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美しき侯爵令嬢と王太子の運命の誓い

 ディアナ・ディー・ダカーポ侯爵令嬢は美人だった。


 ダカーポ侯爵家は大貴族なだけあって、元々美男美女が揃っていたが、ディアナはそれ以上だった。

 金髪に金色の目で優しげな顔をして、それでいて肌は雪のように白く、唇は夕日のように赤く色づいていた。

 まるで神が描いた理想の絵画のようなディアナは、幼い時からそれはそれは有名だった。


 当然、それだけ美人な上に貴族であるディアナは、住んでいるアイステリア王国の王族からも外国の王族からも結婚の申し込みが殺到し、そうそうにアイステリア王国の第一王子との婚約が結ばれた。


「ディアナ嬢、末永く大事にするよ」

「光栄です。こちらこそ末永くよろしくお願いします」


 幼いディアナと王子の婚約式では、ディアナの微笑みに王子はしばらく胸を射抜かれて立ち尽くしていた。



 そんな美人で貴族でおおよそ何も悩みがなさそうなディアナだったが、もちろん人並みに悩みはあった。

 今日も、部屋で紅茶を飲みながらため息をつくと、ディアナの信者にもなってしまっている侍女が慌て始める。


「大丈夫ですか、ディアナ様。何か紅茶の味におかしな所でも。もし何かありましたら私、死んでお詫びを」

「あら? 大丈夫よ、リリー。いつもの夢なの」

「ああ、ディアナ様が学園で下位貴族令嬢を虐めた罪で王子に婚約破棄されて国外追放になるという夢ですか? ディアナ様の夢ながら、下位貴族令嬢とやらを全員今から殴りに行きたいです」


 侍女のリリーの言葉に、ディアナは自分を過剰に心配してくれるのが嬉しかったのか、


「ふふっ、だめよ」


 と小さく笑う。

 絵画のように美しいディアナの無邪気な微笑みを見て、リリーは胸がキュンとしすぎて苦しくなった。


「16歳の来年から貴族学校に入学だからなのか、夢を見る頻度が多くなってきて。私、本当に心配だわ」

「私、ディアナ様を命に代えても国外追放になんてさせません。私も伯爵令嬢の3女ですから、一緒に学校へ通いますし。勉強も頑張って同じクラスになるように学力を維持しています。安心してください。ディアナ様に変な言いがかりをつける下位貴族令嬢なんて私が寄せ付けませんから」


 ディアナの言葉にリリーは早口でまくしたてる。


「ありがとう、リリーのその気持ち。いつもとても嬉しいわ。感謝しているの。でもね、ほら虐めって自分がそう思っていなくても、相手がそう思ったら虐めという事でしょう? 私が故意じゃなくても下位貴族の方を傷つけてしまったら悲しいわ」


