表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

国外追放途中の私、綺麗なお姉様に助けられる。え?男性??女性ゲームキャラなだけ?聖女は女だけですので問題ありません、とりあえず抱きしめてもよろしいかしら?

作者: 都乃々コイ

 アルゲティ王国の美しい朝日が、ヴァレンティン家の広大な庭園に柔らかく差し込んでいた。私はその光を浴びながら、窓辺でゆっくりとした呼吸をする。この時間が一日の始まりで、一番好きな瞬間だ。


 私の名前はアリシア・ヴァレンティン、18歳。

 ザウラク公爵フリードリヒ・ヴァレンティンの長女として生まれ、幼い頃から高貴な教育を受けて育った。家族には父でザウラク公爵のフリードリヒ・ヴァレンティンと、母のセレナ、そして二人の弟がいる。ヴァレンティンの一族の力は強く、公爵家が中心となって王国を支え、多くの貴族たちから尊敬を集めている。


 今日は特別な日、学園の卒業式典が行われる日だ。学園での生活は決して楽ではなかったが、学園の卒業試験では優秀な成績を収め、学園長から直々に表彰を受けたことは、今でも誇りに思っている。学園で過ごした日々の思い出が脳裏をよぎる。友人たちとの楽しい時間、厳しい試験勉強、そして学園祭での笑顔…。


「でも、そんな日々も今日で最後と思うと寂しいわね。」


 ドレスを着ながら、ふと鏡に映る自分を見つめた。繊細で透き通るような肌、微かなピンク色が頬に差し、儚げな印象を与えている。明るいブロンドの髪が肩のあたりで揺れ、瞳が柔らかく輝いている。

 ドレスは、ふんわりと広がるピンクのプリンセスライン。チュールとタフタの素材が軽やかで華やか、パールの装飾とリボンが可憐な印象を与えている。


「とってもよく似合っているわ。良い仕事ね。」


母のセレナが微笑みながら言った。


「アリシア、少しこちらに来てくださいますか?」

「はい、お母様」


 と答え、私は軽やかに階段を下りる。

 母のセレナは、エレガントなドレスを身にまとい、学園に向かう準備を終えていた。


「アリシア、今日の卒業式典にはあなたの婚約者である王太子アーノルド殿下も出席する予定です。あなたもアルゲティ王国の未来を担う存在として、誇り高く優雅に振る舞うのですよ。」


「はい。お母様。」


「ですが、無理はいけません。あなたの幸せが一番です。何かあれば必ず私達に相談するのです。ザウラク地方を治める当家の力は、あなたに我慢を強いるほど弱くはありません。よいですね。」


 ドレスの仕上げを終えた私は、家族と共に馬車に乗り込み、父と母と共に学園へと向かう。


「そういえば、アリシア。国境近くのバート伯爵家に嫁いだ姉のヘレネが、紋章持ち人材を保護したとかで、あなたの護衛か侍女かでそばに置いてはどうかと言ってきているわ。」


「紋章持ち人材を護衛か侍女に……ですか?」


「ええ、年はあなたと同じくらいで、聖女のような雰囲気の子らしいわ。紋章の確認はしていないらしいけれど、まぁ間違いないだろうとのことよ。一度顔合わせにこちらに来るらしいわ。」


「たしか聖女の紋章は胸元とのことですものね…。」


「ええ、さすがのヘレネも胸元を無理に確認はしなかったようね。聖女なら30年ぶりの発見、しばらくは他言無用よ」


「はい、わかりました」


「あと、くれぐれも逃げられないように。公爵家の力で縛りつけることもできるけれど、それは望まないでしょう?」


「もちろんです。」


 学園に到着すると、卒業式典の準備が進んでいた。

 大広間には豪華な装飾が施され、シャンデリアの光が美しく輝いている。式典が始まり、学園長の挨拶が終わると、次々に卒業生たちの名前が呼ばれた。そして、私の名前が呼ばれると、周囲から拍手が湧き起こった。その時だった。広間の中央でアーノルド殿下が突然声を張り上げた。そういえば今日はずっとお見かけしなかった。


「アリシア・ヴァレンティン!」


 驚いた私は、一斉に集中する周囲の視線を感じながら、冷静さを保つ。アーノルド殿下の厳しい表情と冷たい目つきが私に向けられていた。呼び捨てとは。


「何でしょうか、アーノルド殿下?」


 私は冷静に応じたが、いつもと異なるその様子に不安でいっぱいだった。そしてアーノルド殿下の声は冷たく、容赦なく告げる。


「君との婚約を破棄する!君が学園で犯した罪を知った以上、これ以上君を未来の王妃として迎えることはできない。そして国外追放を命じる!」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。私が何をしたというのか?

 アーノルド殿下の宣告に、大広間は一瞬にして静寂に包まれた。私の心臓が激しく鼓動し、息が詰まるような感覚に襲われた。


「何もしていません、殿下。何の罪でしょうか?」


「……証拠がある。君が学園で不正を行い、他の生徒たちに害を与えたことは明白だ。」


 私は必死に問いかけたが、殿下の表情は変わらなかった。周囲の貴族たちも怪訝そうにしていたが、様子見に徹するようだ。私は無実だったが、王太子の宣告が本気であれば、私の抗議は無意味だった。


 父のフリードリヒは何の冗談かという表情をしていたが、殿下が本気である様子に迂闊なことを言えずにいた。下手をすると国を二分することになる。母のセレナはそんな父フリードリヒを睨みつけていたが、さすがに影響の大きさに思い至るのか、それ以上は行動を起こさなかった。フリードリヒは婿である。


「国外追放…」


 その言葉が頭の中で繰り返され、私は絶望に打ちひしがれた。

 全てが一瞬で崩れ去り、私の未来は暗闇に包まれた。


「お前に残された道は一つ、国外へ去れ。ザウラク公爵!今晩中に隣国へ出発させるのだ。よいな?」


 混乱する状況をよそに、アーノルド殿下は父のフリードリヒに、私の国外追放について詳細に指示を出していた。

 私は無力だった。無実を証明する手立てもなく、ただ命じられた通りに国外へ去るしかなかった。全てが一瞬で変わり、私の人生は一転した。本当にわけが分からない。


 そしてその夜、私は卒業式典のドレスのまま、隣国への道中、馬車に揺られていた。とにかく何を追加で言われるかわからない為、まずは一刻も早く国境近くのヘレネ伯母様の元に向かうことにしたのだ。

 心の中は怒りと悲しみで渦巻いていた。何故、自分がこんな目に遭わなければならないのか。

 だが、父と母はすぐに隣国から呼び戻すから、今は耐えてほしいと涙ながらに自分を見送ってくれた。公爵令嬢として誇りを忘れず頑張らなくては。


 そう気を取り直したその時、突然馬車が激しく揺れ、急に停まった。


「盗賊だ!お嬢様を守れーー!!」


 御者の叫び声が響き渡り、私は馬車の外を見た。数人の武装した男たちが馬車を囲んでいた。冷静さを保ちつつも、恐怖を感じずにはいられなかった。というか、お嬢様を守れとか叫んでは馬車に女性が乗っていると教えるようなものでは?そう思いながら馬車の中で静かに息を殺していた。時折外を確認するが、どうもかなりの劣勢であるようだった。


「これで護衛は最後か。なかなか手こずったな」


 そう盗賊の声が聞こえ、もはやこれまでかと思ったその時、突如として眩い光が現れた。光の中から現れたのは、一人の美しい女性だった。長い銀髪に透き通るような白い肌、そして聖女のような神々しいオーラを纏っていた。


「お下がりなさい!── ニーベルン・ヴァレスティ!!」


 その女性が高らかに叫ぶと、走ってきたせいなのか、はだけていたその胸元に、銀色の満月と星々を象った紋章が浮かび上がった。そして手を掲げると強力な聖魔法が盗賊たちに向かって放たれる。盗賊たちは次々と倒れ、瞬く間にその場から退散していった。私はその光景に目を見張った。大丈夫なのかその魔法名。馬車から降り、助けてくれた女性に向かって歩み寄った。美しすぎる。


