ブラックコーヒー
私の過去の実体験をとてもとても誇張して書きました。
私の後輩はいつもブラックコーヒーを飲む。
営業部の私たちは2人での外回りが早めに終わって会社に戻る途中など飲み物を買って休憩している。
その時大体私がミルクティー、後輩の彼はブラックコーヒー。
ブラックコーヒーが苦手な私は彼が美味しそうにコーヒーを飲んでいるのを尊敬の目で見ていた。
ある日そのわずかな時間の視線に彼が気づいて話したことがあった。
「先輩、そんなに見てどうしたんすか」
「あっ、ごめんそんな見てたつもりはないんだけど。コーヒー飲めるの凄いなーって思って。」
「そうすか?先輩、飲むイメージないですけど飲むことあるんすか」
「いや、私はコーヒーが専らダメで。飲むことはないかなぁ」
「へぇー」
この話を覚えていたのかお決まりだからかわからないが、この頃から彼は飲み物休憩の時に私の分のミルクティーも先に買っておいてくれることが増えた。
買っておいてくれたものを渡してくれる時の謎のドヤ顔。その後の曇っていた天気が突然快晴になるような笑顔。私は彼のこの顔に弱い。こんな表情を私は独り占めしているのかと思うととても嬉しかった。
私は彼に惹かれていたのだ。
「先輩!この資料の確認お願いします」
「はい。…いいね、完璧です!」
「ありがとうございます!」
彼はいつも心から嬉しそうに笑う。そんな表情を見るたびに胸が締め付けられる。
彼に「お疲れ様。」という意味を込めてブラックコーヒーを購入した。デスクへ戻り、離席している彼の机に置こうとする。すると彼の声がどこからか聞こえてくる。電話室で誰かと電話しているようだ。
定時を過ぎておりフロアに人が少ないため会話がところどころ聞こえてくる。悪いとは思いつつ、聞き耳をたてる。
「…もう少しで帰るよ」
もし、実家暮らしであるのなら母だろうか。もしくは… 嫌な予感がしたが。聞くのをやめることはできなかった。
「…うん。ありがとう。俺も大好きだよ」
照れくさそうで、でも心から愛おしく思っている声色の彼。嫌な予感は当たってしまっているようだ。
(そりゃそうだよな…)
客観的に見ても魅力的な彼に恋人がいないわけがない。そう言い聞かせて、思考をポジティブにしようと頑張るが不可能だった。落ち込む一方だ。
彼の机に置き損ねたブラックコーヒーを持ち自席に戻り、缶を見つめる。
このブラックコーヒーには沢山の思い出が詰まっている。その思い出のほとんどが彼と笑い合っている瞬間。溢れそうになる涙を堪えるように、コーヒー缶を開けて一口。
「…にっが」
想像よりも苦くて涙がひいてくる。すると、電話から戻ってきた彼がデスクに来た。彼は私を見るなり驚いた。
「あれっ先輩まだ残ってたんですか。ってそれブラックコーヒーじゃないすか!めずらしっ」
さっきの甘い声とは違う、元気ないつもの声。
「あぁ。たまには飲もうかなーって買ってみた」
あなたのために買った、だなんて言えない。
真実を確認したいとそれとなく探ることにした。勘違いだけはしたくない。答えは決まっているとは思うが。
「今日結構残ってるね。なんかあった?」
「あーちょっとミスしちゃって。修正してたら、こんな時間に。こんな時間まで残るの初めてで、さっき電話で彼女に連絡ちょうだいよ!って怒られちゃいました」
「あはは。連絡しないのは良くないなー。彼女大切にしなよ?」
「はいっ!」
照れくさそうに笑う彼の笑顔は、いつもとは違っていてドキッとしたと同時に苦しくなった。これ以上いたらダメだと思い、慌ててバックを掴む。
「じゃあ私帰るね。お疲れ様。」
「お疲れ様でーす!」
足早に去ってしまった。不自然じゃなかっただろうか。会社をでてさっきまでいた階を見つめる。
コーヒーをまた飲んだ。
(大人になれてるかな)
このまま電車に乗って家に着くのは良くないと本能的に思い、駅までの道を少し遠回りすることにした。
ブラックコーヒーの残りを一口で一気に飲み切った。
「やっぱりダメかぁ。まだ苦い」
缶を通りすがりにあったゴミ箱に捨て、
夜の暗さに紛れるように頬を一粒の滴がつたっていった。
読んでいただきありがとうございます。
サイドストーリー(?)として、「私」がコーヒーを飲めない理由を書きます。
父がブラックコーヒーをよく飲んでおり幼少期から匂いが好きで、飲むことに憧れがあった私。実際飲んでみたら想像より苦くて一口で断念。それ以来苦手意識が抜けない。
だそうです。