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神閥  作者: 村岸健太
野党議員
4/11

甘美な夜の終わりに

 大山が部屋に招き入れるなり、新田ははっきりとたじろいだ。

「いや、すみませんね、散らかっていて。……ちょっと、さっきまで呑んでいたもので。まあ、適当に座ってください。そして……、あなたのお話を聴かせていただけますか、もちろん、あなたの訊きたいことにもお答えしましょう。車ですか? ああそう、じゃあ……、嫌いでなければどうぞ」

 右手で空き缶とグラスを片付けながら、左手で冷蔵庫から新しい缶を取り出して、彼に勧める。注いであげなければいけないかとも思ったが、新田は「恐縮です」と頭を下げて缶の蓋を開けると、三つ喉を鳴らした。

 惚れ惚れするような、いい飲みっぷりだ。

「それで……、釜元先生の秘書の方が、あなたを脅して来られた、と。あ、これもどうぞ、まだ湿気てはいないはずです」

 柿の種をすすめて、自身も、目の前でこの飲みっぷりを見せられてしまえば堪えが効かない。結局片付けも早々に、冷蔵庫から新しい缶を取り出して蓋を開ける。秘書の藤倉が見たら「また先生は」と苦言を呈されるかもしれないが、これはもう、仕方がない。大山は大のビール党で、今夜は飲まなければいけない理由があったのだった。

 しかもそこに、西国大附青陽の新田義輝が現れたのだから……。

「そもそもあなたは、なぜこんな時間に永田町を彷徨いておられたんです? いえ、あなたもご想像のことかとは思うが、あなたがたが私たちの動向に対して敏感であるのと同様、私たちもあなたがた記者さんの動きについては極めて敏感ですよ、特にしがらみの多い大手の記者さんではない、あなたみたいなフリーの方に対してはね」

 彼らは、「目」であり「鼻」である、というのが議員たちの常識である。彼らがその鼻で嗅ぎ付けた変事の煙、それを見据えて、見極めようとする目の向く先に、自分たちもまた敏感でなければいけない。あるいは、自分たちが決してその煙を発する元であってはいけないというのが、憲政党の人間として議席を得てから、とくと心得て来た大山であった。

 新田は、少し背中を丸めた。キャッチャーとして、マスク越しにそんな目をして投手を見ていたのだろうかと思うような、冷たく鋭い視線である。

「今日、いえ、日付が変わって昨日、民友党本部で、大山先生のお姿を拝見しました。大山先生はお気付きでなかったかと思いますが、民友党本部のトイレで」

「あのトイレに、あなたもいましたか」

「私も用を足していました」

「浅井さんが会見をしていたタイミングだったと思うけど。次期総裁、次期総理の会見なのに、あなた見なかったの」

「中身のない会見になりそうでしたので、早々に退室したのです」

 背の高い男がいるな……、と、そういえば視界の端に捉えた記憶がある。ただ、浅井か誰かのSPであろうと解釈して、気にも留めなかった。

「単刀直入に伺います。大山先生はなぜ、あのタイミングで民友党の本部にいらしたのです」

 じっと見据えられて、「ああ、それはね」と柔らかな声で答えつつ、アルコールに浸った脳ではあるけれど、大山は自由に回すことが出来た。人生を振り返ってみると、野球部、弁論部、法学部、政治部と色々「部」の付く団体に所属してきたが、そのどこにおいても得てきたものは、脳の回転のスムーズさに繋がっているように思う。

「私は、こう見えて倹約家なんですよ。これはウチの、他の人たちに訊いてもらえれば判ると思いますけど、昼食は特別な用事がない限りはいつも、本部か議員会館の食堂で摂ることにしてるんですよ。でも、いつも同じところじゃつまらないからってね、最近だと、他党の本部にお邪魔して、食堂でちょっとね、いただくことも増えてるんです。民友党さんのところにお邪魔するのも別に珍しくはない」

 これは嘘ではない。国会という最大の議論の場で戦い続けてきた大山である、嘘を見抜く力には長けていると同時に、自分の言葉から丁寧に嘘を取り除くことも出来るのだった。

「騒ぎになりませんか」

「なりませんよ。だって、お昼を食べに来ただけですからね。民友党さんのところは、カレーが美味しい。これは民友党のみなさん口を揃えておっしゃる。ただ、私にはちょっと辛くてね、その、まあ、お腹のほうに来てしまったもんでね……」