「ありがとうございます。私はザウラク公爵が娘、アリシア・ヴァレンティンです。あなたは…?」


「リリィ・フローリアと申します。」


 リリィは微笑みながら答えた。その笑顔は暖かく、私の心を和ませた。

 リリィの容姿は、長く美しい銀髪が月の光を受けて輝くような艶やかさを持ち、背中まで流れるように伸びている。白く透明感のある肌は、まるで雪のように純白で、触れるとひんやりとするかのような質感だ。今は服も整えられている。


「……フローリア。」


 とつぶやいたものの、その強力な聖魔法と神々しい容姿に引き込まれた。とても美しい。


「アリシア様、ここでお会いできてよかったです!あなた様の伯母様であられるヘレネ様から、ザウラク公爵家のお屋敷に向かうように言われていました。聞いておられますか?」


「ああ!そういえばお母様がおっしゃっていたわ、聖女のような子が来ると」


「せ、聖女とかそんな大層なものではないですが、明日には屋敷に着けるようにと頑張っていたのです!」


「……こんな夜中に森の中を歩くなんて、危ないですわよ?」


「やはりそうですよね…。でもそのおかげでアリシア様にお会いできました。ですがアリシア様こそ、こんな夜中に森の中を移動されるなど。それこそ私がたまたま通りかからなければ恐ろしいことに…。」


 そうリリィに指摘され、自身の状況を思い出した私はその怒りと悲しみを思い出しつつ、今日あったことをリリィに話した。


「── 大変でしたね…アリシア様。とにかく今日は近くで野営し、明日になったら近くの街へ向かいましょう。これからは私がご一緒しますので安心して下さい!」


 と言った後、リリィは最低限の荷物を馬車からまとめ、運んでくれる。今日は近くに発見した森の中の小さな洞窟に身を寄せることとなった。


明日になったら近くの街に行き、そこから父と母にあてて無事な旨の手紙を送ったあと、バート家の治めるイシュルの街に伯母のヘレネを訪ね、その後国境を超えてもともと滞在する予定であった隣国の街に向かうこととなる。


激動の一日だったが、強く、神聖な雰囲気が漂っている月の女神のようなリリィがそばにいる。私は安心して寝ることができた。満足です。



————————————-



 一方で、リリィ──いや、心の中はトーマ・キサラギか──はアリシアの視線に戸惑っていた。トーマは日本からの転生者である。日本人男性だった彼がゲームで作成し、使用していたキャラクターが「リリィ・フローリア」だった。


 彼はつい最近この世界で目を覚まし、自身が「リリィ・フローリア」になっていることに気がついた。たしかゲームでは、ジョブを極め、大聖女になっていた。


 とりあえず近くの街に行ってみたのだが、そこがバート伯爵家の治めるイシュルの街だった。容姿が原因で男たちに囲まれているところを、たまたま通りかかったアリシアの伯母のヘレネに見つけられ、保護されたのだ。


 ヘレネは神聖で美しい雰囲気なのに、どこか抜けていてチグハグなリリィに、すぐに心を許していた。また打算もあった。リリィのその善良な雰囲気もそうだが、髪や肌の整い方や身なりの美しさから、なにかしら事情のある高貴な身分の女性である可能性も考え、保護したのだ。だが、手を擦りむいていたリリィが無意識に治癒魔法を使うのをみて事情が変わった。


 聖女の紋章持ちが見つかったという話を、ヘレネは聞いていない。そのようなことがあれば噂にならないはずがないのだ。そしてこんなところを歩いているわけもない。壮大な裏がある可能性もある。バート伯爵家では少し心許ない為、妹のいるザウラク公爵家に任せてしまえとヘレネは考えた。もしかしたらアリシアの元に送るのは拒否されるかもしれないと、半分冗談でとりあえず提案したのだが、リリィは特に断る様子もなかった為、押し通してみたのだった。ヘレネはおちゃめだった。


 そしてアリシアと合流したリリィ。盗賊を撃退した後、リリィはアリシアの荷物を馬車からまとめ、一晩の休息を取るために森の中の小さな洞窟に身を寄せた。静かな夜が訪れ、周囲にはただ風の音と虫の声だけが響いていた。リリィは聖魔法の応用で小さな火を起こし、その淡い光に照らされてアリシアとリリィは静かに過ごした。


「よければお使い下さい。」


 と先ほどアリシアから満面の笑顔で手鏡を渡されたリリィは、その鏡にうつる自身の容姿を確認していた。長く美しい銀髪が月の光を受けて輝くような艶やかさを持ち、背中まで流れるように伸びている。白く透明感のある肌は、まるで雪のように純白で、触れるとひんやりとするかのような質感だ。


「このリリィの姿…ほんとうに綺麗…。これが私??」


 トーマはリリィの姿の自分の手を見つめ、そのあと着ている衣服に目を移す。白を基調としたローブは金の刺繍が施されていて、胸元には青い宝石があしらわれたブローチをつけており、神聖な雰囲気が漂っていた。だが、彼はリリィの身体に宿る女性の感覚にまだ慣れていなかった。特に、この美しい姿が他人の目にどう映っているのかを考えると、羞恥に悶えてしまうし、身の危険も感じる。実際、イシュルの街では取り囲まれてしまったのだ。


「リリィさん、本当に助かりました。あなたのような人に出会えて、私は幸運です!」


 アリシアの言葉は純粋で、リリィの心に直接響いた。


「いえそんな、お助けできて本当によかったです。お困りのことがあれば、何でも言ってください。」


 リリィとして応じるトーマは、内心の混乱を隠すように微笑んだ。アリシアはそんなリリィに対し、ますます好意を抱くようになった。



 翌朝、リリィとアリシアは森の小さな洞窟を後にし、イシュルの街へと向かう道を進んでいた。まずはその途中の小さな街に向かう。日の光が差し込み、森の中は静かな美しさに包まれていた。二人はお互いの存在を感じながら、ゆっくりと歩を進めていた。


「リリィさん、昨日は本当にありがとうございました。あなたのおかげで助かりました。」


「いえ、そんなお気になさらず…、あと私のことはリリィ、と。」


 リリィはアリシアの純粋な感謝の言葉に対し、どう答えればいいのか迷っていた。その時、アリシアがふと近づき、リリィの銀髪にそっと触れた。


「リリィの髪、本当に美しいわ。まるで月の光を受けて輝く銀の糸のよう。」


「はうっ…!」


 リリィは突然の触れられ方に驚き、心臓がドキドキと高鳴った。髪を触られる感覚は今までの自分にはなかったもので、その繊細な感触が頭皮を通じて全身に伝わる。顔が熱くなり、視線を逸らす。


「リリィ、大丈夫?顔が赤いわ。」


 アリシアは心配そうにリリィを見つめる。その優しい眼差しにリリィはますます恥ずかしさを感じた。近い。


「え、ええ、大丈夫です。ただ、少し驚いただけで…」


 リリィは何とか平静を保とうとしたが、心の中ではこのリリィの身体の感覚に戸惑っていた。男性だった頃とは全く違う身体の反応にどう対処すればいいのか分からなかった。そもそも男性の感覚でも太陽のように美しいアリシアが近寄るだけでドキドキするし、触れられたときのリリィとしての身体の反応も未知でわけがわからなくなっているのだ。


 道中、アリシアはリリィに対して自然に身体に触れることが多かった。時折、アリシアがリリィの肩に手を置いたり、手を繋いだりするたびに、リリィは内心で驚きと戸惑いを感じた。それがアリシアに不自然に映っていることには気づかなかった。


「リリィ、もしかして…触られるのが苦手ですか?」


 アリシアはふと立ち止まり、リリィを真剣な目で見つめた。その問いにリリィはどう答えるべきか迷った。自分が元男性であることを明かすことはできないが、アリシアの不信感を解く必要がある。


