side巻き込まれ薬師【86】
「剣を握るのに邪魔にならないようにって頼んだから、本当に違和感がないな」
左手を握ったり開いたりしながら、感慨深そうに眺めているヴォルフィ。
右腕は私の背中に回されていて、さっきまで泣きじゃくる私を宥めていた。
ようやく落ち着いて、会話ができるようになったのが今の状態。
「うん、私のもサイズが合えば気にならなそう」
「ちゃんと指に合わせて作らなきゃいけないって、わかってなくてごめん。露店なんかで売ってるのって、買ってそのまま嵌めるだろ。それと同じかと思ってた」
「あー、なるほど」
それは完全に輪っかになってないフリーリングってやつなんだろう。
サイズを決めなきゃいけないって知らなかったヴォルフィは、カイさんとベルンハルトさん経由で「自分とサツキの揃いの指輪を作ってほしい。ふたりの髪と目の色で」ってヤルトさんに依頼したそうだ。
それを聞いて困ったヤルトさんはベルンハルトさんに相談し、ひとまずヴォルフィの分はベルンハルトさんの指を測って、私の分は小柄な女性使用人の指を測って作ったそうだ。
さっき離れに来る途中で呼び止められていたのは、出来上がった指輪を渡しつつサイズについて説明されていたらしい。
「そういえば、わざわざフリッツさんまで一緒に来てたよね」
「あ、付与も施してあるそうだ。この石が魔石で、小さいからお守り程度の効果しかないとは言ってたけど」
「こんな小さいところに!? すごいね」
思いっきり目を近づけて見てみても、魔法陣があることさえよくわからない。
イザベラさんの付与をすごいと思ってたけど、フリッツさんも負けないぐらいすごいように思える。
「外出れそうなら、サイズ直してもらいに行くか?」
「うん、行く。ついでに作ってもらいたいものもあるし」
とても久しぶりに訪れた魔道具の研究棟は、増設されて3倍ぐらいの大きさになっていた。
びっくりして入るのを躊躇ったけど、見張りの騎士が私たちのことをわかっていて、中に声をかけてくれた。
すぐに出てきた若い女性がわちゃわちゃしながら応接間のようなところに案内してくれ、ひっくり返しそうになりながらお茶も用意してくれた。
大丈夫かな、この人……。
「すぐに親方と師匠が参りますので!」
「あ、はい。ところで、あなたは?」
「失礼いたしました! 私はヴィルマと申します! 付与術師としてお世話になっております!」
そう言って深々と頭を下げる。
「付与術師の方でしたか。こちらこそよろしくお願いします」
「いえっ、そんな! 私のようなものにこのような素晴らしい仕事をお恵みただいて!」
両腕をバタバタしながら、あわあわとしている。
こんなに落ち着きがなくて、繊細な魔法陣を書けるのかちょっと不安になる。
ヴォルフィは魔道具に関してはほとんど口を出さないので、今も無言だ。
どうしたものかと思っていると、応接間の扉がバーンと開いた。
「サツキ様! 次はなにを思い付かれましたか!」
「それとも生産の様子をご覧になりますか!」
飛び込んできたヤルトさん&フリッツさんが口々に捲し立てるから、室内の空気が更に混沌とする。
この上司にして、この部下ありだな……。
「ヤルト」
どうしたものかと思っていると、ヴォルフィがヤルトさんに呼びかけた。大きな声を出したわけじゃないのに、そこに籠る威圧感に全員ぴたりと口をつぐみ、部屋の緊張感が急に高まった。ヴィルマさんなんて顔色が一気に悪くなってる。
「サツキの指輪が少し大きかった。すまないが、直してもらいたい」
「は、はい! すぐにやらしてもらいます! お手間かけさしまして、申し訳ねぇです!」
直立不動で変な汗をかいているヤルトさん。
ヴォルフィ、ちょっとやり過ぎ……。
「とても素敵な指輪をありがとうございます。サイズを言わなきゃいけなかったっていうのはヴォルフィも反省してるので、手直しをお願いできますか?」
「はい! もちろんでさぁ!」
指輪を渡して、改めて私の指のサイズを測ってもらい、ヤルトさんはバタバタと応接室から出て行った。直すのにそんなに時間はかからないそうだ。
待ってる間、フリッツさんとヴィルマさんから最近の様子を教えてもらう。
私たちがシュナイツァー伯爵領に向かって出発してすぐ、大規模な増員が行われたそうだ。それに合わせてこの研究棟も急ピッチで大きくしたらしい。
「そんな短期間で増築ってできるんですね」
「騎士団の方々もかなり駆り出されてましたし、それに雇われてるのは職人たちだからお手の物ですよ」
フリッツさんはこともなげに言うけど、武器とか魔道具と建物って全然違うのでは……?
新しく雇った人員に冷蔵庫とペンの作り方を教え、後発品の試作や改良をし、ひと段落ついたあたりでフリッツさんとヤルトさんはまとめ役になるよう命じられたそうだ。
「いやー、困りましたよ。そういう立場の人が必要なのはわかりますけど、僕もヤルトさんも手を動かす方が好きなので。サツキ様のご依頼なら作っていいていうのが心の支えで、無事のご帰還を願ってました」
そう言ってキラキラした眼差しで私を見てくるフリッツさん。
ベルンハルトさんが言っていた通り、完全に指示を拡大解釈しているなぁ。
作ってほしいものはあるけど、どちらかというとヤルトさんの領分な気がするので困っていたら、そのヤルトさんが戻ってきた。
ベルベットのような柔らかい布地の上に指輪が載せてある。
私が手を伸ばすより先にヴォルフィが指輪を取り、改めて私の指に嵌めてくれた。
今度はピッタリだ。それに継ぎ目のようなものも見当たらず、初めからこのサイズだったと言っても違和感がないぐらい。
「どうでしょう……?」
「ピッタリです。ありがとうございます」
ヴォルフィも満足そうに私の指輪を撫でている。
その様子を見て、ようやくヤルトさんの肩の力が抜けたようだった。
そろそろお願い事をしてもいいかな。
「続けてで申し訳ないんだけど、作ってもらいたいものがあるんですよ。急がないので、本業の合間にでもしてもらえたら……」
「なんでしょう! ぜひ!」
ものすごく前のめりで食いつかれた。




