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神閥  作者: 村岸健太
総理
10/11

始端

 大方の予想通り、民友党は浅井信之を新しい総裁に選出し、招集された臨時国会においては、民友党が少数派である参議院でこそ憲政党の党首である福本が指名されたが、衆議院にて浅井が指名されたため、岩森に続く総理大臣の座に、浅井は就くことになった。

 指名から四時間後、午後七時。

「本日、臨時国会におきまして、内閣総理大臣に指名されました、浅井信之でございます」

 集まった報道陣に向けて、浅井は頭を下げた。この様子は時間帯的に、各局のニュースの中にてライブで流されることとなる。新たなる総理大臣が、組閣に先駆けて、どのような姿勢で国の舵取りを行っていくか、多くの国民が注目している。まずは天災被害、とりわけまだ生々しく傷の残る夏の豪雨被害者に対しての哀悼の意を表するところから始まり、

「現在も復興に向けて取り組まれておられる方々に、心から感謝の意を申し上げると共に、私もまた、一政治家といたしまして、支援に全力を傾けて参る所存でございます」

 と最初の節を結ぶ。

 ここまでは、釜元が用意していた台本のままである。

「さて、私は、……」

 フラッシュで目がチカチカする。どこに誰がいるか、まるでわからない。それでも瞬きを幾度か繰り返すうちに、……会見場の後方、じっとこちらを見つめる一際長身の記者がいることに気付くことが出来た。

「私の、……少年時代の私の夢は、野球選手になることでございました」

 この瞬間、悠然と議員会館の自室でテレビを眺めていた釜元が目を剥いた。

「幼少期、小児ぜんそくの持病により、運動に制限がございましたもので、それはあまりにも現実的ではない夢でございましたが、私は、もう既に皆さまご存知の通り、プロ野球のファンでございまして、中でも時鉄レパーズが贔屓でございます。本年は久方ぶりの優勝ということでございまして、ファンの皆さま、選手の皆さまには、心よりお祝いを申し上げる次第でございます。

 しかしながら、他のどの球団のファンの方にも、そして、そもそも野球をご覧にならない方、……つまり、この国に暮らしておられるすべての方にとりましても、スポーツというものが、あらゆる娯楽というものが、それを楽しむ機会の制限されることのないよう、平和で平等な世の中を守っていくことが、民主主義国家における私たち政治家に課せられた役割であると、胸に刻んでいる次第でございます。

 すべての野球チームのファンが、同じ尊さでそれぞれに違うチームを応援する、その多様性なくしてプロ野球が興業として成り立たないように、私たちの生きる社会、この国というものも、色々な考えの方がおられて、双方で認め合いながら成り立っていくものであります。活発に意見を戦わせ、時に衝突することもありましょうが、譲歩や妥協の末に相互理解を進める手間を惜しまずに議論を行っていくことが、いま、我が国に最も必要なことであると考えておる次第であります」

 想定外の言葉ではあったのだろう。

 記者たちの間に、低いざわめきが広がり、フラッシュの嵐になっている。これって、なんか、あんまり良くないんだろうな、目とか、脳とかに……。内心でそう思いはするのだが、出来るだけ真っ直ぐ、視線をぶらさず、浅井は言葉を紡ぐことを止めなかった。

「また、そういった社会を目指すに当たりましては、何よりもまず、私たち政治家自身が、国民の皆さまの模範となるべく、対話、議論、そういったものを最大限用いることで問題解決に臨む姿勢が重要であると考えます。この点において、岩森前総理は、路半ばで職を辞されたわけですが、私の内閣におきましても、第一に誠実な議論を行わなければならない身として、自身の清廉なることをしっかりと詳らかにしなければならないという点につきましては、これを継承して参りたいと、そういった所存でおります」

 ざわめきは徐々に大きくなっていく。

 これは明確な「身体検査」宣言である。浅井内閣になれば安全が確保されるとたかを括って浅井に票を投じた民友党の疑惑議員は泡を吹いてひっくり返ったのではあるまいか。

 記者たちのうち、何割かは慌ただしく席を立ち、会見場を去るのを待てずにスマートフォンでどこかに電話を掛け始める者もいる。

 浅井は構わず言葉を続けた。

「そして、私は、平和の中に在り続ける国を、どこまでも、どこまでも、目指して参ります。……かつて私は、差別を容認するような、特にこの国にいらっしゃる、あるいはお暮らしになっておられる外国人の方に対して、大変失礼な発言を行ったことがございます。まず、私の不用意な発言により、ご不快、ご不安の念を抱かれた方に、心よりお詫び申し上げると共に、ただいまの私は心より過去の発言を悔い、皆さまにとりましてこの国で生活が、安心安全なものとなるよう、全力を傾けて参ることを、お誓い申し上げたい次第でございます。誠に申し訳ございませんでした。どうかお許し願いたく存じます」

