001 三位一体のヴァジュラ
新しいカルマドライブを書き始めます。今度はゲッ○ー。
高層ビル群が瓦礫と化した市街地。夕焼けに染まる空の下、巨大な人型兵器ヴァジュラが空を舞っていた。ヴァジュラ「トライアドタイタン・フェンサー」その全身を覆う漆黒の装甲は鈍く輝き、右腕のドリルが回転数を高め、耳をつんざくような金属音が響き渡る。流線形の姿は風の抵抗を受けず、背中から迸るジェットの炎で空中をまるで弾丸のように飛んでいた。
「アハハッ!ぶっ潰せッ!ぶっ潰せーッ!」
操縦者の井ノ上紗里奈が狂乱のような声をあげて自機を敵へと突っ込ませていく。そこには10体は下らない3mの宙を飛ぶクリオネのような敵の姿があり、街中を破壊しているところだった。そこに圧倒的な加速力を持って急接近していく。右手のドリルを前に突き出し、どんどんと回転数を上げていく。
フェンサーが繰り出すのは、まさに怒涛の嵐。残像すら残した機体が通り過ぎた後には小型の「ハジュン」の群れが次々と木っ端微塵に砕け散る。その動きには一切の迷いがない。見る者を圧倒する、戦場に咲いた狂気の華だ。おそらく、10数体は居たであろうクリオネ型のハジュンは尽くがドリルに貫かれ、滅ぼされていた。周囲には瓦礫と化した街並みが残ったが、敵の数は確実に消えていった。
しかし、残るハジュンが大型のたった一体になった途端、トライアドタイタンの動きがぴたりと止まった。内部で紗里奈の不機嫌な声が響き渡る。
「なんでチンタラしてんのよ!さっさとトドメを差しなさいよ亜斗ッ!?」
ヴァジュラのコクピット内から、苛立ちを隠さない紗里奈の声が響く。普段の彼女からは想像もつかない、荒々しい口調。長い髪をオールバックにし、モニターを睨んでいる。モニターの先の睨まれているもう一人のパイロットがうめき声を上げる。
睨まれている「阿川亜斗」は、堪えきれない吐き気と戦いつつ、ようやく操縦桿を握っていた。
「なんで僕がいつも最後なのさ!?さ、紗里奈さん、君がやってくれてもいいんだよ!!」
亜斗の声は、か細く震えている。コクピットの中で彼の背中は冷や汗でぐっしょり濡れていた。彼はここ1番の舞台に弱い。自分の決断、行動が結果を左右することにとてつもない重荷を感じてしまうのだ。目の前の巨大ハジュンを倒すのは自分の役目で、適正なのは間違いないことは理解している。それでも、口に出てしまう。自分じゃない人に代わって欲しいと言う願い。これは、亜斗が小学生である事件に遭ってから、どうしようもなく心の底に刻まれてしまったトラウマだった。
煮え切らない亜斗に対し、業を煮やした紗里奈が発破をかけるが如く大声を出す。
「アタシの火力じゃ、時間がかかるっていつも言ってるでしょ!早くしないと、街に被害が増えてくばかりじゃない!」
動きが鈍ったヴァジュラに対して、大型ハジュンが反撃に転じる気配を察し、別のモニターから低めの男の声がする。
「チェンジ、ナイト。」
黒曜の装甲は分離して、3機の飛行物体に姿を変える。甲高い金属音が響き、機体が宙に軌跡を描き再び一体のヴァジュラへと変わる。
その姿は先程までの流線形の形ではなく、どっしりとしたフォルムで、下半身はキャタピラになっている。大型ハジュンはステゴサウルスのような外見をし、背中の突起物をミサイルのように飛ばす攻撃をとった。ヴァジュラの周囲へステゴ型ハジュンから攻撃が繰り出されるが、ナイトに組み変わったヴァジュラの長大な両の腕で敵の攻撃を的確に捌いて、見事なまでに街への被害を抑え込んでいる。街中に一発も漏らさない守りの腕は洗練されたものを感じる。
「そろそろどうにかしてくれないか、阿斗。防戦一方だと、彼女の言うとおりになるんだ。いつも言ってるだろ、君ならできる!」
ベテランパイロットである「宇土野沙汰」が、冷静な声で二人の間に入った。彼の言葉は、常にチームの重心となる。宇土野は大柄な体によく似合う低めの声を響かせて、亜斗を叱咤した。
「うう、僕なんて何かの間違いでここにいるのにッ!」
阿斗は胃の奥からこみ上げてくる吐き気に耐えながら、操縦桿を握りしめた。脳裏に過去の光景がフラッシュバックする。失敗。後悔。押しつぶされた友達の足。
だが、先ほどの宇土野の言葉が彼の背中を押した。そして、紗里奈の「早くしないとッ!」という切迫した声が、亜斗の責任感を揺さぶった。
「行きます!チェンジ、ベルセルクッ!!斧で切断しますっ!」
三度、機体は分離して空中で順序を変えて合体する。今度はガタイの良さを漆黒のマントで隠した巨人の姿に組み変わった。鋭く光る眼光を讃え、その視線は古の恐竜を模したハジュンへと注がれている。
走り出したベルセルク。破壊された街並みをさらに広げないようにできるだけ損害の少なくなる場所を選んで突き進んでいく。不意に黒曜の両腕が、マントの中から巨大なトマホークを二挺抜き出した。光を帯びた刃が、接敵したステゴサウルスめがけて振り下ろされた。
