side巻き込まれ薬師【87】
「ほしいのは靴なんですけど……」
私がほしいイメージは安全靴。
と言っても、それを完全に再現したいわけではない。実際に履いたことはないから詳細も知らないし。
要はつま先に硬い素材の入った靴がほしいのだ。
「はあ。サツキ様はそれを足を守るために履かれるんで?」
ヤルトさんはピンとこないようで微妙な表情をしている。
「いえ、どちらかというと蹴りの威力を強化したくて。その、スキ……魔法で身体強化をしたときに、さらに威力を高めたいなって思うんですけど」
誰にどこまで自分のことを打ち明けてあったのか、だんだん自分でもわからなくなってきた……。なのでとりあえずスキルではなく魔法ということにしておく。
「左様で。つま先になにを使うかってのにイメージはございますかねぇ」
「いえ、特に。蹴りの威力は高めつつ、足と靴にダメージが少なくて、ついでにあんまり重くない方がいいです。普段から履いておきたいので」
軽くしつつ威力は高めたいって難しいとは思うけど、とりあえず希望は全部言っておく。どうしても実現不可な部分はそこから削ることになるだろうし。
「形はどういう靴がよろしいんで?」
「こういうブーツがいいです」
今履いている靴を見せる。ふくらはぎの途中まであるブーツだ。
「本体の素材は普通の革になりますわな。となると、やはりつま先の素材になにを使うですなぁ」
ヤルトさんは頭の中でいろんな素材を思い浮かべているようで、思考に没頭してしまった。
「素材の強度なら付与でも補えますよ。それに、足が当たるところに衝撃吸収の付与をしておけば、足を痛めることも少なくできると思います」
「付与ってそんなこともできるんですか?」
今回はフリッツさんは無関係だと思っていたら、意外な提案をされた。
「サツキ様は付与術のことをどれぐらいご存知ですか?」
「詳しくは知りませんけど、文章を図形……つまり魔法陣にしたものを描いて、元の文章で記述した内容を具現化するみたいな……」
「そう! そうです! さすが、よくご存知ですね!」
やば、フリッツさんのスイッチを入れちゃったかも。
そして今のは完全にヒースさんからの受け売りなのですよ。
「ですから、衝撃を吸収するでもなんでも、文章を魔法陣にする理屈がわかってればできるんですよ!」
「は、はあ」
フリッツさんの勢いに呑まれて納得しかけたところで、なんともいえない表情をしているヴィルマさんと目が合った。
「どうかしましたか?」
「あ、その、師匠はこんな風に言ってますけど、魔法陣を作り出せる人はそんなにいないんです。ほとんどの人は、元の文章とそれが魔法陣になったものを勉強して、間違いなく描けるようになることを目指すんです……。それが一般的な付与術師なので……」
最後の方は消え入るような小さい声だったけど、言いたいことはよくわかった。フリッツさんの言ってることは特殊なんだね、うん。
「皆さんにそれをしろとは言いませんので、気に病まないでください」
あからさまにホッとするヴィルマさん。
うーん、でもこういうフリッツさんみたいな天才タイプって人をまとめるのに向いてないんじゃないかなぁ。ベルンハルトさんに相談した方がいいかも。
ヤルトさんとフリッツさんはすでに素材と付与を組み合わせる相談に入っている。
最初の頃はお互いの仕事内容がよくわかってなさそうだったけど、すっかり理解も深まっているようだ。
「あのう、すみません。花火……えーと、新しい魔道具ってどうなってるかわかりますか?」
議論を遮るのは悪いけど、これも気になっているところなので聞いておきたい。
「まだ聞いておられないんで? あれは危ねぇっつう話なんで、専門の職人がどっか人里離れたところで作ってるはずですわ。なんで、あっしらもよく知らねぇんですわ」
「あ、そうなんですね」
でも、製作をしてるってことは火薬が見つかったんだろう。
「あ、あとシャワーも作りました?」
「それも聞いておられないんで? 試作品をお二方のお部屋に置いて、特にサツキ様に使い心地を試して頂こうって話なんですわ」
いろんなことが進展しててついていけない。
まとめて誰かに説明してもらわないと、今の侯爵家の状況が掴み切れないわ。
一旦帰ろうかなと思ってヴォルフィの方を見ると、頷いてくれたのでお暇することにする。
「じゃあ私はこれで戻りますね。靴は急がないのでお願いしますね」
「あ、サツキ様」
立ち上がって応接間から出ようとすると、ヤルトさんに呼び止められた。
でも、なぜかもじもじしていて、用件を言おうとしない。もじもじするドワーフ。
「なんでしょうか?」
「あ、いや、その。靴も指輪と同じで、足に合わせて作らしてもらう方がいいんですけど、その……」
なぜかヴォルフィの方をチラチラ見ながら、モゴモゴしている。
「女性の職人はいないのか?」
「おります! すぐに呼んできやす!」
ヴォルフィの指摘に飛び上がるようにして走り去っていくヤルトさんを見て、ようやく私にもなんでモゴモゴしていたのかわかった。
足を見せるのは、はしたないんでした。
だからもちろん「見せてくれ」なんて言えないし、でも採寸して私の足にあった靴を作りたいしってところで困っていたってことでした。
連れてこられたのは人間の女性で、ヤルトさんが自分の足を見せながらどこを測るか細かく説明している。
説明が終わると、ヤルトさんとフリッツさんは急いで出て行った。
その女性と、ヴィルマさんも手伝って二人がかりで足のあらゆるサイズを測られる。
ヴォルフィは私の体を支えてくれつつ、暇なのかずっと私の指輪を触っていた。
私も寝そうになった頃、ようやく採寸が終わって解放された。
この研究棟に来るのはたまにでいいな、うん。