「いえ、そんなことはないのです。ただ…その…少し敏感なだけで。」


 敏感とはなんだ。敏感とは…。


「そうなのね。でも、私はリリィがいてくれて本当に嬉しいの。だから、もっと仲良くなりたいわ。」


 アリシアは微笑みながらリリィの手を握り、その温かさにリリィは一瞬、心が落ち着いた。そもそも女性同士であってもこの距離感はおかしいのではないか。そうリリィが思うことは、残念ながらなかった。


 道中、リリィはアリシアの気持ちに応えようと、少しずつ距離感を縮めていった。だが、ある時、アリシアが突然リリィを後ろから抱きしめた。


その瞬間、リリィは全身が硬直し、アリシアの身体の温かさと甘い香りに意識を飛ばしそうになる。特に今のアリシアは卒業式典のドレスのままである。さすがに馬車から持ってきた大きなストールを巻いているが。


 アリシアの髪からは春の花々が咲き誇る庭園を思わせる柔らかで甘い香りが漂い、その匂いはリリィの感覚を一層鋭敏にした。鼻腔をくすぐるその香りはリリィの心を優しく包み込んだ。


「リリィ、本当にありがとう。あなたのおかげで、私はまだ希望を持てるわ。」


 アリシアの声がリリィの耳元で囁かれるたびに、その柔らかな息遣いと甘い香りがリリィの心を揺さぶった。リリィはその感覚に耐えながら、何とか冷静さを保とうと必死だった。


「アリシア様、あの…少し…」


 リリィの声が震える。その様子を見たアリシアは不思議そうにリリィを見つめた。


「リリィ、どうしてそんなに顔を赤くしているのかしら?同じ女性なのに…」


 アリシアの問いにリリィはどう答えるべきか迷ったが、何とか言葉を絞り出す。


「いえ、その…私はただ…少し変わっているのかもしれません。」


「そうなのね。でも、それもリリィの魅力の一つかもしれないわ。」


 アリシアは微笑みながらリリィを見つめ、その笑顔にリリィはまた心が温かくなるのを感じた。感謝の気持ちを示そうとアリシアがリリィを抱きしめるたびに、その香りと温かさがリリィの心を揺さぶる。リリィは戸惑いながらも旅路を急いだのだった。



————————————-



 最寄りの街に無事到着したリリィと私は、まず郵便局に向かい、両親に無事を知らせる手紙を出した。手紙を書き終え、郵便局員に手渡すと、少し安心感が漂い、ほっと息をつく。


「これでお父様とお母様も安心してくれるわ。リリィ、本当にありがとう。」


 リリィは微笑んでくれたが、その笑顔の奥に何か悩んでいる様子が見え隠れしていた。彼女の内心を察しながらも、私たちは次に宿を探すことした。


「リリィ、一部屋を共有しましょう。女性同士だから気にすることはないわ。」


「で、ですが…」


 リリィは私の提案になぜか抵抗している。身分を気にしているのか、それとも…。その態度に私は少し戸惑いを感じる。


「リリィ、……もしかして私が何か嫌なことをしましたか?」


 私の声は自然と震えていた。リリィが私を嫌っているのではないかと、不安が募る。


「私のようなものと同じ部屋は嫌ですよね…?ごめんなさい、気付かなくて…」


「そんなわけないです!」


 リリィはそう声を上げた。その反応に驚きつつも、彼女の真剣な表情を見て、少し安心した。


「アリシア様、アリシア様は大変綺麗でお美しく、そして優しい方です。私はあなたのことが大好きです。」


「まぁ…大好き…。い、いえ、…それならどうして同室は嫌なの?」


 リリィの言葉に感謝しつつも、なぜ同室を嫌がるのか理解できなかった。リリィはしばらく考え込んだ後、意を決したように話し始める。


「アリシア様、これから話すことは、もしかするとあなたを驚かせ、私を軽蔑するかもしれません。それでも聞いていただけますか?」


 彼女の真剣な表情に私は頷いた。リリィが何を話すのかわからないが、心の準備をする。なんだろう、体臭が気になるとかだろうか。


「私は実は、この世界に来る前は男性でした。名前はトーマ・キサラギといい、日本という異世界から来たのです。」


 その言葉に私は目を見開くが、リリィの話を最後まで聞くことした。


「リリィ・フローリアという名前は、私がかつて遊んでいたゲームのキャラクターの名前です。気がついたら、そのキャラクターの姿でこの世界に転生していました。」


 リリィの告白に私は一瞬言葉を失う。しかし、彼女の瞳には真実が映っていると感じた。


「リリィ…いえ、トーマさん。それが本当なら、あなたは大変な経験をされてきたのですね。」


 私は彼女の心情を思いやり話す。リリィ、いやトーマさんの瞳には感謝の涙が浮かんでいた。


「アリシア様、私はあなたを傷つけたくないし、あなたの信頼を裏切りたくないのです。でも、同室で泊まることに抵抗があるのは、私が元々男性だったからです。」


「なるほど…そういうことだったのですね。」


 私は深く頷く。リリィの気持ちを理解し、彼女の過去を受け入れる覚悟を決めた。


「トーマさん…。あなたが男性だったとしても、今はリリィとして私のそばにいてくれています。私はあなたのことを信頼していますし、何よりも感謝しています。」


 私の言葉にリリィは感動しているようだった。


「だから、一緒の部屋でも問題ありません。私が嫌なのは、リリィが私を避けることです。それに…、聖女の紋章は女性にしかあらわれないとされています。身体を確認するまでもありません。」


「紋章…ですか?」


「ああ、そうですよね。突然異世界からきたということであれば知らないのも当然です。ただ、その話はまた。…とにかく!あなたが同室なのに何も問題はないのです」


「ええ、ですが……」


「何も問題はありません。結婚前の令嬢が男性と同じ部屋なのは確かに問題がありますが、そうでないのであれば、何も問題ないのです。」


「……アリシア様。あなたのご厚意に感謝します。」


 こうして私たちは一つの部屋に泊まることに決めた。間違いない、この人は押しに弱い。かわいい。


 宿にチェックインし、部屋に入った私たちは、つまり同じ部屋で過ごすことになった。リリィの正体を知ってから、彼女に対する感情は複雑になったが、そのうぶな反応が愛おしくて仕方がなかった。


「リリィ、本当にありがとう。あなたがいてくれて安心するわ。」


 リリィが頷き、少し照れくさそうに微笑む。その姿がますます可愛く見えた。


「リリィ、せっかくだからもう少しリラックスしましょう。私たちは女性同士ですし、何も気にすることはないわ。」


 私はそう言いながらリリィに近づき、そっと抱きしめた。リリィの身体が硬直し、心臓の鼓動が早くなるのが伝わってきた。彼女の反応がますます愛おしくて、私は思わず顔を彼女に近づけてみた。


「アリシア様…」


 リリィの声は震えていたが、その表情が純粋で、私はますます彼女に魅了されていった。


「アリシア様、本当に…あの…」


 リリィが何か言いかけたが、そのまま言葉を飲み込んだ。その様子がますます可愛くて、私はますます彼女をからかいたくなった。


「リリィ、リラックスして。今夜は一緒に過ごしましょうね。浴室もちゃんとあるらしいわ。」


「ひっ…!!」


「ふふっ、今日のところは許してあげる。おいおいは私の侍女としてお世話してね。」


 この宿には浴室がちゃんとある。入浴を希望すると浴室を準備してもらうことができた。


「お嬢様、こちらへどうぞ。」


親切な宿の人が浴室へ案内してくれる。浴室には温かいお湯が張られ、香り高いハーブが浮かべられていた。


 私はゆっくりと浴槽に身を沈め、ほっと息をついた。温かいお湯が疲れた体を包み込み、緊張が解けていくのを感じた。


「ここで少し、心を休めるのも悪くないわね。」


 目を閉じ、静かな時間を楽しんだ。ちょっとリリィに意地悪しすぎたかしら。リリィには本当に感謝している。間違っても嫌われたくはない。


 入浴後、私はリリィにもお風呂をすすめ、その後、共に夕食をとった。寝る時、リリィは床で寝ると言い張っていたが、私はそれを許さなかった。


「そう…私のことが嫌いなのね…。ごめんなさいね…」


 その言葉にリリィは慌ててベッドで寝ると言ってくれた。その反応に私は心が温かくなり、彼女の隣で眠りにつくことにした。


 リリィと同じベッドで過ごす夜。彼女の温かさと柔らかさが隣に感じられて、私は幸せな気持ちに包まれた。彼女のうぶな反応が愛おしくて、胸がキュンキュンした。そのままリリィと共に夢の中へと落ちていった。



