010 乗り越えた者たち
幼き日の事故から数日後。亜斗は病院の一室に佇んでいた。消毒液の匂いが鼻をつく個室の病室には、先ほどまでいた宗馬の親の姿はなく、今は別の場所で亜斗の親と話をしているようだった。
目の前には、ベッドの上で苦痛を押し殺しながらも笑顔を絶やさないでいる宗馬がいた。彼の足はひざ下半ばでなくなっている。彼に大怪我を負わせてしまったことを悔やみ、何度も何度も謝る亜斗に、麻酔の上からも響く激痛を隠して宗馬はにっこり笑って言った。
「亜斗くんは違う、亜斗くんは悪くない。俺の運が悪かっただけだ。」
はっきりと、強く宗馬は亜斗の顔をまっすぐ見据えて言い切った。
だがその言葉に、亜斗の胸に去来する罪悪感は決して消えなかった。まっすぐ彼の顔を見ていられなかったあとにとっては激痛を押して言う宗馬の言葉よりも、自分の深い後悔が彼を押し潰していた。
そして、時は流れた。
亜斗と紗理奈は、小学校以来となる宗馬との再会を果たしに街の駅前で待ち合わせをしていた。亜斗たちと宗馬は中学校は別々になった。亜斗の悩みについて心配した両親が、別の学校へと転校させたからだ。
3年ぶりの再会に、駅での待ち合わせの時間が近づくにつれ、亜斗は緊張がピークに達するのを感じている。紗理奈は亜斗のことを気にして一緒に来ているが、こちらもまた緊張していた。
「おう、久しぶりだな!ちょっとわからなかったぜ、二人とも!!」
後ろの階段から降りてくる青年が大きな張りのある声で二人に声をかけてきた。
久しぶりに会う宗馬は、義足をつけながらも、しっかりとした足取りで歩いていたのだった。
車椅子に座ってくるとばっかり思っていた二人は意表を突かれて、驚きのまま固まっている。
「びっくりしただろう?サプライズ大成功だな!はははっ!!」
「あ、あの宗馬くん。あの時、僕が近道しなければ……。」
亜斗が何遍も言ってきた言葉を言いかけたところで、宗馬は彼の言葉を遮った。
「待った。何度でも言うが、俺の運が悪かっただけだよ。他のみんなはケガ一つしなかった。もう言いっこなしだ。」
宗馬は近づきながらも、言葉を紡ぎ続けた。義足とは思えない滑らかな足取りで近づいた彼は、亜斗の手を握って熱く語った。
「それより、俺は今のお前がすげーと思ってるんだ。あのバカデカいヴァジュラに乗って、ハジュンと戦ってる!俺の足の仇をとってくれてるみたいでさ!俺は、ヴァジュラに乗れたら片っ端からあいつ等を叩きたかったけれど、残念ながら適性はなかったからな。その代わり、俺はヴァジュラのパーツ製作者になるんだ。そのための勉強も今メチャクチャやってるんだぜ。」
宗馬の言葉に、亜斗は目を見張った。思っていたよりも彼が強く生きていてくれたことに。彼が自分を全く恨まずにいてくれたことに。
ヴァジュラのパーツ製作者という言葉を聞いて、紗理奈が前に出てきて、聞こえにくい小さな声で早口にまくしたてる。
「(えぇ、ヴァジュラのパーツ作成ってここ等じゃ出来ない大企業の仕事よ?パーツの部品とかじゃなくて、パーツそのものの設計っていったら、メチャクチャ難関じゃない。それやるの?本当に?もしできたらすごいけれど、ホントに?)」
「よく聞こえなかったけれど、その通りだ!俺はパーツ設計者になる。そんでお前らを助けてやるんだ。すごいだろ?」
「うん、すごいよ宗馬くん。」
前を向いて生きている宗馬の姿に、亜斗は思わず涙が溢れた。自分は、間違いをしたかもしれないけれど、それが絶対許されないものだと勝手に思い込んでいた。しかし、宗馬はとっくの昔から亜斗を許してくれていたのだ。
涙がとまらない亜斗の肩へ、そっと手を置く紗理奈の温かい感触。亜斗は「ありがとう」と、心からの感謝の言葉を口にした。
それを見て、宗馬はニヤリと笑った。
「何、二人とも付き合ってるの?」
「いや、そんな!ことは!!」
「(ぶんぶんぶんぶん)」
慌てて互いから離れる二人だが、その距離は微妙に狭い。宗馬は楽しそうに二人の様子を見ていたが、おもむろに、宗馬は二人に声をかけた。
