大きな鯉が、網の中で身を震わせていた。

別に生物などのサンプルは必要ではなかった

が、なぜか無性に持ち帰りたくなって、道具

一式が車に揃っていたのもあり、車に入れて

持ち帰った。


施設に帰り、大きめの水槽に入れて一息

つくと、彼はコーヒーを買いに自販機のある

コーナーへと向かった。


「よくある紙コップ式のものだったんです

 けどね……」


飲もうと口を近づけた時、不意にその表面が

揺れた気がした。

え? と思って口を離すと、コーヒーの中

からヒゲのある魚の頭がぬっと現れた。


「そりゃ驚きましたよ」


思わず叫んで紙コップを落とすと、中身が

床に飛び散り、香ばしい匂いと色が、辺り

一面を染め上げた。

もちろん魚の姿などどこにもなく、彼は

手持ちのティッシュで床を掃除した。


部屋に戻ると、同僚が声をかけてきた。


「何で水槽なんか用意したんだ?」


そこには、水も何も無い空の水槽が残されて

いた。

ただ、中身は水を抜いたように濡れており、

魚類特有の生臭い匂いも部屋に漂っていたと

いう。


「多分あの池に戻ったんでしょうけど。

 まあ確認出来る事ではないので」


彼は手に持っていた缶コーヒーをくるくると

回しながら、不思議そうにつぶやいた。




「飛び魚」


アクアショップに勤める男性から聞いた話。


水の中に住む生物というのは、水質・温度・

エサ等、管理が大変難しく、しかも24時間

体制で注意しなければならない。

また、病気に関しても治療方法が確定して

いない事がほとんどで、非常に神経を使う

という。


「それでも、たった一つ、楽な事があるん

 ですよ」


『脱走』だという。

犬や猫と違い、水槽から出る=死なので、

少なくともその心配は無い。


「基本、人の手による移動しか出来ないです

 からね。

 ただ、その分盗むのも簡単になるので、

 一長一短かな」


だから、一番重要なのはセキュリティーだ

という。

ちょうどアロワナをごっそり盗む窃盗犯が

出たとかで、警備を強化していた時の事。

1日1回、閉店した店内を見回っていたの

だが、床が濡れている事に気付いた。


「水槽は網かガラスで閉じているんですが、

 ガラスの場合は隙間が開いている事が

 あって。

 注意はしているんですが、よくこんな

 隙間から……というのは結構ありました」


発見が早ければ助かる事もある。

懐中電灯で照らしながら、その一帯を中心に

探し回った。

と、パタパタと羽音みたいな音がする。

鳥? と思ってその方向を照らすと


「タナゴ? かフナ? か……

 それにスズメの羽をくっつけたような

 ヤツが飛んでいました」


中空で飛行を維持したそれは、口をパクパク

させながら、しばらく彼と対峙していた。

しかし、それも4、5秒の間で、広くはない

店内を飛び回り始めた。


「捕まえる、というより、とっとと出て

 いってくれと思って。

 店内の明かりを付けて、窓を全開に

 したんです」


その意図を察してか、開けた窓からその

魚? は飛んでいった。

月明かりか地上の外灯か、ウロコが光を

キラキラと反射させて、それは視界から

暗闇へと姿を消した。


「翌日、魚の数を調べたりしたんですが、

 特に異常も無くて」


店長に一応話しはしたが、“ウチの魚じゃ

なけりゃ、別にいい”と、取り合ってくれ

なかったそうだ。




「カギ」


知人のライターから聞いた話。


ライターと言っても“元”で、今は主婦業に

専念している。

そんな彼女は結婚する前、インコを飼って

いた。

青っぽい、よくしゃべる賢い子(本人談)

だったという。


「もう10年以上前になるけど」


その頃、まだ駆け出しだった彼女は、その日

ある大手と打ち合わせの予定があった。

家を出る時間になったので、玄関に向かうと

いつも置いてある場所に自宅のカギが無い。

オートロックのマンションとはいえ、カギを

掛けないで出かけるなんて事は出来ない。


「慌てて探したんだけど、どうしても

 見つからなくて」


そうこうする間にも、約束の時間は迫って

くる。

仕方なく彼女は、近所に住む友人に事情を

話して、留守番してもらう事にした。


「でも、結局その友人が来るまでは自宅で

 待ってなきゃいけないじゃない。

 15分くらいで来てくれたけど、

 もう遅刻は確定だったわ」


それでも彼女は自宅を友人に任せると、

早足でタクシーを拾った。

本来なら電車だが、そんな余裕はもう

どこにもない。


10分ほどの遅刻で、待ち合わせ先に到着

した。先方はすでに着いており、向こうも

怒っているだろうと思っていると、


「会った瞬間、“電車で来ましたか!?”

