side巻き込まれ薬師【85】
外観はパッと見ただけではなにも変わってないようだけど、近づいてよく見ると塗装がきれいになっている。
それに、周囲の雑草も前よりも広範囲に刈り取られスッキリしている。
鍵の魔道具を解除して中に入ると、ダイニングテーブルは高価そうなアンティーク調のものに変わっていた。前よりも小さめで、ふたりで使うのにちょうどいいサイズ。
それからソファとローテーブルが置かれている。
カーテンも若草色の新しいものに取り替えられていた。
キッチンは華やかな色合いの食器が2組ずつ置いてあり、パンとかハムやチーズなんかもある。小腹が空いた時の軽食ならここで用意できそうだ。
鍋やフライパンなんかも新しいものに取り替えられている。
1番奥の部屋は寝室で、大きなベッドが置かれていた。こっちにもソファとローテーブルが置いてある。そんなに大きな部屋じゃないからだいぶぎゅうぎゅうだけど、使うのには問題なさそう。カーテンは柔らかいピンク色。
手前の部屋には書き物机ふたつと、本棚がいくつも置いてあって書斎になっていた。本棚にはびっしりと本が入っていたのでなにげなく見ると、魔法・魔道具・薬草・魔獣に関する本がこれでもかと並べてある。おまけに領地経営に関する本まであったので、これから私たちに望まれてることがなんとなくわかった気がする。こっちのカーテンは水色だった。
ここまで手を繋いだまま、無言だった。
最後にお風呂とトイレ。
この世界のトイレは、都市部は水の魔石で流したものを浄化槽でスライムが食べてきれいな水にするそうだ。まだ遭遇してないけど、やっぱりいるんだねスライム。
農村の方になると必ずしもスライムじゃなくて、土に埋めてるところも多いらしい。ただ、排泄物が飲料水や生活用水に混ざってはいけないというのは認知されているらしく、川に垂れ流しということはないらしい。
形は木のベンチに穴が空いてるっていうのが多くて、最初は戸惑ったけど。
お風呂の方は浴槽が置いてあって、水の魔石が設置してあるのがデフォルト。
と思ったら、ここのお風呂は壁の、ヴォルフィの頭よりも少し上らへんにも水の魔石が貼り付けてある。あれはもしかして?
「なんだこれは」
「あ、待って!」
止めるのが間に合わず、ヴォルフィが壁の魔石を起動してしまった。
その瞬間、降り注ぐお湯。
これは、シャワーだよ!!!!!
びしょ濡れになりながら喜ぶ私と、混乱するヴォルフィ。あははははー!
魔法で乾かしてもらいながら、これはなんなのかを説明した。
「確かに便利そうだけど、兄上もなにも言ってなかったのに……」
「忘れてたのか、びっくりさせようと思ってわざと言わなかったのか、どっちだろうね」
後者な気がする。ベルンハルトさんだし。
「いい感じだね。置いてある家具なんかも、私はこれでいいよ。あとは住みながら足していったらいいんじゃないかな」
「そうだな。だけど、だいぶ狭いだろ? 本当にここでいいのか?」
「私、元々はこっちで言う平民だよ。このぐらいの家とか普通だったし、むしろ豪邸より落ち着く」
「そっか、ならよかった」
なんとなくダイニングのあたりに戻ると、前にいたヴォルフィがいきなり振り返った。その表情はかなり真剣だ。
「どうかした……?」
答えないままポケットから小さな箱を取り出すと、いきなり私の前に跪く。
そっと箱を開くと、そこには並んだ2つの指輪。
なんの金属かわからないけど、銀と黒が絡み合うようなデザインの本体に、黒い石と緑の石が嵌め込んである。それが揃いで大小ふたつ。
「これって……」
「バタバタして注文もできてなかったから、カイが帰るときに兄上宛の手紙を託して、ヤルトに作ってもらった。気に入らなかったら改めて作るから、とりあえずこれを受け取ってくれないか?」
「あ、さっき話してたのって」
「ああ、これを受け取ってた。まだ見せたくなかったから、隠しててごめん」
「ううん、めちゃくちゃ嬉しい」
そう言いながら涙が溢れてきて、視界が滲む。
ヴォルフィはそっと私の左手を取ると、薬指を撫でるようにした。
「ここでよかったか?」
「うん」
ゆっくりと嵌められた指輪はほんの少し大きかった。
「指の太さに合わせて作らないといけないらしいな……。ぴったり合うようにヤルトが直すって言ってたから、後で持っていこう」
「うん。ヴォルフィにもつけるから手貸して」
「ああ」
差し出された左手を支えながら、薬指に慎重に嵌めていく。ヴォルフィの方はぴったりだった。
お揃いの指輪が嵌まった左手を並べて、それを眺める緑色の瞳が幸せそうに蕩けている。
「思ってた以上にいいもんだな」
「うん」
私は涙が止まらない。
だって、大好きな人がいて、その人も私のことが大好きで、それで、それで……。
ヴォルフィは、いっぱいいっぱいになっている私の左手を再び取ると、流れるように指輪に口付けた。
そのまま見上げてくる瞳の熱に、ついに私の限界を突破されてふらりとよろめいてしまう。
「サツキ」
すかさず抱き止められると、そのままソファに座らされ、強く抱きしめられた。私も力一杯、抱きしめ返す。
「ずっと、死ぬまで一緒にいてね」
「ああ、もちろんだ」
これは本当は結婚指輪だから結婚式の時に交換するもので、今渡すなら婚約指輪だよ、なんてことは言わない。
だってここは日本じゃないし、私はこの世界の人になるって決めた。
それなら、最愛の人が私のために、元の世界の習慣に合わせようと用意してくれたっていう、それ以上に大事なことなんてなくない?
そんなことを考えると余計に涙が溢れて止まらなくなり、私は抱きしめられたまま泣き続けていた。