 新田の視線はまだまっすぐに向いている。大山の言葉の真贋を見定めようとしているに違いなかった。

「荒唐無稽とお笑いになっていただいて結構ですが、……大山先生があの場におられたのを見たとき、憲政党が、浅井先生が率いることになる民友党の連立パートナーになる可能性について、私は想像しました」

 少しくべたつく柿の種を摘まんだ手を止める。

「……それは、またずいぶん……」

「荒唐無稽であると申し上げました」

「そうだね、……それは、そうですよ」

 大山は完全に虚をつかれたのだった。

「ですが、同じことを想像したのは私だけではなかったようです」

 新田の言葉に柿の種を齧り、ビールで流し込む。背中をソファに委ねて、溜め息を吐いた。大山はスポーツマンだが、流石にこのところ年齢と時間のなさもあって出っ張り始めた腹が、大きく膨らみ、萎んだ。

「あなたが今夜、民友党と憲政党の本部を行き来していたのは、民友党で私を見掛けて、その可能性を察知したから。そして釜元さんはあなたがその可能性を察知したのを見て、浅井さんが暗に私とコンタクトを取り、ご自身の派閥の長を裏切って民憲連立を画策しているのではないかと懸念されて……」

「ゆえにこそ、私に対してああした脅迫に来られたのだろうと思います。いえ、正確には、大山先生を民友党本部のトイレでお見かけした私をご覧になっておられた方がいて、そこから私をマークしていたのでしょう。私は無名のライターに過ぎませんが、メディアの『飛ばし』が起点となって、意図せぬ方向に政治が動いてしまうことを懸念されたのでしょう。……ですが、やはり私の妄想に過ぎなかったのですね」

 新田の胸が膨らみ、萎む。溜め息を飲み込んだのだと思う。彼の忸怩たる思いは理解できた。自身の突拍子もないアイディアをきっかけに動いたら、大切な娘をネタに脅される憂き目に遭ったのだから、無理からぬことだろう。

「……お嬢さまの件については、それほど不安がらずとも宜しいと思います。家族の写真を撮って萎縮させるというのは、釜元さんの常套手段ですから」

 大山は苦々しい思いを催した。ビールの味が悪くなったような気がして、缶を置く。

 民憲連立政権というのは、新田の言った通り荒唐無稽な妄想である。岩森政権下でその傾向に歯止めが掛かっていたとはいえ、浅井が政権の座に就くとなれば、右傾化の流れに歯止めは効かなくなるであろう民友党と、リベラル・人権主義を党是とする憲政党とでは、水と油もいいところだ。

 また、政党の看板を出して仕事をしている集団として、有権者の信託を得ている以上は、文字通り「代議士」として国会に国民の声を届け、社会に法益を配分するべく政権を獲ることを目指すのは当然のこと。それは「万年野党」と揶揄される憲政党としても変わらない。

 いま少数与党となっている民友党に、あえて手を差し伸べて延命の機を与えるのではなく、野党が団結して民友党の更なる弱体化を図るのが常道である。大山自身も、浅井が総裁に選出された後に行われる国会での首班指名投票においては、自党の党首である舘野の名前を記入するつもりであるし、他の野党の議員にも協力を呼びかける立場である。

「せめて笑っていただけたなら、少しは気が晴れるのですが」

 新田は憔悴しきっていた。

 次期総裁の会見中であれば大丈夫だろうと油断しきっていた。別に憲政党本部のトイレまで我慢が出来なかったわけでもないし、トイレの中で「はあ、やっぱりずーっと与党の民友党は、トイレの便座にも重厚感があるなぁ」なんてことを考えながらスマートフォンを弄っていたのである。

「いえ。……そもそも、私があなたに目撃されてしまったせいでしょう。よく使われる責任逃れの言葉と同じ響きだが、心の底から申し上げる、誤解を招いてしまって、申し訳ありませんでした」

