悪夢の始まり
悪夢の始まり
横浜の赤レンガ倉庫のライトアップが夜の闇で引き立ち始める。一気にエンジンを吹かして愛車のイタリアンレッドのGTRで首都高の湾岸線を飛ばす。さっき一旦県警本部に戻った後腕慣らしに藤沢のサーキットで練習とエンジンのパーツ交換を済ませて今は陽菜の親父さんに会うために中華街に向かっている。スピードメーターを見ると110kmを越していた。本牧JCTで速度を落として新山下出口で高速を下りる。本牧埠頭に差し掛かるポイントで交機のパトカーがサイレンを鳴らして停止命令を出してきた。その声は聞き覚えのある声だった。
『そこの赤のスポーツカー止まって下さ〜い。』恐らくはレベッカだ。俺は路肩に車を停めた。すると制服姿のアリサが予想通り職質をかけてきた。
「何の用だ?急いでるんだが。」
俺の話にアリサは全く動じない。
「大人しく運転免許証と身分の証明ができるもののご提示をお願いしまーす。」
すると助手席のドアが開いた。すると私服姿の陽菜が乗ってきた。
「じゃあ仁くんの行きたい場所まで私を乗せて行ってください。」
もう俺は呆れてアリサに言った。
「じゃあカーチェイスやるか?俺のドラテクに勝てりゃいいけどな。」
一気にアクセルを踏み込んで加速させる。さすが日産の名機のRB26、加速が段違いに速い。車で一気に公園通りに入りマリンタワーの横に停めた。
「仁ってやっぱり私に何か隠してるでしょ。」
陽菜はそう言って俺の頬を突く。
「特に何もないよ。強いて言うのであればいつもよりも陽菜が可愛くて。」
「それでアクセル踏んじゃったんだ。なら私も化粧した甲斐があったな。」
陽菜と俺は車から降りて約束場所のバーに向かった。
バーの中に入ると既にカウンターには陽菜の親父さん、尚志さんがいた。
「お久しぶりです、尚志警視正。」
すかさず挨拶をすると尚志さんは穏やか声で続けた。
「久しぶりだな、仁くん。というか陽菜も来たのか。」
尚志さんは少し表情を曇らせる。俺らが席に座ると尚志さんは封筒を机に置いて言った。
「2人ともこの間のテロリストの制圧は見事なものだったよ。ご苦労様、ところで話は変わるが、来月には川崎でG7サミットが予定されているのを2人は知っていると思うが、公安に困った物が届いてね。それはこの封筒の中にある。」
俺は尚志さんに促されて封筒を開ける。そこにはこう書いてあった。
『GM解放戦線から日本に告ぐ 今月中に大きなプレゼントが首都東京と神奈川に5つ届くだろう。そしてアリサ、晴人、私を覚えているか?
いずれ再会するだろうが、きっとその瞬間は素晴らしいものとなるだろう。既にパーティーは始まっている。お互い楽しもうじゃないか。今回はどっちが喜びの花火をあげられるかな?』
「まさかアリサちゃんと晴人くんが?」
1番に陽菜が口を開いた。そして尚志さんは続ける。
「私達にもわからない。あの2人の記録は全て抹消したはずで名前を知っているのは我々上層部の人間か彼らと関わった人間だけだ。それとこのことはもう既に世界中の諜報機関に伝わっている。もしあの時のロンドンのような騒ぎになれば日本は崩壊する。」
尚志さんが言っているのは10年前のロンドンサミットでの同時多発テロだ。当時は公安の外事課が現場にいたものの事件を未然に防ぐことはおろか事件に巻き込まれてしまった。当時親父が公安委員会のポストにいたため俺も当時のことをよく覚えている。
「じゃあ今回の事案はどうするんですか?俺らだけだと到底解決できませんよ。」
俺がそんな言葉をこぼすと陽菜が真剣な顔をして言った。
「それなら龍河叔父さんに頼んで自衛隊の隊員を何人か派遣すればいいんじゃない?それに貞嗣くんも帰国するんでしょ?」
俺は陽菜の言葉で思い出した。弟の貞嗣も今回のサミットとアリサの取り調べの関係で帰国することが決まっている。貞嗣は自分の武器を在日米軍厚木基地に保管している。まぁそこが貞嗣の隠れ家なのだが。
「確かにそれがいいかもしれないな。仁くんも龍河大臣にかけあってくれないか?」
「わかりました、可能な限りは交渉してみます。」
尚志さんの言葉に俺は弱気に答えた。その訳は父さんにある。父さんは政財界でもきっての冷徹さと素早い洞察力がある。そのためどこの国の大臣も父さんと会談する時は万全の体制で臨む。無論、俺も父さんと話す時はアリサ達と話す時よりも遙かにエネルギーを消費する。うちの家系の特殊能力は母方からの遺伝のため、父親に能力はないが剣道では父さんに一度も勝てたことはない。これらのことから俺は父さんが苦手なのだ。
僕と陽菜は店を出て車に乗り込む。その時、横を白のZ33が通り過ぎていった。そして僅かではあるが謙人の顔が見えた。そこに俺は不穏な空気を感じたのだった。