 自分ではなく下位貴族の方を心配して悲しそうな顔をしているディアナに、リリーはキュンとしすぎて心臓が口から出そうになった。


「あっ、そうだわ。私、誓約書を書いて王家に提出しておこうかしら。殿下なら、私のわがままも聞いてくれるかしら」


 ディアナの独り言に、リリーはもはやディアナにキュンキュンしすぎて、


「殿下ならきっとディアナ様のお願いを聞いてくださると思います」


 と無責任にニコニコして同意するだけになっていた。


 ---


 翌日、ちょうどよく予定されていたアイステリア王国かつての第一王子今は王太子のレオン・ド・アイステリアとのお茶会で、その事件は起こった。

 和やかにまずは雑談として最近ディアナの夢見が悪くて、みたいな話をして心配したレオンが何かできることはないだろうかと頭を悩ませたりしていた。


「レオン殿下、私、お願いがありますの。聞いてくださいます?」

「ああ、もちろんだとも。なんでも聞くよ」


 今日も美しすぎるディアナに見惚れていたレオンはディアナと同じく笑顔で同意した。


「じゃあ、この誓約書を王家の方で預かって頂けます?」

「分かった…………えっ??」


 レオンは頷いて返事をしてから書類を受け取って、その男前な顔を台無しにするほど目をひん剥いた。


「これは? 『ディアナ・ディー・ダカーポが貴族学校で下位貴族を故意に傷つけた場合、国外追放に処する ディアナ・ディー・ダカーポ』??」

「はい」


 レオンは目の前の書類に書いてあることが信じられない様子で、ニコニコしているディアナを見詰めた。


「失礼します! ディアナ様! そんな事を書いてらっしゃったのですか?」


 部屋の隅に控えていたリリーが、マナーを破ってディアナに駆け寄ってくる。

 リリーにとってやむを得ない状態だった。


「あら、リリー。昨日も言ったように、私は人を傷つけてしまうことがないか心配だわ。だから、こう書いておけば下位貴族の方々も安心して貴族学校に通えると思うの」


 ディアナは澄み切った眼をしてリリーとレオンを見た。


「いや、しかし、これは、ディアナ」

「そうですよ、ディアナ様がお優しいのは分かりますが、下々の者を傷つけたからと言ってディアナ様が国外追放なんて罰が重すぎます」


 リリーとレオンの反応に、ディアナは困った顔をして首を少し傾げた。


「だめかしら? お願い。こうすれば明日からは夢を見ない気がするし、安心して寝られるわ。貴族同士配慮しあうことが大事だと思うの。それにもちろん、私も我儘を言っているとは理解しているのよ」

「う……いや……」


 困った顔も美しいディアナに、レオンが何が正しいのか分からなくなり混乱しているというように歯切れ悪く言いよどむ。


「私のわがままです。レオン殿下、あなたにしか頼めないと思いました。私がもし下位貴族の方を傷つけたら、国外追放してくださいませ」


 貴族らしくなくディアナが庶民の仕草のように、胸の前で『お願い』と手を合わせて上目遣いでレオンを見る。


「うっ……」


 レオンとリリーはディアナの『お願い』に真っ赤になって絶句する。

 二人そろって心臓が苦しかった。


 だけれど、ディアナの前に出ると、レオンは少しばかりポンコツになってしまうが、日ごろから王太子として次の王として育てられているだけあり、優秀だった。


「……分かった。学校内はある程度平等とはいえ、今まで暗黙の了解があった。ある程度決まりの整備は必要だろう。上位貴族と下位貴族、お互いがお互いを守るために」


『だからその仕草はやめなさい』、とレオンはディアナの合わせている手を握って離した。


「レオン殿下……ありがとうございます」


 手を握られたディアナはちょっと赤くなってレオンを見詰める。


「う、うん………」


 レオンもディアナを赤くなって見つめる。

 二人の雰囲気良く見つめあう様子に、リリーは音もなく前向きでススッと後ろに下がっていった。


 ---


 レオンの提案もあって、次年度の貴族学校入学前に説明会が開催された。

 上位貴族、下位貴族、特待生の平民が集まって、それぞれ身分の違うものが一つの学び舎で勉学を共にする際の決まりや注意点が案内され、最終的には簡単なテストを受けさせられる。


 最低限のマナーや決まりをテストで理解していないと判断されたものには、入学取り消しにはならないが更に補助としてマナーや決まりを説明する講座を受けることを勧められた。


 学校での登下校や食事は、さすがに今から身分の違いを埋める知識を身に着けるまたは寛容になるのは難しいとされ、トラブルを避けるためとして身分ごとに分けられた。


 意外だったのは、そのレオンの提案は特に特待生の平民に好評だった。


「貴族様特有の暗黙の了解が不安だったので助かりました」


 とは、平民の中でも上位貴族に迫る成績であわや新入生代表になりかけた平民マチルダの話である。

 マチルダは、貴族学校を経て法学系に進み、最終的には文官として王宮勤めを目指しているため、そのような決まりの明文化や講座の開催を歓迎し、確実に自分のものにしていた。


 逆に、下位貴族や一部の上位貴族には反発するものがいた。

 下々のものを不必要に傷つけないようにするための決まりを覚えるのに積極的になれないものがいたし、自分の階層のマナーが『絶対』という概念が抜けないものもいた。


 もちろん、レオンの方でも様々な決まりや講座を独断で決断実行したわけではなく、その時々で、他の階層の代表や王家、生徒や生徒の両親達と相談しあいながら決めていった。

 その試行錯誤には、当然のことながらレオンに『お願い』したディアナも参加して、だんだんと下位貴族を虐める悪夢も見なくなり、笑顔が増えていった。


 ーーー


 大多数の者には受け入れられたレオンの施策だったが、当然、決まりを守れないものもいた。


 意外な事に最初の問題を起こした者は、上位貴族の伯爵家の嫡男だった。


「クレイグ・ラ・ミスリル卿、あなたは学習グレードの違う教室に3回入室して、授業開始時間を過ぎていたにも関わらず女生徒に声をかけました。警告3回で、ご両親の呼び出しです。このことは入学時に了承されています。ちなみに警告5回で一定期間の隔離教室での学習になりますので、注意してください」