 大山も深々と頭を下げた。やはり国会議員たるもの、用便を足すにしても責任を持たなければいけないのだと、改めて身に染みた次第である。

「新田さんのお訊きになりたかったことは、それで全部ですか」

 新田が顔を上げた。その瞳には、再び力が宿っていた。

「お招きくださったことに感謝しております。ですがそれは、……私が青陽高校の新田であったことが理由でしょうか?」

 大山は、朗らかに相好を崩し、大いに頷いた。

「あの夏のことは忘れませんよ、忘れようったって忘れられません、ましてやこんな夜に」

 大山と新田は、ちょうど一回り違う。

 大山は目の前の男の、今も面影を色濃く残す鋭い瞳に、あの夏の熱気が蘇るのを感じた。





 折原と新田が甲子園で旋風を巻き起こしていた十八年前の夏、三十歳の大山は人生の岐路に立っていた。

 当時大山は、毎朝新聞、言わずと知れた大手新聞社の記者としての、これからの道を歩むことに、疑問を抱いていた。当時民友党の総裁、そして総理は釜元。彼の強引なやり方に反感を抱きながらも、政権の意に沿わぬ報道にはメディア自ら自主規制を敷くような状況。人々に真実を届けるのが報道のあるべき姿ではないかと、今思えば青臭い考えに囚われながらも、安定した暮らしを捨てるほどの度胸もなく……。

 そんな中、憲政党の、当時広報委員長を務めていた舘野に声を掛けられた。大山が当時書いた、釜元批判のコラムを読んだことを告げて、「もしよかったら、一緒にやりませんか」と、政治の道に転身するよう誘われたのである。

 当時はまだ、いまのようなSNSはなかったが、大山の書いたコラムに向けられた反応は、あれも十分な「炎上」ではあった。大山の実家は小さな居酒屋を営んでいるのだが、どこからか所在が知れ渡り、激しい嫌がらせを受けたすえ、とうとう両親は結局店を畳むという決断を下さざるを得なくなった。

 そうした世の中を変えるためにも、いつまでも民友党に国の舵取りを任せていてはいけないんだ。

 舘野の言葉は、大山の胸に熱く響いた。それでも、父母の店が立ち行かなくなり、家計において自分の果たしていかなければいけない役割がますます重くなっていく中で、大手新聞社の職を辞すという決断が軽々に下せるはずもない。

 迷い悩む大山の背中を押した、二つの出来事があった。

 一つは夏の甲子園、初出場ながら勝ち進む西国大附属青陽高校の存在である。出身地からも近く、かつて自身も野球部として青陽高校と、県大会ベスト十六の座を賭けて対戦した経験もある高校の躍進に、大いに心躍らせていた。

 特に、エース折原が魅力的だった。身体はそれほど大きくないが、強気のピッチングで評判の強打者の懐にずんずんとストレートを投げ込み、抑えきってしまう姿に、巨大な権力に向かっていく自分の姿を投影したものだ。

 だが注意深く観察していくと、ピンチの場面で折原は青ざめ、目が泳ぎ、今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべていることに気付いた。

 一点リードの九回裏、一打サヨナラというピンチ。タイムが掛かり、マウンドに輪が出来る。マスクを外したキャッチャーが鋭く叱るような声を発し、折原の背中を叩く。

 その瞬間、弱々しかった折原の表情に力が戻り、目には光が漲る。輪が解け、プレイが再開された直後の初球、インコースに投げ込まれたストレートは、すでに百を超える球数を投げていたにも関わらず、この日最速を記録した。相手のバットは完全に球威に押し負け、打球は力のないポップフライになった……。

 その後、惜しくも敗退するまで、幾度となく同様のシーンを見ることが出来た。キャッチャーが、どんな言葉を発したのか判らないが、彼の言葉を受けるたび、折原は蘇った。新田というそのキャッチャーは九番が定位置で、確か甲子園ではヒットを一本も打てなかったはずだ。しかし、折原を配球のみならず精神面でもリードしていた姿が、大山の記憶に鮮烈に刻み込まれることとなった……。





「ああ、すみません。ちょっと、熱くなってしまって。やっぱり今夜はちょっと飲み過ぎちゃったかな……」

 目を丸くしている新田に気付き、俄かに含羞が込み上げた。新田はどうやら、アルコールが入っても顔色に顕れないタイプらしい。すぐに真っ赤になってしまう自分とは真逆で、羨ましいことであるが、それ以上に無表情が「やっぱり新田だなぁ」なんて気持ちになってしまって、やけに嬉しく、また照れ臭い。