 翌朝、目が覚めたとき、私は柔らかい日差しが窓から差し込むのを感じた。隣にはリリィが静かに寝息を立てている。その姿が愛おしくて、私はしばらく彼女の顔を見つめていた。


 リリィの銀髪が朝の光を受けてキラキラと輝き、まるで天使のようだった。彼女の穏やかな寝顔を見ていると、昨日のことがまるで夢のように感じられる。しかし、気を引き締めなければ。


「リリィ、おはよう。」


 そっと声をかけると、リリィはゆっくりと目を開けた。目が合った瞬間、彼女の顔が少し赤くなり、私もつられて微笑んだ。


「おはようございます、アリシア様。」


「よく眠れた?」


「はい、ありがとうございます。」


 リリィの言葉に安心しながら、私はベッドから起き上がり、朝の準備を始める。リリィはよく眠れたと言っていたが、とても眠そうだ。気持ちはわかる。男だったと言っていたことも、この様子ならきっと本当なんだろう。しかし、慣れてもらわねば。私は彼女を手放すつもりはない。聖女の紋章持ちということもあるが、それよりも本当に彼女のことを気に入ってしまったのだ。存在が愛おしい。


「今日はどうしましょうか?」


 リリィが問いかけてくる。


「まずは朝食をとりましょう。それから、さすがにこのドレスのまま旅を続けるのは少し不便で…。もう少し動きやすい服を調達したいと思うの。」


「あ!そうですね、間違いなくその方が良いです。思いが至らず申し訳ありませんでした…。」


「責めるつもりはまったくないのよ、こちらこそごめんなさいね?」


「ありがとうございます、アリシア様。でも、どのような服を選べばいいのか、私にはよく分かりません。お金はヘレネ様から持たされていますので、服屋に行って相談してみましょう。」


 そう言って、リリィは財布を取り出し、私を安心させてくれる。危ない、お金のことを忘れていた。リリィがいてくれて本当によかった。そして私たちは街の服屋に向かうことにした。


 服屋に到着すると、店内にはさまざまな衣服が並んでいた。店員が私たちに気づき、優雅な笑顔で迎えてくれる。少し汚れた式典用のドレスで服屋にくるなど、完全に訳ありだが、何も言わずに応対してくる。優秀な店員だ。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「はい、長旅に適した服装を探しているのですが……。」


「はい、お任せくださいませ!」店員は元気に答え、私は店の中央に導かれた。


「まずはこちら、上質な白いシルクブラウスでございます。エレガントなレースの襟と袖口が特徴で、上品さと動きやすさを兼ね備えております。次に、このロングスカート。落ち着いたエメラルドグリーンの色合いで、豪華な刺繍が施されております。移動しやすく、かつ品格を保つデザインです。そして、こちらがエレガントなトラベルジャケット。クリーム色で、ミディ丈。タイトなウエストラインと豪華なボタンが特徴です。旅の際の防寒にも最適です。」


 嵐のような説明を聞きながら、私はそれらすべて受け取り、更衣室に向かう。すごい対応ね…。


 更衣室から出てくると、店員はすぐに駆け寄り、細かな調整を始めた。優秀すぎない?この店員さん。これが普通なのかしら…。


「この革製の乗馬ブーツもお試しください。耐久性があり、長時間の歩行にも適しております。内側には柔らかいライニングが施されており、履き心地も抜群です。」


 最後に、店員はクラシックな帽子を差し出した。


「この優雅なデザインのクラシックな帽子もぜひお試しください。日差しを遮りつつ、貴族らしい風格を持たせます。」


 あら?貴族だとは一言も言ってないのだけれど。私はすべての服を身につけ、鏡の前に立った。


「とても素敵です、ありがとうございます。」


「お客様にご満足いただけて光栄です。どうぞ、素敵な旅をお楽しみくださいませ。」


 代金を支払ったリリィが近づいてくる。


「これで準備は整いましたね。さあ、イシュルへ急ぎましょう。」


「ええ、そうね。行きましょう。」


 服屋を出ると、すでにお昼過ぎになっていた。街中を歩いていると、美味しそうな匂いが漂ってきて、お腹が鳴る。


「リリィ、お昼ご飯にしましょうか。」


「はい、アリシア様。何かご希望はありますか?」


 そうリリィに聞かれ辺りを見まわすと、おしゃれなカフェが目に入る。気軽にあのような店に入る機会はなかった為、とても魅力的にうつる。


「リリィ、あそこにしましょう」


「はい!アリシア様」


 カフェに足を運ぶと、カフェの店内は温かい光に包まれ、香ばしいパンの香りが漂っていた。良い雰囲気だ。


「こちらの席にしましょうか?」リリィが提案し、その席に座ることにした。


 店員がメニューを持ってくる。


「本日のおすすめはシュタイサンドです。新鮮な野菜とジューシーなローストビーフをふんだんに使ったサンドイッチでございます。」


「それは美味しそうね。私たちもそれをいただきましょう。」


 私は思わず笑みを浮かべながらメニューを決めた。数分後、店員が二人の前にシュタイサンドを運んできた。サンドイッチはこんがりと焼けたパンに、新鮮なレタス、トマト、ローストビーフがたっぷりと挟まれており、その上には濃厚なソースがかけられている。

 しかし私は少し戸惑った。


「手づかみで食べるのは少し不慣れね…。」


「アリシア様、もしよろしければナイフとフォークをお願いしましょうか?」


「そうね、お願いするわ。」


 リリィが店員を呼び、ナイフとフォークを頼むと、店員はすぐに持ってきてくれた。ナイフとフォークを使ってサンドイッチを切り分け、一口食べる。香ばしいパンの香りと共に、ジューシーなローストビーフと新鮮な野菜のシャキシャキとした食感が口いっぱいに広がった。


「本当に美味しいわ、リリィ。新鮮な野菜とローストビーフの組み合わせが絶妙ね。」


「本当ですね、アリシア様。このサンドイッチなら、どんなに疲れていても元気が出そうです。」


 その後、しばらく二人で静かに楽しく食事をしていたが、大事なことを思い出した。紋章の説明をしなくては。


「リリィ、紋章の説明がまだでしたね。今から説明しますね」


「はい、よろしくお願いします。」


「まず基本ですが、この世界には騎士、魔法師、勇者、聖女の4つの紋章があります。そして…」


 そして私は、この世界には「騎士」「魔法師」の紋章があり、騎士はフィジカルが強くなり、魔法師は魔法が使えることを説明した。もちろんそれぞれの紋章持ちの中でも能力の差はある。そして、騎士には上位紋章にあたる「勇者」、魔法師には同じく「聖女」の紋章があることを説明した。


「アリシア様、魔法師の上位は聖女なのですか?男性でも?」


「リリィ、魔法師はもともと女性が多いのですが男性もいます。しかし、聖女は必ず女性です。つまり魔法系統の最上位は必ず女性なのですよ」


「そうなのですね…。あ、ではもしかして勇者は…」


 そう、リリィの言うとおり勇者は男性だけだ。


「ええ、あなたの思う通りです。そして重要なことですが、勇者と聖女の紋章は非常に希少です。前回の聖女の紋章持ちが発見されたのは30年も前になります。世界に一人しかいないというわけではありませんが、かなり希少な紋章であることに変わりはありません。」


「30年前……」


 リリィが驚いているようだ。無理もない。


「リリィ、治癒魔法を含む聖魔法は聖女だけが使える魔法です。そのほかの魔法は魔法師でも使えるものは使えます。なので…」


「……はい、わかります。聖魔法の使用には気をつける、そういうことですね」


「ええ、そのとおりよ」


 きちんと考えられて常識的な子は大好きだ。思慮の足らない人間をそばには置けない、リリィの聡い様子に安心する。美しくて愛らしく聡い、完璧では?