 “無事でしたか!?”って言われて」


それは、あの有名な毒ガステロが行われた

日だった。

遅刻の言い訳どころの話ではない。

若い女性という事もあり、先方はかなり

心配してくれて、打ち合わせの後は帰りの

タクシー代までくれたという。


「家に帰っても、まだ現実感が無くて。

 友人にお礼を言って、とにかく自宅のカギを

 探す事にしたんですけど」


ふと、鳥カゴの中にいるインコが何かで

遊んでいる事に気付いた。

それには、見覚えのあるストラップが

付いていた。


「一人暮らしだったので、誰かがカゴの

 中に入れない限り、そんな事は無理なん

 ですけどね」


その後、3年ほどでそのインコは死んだ。

6才で、かなり長生きした方らしい。

今でも命日の日には好物のイチゴを、埋めた

場所に供えに行くという。




「コート」


今は飲食店に勤めている女性の話。


彼女は大学進学で一人暮らしを始めた際、

ウサギを飼う事に決めた。

ペットを飼うのは初めての経験であったが、

初心者よろしく徹底した“守り”で飼育。

オスのミニウサギ(あまり大型にならない

種の総称。正式な名称ではないらしい)の

子供を1匹購入したのだが、3ヶ月も

するとやんちゃな暴れん坊に育った。


そんな彼女にも同じ大学の恋人が出来、

自室で寝泊りするようになった。

冬になると彼はロングコートを

着てきたが、ウサギは決まって

そのコートを噛むようになった。


「嫉妬していたんですかね」


しかしそのウサギも、2年ほどで病気に

なり、あっという間に死んでしまったと

いう。

診察、即座に入院、それから3日後という

早いペースで、あまりの速さに悲しみを

通り越して、数日は呆然としていた。


そんな時、彼から電話が掛かってきた。

あのウサギは元気にしているか? と―

実は彼の方はここ一ヶ月論文で忙しく、

事情がわかっていたので、彼女も連絡を

なるべく付けないでいた。


どうしてそんな事を、と聞くと、大学で

調べ物をしつつ寝泊りしていたのだが、

夜中に目を覚ますと壁にかけてあった

自分のコートが揺れている。

よく見ると下から引っ張られているようで、

目を凝らすと何か小さなものが暗闇の中で

動いていた。


電気を付けてよく見ようとスイッチを

入れると、そこには何もなく、ただ

コートの裾が濡れていて、小動物特有の

匂いが辺りにただよっていたという。


「あのコはあのコなりに、知らせようと

 していたのかな、って」


それから間もなく2人は同棲を始めたが、

冬になると朝起きた時に彼のコートの裾が

濡れている、という事が何度かあった

そうである。




「ヌシ」


聞いた話。


お寺に来た、30代の男性とその両親の話。

雑談を進める内、こんな事を言い出した。


「そういえば、家にはヌシがいたなあ」


何の事かと聞くと、幼い頃、よく雨が降った

時などに、両親が彼に『ヌシが来たよ』と

庭を見せた。


庭には、大きなガマ蛙が一匹、こちらを

にらむように構えていた。

微笑ましい話だと思って聞いていると、


「何だそれ?