「……今日、いやもう昨日ですね、新田くんとバッテリーを組んでいた折原投手にとっては、最高の一日になりましたね。あの、何か祝福のメッセージなどは送られたんですか」

 内心は計りかねるが、倦んでいる様子はない。

「送りました、一言ですけど。……そうしたら、民友党本部近くにいるとき、電話が掛かってきまして。それに気を取られてしまったせいで、釜元先生の秘書の方が近くに来ていることに気付かなかったんです」

「それはそれは……。折原投手、きっと喜んでいたでしょうね。何せ、優勝した年のレパーズに入団して、まさか十八年ずっと優勝できないとは思っていなかったでしょうし……」

 大山の背中を押したもう一つの出来事が、レパーズの優勝である。

 当時、万年Bクラスに甘んじていたチームだが、ベテランたちの頑張りに、新入団した外国人選手が大当たりで、奇跡のように勝利を重ね、青陽高校が甲子園で敗退するころには、とうとう優勝へのマジックを点灯させた。その辺りからは息切れもあって、二位のガイアーズに差を詰められ、一時はマジックが消滅するところまで追い込まれはしたものの、最後の力を振り絞り、とうとう優勝を果たした。

 新田が、三缶目を空にして、

「大山先生は、レパーズのファンなんですね」

 と訊いた。

 もちろん、もう隠せるものではない。公言するようなことではないので黙っているが、折原のパートナーであった新田にまで隠そうとは思わない。青陽高校の奮闘に勇気付けられ、レパーズの優勝を機に、大山は舘野に頭を下げたのだ。お世話になります、よろしくお願いします、と。

 なお、レパーズは翌年以降、優勝に導いたベテランたちが相次いで成績を落とし、外国人選手も怪我で機能せず、若手は育たず……。再び長い低迷期を迎えることとなってしまった。即戦力として入団したドラフト上位の選手たちもキャンプで怪我をしたり、そもそも実力不足だったりでチームを支えることが出来ず、高卒ルーキーながら一軍で腕を振るうことを余儀なくされた折原だけがファンの心の支え……、という時代が、長く続くことになってしまったのである。

「つまり……、今日は祝勝会だったってわけですか」

 新田は、山のような空き缶を眺め渡して、納得に至ったようだ。こちらがしっかり腹を割って話したからだろう、新田の口調もくだけたものになった。

「しかし、お一人で? ……俺がここに来る前に、ひょっとして、どなたかいらしたのでは?」

「お相手のプライバシーもあるから、名前は明かせませんが、ええ、いましたよ。私と同じ、熱烈なレパーズ党が。私一人でこれだけの量は飲めませんから。……しかし、夢のような一夜になりました。しかも、こうしてあなたと会えたんですから」

 記者が何かを嗅ぎ回っている、こちらへ向かっているようだという情報が秘書から齎されたとき、その相手と顔を見合わせたのである。

 まずいね。

 ええ、よくありませんね。どうします?

 仕方がない、まだまだ飲み足りないが、ここで退散するとしようか。まあ、まだプレーオフがある、なんならその先の、日本シリーズだってあるかもしれない。

 しれない、じゃなくて、「ある」んですよ。

 ああ、そうだ。必ずそうなる。

 懇意にしているホテルだから、この時間でも融通が効く。従業員の出入り口からこっそりと帰し、やれやれと思っていたところへ、やって来た新田と鉢合わせたという次第なのだ。

 大山にとっては、至福の夜であると言ってよかった。政治家という、極めて厄介な仕事を離れ、一人の夢追う男に戻る瞬間。長年追い続けた優勝という悲願を成就させた折原の現役生活と自分の政治家としての半生を重ね合わせて、それを友と噛み締める時間……。

「すみません、お騒がせしてしまいました」

 新田は深々と頭を下げた。

「いやいや。……面白いお話ではありましたよ。民・憲連立政権、とても素敵だが、叶えることは容易ではない」

 慰めるつもりで言ったのだが、新田は肩を縮ませるばかりだ。

 民友党と憲政党は、向いている方向が違いすぎる。

 無論、国民生活に関わる法案に対しては、政党の垣根を超えて協力し合う。野党は、憲政党は、与党の国会運営に非協力的で、時間やお金を浪費させている……、という批判がいつのころからか出回っているのだが、これは事実とは異なる。民友党政権が提出した法案に対して、もちろんそれを吟味するわけだが、憲政党としてはその大半に賛成して、その可決に協力しているのである。ただ、年金制度に関わる法案であったり、大山が「野党の顔」として認知されるきっかけとなった国家保安法案のように、問題ありと見做した法案に対しては、厳しく批判するというだけのこと。

