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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無知の証明

 目からウロコとはこの事だろう。

 

 いや俺は何も見ようとはしなかった。

 

 気がついていて、そうしなければならなかったのにそうしなかったのだ。


 怠惰という他ない。


 俺に足りなかったのは多分勇気だ。

 真実を知り、現実を受け入れる勇気が無いから逃げたのだ。


 どこまでも怠惰で愚か、それが俺という人間の本質なんだろう。


 いや考えなかったわけじゃないんだ。


 言いわけがましくなってしまうがそれだけは信じて欲しい。


 俺は確かに気がついてはいたんだ。

 現実として今自分がどんな状況に置かれているのかを知っていた。

 静観するつもりはない。どうにかするつもりだった。


 いずれ、近いうちに。


 ああ、駄目だ。


 これではやはり言いわけをしているだけなんだろう。


 俺は自分の失敗を信じたくはなかったのだ。

 心のどこかで自分は十全の存在だとタカをくくっていたのだ。情けない。

 そんな事は今の自分の姿を見れば一目瞭然ではないか。


 かつて、どころか今の今まで何も為し得ていない無力な男がいるだけだ。

 俺は自分がただの無力な男だという事を受けれいるのが受け入れるのが嫌で現実を見ようとはしなかった。


 ああ、愚か者め。


 ふじわらしのぶ、お前には何も語る資格はない。


 今すぐにでもその愚痴しか出て来ない口を閉じてしまえ。


 結論から言おう。


 私は今までとんでもない勘違いをしていたのだ。

 どこにでも転がっているような凡夫の私が勘違いをするのは当然の行いなのだろうが、世の中には謝っておかなければいけない事が多々ある物だ。

 たった一言の謝罪でどうにかなるならば私は誰にでも頭を下げる。

 私には他人から寛恕されるような美徳は無いし、そこにいるだけで他人様を不快な思いをさせてしまう負の人徳みたい物も兼ね備えているのだから質が悪い。


 私の勘違いとは、南蛮という言葉に関する知識だ。

 本来の意味は差別語なので説明を省かせてもらうが、日本での俗称に関して私は全く無知であったと言わざるを得ない。

 だから私はつい最近まで南蛮に相当するそれが全国共通の見解だったと誤認識していた。


 ゆえにスーパーなどの食品売り場に行った時にそれが全国共通の通称として南蛮だと思い込んでいた。  

 皆が南蛮という言葉を口にする時に「ああ、それの事か」と一人合点していたのだ。


 恥ずべき事ではあるが、生まれて四十と九年、ようやく誤解に気がついたのだから今日という日を第二の私の誕生日と考えるようにしよう。


 無知という恥を認める事で私は一歩前に進んだのだ。めでたいことだと思う。


 人生は普通何かを間違える事で前進するものなので、この一歩は正道に通じる一歩のはずだ。

 

 再確認の意味で宣言しよう。


 私は自身の勘違いを知り、正しい知識を得る事で新しい人生の一歩を踏み出す。

 今日は 私という人間が生まれ変わった日だ。


 話が本筋から大分逸れてしまった、戻そう。


 南蛮の話だ。


 鴨南蛮という食べ物がある。

 私の故郷である北海道で食べられるようになったのは比較的、新しい。

 覚えている限りでは「かしわ蕎麦」は蕎麦屋のメニューにあったが「鴨南蛮」と「肉蕎麦」はほとんど無かった。

 だから以前に交友関係にあるなろうユーザーさんが肉そばの話をしている時に温そばの上に火を通した豚肉が乗っている物だと考えていた。

 実に悲嘆すべき愚考だと思う。

 この時、肉そばとは如何なるものかを聞けばこのような悲劇は訪れなかったはずだ。

 

 なのに私は、おお天上の神々よ、許したまえ、知ったかぶりをして聞かなかったのだ。

 

 それから数年が経過して私はとある料理動画「リュウジのバズレシピ」(だったと思う)を見て思い知らされたのだ。

 肉そばとは私の考えている代物とは全く違うという事を。


 有り体に言えば、温そばのつゆに豚の生姜焼きをぶっこんだ者が肉そばだったのだ。


 何という既視感。


 脳髄に衝撃が走った事は言うまでもない。

 