「ところでアリシア様?その紋章というのはどこにあらわれるのですか。肌に浮かび上がる感じですか?」


「ええ、肌に浮かび上がる。でもどこにあらわられるかは、人それぞれね。手の甲が多いとは聞くけれど。」


 リリィが自分の手の甲をまじまじと見ている。その様子におかしさがこみあげる。


「……でも、聖女と勇者だけは紋章の場所は決まっているわ。」


「えっ、どこですかアリシア様?」


「胸元よ、リリィ。聖女の紋章は胸元なのよ。」


 リリィは目を大きく見開いて自分の胸元を見つめたが、その次の瞬間、頬を赤らめて視線を逸らした。元男性というリリィのことだ、自分の胸元を見るのが恥ずかしかったのだろう。


「ふふっ、今は出ていないわ。紋章の能力を使用した時にあらわれるの。」


 私はリリィのその様子を見て、急に笑いがこみ上げてくる。


「リリィ、あなたって本当に…!ふふっ!あはは!」


 口を押さえて笑いを抑えようとしたが、結局大声で笑い出してしまった。


「何がおかしいんですか、アリシア様?」


 リリィは困惑しながらも頬を赤らめて尋ねた。涙が出るほど笑い続けてしまう。


「だって、リリィ!あなたは自分の紋章が胸元にあることに気づいていなかったのね!ずっと見ていなかったんでしょう?」


 リリィはますます顔を赤くしながら、頷いた。


「ええ、そうです。でも、そんなに笑わなくても良いじゃないですか!」


 私は笑い転げながら答える。


「普通、自分の体を見ないで紋章の存在に気づかないなんてこと、あり得ないわ!リリィ、あなた本当に可愛らしいのね!」


 私は再び大笑いし、椅子から転げ落ちそうになった。ああ、なんてはしたない。不覚だわ、反省しないと。リリィもその様子に少し笑顔を浮かべたが、まだ恥ずかしさを拭えないでいた。


「そんなに笑わなくても…」


「ごめんなさい、リリィ。でも、本当におかしかったの。あなたがこんなに恥ずかしがり屋だとは思わなかったわ。それに誠実なのね、ほんとうにあなたなら信頼できるわ。」


 ようやく笑いを収め、私はリリィに優しく微笑みかける。その後、二人でしばらくの間、笑いながら楽しく食事を続けたのち、店を出た。


「アリシア様、隣街のランバからイシュルに向かう馬車が出ているようです。残念ならランバまでは歩く必要があるみたいです」


「あら、お店の人に聞いたの?」


「はい、ここから馬車がないかなと思ったのですが…」


「ありがとうリリィ、大丈夫よ。ランバまで歩けるわ。」


 そうして、私達はランバに向けて出発した。気温も過ごしやすく、天気は快晴である。


 ──前の街を昼過ぎに出て、もうすぐ日が沈むという頃、ようやく遠くにランバの街が見え始めた。街のシルエットが夕陽に照らされ、美しい光景が広がっている。


「見て、リリィ。あれがランバの街よ。」


 私は微笑みを浮かべながら指差した。リリィもその方向を見つめ、感嘆の声を上げる。


「本当に綺麗な街ですね、アリシア様。」


「ええ、もう少し頑張って歩けば到着するわ。」


 この道中はリリィといろいろ話をしていたので、疲れはしたがあっという間だった。道すがら、私はリリィの仕草や歩き方を注意深く観察していた。


 確かにリリィの動きには男性っぽさが残っており、ふとした瞬間にそれが目立つことがある。


「リリィ、歩き方や仕草が少し男性っぽいわね。まぁ、男性だったと聞いていなければ、あなたの容姿もあって、そんなに気にならないけれど。」


 アリシアがやんわりと指摘すると、リリィは少し驚いた表情を浮かべた。


「そうですか…。やはり見る人が見れば違和感があるんですね…。」


 リリィは少し恥ずかしそうに言った。


「大丈夫よ。これから少しずつ意識すれば良いわ。例えば、歩くときにはもう少しゆっくりと、優雅に。そして、手の動きにも気をつけてみて。」


 私は実際に手本を見せながら教えてみる。せっかく綺麗なのだ。意識すればもっと良い印象を与えることができる。そのほか女性として気をつけておく必要のあることなども、思いつく限り話してみた。すぐ顔を真っ赤にして恥ずかしがるリリィも可愛らしい。だが、真面目に必要な知識も多いはず。


「アリシア様、ありがとうございます。私も頑張ってみます。」


 リリィは真剣な表情で頷いた。こうして、旅の途中でお互いに助け合いながら時間を過ごしていた。私がリリィに教えることで、私自身も知識を再確認し、新しい気づきを得ることもできた。


「あれこれ話していると、案外ランバまでの道中もあっという間だったわね。」


「本当にそうですね、アリシア様。色々教えていただきありがとうございます!」


 ランバの街は石造りの建物が立ち並び、歴史を感じさせる街並みが広がっている。城壁に囲まれた街は、まるで絵画のように美しかった。門の近くには賑やかな市場が開かれており、人々の活気が溢れている。


「ランバの街に着いたら、まずは宿を探して休みましょう。」


「はい、アリシア様。それから馬車のことも調べておきますね」


 私達は街の門をくぐり、中に入った。市場の喧騒が耳に届き、様々な香りが鼻をくすぐる。新鮮な果物や焼きたてのパン、スパイスの香りが漂う中、人々が行き交い、笑顔を交わしていた。


「この活気、本当に素晴らしいわね。」


「アリシア様、お腹が空いていませんか?せっかくなのであそこのパンを食べてみましょう!食べてから宿探しでも良いですよね!」


 リリィが微笑みながら提案してくれる。


「そうね、少し休憩してから宿を探しましょう。」


 リリィが近くの屋台で焼きたてのパンを買いに走ってくれる。食べながら歩く経験もなかなかない。私はパンを受け取り、一口かじった。


「本当に美味しいわ、リリィ。外でこんなに美味しいものを食べられるなんて思わなかったわ。」


「はい、アリシア様。いろいろ食べてみましょうね!」


 その後、早めに宿に向かうことにした。リリィは馬車のことなどを宿の人に聞いてくれている。今日も当然部屋は一つだが、ベッドは二つある。リリィと私は疲れた体を休めるために部屋へ向かった。


「ベッドが二つある…!」


「あらリリィ、一つが良かったのかしら?」


 私はベッドが一つでも構わないのだけれど仕方がない。さて、今回の道中はいろいろとリリィに指導してきたが、部屋に入ってリリィを見ていると、ふと私は彼女の髪の手入れが、まだ不慣れであることに気づいた。突然あんなに長く美しい銀髪の体になれば、手入れの仕方もわからなくて当然だ。しかしリリィの美しい銀髪は、適切な手入れが必要である。