 法案に賛成することが当たり前になっているからこそ、反対して論戦となることがニュースバリューを持つのである。

「これは、……一有権者の、いえ、一人の、娘を持つ父親としての気持ちを申し上げるだけのことなのですが」

 遠慮がちな申し出に、構いませんよ、と大山は頷いた。釜元は彼の愛娘をダシに脅したという。危険が及ぶことのないよう、手を打ってあげなければいけないだろう。

 新田がポケットからスマートフォンを取り出し、ディスプレイを見せた。

 パッチリとした瞳に、長いまつ毛、艶を帯び、波打つ黒い髪、そして褐色の肌。

「これは、可愛らしいお嬢さんだ」

 素直な感想を述べると同時に、もちろん新田の母親が日本人ではないことに想像を至らせることは容易い。新田の血と混じり合っているから想像でしかないけれど、南米系だろうか。

「正民党が民友党の連立パートナーとなり、今彼らが主張しているような排外主義がより勢いづくことを、私は恐れています。こうした容姿をした娘がこの国で生きていくことを考えたとき、どれほど過酷な思いをすることになるのだろう、と……」

 出会ってから初めて見せる、新田の心の中がそのまま現れたような表情だった。

「……君島さんをはじめとする、正民党の人たちや、支持者の方たちのご発言には問題があると、私も思っています」

 とりわけ、ヘイトクライムに繋がりかねない発言については、はっきり怒りを覚えていると言って良い。

 例えば、関東近郊にも幾つかある外国人コミュニティに対して向けられる差別的な言説は、人権侵害の粋に達そうかというレベルにまで至っている。

 在日・訪日外国人の側に問題がないとは思わない。受容されるための努力と知恵も必要である。しかし、共存共栄のためにこちらが努力を惜しんでいいとも、大山は思わないのだった。人口バランスや、低下の一途を辿っている世界における競争力などを考えたとき、この国はもう、外国人の協力を仰がないでは立ち行かなくなってしまうほどのところに来ているのである。

 つまり、外国人に対する差別は、すなわち国益を害することにしかならない。

 差別を行う国を訪れたいか、金を落としたいかという問いを、この国の人間自身が自問しなければいけない。この国はもう、この国の人間だけでどうにか出来るほど豊かでもなければ強くもない。かつて誇らしいほど強く豊かであった時代があったことも事実だが、そのころに立ち返ることは出来ないことを認めなければ、ただ衰退の一途を辿ることにしかならない……。

 ゆえにこそ、国籍や出自を理由にした差別に逃れて時間を無駄にするべきではない、というのが大山のスタンスである。

 対して、正民党の君島が、そして民友党の浅井が政権を担う際には必ず出して来るであろう国家保安法のような法律を、そもそも議論の対象として受け止めなければならないことを、大山は苦々しく思うのである。

「新田さんのお気持ちは、受け止めています。多くの国民の皆さんが、そしてこの国で、当たり前の暮らしを送る権利を有する外国人の皆さんも、不安に思われているに違いないという認識ですし、その不安は民友党と正民党が連立政権を組んだ際にはより強まることは避けられないでしょう」

 しかし、憲政党から民友党に連立を組むことを提案することなど出来ない。

 出来るはずがない。民友党の政治にNOを突きつけ、その政策を厳しく批判することで支持を得てきたのが憲政党である。いまさら民友党に擦り寄るのでは、他の野党と変わらない。

 新田も、政治の世界の片隅に身を置くものであればこそ、大山の言葉を全て聞かずともわかっているに違いなかった。彼は深く頭を下げて、立ち上がった。甘美な夜の終わりに、苦く痛々しい気持ちが残ることを悔やみながら彼をロビーまで見送り、ぐったりと疲れた身体を部屋まで引きずっていって、ベッドに横たわった。

 薄い頭痛の始まりを覚えながら、目を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは、共にレパーズ優勝の喜びを分かち合った友人の笑う顔だった。

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