「俺が大人になって夢をかなえられたら、俺の造ったパーツを使ってくれよな。」
「もちろん、君のことをずっと待つよ。」
その日は、駅前の喫茶店で今までの間を埋めるようにお互いのことを喋り続けた。
「まさか、宗馬くんがそんな中学生活を送ってたなんてね」
亜斗は、目の前のカフェオレを一口飲みながら、少し驚いたように言った。宗馬は苦笑いしながら、車椅子から義足での歩行練習に中学で費やした時間を語っていた。健常者の二人から見れば、当たり前の歩くという行動にどれほどの苦労が必要だったかは、笑顔で語る宗馬からは読み取れなかった。それでも、想像以上の大変な思いをしてきたのだろうと思う。
亜斗は自分の通っていた中学ではあの時の一件のせいで、周囲に距離を置いていたことを話した。消極的で、友達も少なかったこと。それでも、ひっそりと陸上部のとして走っていたことなんかを話した。
「井ノ上さんも、大変だったんだな。こいつと比べられるとは思わなかったろうしな。こいつ、結構昔から頭も良くて運動も出来てたからな!」
亜斗は、紗里奈が自分を「普通以下」だと思っていたこと、そしてヴァジュラに乗る才能を見つけた時の喜びと、その後の葛藤について語ったことに、思いの外の衝撃を受けていた。
「僕の……せいだった?」
「うん……それでも、亜斗くんがいたから、私も頑張れたんだ。あの時の亜斗くんは、本当に眩しかったから。」
紗里奈の言葉に、亜斗は顔を赤らめた。あれ、俺ここにいない方が良くない?と宗馬が思いかけたが、気にしないことにした。気にしたら負けてしまう瞬間がそこにある。
「俺も、紗里奈さんがいてくれて助かったよ。特に、今日の戦いでは……」
亜斗は、先ほどの戦いでの紗里奈の言葉が、どれほど自分を救ってくれたかを訥々と語った。紗里奈は、少し照れくさそうに、でも嬉しそうに俯いた。
あれ、やっぱり俺はここにいない方が良くない?と思ったが、負けるのは嫌なのでテーブルに齧り付いてでも居座ることにした宗馬であった。
そうした話から、近況報告以外にも最近の趣味の話やちょっとしたことなどを話して、時間は過ぎていく。
亜斗と宗馬の二人の間には、今まで埋められなかった空白が確かに存在していた。しかし、今日、ヴァジュラという共通の想いと、互いを理解しようとする気持ちが、その距離を縮めていく。中学時代の話、高校での訓練、そしてヴァジュラに乗って戦うことの重圧と喜び。ヴァジュラそのものについての話は尽きることなく、時間だけがゆっくりと流れていった。
「そろそろ、門限が近くなるね」
亜斗が時計を見て言うと、紗里奈は少し残念そうに頷いた。相馬も笑顔を浮かべて話しかけた。
「ああ。でも、今日はたくさん話せてよかった。」
「僕もだよ。また、こうやって話そうね。」
駅前の喫茶店のガラス窓からは、夕焼けに染まる街並みが見える。3人は、今までとは違う、確かな絆を感じながら、それぞれの帰路についた。
それから月日は流れ、亜斗と紗里奈は高校を卒業し、少し大人になっていた。卒業後、二人はダルマチャクラ麻生支部の正式なメンバーとなり、支部の守りの要として活躍していた。
およそ3年という歳月が、彼ら二人を駆け出しのパイロットから、支部のベテランメンバーへと成長させた。その間、幾度となく大きな事件が発生し、ハジュンとの激しい戦いが繰り広げられたが、その度にトライアドタイタンは、亜斗、紗里奈、宇土野3人の連携によって危機を乗り越えてきた。
亜斗は、かつての迷いを完全に払拭し、前を向いて決断を下せるようになっていた。彼の操るベルセルクは、その圧倒的な攻撃力で幾多の強敵を打ち砕いた。あの日のような奇跡は起こすことはなかったが、チームのメインアタッカーとして中心にいる。
紗里奈もまた、フェンサー操縦者としての技術を磨き上げ、高速機動による精密な攻撃で、街への被害を最小限に抑えつつ、敵を殲滅する術を身につけていた。彼女の動きは、もはや性能に振り回されるものではなく、完全に彼女の意思のままに制御されていた。その冷静さと的確な判断力は、支部外からも高く評価されるほどだった。