「リリィ、少し時間を取って髪の手入れについて教えましょうか?」


 リリィは一瞬驚いたように見えたが、すぐに微笑んで頷いた。


「はい、アリシア様。お願いします。」


 二人とも入浴を済ませたあと、私はリリィを椅子に座らせ、彼女の長い銀髪を優しくとかし始めた。その髪は柔らかく滑らかで、手に触れるたびに美しさが際立った。


「まず、毎日のブラッシングが大切だわ。髪の根元から優しくとかして、絡まりをほぐしてあげることが必要よ。」


 私はリリィにブラシを手渡し、実際に自分でやらせてみる。リリィは最初ぎこちなくブラシを動かしていたが、私の手を見本に少しずつコツを掴んでいった。


「リリィ、ブラッシングはこんな感じで根元から毛先に向かってゆっくりとやるの。力を入れすぎず、優しくね。そうすると髪が傷まないわ。」


「わかりました、アリシア様。」


 リリィの動きが少しずつ滑らかになり、彼女の髪が美しく整えられていくのを見て、私は微笑んだ。


「それから、髪を洗った後には必ずしっかりと乾かすことが大事よ。湿ったままにしておくと、髪が傷んでしまうから。」


「そうですよね。痛むような、確かにそんな気がします」


「本当は魔法師がいると温風で髪を乾かしてくれて楽で良いのだけれど、ここは屋敷じゃないし、仕方ないわね…。」


「魔法師…ですか?」


「ええ、魔法師もたくさんいるわけじゃないから、私の髪を乾かすのに雇うのは贅沢なのだけれど、公爵家の使用人の中には魔法師の紋章持ちもいるから。」


「さすが公爵家ですね、アリシア様…」


 リリィは目を輝かせて答えた。その瞬間、私はあることに気づいた。


「待って、リリィ。あなたは聖女の紋章持ちよね?聖女の紋章は持ちは、だいたいどんな魔法も使えると聞くわ。髪を乾かす魔法もできるんじゃないかしら?」


 リリィは少し驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔に変わった。


「試してみましょうか、アリシア様。」


 リリィは目を閉じて集中し、手を髪にかざした。すると、温かい風が彼女の手から発生し、髪がふわりと乾き始めた。


「すごいわ、リリィ!本当にできるのね!」


 リリィは少し照れくさそうに微笑んだ。今なら胸元に聖女の紋章があらわれているはずだが、指摘はやめておこうかしら。


「これは聖魔法の応用です。聖女の魔法は万能ですからね!」


「聖女の魔法って本当に万能なのね。ありがとう、リリィ。」


 私は嬉しい気持ちで微笑みながら、彼女に感謝を伝えた。


「これからはリリィがいれば安心ね。毎日私の髪を乾かす役目をお願いできるかしら?」


「アリシア様、聖魔法は控えた方が良いのではなかったですか?」


「一目見ただけでは髪を乾かす魔法なんて聖魔法に見えないわ。」


「でも紋章が…出ちゃいますよね?」


「髪を洗ったあとなんて、だいたいリリィと二人っきりなはずだわ。私の前で聖魔法を使うのは何も問題ないのよ?」


「ふふっ、わかりましたアリシア様。」


 その返答に満足した私は、続けて寝る時の髪の毛の扱いについても説明することにした。


「リリィ、寝る前には、髪を編み込んでおくか束ねておくと良いわ。長い髪は寝ている間に絡まりやすいから、こうしておくと朝も楽なの。」


 私はリリィの髪を三つ編みに編み込みながら、編み方のコツを教えた。


「交差させるときは、髪が絡まないように優しく引っ張りながら編むのがポイントよ。こうすると、寝ている間に髪が絡まらず、朝も楽に整えられるわ。」


 リリィは感動したように微笑んだ。


「アリシア様、本当にありがとうございます。これからはちゃんと髪の手入れができるように頑張ります。」


 リリィの言葉に微笑みながら、私は彼女の頬を優しく撫でる。


「リリィ、あなたは本当に美しいわ。少しの手入れでその美しさがさらに輝くわよ。」


 リリィは顔を赤くしながら微笑み返し、その初々しい反応がたまらなく可愛らしかった。


「それでは、リリィ。寝る前にもう一度髪を整えましょうか。今日学んだことを実践してみて。」


 リリィは頷き、私の指導のもとで髪を整え始めた。彼女の手が少しずつ慣れていくのを見ながら、私は心の中で誇らしさを感じた。


「アリシア様、どうでしょうか?」


 リリィが自信なさげに尋ねてきたので、私は微笑みながら彼女の髪を点検した。


「完璧よ、リリィ。本当に上手にできているわ。」


 リリィはほっとしたように微笑み、私たちはそのままベッドに向かった。


「おやすみなさい、リリィ。明日も楽しい一日にしましょうね。」


「おやすみなさい、アリシア様。」


 私たちはそれぞれのベッドに入り、心地よい疲れを感じながら眠りについた。リリィとの絆がますます深まり、彼女と共に過ごす時間が一層特別なものになっていくのを感じていた。


 ── 翌朝、宿から出た私とリリィは、街の賑やかな様子に包まれていた。ここランバの街はザウラク公爵領からだいぶ西に位置し、国境の街イシュルとの間にある。アルゲティ王国の西側はほとんどがヴァレンティンの一族が治めていて、この街もザウラク公爵の影響下にあると言って良い。


「だからリリィ、わたしはヴァレンティン本家の姫というわけよ。大切にしなさい?」


「はい!アリシア姫様。」


「…じょ、冗談よ。」


「顔が赤いですよ、アリシア様?」


 そんな軽口を交わしながらリリィと歩いていると、いつもイシュルに行く際に感じる暖かい歓迎の雰囲気とは少し違う、どこか落ち着かない街の様子に気づいた。


「リリィ、早く馬車の出るところに向かいましょうか。」

「はい、アリシア様。」


 馬車が出る場所に向かうと、騒がしい雰囲気が漂っていた。リリィが様子を見に行ってくれた。


「今日は馬車が出ないんだそうです。」


「そうなの?何かあったのかしら。」


 近くにいた案内係に尋ねてみることにした。案内係は深刻な顔で答えた。


「近隣で貴族の乗る馬車が襲撃される事件がありまして、その確認のために今日は大事をとって運休となっているんです。」


 私とリリィは互いに目を見合わせた。もしかして、その貴族の馬車って私のことかしら…。私は内心思いながら話を聞いていた。


「仕方ないわね、少し街を歩きましょう。」


 リリィにそう話し、その場を離れた。しばらくすると、新聞の号外が配られているのを見つけた。リリィが一部を手に取り、私も内容を確認する。


「レディ・アリシア様、婚約破棄!」という見出しが大きく書かれていた。リリィもその見出しを見て目を見開いている。


「アリシア様、これは…」


 私は軽く頷き、新聞に目を通した。その内容は、私の婚約破棄と国外追放についての詳細が書かれていた。リリィが心配そうにこちらを見ている。


「気にしないで、リリィ。」


 と言って微笑む。ちゃんと笑えているかしら。どちらかというと怒りで眉間にシワが寄っていないかを心配している。ふと、街の人々の声が耳に入る。周囲から聞こえてくる声は、私を心配するもので満ちていた。


「アリシア様が婚約破棄されたなんて、なんてことだ…」


「私たちの姫様がこんな目に遭うなんて、許せない…」


「アリシア様、どうかお元気でいてください…」


「ああレディ・アリシア、我が太陽の姫君よ…」


「アーノルドの野郎……!」


 リリィはその声に耳を傾け、驚いた様子だった。


「アリシア様、本当に民から愛されているのですね。」


 私は微笑みながら答えた。


「そうね。街の人たちは、いつも私を暖かく見守ってくれているわ。私も彼らのことを大切に思っている。」


「アリシア様のことを心から心配し、応援している人々がこんなにいるなんて…」


「ほんとうに、ありがたいことだわ。」


 リリィの言葉に、私は再び感謝の気持ちを胸に抱いた。私の心には、民たちの愛と信頼が温かく宿る。この気持ちを忘れないようにしなければ。


 だが、情報が回るのが少し早く不自然だ。まだ婚約破棄から3日目の朝、王家としても混乱を招くこのような情報は広めたくないはずだ。ただ、考えても仕方がないので、気を晴らすために街の外に出てみる。するとそこへ、一団の騎馬隊が向かってくるのを見つけた。その先頭にいる女性に私は見覚えがあった。