「そ、そんな! 伯爵家跡継ぎの俺様が平民の女に声をかけてやっただけなのに」

「決まりです」

「平民の女が俺様に声をかけられて迷惑って事か?」

「決まりです。迷惑か迷惑でないかは関係がありません」


 生徒会とは別に組織された自治委員の一人が警告する。

 自治委員はそれぞれの階層から投票で選ばれたものが、授業料の優遇を受けて平等に活動していた。

(ちなみに平民のマチルダは投票で選ばれて、授業料の優遇を受け、喜んで活動していた)


 ちなみに自治委員は各階層から相談を受け付け、きちんと勉学の時間外で調査をして、裏付けが取れてから警告する。

 前述のクレイグ・ラ・ミスリル卿は、呼びされた両親が自治委員の報告を聞いて激怒してコッテリと絞られて、しっかりと表面上は決まりを守るようになった。


 でも、そんな事例は稀で、そもそも決まりは基本的な事が多く、皆がそもそも学習意欲が高いものも多いので、平穏な学校生活となった。


「でも、私、ディアナ様に虐められたんです!」


 と自治委員に訴える下位貴族の令嬢もいたが、自治委員の公平な調査により、そもそもディアナはその令嬢に学習グレードがあまりにも違う事もあって接触していないという事が分かったという事例もあった。

 もちろん、その件はディアナの耳に入る前にきちんと対処された。


 が、繰り返すが貴族学校の学校生活は大多数の者にとって概ね平穏であった。


 そして、ディアナ・ディー・ダカーポ侯爵令嬢とはいえば、今まで、美人であること侯爵家令嬢である事で、あまり勉学ができる事には目を向けられていなかった。


 だが、在学中に決まりに守られて平穏に過ごせたこともあって(決まりの範囲内では王太子の婚約者としては了解してはいるものの、美人と話をしたい者に結構な頻度で話しかけられ、レオンをヤキモキさせてはいた)、2年目には平民マチルダやレオンの成績を抜いて一度だけ学習テストで一位を勝ち取る事ができた。


「嬉しいです」


 と王妃教育もこなしながら頑張った勉強を思い出して、テスト結果の前で涙ぐむディアナに、周りの者たちは皆心臓を撃ち抜かれていた。

 レオンはもちろんさりげなくハンカチを出してディアナの目じりを拭い、肩を抱いた。


 そしてディアナはもちろん国外追放されることなく、無事に貴族学校を卒業できた。


 卒業記念舞踏会ではファーストダンスをレオンと踊ったものの、決まりにのっとって、美人と一回はダンスして思い出を作りたいものと存分に踊って思い出を作った。(なんなら女性からもマチルダやリリー等からダンスを申し込まれた)

 レオンも決まりにのっとって王太子と踊りたい女生徒と踊って学生としての思い出を作った。


 そして、卒業と同時にレオンとディアナは結婚し、結婚式には学友を上はもちろん上位貴族に下は特待生だった平民を招いて(もちろん警備はしっかりしたし、準備は入念に行った)、盛大に行われた。


「レオン、いつも私の気持ちに寄り添ってくださってありがとうございます。私の全部で、レオンを幸せにしたいと思います」


 祭壇の前での口づけの前にディアナがレオンだけに聞こえるように呟いた。

 真っ白なウェディングドレスを着たディアナはそれはそれは美しくて、レオンは必死に正気を保っていたが、ディアナの言葉で気合が入った。


「こちらこそ、必ずディアナを幸せにするよ」


 レオンとディアナは皆に祝福されながら口づけを交わしたのだった。


 ーおわりー

読んで下さってありがとうございました。

もし良かったら評価やいいねやブクマをよろしくお願いします。

また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。

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