 深々と頭を下げて、五秒。

 外連味がなさすぎる、と言われ得るものだとは思った。子供じゃないんだからと指差して笑われ得るものだ。けれども構わなかった。人は誰しもが子供であったことがある。欠けても削れても、その純性が失われ切ったわけではない。

「……さて、私は、先程も申しました通り、幼少のみぎり、ぜんそくによりまして、苦しい時間を過ごした経験がございます。その当時、お医者さんの先生に、『どうして僕だけこんなに苦しまなければいけないの』と、こう訊ねたことがございました。そのお医者さまがおっしゃるには、『病気というものは、等しく苦しいものなんだよ。いま信之くんが感じている苦しみと同じ苦しみを、大勢の人が味わって、つらい思いをするのが病気なんだ。でも、きちんとしていれば、きっと良くなる。良くなったら、苦しんでいる人に手を差し伸べてあげてね。自分の中にある苦しみが、誰かの中にもあるんだということを、忘れない大人になってね。君が大人になれるよう、先生も頑張るから』と。この言葉は、私の心に深く刻み込まれているのであります。

 咳をすれば苦しく、怪我をすれば痛い、当たり前のことではございますが、健やかでいられるとき、我々はついそれを忘れてしまいます。私たち人間の身体と申しますものは、柔らかく傷つきやすい肌を晒し、こんなにも小さく、脆いものではございますが、その代わりに、私たちは言葉によって相互を理解し、少なくとも人間同士で傷付け合うということを、しない、と選ぶことが出来る生き物なのであります。私たちは弱い生き物であればこそ、身を寄せ合って援け合い、温め合い、愛し合うことが出来る生き物なのであります。そこに、性別、年齢、国籍、人種の差など、どれほどの意味があるものでしょうか。人の肌というものは誰のものであれ温かくあることができ、冷えに苦しんでいる人にその温もりを分け与えることが出来るのであります。また、あなたが凍えているときには、きっと誰かが、……それは他ならぬ私であるかも知れませんが、必ず温めてくれるものなのであります。 

 人は、平和であることが自然なのであります。平和の中にあればこそ、怪我や病気の苦しみを癒やし合うこともできる、また、健やかな身体を作るために運動に打ち込んだり、娯楽に没頭したり、表現や創造をすることさえ出来る、……文化というものを築くことが出来るのであります。我が国の、世界に誇る、観光資源、美味しい食べ物の数々、漫画・アニメ・ゲームといったコンテンツ、そして、個人的にはここにプロ野球も加えていただきたいのでございますが、いずれも、平和でなければ成り立たないものでございます。そして、平和であるためには、当然のことながら、人と人とが仲良くなければならないのでありますから、私の内閣におきましては、包容的に、人と人との違いを受け入れ、認め合うことをこそ、重要視して参りたいと思っております。

 国民の皆さまもご存知の通り、現在この国の経済は、大変苦しい状態が続いております。ですが、政治家一同、ええ、私を含めまして、衆議院、参議院、地方自治体におきましても各県・市・区・町・村に属する議員、総勢で三万を超える議員は、この国の土の上、共に生きる市民である皆さまのお声に耳を傾け、皆さまのために、誠心誠意汗をかいて参ります。世界で一番働き者の政治家集団として、党の垣根を超えて、あらゆる難題に、議論、議論、議論で立ち向かって参ります。それに当たりましては、皆さまも、改めてご存知かと、ご心配頂いておるかと思いますが、現在単独としては少数与党となっております民友党ではございますが、野党議員の皆さまにも国民の生活を最優先に、どうか建設的かつ未来志向な議論、国会運営に、お力をお貸しいただければと思っております」

 浅井が言葉を切ったとき、いつしか記者たちからのフラッシュの嵐は止まっていた。ほとんどがあんぐりと口を開けて、目を丸くして、……嗤うつもりなのだろうか、いやしかし、後悔はないと、一つ、浅井は大きな深呼吸をする。