「リリィちゃん!…ということは横にいるのはアリシアね、無事だったのね!よかったわ。」


 馬を止めて駆け寄ってきたのは、ヘレネ伯母様だった。さすが伯母様、兵を引き連れ、馬で先頭を駆けてくるとは。あと、リリィの方が目立ったのは少し悔しい。


「馬車が襲撃されて、その後行方不明と聞いたから慌てて探しにきたのよ。こんな近くですぐ会えてよかったわ。」


「はい、ヘレネ伯母様。無事です。リリィに間一髪で助けてもらいました。伯母様がリリィを向かわせてくださっていなかったら今頃私はきっと…」


 私はリリィを抱きしめながら言う。


「ひゃぁ!ア、アリシア様…!?」


「かなり危なかったのね、本当に無事でよかったわ。それに、すっかり二人は仲良しさんなのね」


「はい、伯母様。リリィと私はすっかり仲良しですわ」


「ア、アリシア様ぁ…」


 やっぱりあたふたするリリィは可愛らしいわね。ヘレネ伯母様もそんなリリィを見て微笑んでいたが、ふと真剣な表情になる。


「でもアリシア。やたら婚約破棄の情報の出回りが早い、不自然ね。警戒しすぎて損はない。とにかく、ここで長話もなんですから、早くイシュルへ向かいましょう。馬は乗れたわよね?」


「はい、伯母様ほどではありませんが乗れます。ただリリィは…」


 アリシアはリリィの方を見やりながら言った。


「ふふっ、すっかり仲良しみたいだし、あなたの前に乗せてあげれば良いわ。」


 ヘレネ伯母様は笑顔で答えた。アリシアは微笑み、リリィに手を差し伸べた。


「さあ、リリィ姫。私の前に乗って。」


「ひぇ、お許しを…」


「さぁ、何を怯えているの?リリィ姫?」


「アリシア様ぁーー…」


 ふふ、私の前にリリィを乗せて馬で駆けるなんて、素晴らしいわ。とても楽しみ。ヘレネ伯母様の指示で、騎馬隊はイシュルの街へ向かって進み始めた。


 リリィは乗馬に不慣れであるため、彼女を自分の前に乗せることになったが、私は幼い頃から乗馬を習ってきたので、彼女をしっかりと支えることができる。


「さあ、リリィ。しっかり捕まってね。馬が動き出すわよ。」


 リリィは私の腰に手を回し、しっかりと掴まった。少しぎこちない。馬がゆっくりと動き出すと、リリィの緊張が伝わってくる。そのため、私は彼女を支えながら、落ち着かせるように声をかけた。


「リリィ、大丈夫よ。私が後ろにいるから安心して。」


 馬が走り始めると、リリィの体が私に寄りかかるようになった。私は彼女を支えながら、馬の動きに合わせて体を柔軟に動かし、リリィが安定するように心がける。


「リリィ、馬の動きに合わせて体を揺らすことが大事よ。リズムを感じて、一緒に体を動かしてみて。」


 リリィは頷き、私の指示に従い始めた。少しずつではあるが、彼女の体が馬の動きに慣れてきたのを感じた。私は手綱を巧みに操り、馬の速度を調整しながら、リリィが安心できるように努めた。


「アリシア様、こうですか?」


「そう、上手よリリィ。リズムを掴むのが大切なの。」


 馬が小走りに移ると、リリィの緊張が再び高まった。その瞬間、私は彼女の体を支えるために手を伸ばした。


「ひゃん!」


 リリィが敏感に感じて声をあげたので、私は彼女にピシャリと言った。


「真面目にやる!」


 気持ちは想像できるが純粋に危ない。リリィは顔を赤くしながらも、その後は再び体を安定させようと努力していた。


「リリィ、馬の動きに身を任せて。私がいるから大丈夫。」


 リリィは深呼吸をし、私の言葉に従った。彼女の体が少しずつリラックスし、馬のリズムに馴染んでいくのを感じた。


「アリシア様、少し慣れてきました。」


「良かったわ、リリィ。これで一安心ね。」


 彼女の声が少し落ち着いたトーンに変わり、私もホッとした。私たちはこのままのペースで進み続ける。イシュルは標高の高い、山に囲まれた街だ。道中も山道だが、気候も良く馬で進むのは気持ちが良い。温泉もあるので楽しみだ。


 しばらく進んだ後、途中で休憩をすることになった。少し開けた場所で休憩を取る。リリィがもじもじしながらお花を摘みに行くと言って離れて行った。その時後ろからヘレネ伯母様の声が聞こえる。


「アリシア、リリィちゃんの紋章は確認した?」


「はい、ヘレネ伯母様。聖魔法を使う際、胸元に月と星を形どった紋章が出ていました。」


 ヘレネ伯母様は静かに頷いた。


「そう、では聖女で確定なのね。」


 そう、リリィが聖女であることが確定した今、彼女をどう扱うべきか慎重に考えなければならない。


「伯母様、しばらくは秘匿する方向なのですよね?であれば外で魔法を使う時のカモフラージュに何か良い方法はありませんか?」


「そうね、白いシルクの手袋をさせるといいわ。一般的に紋章は手の甲に出ることが多いから、それを隠す意味でも手袋は有効よ。もちろん、必ずしも手の甲に出るわけではないけれど、思わせぶりに手袋をさせておけば、魔法師だとミスリードできるでしょう。」


「今の聖女っぽい服装についてはどうでしょうか?」


「むしろ堂々と聖職者っぽく見せておくのがいいわ。隠すよりも、目立たせてしまった方がバレにくいこともあるのよ。」


 ヘレネ伯母様のアドバイスを心に留めながら、私はリリィの今後について考えた。伯母様が話を続ける。


「あなたの母セレナには許可を取ってあるわ。リリィちゃんを侍女として護衛も兼ねてそばに置くかどうか、最終的な決定権はあなたにあるのよ。どうするつもり?」


 私は迷うことなく答えた。


「もちろん、侍女にします。」


 ヘレネ伯母様は満足そうに頷いた。


「そう、ならばリリィちゃんはあなたの専属侍女として、本家の公爵令嬢に仕えることになる。ヴァレンティンの分家筋である、バート伯爵家の使用人の中でも最上位の立場になるわ。」


 その時、ふと冷ややかな思いが胸をよぎった。この質問に対して「いいえ」と答えた場合だ。希少な聖女の紋章持ちであるリリィを公爵家としては野に放つわけにはいかない。つまり侍女にしないのであれば彼女を牢に一生繋ぐか、最悪の場合命を奪うことすら考えられるのだ。


「伯母様、このタイミングで聞いてこられたのは、イシュルに着いた後のリリィの立場を確定させるためですよね?」


「その通りよ。前は客人として滞在してもらっていたけれど、あなたが入ると関係が複雑になるから。」


「分かりました。しっかり導いていきます。」


 私の決意に満ちた言葉に、ヘレネ伯母様は微笑んだ。


「それでいいわ、アリシア。あと…」


 ヘレネ伯母様は一瞬真剣な表情になり、私を見つめた。


「アリシア、あなたの母セレナは公爵家を取り仕切り、一族を取りまとめている。見かけは穏やかだけれど、きっちりと決断できる人間よ。気がつけば彼女の手の上で転がされているような存在だわ。今回の決断をあなたに委ねたのも意味があるのよ。その辺り、わかっているわね?」


 私は深く頷きながら、心の中で決意を新たにした。公爵家の人間として、決断一つで人の命に関わることも含めて責任を持ってやっていかなければならないと。


「わかっています、伯母様。母の意図も理解しています。私は責任を持って、リリィを守ります。」


 私の決意に満ちた言葉に、ヘレネ伯母様は微笑んだ。


「それでいいわ、アリシア。リリィちゃんを大切にしてあげなさい。」


 その時、リリィが花を摘み終わったのだろう、戻ってきた。彼女の手には美しい花束が握られていた。いや、そこは誤魔化さなくてよいのではなくて?