宇土野は、二人の成長を温かく見守りながら、リーダーとしてトライアドタイタンを率いていた。彼らの連携は、もはや言葉を必要としないほどに洗練され、3人が一体となったトライアドタイタンは、麻生支部にとって欠かせない存在となっていた。
麻生支部の空を舞うトライアドタイタンは、今日もまた、人々の希望を乗せて、その雄姿を見せていた。
そんな中である日、整備班から「新武装が届いたぞ」と通達が入った。その報せに、亜斗、紗里奈、そして宇土野の3人は、一様に驚きの表情を浮かべた。新しい武装は、3つのパーツから構成されていた。
ベルセルクには全長40メートルを超える巨大なハルバード、フェンサーにはマルチロックミサイル、ナイトにはドローン型エネルギーシールド。一気に3つも用意されるとは、彼らも予想していなかったのだ。
驚きと期待が入り混じる3人のもとに、ゆっくりと一人の男が近づいてくる。その顔には、何かを企むような、それでいて親しげな笑みが浮かんでいた。
「時間がかかっちまったが、土産付きで来れたぜ。」
そこにいたのは、あの日の少年、宗馬だった。亜斗と紗理奈は歓声を上げ、事情を知る宇土野も歓迎の握手を交わす。
「宗馬くん!?」
「(ついに来たのっ!?)」
少し大人びた亜斗と、相変わらず目が隠れていて声が小さい紗里奈の様子を見て、相馬がニヤリと笑う。
「よう、お二人さん。相変わらず仲がよさそうだな。安心したぜ。よろしくな、宇土野隊長!」
「俺の分もあるとは、感動したぜ。山中宗馬技師。」
固い握手を交わして、親交を深める相馬と宇土野。
興味津々な彼らに対して各武器に関して、宗馬は熱心に講釈を述べた。
「現在、近接戦闘に難を抱えたベルセルクパターンに伸縮自在の柄をもつハルバードを用意した。過去につかってたトマホークよりもリーチが長いし破壊力も上だ。弱いハジュンなら一撃で複数を同時に真っ二つにできるだろう。」
「フェンサータイプにはマルチロックのミサイルだ。照準さえつければ勝手に命中してくれるはずだ。市街地では使いにくいかもしれんが、選択肢としてはアリだと思っている。多数を一気に殲滅できる可能性に注目した。」
「防御にさらなるタフネスさを付与する為に、ドローン開閉ハッチを付けて、そこからエネルギーシールドを展開するドローンを複数射出する。自動で防御してくれて、損害を気にしないでいい代物だ。大いに使い倒してくれ。」
一通り喋り倒した後、大真面目な顔になって、ベルセルクのサドゥーである亜斗に、そっと近づいて一言釘を刺した。
「せっかくの武器だ、食わないで使ってくれよ?」
「それは、僕じゃないよ!ベルセルクのカルマドライブしだいだ!!」
と、亜斗は慌てた様子で返した。対する宗馬は笑顔で返す。
「まぁ、そのときは珍しいデータが採取できるわけだ。それはそれでOKだぜ。」
新武器で盛り上がっていると、その時、けたたましい警報が鳴り響き、トライアドタイタンに搭乗命令が下った。
「哨戒エリアの南地区にて、中規模から大規模のハジュン被害が発生。ターゲットは巨大サイズのハジュンと思われる。トライアドタイタンチームに出動命令を要請する。出動せよ!」
「久しぶりに会ったってのに、忙しいな。ぶっつけ本番になりそうだが、うまく使いこなしてくれ。装備は完了している。」
宗馬の言葉に、亜斗は力強く「もちろん」と応えた。続いて、笑顔を浮かべた紗理奈と宇土野も一つうなづき、それぞれの機体へと向かっていった。
すでに装備を内蔵した各マシンが準備されている。マシンのカルマドライブを活性化させながら、亜斗は二人に声をかける。
「トライアドタイタン、阿川亜斗行きます!」
そう告げて、真紅の機体は大空へと飛び立っていった。続いて白と黄色のマシンが連なっていく。
支部の希望の象徴は、このエリアの希望の象徴となっていた。
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