 私らはそんな事知らないけど」


両親の方は覚えていないらしい。

彼は、いやよく両親が見せてくれた、と

言ってきかない。


「ああ、思い出したわ。

 そういえば、ホントにヌシだと信じて

 いたわねえ」


母親が笑い飛ばすと、他もつられて笑った。

それでお開きとなり、一家を送り出す時、

最後に残った母親がポツリと言った。


「あの子が小さい頃って、2人とも

 共働きでアパート住まいだったはずなん

 ですけど……

 庭って、いったいどこの事を

 言っているんでしょうね?」


庭がどこというよりも、共働き―

彼にヌシを見せたその両親が本当の両親

だったのかという方が気になるが、

それは口には出せなかった。




「足」


ある僧から聞いた話。


「修行する場所は山の中ですけど、基本は

 身一つです。

 中には車で上り下りする不心得者も

 おりますがね」


30代になったばかりの彼は、前の修行で

あった事を話してくれた。

僧と言っても、いつも修行に明け暮れて

いるわけではない。

ある程度決められた修行時期や日数があり、

それに沿って動く。


「場所も決められています。

 その宗派の総本山とか……

 だから下手をすると一度に何十人、

 何百人と集まる事になって、同窓会

 みたいな雰囲気になりますよ」


とはいえ、みな修行中の身である。

軽々しく話す事など出来るわけも無く、

宿泊所に戻り、やっと寝る前のわずかな

時間が“自由時間”となる。

そこで今日の出来事や、修行の辛さ、

今後の予定などを語り合った。


「こんな事、仏に仕える身で言っちゃ

 いけないのかも知れないけど……」


隣りに寝ていた、ちょうど同じ歳くらいの

修行僧が、そう言いにくそうに話し始めた。


「山の中で他の僧とすれ違った時にさ……

 足がおかしなやつらがいたんだよ」


「足?」


山は広大だが、修行僧が集まっているので、

歩いていれば1日のうちに何人もすれ違う。

軽く会釈して別れるのが礼儀だが、ふと

振り返ってよく見ると、着物の裾から出た

足が、人間のそれでは無い僧がいた。


「あれはなんなんだ……

 動物の足には違い無いんだが……

 それとも、修行が足りないからあんな物を

 見てしまうのか」


すると、どこかで聞いていたのか、老齢の

僧が話に割って入ってきた。


「失礼な事を言うもんじゃない。

 畜生でも修行しにくるのであれば

 仏道者じゃ。仲間じゃ」


それもそうかと、納得してその日は寝た。

翌日の朝食時もその事が話題に上がったが、

その話を聞きつけた高僧がやってきた。

みな、お叱りを受けるかもと緊張している

と……


「古い文献にはそういう事もあったと

 書かれていたのだが。

 そうか、今でも修行に来ていらっしゃるの

 だなあ」


そう言って去っていったという。




「家族」


「田舎の祖父が話してくれたものだが」


故郷が中国地方の方から聞いた話。


祖父が子供の頃は、まだ山の中で生活を

営んでいる者がいた。

林業と狩猟を半々でやっているような

サイクルだっという。


彼には妻子がいたが、ある時病気で2人とも

死なれてしまい、山奥に1人で住んでいた。


春と夏には魚や山菜を、秋と冬にはキノコや

獣肉などをふもとに持ってきて、米やお金に

換えて日々を過ごしていた。


「だから、そういう事情もあってか

 いつも暗い顔をしていたそうだ。

 ところが、いつ頃からかすごく明るく

 笑うようになっていったんだと。

 どうしてか、祖父の親父がたずねた

 そうなんだが―」


彼は答えた。

山の中でいつものように狩りをしていたが、

一匹の狐がケガをしているのを見つけた。

周りを伺うと、その子と思われる子狐が

一匹、距離を取って心配そうにしていた。


「何かの縁だろうと思って手当てして

 やったらしい。

 そうしたら、翌日から彼の家に2匹で

 現れるようになったって」


身寄りのいない彼に取って、その狐母子は

家族同然になったという。

だから、今は寂しくないんだと笑うように

なったそうだ。


「そんな様子だからさ。

 次第に、そいつと顔合わせる時は、

 『狐は元気か?』って聞くのが

 あいさつみたいになったと」


しかし、そんな彼が幾度目かの冬に、一度も

ふもとに来ない事があった。


祖父の父も含め、心配した人たちが快晴の

日に山の中へ捜索に向かった。

半日ほどで男の家は見つかり、中から男の

遺体が出てきた。

死因は病死。

流行り風邪をこじらせたのだろう、という

のが医者の見解であった。


「ただ、家の中を見るとわからない事が

 あって」


綺麗に洗濯、整理された衣類があり、

その中でも女性と子供の物と思われる

衣服は、1人暮らしだったはずの彼の

家の中では目を引いた。


それだけでなく、食器や布団も3人分、

長年使われた形跡があり、みんな不思議

がった。


「死に顔は非常に穏やかだったと……

 そう父が話してくれた事が印象に残って

 いる、そう言ってたっけなぁ」


シワの張った顔に、さらに深くシワを刻む

ように、彼は目を閉じた。


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