「お待たせしました、アリシア様。」


「ありがとう、リリィ。素敵な花ね。」


 リリィに微笑みかけながら、私は心の中で彼女との絆をさらに深めることを誓った。


 休憩を終え、私たちは再び馬でイシュルの街へ向かって進んでいた。リリィを前に乗せていると、彼女がふと思い出したように話しかけてきた。


「アリシア様、そういえばヘレネ様はランバの街で、最初アリシア様の安否を気にしておられました。でも、アリシア様は手紙を出しておられましたよね?」


「ええ、ただ出したのはお父様とお母様にだけよ。わざわざ手紙で知らせなくてもイシュルには行くしね。それに本来ならヘレネ伯母様はまだ私の馬車が襲撃されたことも知らないはずの時間感覚なのよ。」


 そこにヘレネ伯母様が馬を寄せてくる。


「そうね、なんで街の人たちがアリシアのことを知るのと、私が知るのがほぼ同時なのよ!おかしいわ、本当にもう!」


 そう話すヘレネ伯母様は、ふと何かを思い出した表情になる。


「そういえば、じぃじ閣下には知らせたの?アリシア。」

「アリシア様、じぃじ…ですか?」


リリィが疑問を口にする。じぃじは愛称だ。


「じぃじは名前じゃないわよ?前ザウラク公爵閣下、私のお祖父様のことね。」


「そう、そして私とセレナのお父様ね。で、どうなの?アリシア。」


 お祖父様には手紙を出していない。まずかっただろうか。


「知らせていませんわ。だめだったでしょうか…?」


「じぃじ閣下はあなたのことを溺愛しているから、この情報の広がり方であなたが行方不明と知ると…」

 

 知るとどうなってしまうだろうか。


「戦争になるわ」


その伯母様の言葉にリリィが目を見開いて驚いている。


「ヘレネ伯母様、そこまででしょうか?」


「そこまでよ、アリシア。」


「わかりました、イシュルについたら急ぎお祖父様に宛てた文を書きますので、手配いただけますか?」


「ええ、わかったわ。タルンベルクにいる閣下に送る手筈を整えておきますね。書けたら言うのよ」


そう言って伯母様とその馬は離れていく。お祖父様、お元気かしら。公爵位を父に譲った後は湖畔にあるタルンベルクの街で悠々すごしておられると聞いているが。


「そうだわリリィ。あなたを正式に私の専属侍女にすること、伯母様にお話ししたわ。改めてよろしくね。あなたの振る舞いは主人を写す鏡でもある。しっかりするのよ?」


「は、はい!アリシア様。」


 そして、イシュルの街が遠くに見えてくる。この街は山々に囲まれた美しい温泉地で、訪れるたびに心が和む場所だ。馬に乗りながらリリィもその美しい景色に目を奪われている様子だった。


「アリシア、リリィ。もう少しでイシュルに着くわよ。」


 ヘレネ伯母様が前方から声をかけてきた。


「はい、ヘレネ伯母様。」


 私は応じ、リリィも緊張を抱えつつも頷いた。

 イシュルの街に入ると、石畳の道と美しい建物が広がっていた。馬車や人々が行き交う中、私たちはバート伯爵家の屋敷へと向かった。


 屋敷の前に到着すると、大きな門が開かれ、使用人たちが出迎えてくれる。私はリリィと共に馬から降り、ヘレネ伯母様の後に続いた。


「ようこそ、アリシア様、リリィ様。こちらへどうぞ。」


 使用人が礼儀正しく案内してくれる。

 そこでヘレネ伯母様が立ち止まって使用人たちに向かって言った。


「皆、リリィさんのことは以前客人としての面識があると思うけれど、今回正式にアリシアの専属侍女になることが決まったわ。仕事に就くのはまだ先だけれど、同じヴァレンティンの仲間として迎え入れてあげてね。」


 使用人たちは一斉に頭を下げ、リリィを歓迎する姿勢を示した。リリィは少し緊張した様子だったが、私が彼女の手を取って安心させた。


「皆さんありがとう。リリィも頑張ってね。」


 屋敷に入ると、広々としたホールが広がり、豪華な装飾が目を引いた。天井には美しいシャンデリアが輝き、壁には精緻な絵画が掛けられている。私はリリィの手を取りながら、伯母様の後をついて歩いた。


「リリィちゃん、前は言う機会がなかったのだけれど、この屋敷には温泉が引かれているのよ。夕食前に二人でゆっくりと入浴してきなさいな。」


 ヘレネ伯母様が案内しながら言った。


「ありがとうございます、伯母様。リリィ、一緒に温泉に入りましょう。」


 そう話しつつ私がリリィを見ると、リリィは完全に動きを停止していた。


「あら、リリィちゃん。緊張しなくてもアリシアは取って食ったりしないわよ?女の子同士仲良くゆっくりしてきてね。」


 伯母様は完全に善意なんだろう。だがリリィにとっては晴天の霹靂だっただろうことが明らかだ。ものすごくぎこちない表情で頷いていた。そしてそのまま私たちは温泉へ向かうことになった。


「こちらが温泉の入り口です。どうぞごゆっくり。」


 使用人が丁寧に案内してくれる。

 温泉の入り口に着くと、湯気が立ち込める空間が広がっていた。木製の扉を開けると、中には美しい庭園風の露天風呂が見える。風の音と共に心地よい静けさが漂っていた。


「さあリリィ!ここで一緒に温泉に入りましょう。」


「し、しかしアリシア様…」


「情けないわね、覚悟を決めなさい!リリィ。」


「ええぇ…。しかし私は男性で…」


「あなたの身体のどこが男性なの?」


 あなたみたいな男性がいたら美しすぎて卑怯ね。


「この身体はゲームキャラであってですね…」


「そうなの?よくわからないわ。でも聖女よね?」


「それはそうですが…」


「男性の姿に戻ったりするの?たしかにお風呂でお湯をかぶって殿方の姿になってしまっては問題ね…、困ったわ。」


 本当に困るわね、そんなんだったら。


「い、いえ、そんなことはないみたいです…」


「なら何も問題ないじゃない。びっくりしたわ、さぁ早くいきましょう。」


 リリィは顔を真っ赤にしながらも、断ることができずに頷いた。だがまだ少し踏ん切りがつかないようだった。


「リリィ、どうしてヘレネ伯母様に言わなかったの?元男性なので無理ですって。」


「そ、それはだれかれ構わず言えることでもありませんし…」


「それって、それだけ私のことを想ってくれている。信用してくれているということよね?本当に嬉しいわ…ありがとう、リリィ」


「アリシア様…」


「なので……抱きしめてもよろしいかしら?」


「ひぇ…!」


 リリィは少し声をあげて逃げてしまったが、奥には露天風呂が広がっているだけ。すぐに追いついてしまうわ。彼女の緊張が少しでも和らぐように、私は優しくしようと決めた。


 嘘とは思えないけれど、彼女の言うことはどこまで本当なのだろう。もし、本当に突然異世界に来たというのであれば、それはとても大変なことだろう。さらに性別も変わったとなればその苦労は想像を絶するはず…。そんな彼女に私は命を救われたのだ。なにか少しでも彼女の力になりたいと、そう思う。とにかくまずは温泉だ。温泉の湯気が立ち込める中、私たちは心も体も癒されるひとときを過ごすことになるだろう。大丈夫。恥ずかしがり屋だけれども、とても誠実で美しく賢いリリィ。あなたのことを私は信用できる。あなたとなら乗り越えていける。だから逃げずに私と一緒に人生を歩んでほしいと、私、アリシア・ヴァレンティンは思うのだった。


「リリィ!お待ちなさい!走ると危ないわ。ほら気をつけて。一緒に進みましょう?……ね!」


初投稿でした、お手柔らかに。

もし良ければ評価ボタンを押して頂けると嬉しいです!



以下アリシアイメージ画像があります。挿絵でイメージ固定されるのが苦手な方はご注意ください。

















ドレスで街に着くアリシア

挿絵(By みてみん)


着替えたアリシア

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