一刀両断。
ハジュンは悲鳴を上げる間もなく、頭から尻尾まで真っ二つに裂かれる。しかし、敵を倒した直後、黒曜は力を失ったようにその場に棒立ちになった。コクピットから、阿斗がへたり込んで安堵した声音が聞こえた。
戦場跡では、戦後処理の部隊が慌ただしく動いていた。量産型のヴァジュラが巨大ハジュンを解体し、消滅を早めたり、余計な地崩れが起きないようにしている。壊れた街並みも専用の工具アタッチメントをつけた工業向けの低出力のカルマドライブを搭載したヴァジュラが瓦礫を片付けている。その他の重機も多数動いて、街の復旧を急いでいる。
阿斗は、その喧騒を離れた位置から地面に降りたマシンの窓越しにぼんやりと眺めていた。彼は自分の存在が、この場所にいることが、未だに信じられないでいる。
「なんで僕はこんなことになったんだろう……」
小さくつぶやいた阿斗の姿を、前髪をおろし、目が隠れている紗里奈がじっと見つめていた。一瞬、何かを言いたげな表情を見せたが、やがて踵を返して無言で去っていく。視線に気づいた亜斗が振り返ると、紗里奈が去っていく後ろ姿があった。その雰囲気は亜斗が学校でよく見る、普段の物静かな紗里奈に戻っている。
不意に、マシンの窓をコツコツと叩く音がした。
「ほらよ」
窓の外から声がかかり、阿斗は窓を開ける。そこには宇土野が甘めの炭酸飲料のペットボトルを差し出している。阿斗はそれを受け取ると、ゆっくりとキャップを捻り開けた。
宇土野はマシンの縁に腰掛けて、亜斗に飲み物を渡すとそのまま声をかけた。
「まぁ、敵を倒せりゃ問題ないさ亜斗。上出来上出来。お前はあの娘と違って、敵倒しながら家屋破壊したりしないしな。」
「宇土野さん、紗里奈さんだって壊したくて壊してるわけじゃないと思いますよ。多分。」
紗里奈は普段は無口な、強いていうならヴァジュラが好きな女子高生だが、ヴァジュラに乗った途端に性格が豹変する。それまでの物静かさは鳴りをひそめ、戦闘に酔いしれるような言動をとる。普段の彼女を知っているなら、全くの別人だと思うだろうが、彼女はどちらの時もしっかりと記憶は保持しており、別人格というわけではない。ただ、テンションがおかしくなるだけなのだ。
宇土野は腰かけたまま外を見ながら、自分のブラックコーヒーを一口飲んだ。紗里奈の操縦は、確かにギリギリ合格ラインだ。故に敵を倒すことに集中するあまり、周囲の被害を顧みない傾向がある。行動に技能が追いついていないのだ。敵を倒すことは大前提だが、後処理のクレーム対応は宇土野を常に悩ませる種だった。
問題児の行動はさておいて、宇土野は亜斗に目線を合わせて言った。
「おまえさんにはスキルがある、というよりはセンスが、だな。あの子なんか比べ物にならない腕があると思うんだがなぁ。もう実戦も3回、模擬戦は10回以上。シミュレータ上は100を超えた。それでもまだ自信になるものは掴めないか。」
宇土野の言葉は阿斗の心をえぐる。自分でも理解している。操縦技術だけなら、エリアの中でもトップクラスの能力があることを密かに自負している。シミュレータなら、100戦100勝。だが、それはあくまで「潜在能力」。実際に「できる」とは、別の話だ。
「僕は……、失敗したくないんです。敵にトドメをさすとか、大型相手に立ち回るとかはちょっと、その……精神的にプレッシャーが。僕が決めていいのかな、って……。」
阿斗のマシンがコアになった時、接近戦に特化した武装が使用できるようになる。それは、まさに大型ハジュンとの一騎打ちでトドメを刺すための機体仕様。しかし、その役割が、彼の胃をキリキリと締め付ける。
「そうはいってもな。おまえのポジションはまさしく、その大型と一騎打ちで戦って、トドメを刺す役割だからな。」
「……今からでも遅くないですよ、紗里奈さんと交換しましょう。せめて、武装をどうにか入れ替えできませんか。」
阿斗は藁にもすがる思いで懇願する。だが、宇土野は首を横に振った。
「武装だけ変えても、ポジションは変わらんさ。カルマドライブの出力は今の方向性で合致してる。超出力の短期決戦型だ。そもそも、あちらはあちらで、大量殲滅するのが悪くないっぽいからな。」
ガックリと肩を落とし、うなだれる阿斗。宇土野は残りのブラックコーヒーを一息に飲み干すと、缶を潰し、阿斗の肩をポンと叩いた。
「ま、焦るこたぁねぇさ。お前はここにいる。それだけで十分だ。」
そう言って、宇土野は立ち上がり、マシンから降りて去っていった。でも、それは亜斗にとっては宇土野の本心とは思うことができなかった。
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