side巻き込まれ薬師【88】
研究棟から出ると使用人さんに呼び止められ、晩餐のための身支度をするために案内された。
家庭内の食事のはずなのに、やっぱりドレスアップしないといけないんですね。
馬車に乗ってたから汚れてるわけじゃないと思うけど、お風呂に入れられ、全身を香油で磨かれた。
髪の毛も、傷んでるところをちょこちょこ切った上で、こちらも香油でツヤツヤにされた。
思い返してみれば、旅の間のお風呂上がりってヴォルフィとふたりだったから、お手入れは最低限だったかも……。
メアリは私たちがふたりで過ごすことを優先してくれてたから、あまり私たちの部屋には入ってこなかった。いや、イチャイチャしてるところに近付きたくないだけだったのかもしれないけど……。
どのみち、メアリが私のお手入れをしようとしても、ヴォルフィが「早く出てけ」の圧をかけてただろうからできなかった気もする。
メアリがサボってたわけじゃありませんってことも訴えないと。
なにを訴えなきゃいけなかったかとか、嘆願書にまとめようかとか考えているうちにヘアメイクが終わっていた。
ドレスは3着から選ばせてもらったけど、3着とも銀色だった。
私はこれから一生、銀色と緑色以外のドレスは着られない気がする。本当に好きな色は赤なんだけどな……。
アクセサリーも何組か見せられたけど、やっぱり全部緑色の石だった。何度も言うけど、本当に好きな色は赤なんだけどな……。
そういえば、ヴォルフィは指輪をくれたけど、出発前にお揃いで作ろうって言ってたのはピアスだった気がするなぁ。
記憶がごっちゃになってるのかな。
指輪ももちろん嬉しいからこれでいいんだけど、ピアスもあってもいいよなぁ。指輪のお礼も兼ねて私がピアスを用意しようか。こっそりヤルトさんに頼んだらなんとかなる気がするし。
そんなことを考えていたら、いつの間にかドレスを着せられ、アクセサリーも付け終わっていた。
別室で身支度していたヴォルフィが入ってくる。
予想通り、上着もズボンも黒だった。ただ、所々に素材感の違う布をあしらってあるので、黒ずくめ!という感じではなくオシャレに見える。
ヴォルフィも一生黒ばっかりでいいのかな……。いいって言いそうだな、うん。
「サツキのドレス姿は久しぶりだな。今日もとてもキレイだ」
そう言って流れるように私の左手を取り、指輪の上に唇を落とす。
ヴォルフィはなんの照れもなくやっているけど、私は人前でパートナーに褒められる文化で育ってきてないのでものすごく気恥ずかしくて、顔が赤くなるのが止まらない。
そして、そんな私の様子を妙に満足げに眺めているのが悔しい。
「行こうか」
「うん」
手を取られてエスコートしてもらい食堂へ向かうと、既にベルンハルトさんとコンスタンツェさんが来ていた。
遅れたことをお詫びしつつ、向かいの席に座る。
程なくして侯爵が席につき、料理とお酒が運ばれて晩餐が始まった。
「お前たちも、互いに聞きたいことがあるだろうから、明日改めて皆で集まり状況の確認とこれからの方針の決定を行う。よいな?」
場がほぐれたところで侯爵がそう宣言した。全員が返事したのを確認し、頷く侯爵。
ややこしい話は今はせずに明日、ってことかな。
「ヴォルフとサツキはコンスタンツェ嬢とは初めてか?」
「いえ、到着した際にご挨拶はいたしました」
「そうか。お前たちが出発したすぐ後から当家に滞在し、ベルンの補佐をしてもらっている。また、邸内の方も少しずつ手を入れてもらっている」
ヴォルフィのお姉さんが嫁いでからは侯爵家には女性がいない状態だったので、いわゆる女主人がずっと不在だった。家政の部分では不都合とか滞りも出てるのだと思う。
だからメアリも侍女として雇われているのに、メイドとあんまり変わらないような状態になってしまっていたのだ。
私はあんまりそういうのはやりたくないので、コンスタンツェさんがやっておいてくれるなら遠巻きにしておきたいというのが本音。
「高位貴族のルールについては不勉強な部分も多々ございますが、精一杯努めて参ります」
「コンスタンツェ嬢は主に侍女長に当家のことを聞きながら、采配を行ってもらっている。侍女たちもコンスタンツェ嬢の下につけているが、旅にに同行した者はこれからもサツキにつけようと思う。それでよいか?」
「はい、それは心強いです。あと、その侍女や旅の護衛をしてくれた騎士たちの処遇というか、そういったことも明日お話しできますか?」
「うむ、聞こう。その者たちには報告と引き継ぎを行った後に休みを与えるよう指示してあるが、本人たちからも訴えたい儀があると聞いている。サツキからも合わせて聞くのがいいだろう。ヴォルフも用件があるなら明日聞く」
「はい、父上」
その後は当たり障りのない近況や、私の元の世界の話をして終わった。
侯爵が退出したのを見計らって、ベルンハルトさんに「話をしよう」と言われたので、4人でサロンに移動した。
お茶とお酒が運ばれてきて使用人さんが下がると、ベルンハルトさんが口火を切った。
「コンスタンツェがサツキに話したいことがあるって」
「はい。サツキ様、わたくしはずっとサツキ様に感謝をお伝えしたかったのです」
「は、はい……」
ものすごく熱のこもった口調で言われたけど、全く心当たりのない私は戸惑うばかりだ。
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