 私はすぐに肉そばを作り、その美味を余すことなく味わい尽くした。

 正直、そばつゆが肉の油で汚れる事は気分が悪くなってしまったが美味しかった。


 未知の美味に触れる事によって増長した私は鬼の首を取ったような気分で会社に向い、早速会社の仲間たちに肉そばについて力説した。

 当然普段から私に対して神がかった尊敬の念を抱く糞雑魚だもから絶賛の声が上がるものとばかり考えていた私だが、現実は厳しく返ってきた言葉は冷たいものだった。

 私はこの時の屈辱を忘れないようにしっかりとメモを取って一言一句、心に刻み込んでいる。


 忘れもしない、こんな事を言ってきたのだ。


 「そんな話はいいから、収入印紙買ってきてよ」と。


 私はこの不遜な物言いに対し、「道具箱にあるでゴンスよ」と言ってから会社の副社長職に就いている男を背後から裸締めにして懲らしめた。

 妥当な行為であると思う。

 そもそも収入印紙、切手の類はコイツが、この野郎がダイアル付きのハコに入れておこうと提案してきたのだ。

 この鶏頭が、わが社の最高高学歴の持ち主というのだからやはり学歴など不要だと思う。


 私はこの下衆に聖なる裁きを与えた後、何事も無かったように仕事に戻った。


 私の心の中には謝罪の気持ちなどなく、ただ当時コロッケの入ったそばや肉そばの話題で盛り上がっていた交友関係のあるなろうユーザーさんたちを相手に適当に相槌を打っていた俺の軽薄さに罪悪感を覚えていたことは言うまでもない。

 さてその日の昼、私は近くのイオンで三玉入って百円くらいのゆでそばを購入した。

 昼は家で握っておいたごましおのおむすびを食べる予定だったので、汁物として温そばを食べるつもりだった。


 その時、私は社用のPCで「リュウジのバズレシピ」で鶏南蛮という料理を見ていた。


 「たしかブラジル産の鶏肉があったな」


 私は社用の冷蔵庫の冷凍庫を個人的な理由で使う事が多かったのでなぜか中には冷凍されたブラジル産の鶏肉(胸肉)などが入っていたのだ。

 そして丁度イオンで半分腐れたようなネギが三本で百円だったので「鶏南蛮」を作る事にした。


 一応言っておくと、かしわ蕎麦と鶏南蛮の違いは肉の調理工程にある。

 かしわ蕎麦は一口大に切った鶏肉を温そばのつゆにそのまま入れるものであり、鶏南蛮の方は鶏肉を一度焼いてからそばつゆを足してタレを作るというものである。

 私が鶏南蛮を作っていると下衆な連中がいつの間にか集まり餓鬼のような顔をして私を見ていた。


 「しのぶ様、ワシらにもそれを分けてくだされ」と図々しい事を言ってきたのだが、そこは聖人君子のふじわらしのぶ、高給取りプラス実家から月に三十万くらい金をもらっている糞雑魚どもにわけてやることにした。


 雑魚どもは私より明らかに裕福な家庭の出身で、たくさんのお給料をもらっているはずなのに「朝飯は昨日のマックの残りしか食べていない」とかぬかしながらあながち冗談とは思えない様相で天上の美味たる「便所に行っても手を洗わないことで有名なふじわらしのぶの温そば」を貪っていた。

 たまに本州の実家に帰れと言ってやりたいがもうかれこれ二十年以上のつき合いになる。


 「そういえばさ、ふじわらくん。さっきリュウジさんが動画で言ってたけどコレって何で南蛮って言われているか知っている?」


 「赤いからだろ?」


 私は調味料の入った棚から赤い円筒型の容器を取り出してクソ虫に渡した。


 だがクソ虫どもはそろって要領を得ない顔をしている。


 「ありがとう、ふじわらくん。でも俺おそばに一味唐辛子ってあんまり入れないよ?」


 「いやでも、南蛮って」


 そこで専務が大きな声で笑い出した。

 私はわけもわからず言う事が全て嫌味にしか聞こえない二歳年下の上司を睨む。


 「何か俺おかしい事言った?」


 「いや、そうじゃなくて北海道ではこれ南蛮って言うんだっけ」


 ゴミクズはS&Bの一味唐辛子の容器を持って笑っている。

 全員が大声で笑い出した。


 そう北海道では一味唐辛子の事を南蛮と呼ぶのだ。

 私はそれを知らなかった。


 こんな事は大昔に本州で前の会社に勤務していた頃ゴミ捨て場をゴミステーションと呼んで笑われた時「以来の屈辱だった。


 つまりそういう話だ。


 ちなみに斜めに切ったネギの事を南蛮と呼ぶのは西洋人が持っていた鉄砲に似ているからそう呼ぶらしい。以上。

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