 最後列にいた長身の記者が、手を挙げた。司会を務める報道担当スタッフも、ぽかんとしていて気付かないもので、

「そちらの方」

 と浅井自ら手のひらで指し示す。慌ててスタッフが、記者の元へマイクを持って駆けていく。

「フリーの新田と申します」

 新田は見渡した記者の中で唯一、唖然とはしていなかった。

「新田さん。どうぞ」

「只今の総理のご発言は、内閣として連立政権を組まないというお考えかと解釈されましたが」

「その通りです」

「閣僚はすべて民友党内から登用されるという理解でよろしいですか」

「いいえ、そうではありません。優秀な先生方は民友党に限らず、各党にいらっしゃるという認識でおりますので、現在各党に、お力添えをお願いしているところでございます」

「最短で来年に次の選挙が控えていますが、それについてはどうお考えですか」

「民友党の総裁という立場でお答えをいたしますならば、やはり選挙におきましては自党の議員が多く当選することを期待いたしますし、そのための支援は当然行って参る所存でありますが、それは先程申しました『身体検査』をクリアしていることが大前提でございますし、有権者の皆さまにおかれましても、厳しい目で審査して頂きたいと思っております」

 新田は最後まで淡白な表情のまま「ありがとうございます」と頭を下げ、

「ご健闘を期待しております」

 と付け加えた。浅井は頷き、

「私がもし、国会というマウンドで、だらしないところを見せることがありましたならば……」

 有能なキャッチャーに向けて、こう言葉を繋げた。

「新田さんをはじめ、記者の皆さまにも、ぜひ、厳しくお叱り頂けましたら幸いでおります」

 浅井がこう言った瞬間、新田が唇の端を持ち上げるように、ほんの少しだけ笑ったように見えたのは、気のせいだろうか……。

 会見場を出た浅井を、拍手で親友が出迎えてくれた。

「ノブさん、これからが大変ですよ」

「なに。これまでにないほどたくさんの仲間が出来るんだ、怖いものなんてありはしないさ」

 記者たちに見つからぬよう、足早に、しかし胸を張って歩く。

 茨の道を自ら選んだことは判っている。まず恐るべきは、釜元の報復だ。浅井の行為は明白な裏切りである。岩森を継承した「身体検査」のくだりなど、完全に敵意剥き出しと捉えられても仕方がない。何せ、探られて痛い腹を持つ議員は釜元派に多く、それゆえに彼は岩森を忌み嫌っていたのだから。

 これから、どんな復讐が始まるかわかったものではない。

 また、こちらが頭を下げたとて、各党が議論に協力してくれるかどうかは、蓋を開けてみなければわからない。組閣に際しても、各党にポストと人材を打診しているが、この後、それに応じてくれるかどうかは。

 しかし、浅井は恐れてはいなかった。

「仮に、この内閣が短命に終わることがあったとしても……」

 隣で、大山が頷く。

「ノブさんの蒔いた種が芽吹き、花を咲かせるまで、私がきっと守ってみせますよ。私だけじゃない、……多くの国民は、きっとあなたの味方だ」

 そうなのだ。恐れなければならないことはたくさんある。しかし、立場が違っても、何らかで通じ合えば人は分かり合うことが出来るのだということを証明した二人に、あの日庚申球場に詰めかけた野球ファンの送ってくれた声援……、あの熱を思い出せば、浅井は立ち向かっていくことが出来そうだ。

「……君も、私と一緒に来てくれるね、ヒロ」

 裏口に止めたハイヤーに乗り込むとき、浅井は言って、右手を差し出した。

 大山はその手を握り返し、浅井を車に押し込む。そのまま、自身も隣に乗り込んできた。

「運転手さん、出してください。……憲政党からは、舘野さんを法相、森田さんを農水相に、でしたね。二人は態度は保留しているみたいですが、私が背中を押しましょう」

「二人だけじゃないよ。……その、ヒロには、出来れば、官房長官として私を支えてもらえたらと思っているんだ」

 すっとんきょうなことを言っている、という自覚があるもので、少し、浅井はもじもじと恥じらった。

 野党から官房長官を登用するなど前代未聞である。

 しかし、大山を置いてほかに、自分の胸の裡を理解して、国民に届けてくれる人はいないと思った。また、大山は浅井内閣の象徴たりうる。

 大山は、返答を待たせなかった。

「謹んでお受け致しましょう、マイ・ピッチャー」

「うん、信頼しているよ、マイ・キャッチャー」

 二人は真面目くさった顔で前を向き、やがて破裂したように笑った。

 フロントガラスに、議事堂の屋根が見えてきた。

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