side巻き込まれ薬師【80】
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
そして翌日。
昨日とは違うワンピース(=とてもとても簡素なドレス)を着て、フリーデグントさんとの面会に向かっている。
今日の面会で私たちは話を聞くだけのはずなので、カイさんは朝のうちに出立している。
万が一、判断を求められるような話が出てきたら、基本的には侯爵のところに持ち帰って返答することになっている。
その場で通信ができた世界に生きていた私としては、すぐに報告して指示を仰げないというのはとても心許ない。ポーション作りの契約をしたことも怒られるのかどうか、それがだいぶ先までわからないのも気持ちを沈ませる。
「サツキ、大丈夫か?」
「あ、うん。どんな話が出てくるのかちょっと不安で」
「今日の話は俺も知らないからな……」
ため息をつくヴォルフィも浮かない顔をしている。
ヴォルフィからしたら、あまり考えたくないヒースさんの話も出てくるかもしれないところが憂鬱なんだろうな。
指定された部屋に到着し扉を開けてもらうと、部屋の中ではフリーデグントさんが跪いていた。
いやいやいやいや、そんなのどうしたらいいのさ!
「頭を上げてくれ」
硬直している私を尻目に、ヴォルフィは予想していたのか淡々と対応している。
「はっ! この度はお二方に多大なる被害を与えてしまったことを、謹慎中の当主に代わり謝罪させていただきたく存じます」
「その謝罪を受けるか否かを決めるのは父である侯爵だ。今ここで我々がどうすることもない。本日の要向きはそれだけか?」
「いえ、お許しいただけるのであれば此度の事態についてのご説明をしたく存じます。もちろんそれは情状酌量を求めるためのものではありませんので、お二方が望まれないのであればこのまま捨て置きください」
フリーデグントさんの肩書きは伯爵夫人だけど、本来は爵位を継ぐはずだった直系だ。それに対してこっちは伯爵より上の爵位である侯爵家の直系ではあるけど、後継者でもない末息子とその婚約者。
私にはどちらの方が立場が上か判断がつかないけど、なんとなく本来の伯爵の方が尊重される立場な気がする。それが目の前で跪いているという現実に、目眩がしてきたような気がするよ……。
「サツキはどうしたい? サツキの方が辛い目に遭ってるけど、聞く?」
「そうですね……。気になっていることはあるので聞きたいです。でも、途中で無理だと思ったら中断をお願いするかもしれません」
「サツキ様の仰せのままに」
うわぁ、「様」付けになってるよ……。
「と、とりあえず座ってお話ししましょう。ヴォルフィもいいよね?」
「サツキがそれでいいなら」
「サツキ様のご慈悲に感謝いたします」
ヴォルフィもフリーデグントさんも、このままの体勢で話をするつもりだったのか……。私には無理です。すぐに中断をお願いしたくなっちゃう。
フリーデグントさんは片腕がないことを全く意識させない動きでスッと立ち上がると、まず私たちをソファ座らせた。私にクッションもたくさん用意してくれる。
そして自分は向かいにある木の棒を組み合わせただけのような粗末な椅子に座った。
お茶を用意した侍女が出て行ったところで、フリーデグントさんが口火を切った。
「まずサツキ様に直接ご関係のある部分からですと、元冒険者フィリーネは近日中に処刑いたします。フィリーネに任務の内容を漏らした元騎士のヤンは、鞭打ちの上、一族ともども奴隷に身分を落とします」
「すみません、この国には奴隷制度があるんですか?」
気になったので思わず話を遮ってしまった。
「王国法で奴隷の売買は禁止されていますので、原則的にはありません。ただ、犯罪者に限っては認められています。処刑にまでは至らないけれど、追放するには危険な犯罪者などですね。今回は奴隷としての姿を他の団員への見せしめとする目的も兼ねて、処刑ではなく奴隷を選択しております。危険地帯での任務に放り込みますので先は長くありませんので、ご安心ください」
残酷……。だけどそれが領主の役割でもあるのだろう。
「取調べを行なっている中で、フィリーネ以外にも数人の女性冒険者が騎士と関係を持ち、情報を得ていることがわかりました。今後は規律も改めますが、わかりやすく釘を刺すためにヤンを利用いたします」
利用ってはっきり言っちゃってるよ。
「冒険者たちの方はユーディトとも連携し、処罰して参ります。ひとまず冒険者資格は剥奪し、今は取調べの最中です。得ていた情報の内容、量、使い道によって刑の重さを決めることになります」
「その人たちってスパイだったってことなんですか?」
「その可能性も踏まえて取調べを行なっていますが、全員ではないでしょう。おそらく仕事を有利に進めるために軽い気持ちでやっていたのでしょうね」
そう言うフリーデグントさんの顔には、隠し切れない嫌悪感が浮かんでいた。
勇猛果敢に魔獣と戦っていたといっても、彼女は生粋の貴族だ。やはり施された教育が貞淑さを求めるようなものだったんだろうなと思う。
だけど、たぶんそういうことをしている女性たちは冒険者に限らずたくさんいるだろう。それは、女性の立場が低くて生き方も限られている中で、切実な思いでやっている人もいるのだろうなとは思う。
といっても、刑罰を定めるのはその地の領主なのだから私が口出しできることではない。ただ、やるせないなという気持ちがするだけだ。
そしてこれが私が生きていくと決めた世界なのだ。
軽く頭を振って、余計な考えを振り払う。
「あの女が私を殺そうとしていたというのは間違いないんですか?」
「はい。フィリーネはヴォルフガング様に執着しており、なんとかしてサツキ様を排除しようと考えていたそうです。そこにヤンからレイルの木を採取しているという情報を得て、サツキ様を魔獣に襲わせるという策を思いついたようです」
「そのために、偽の群生地の情報を流してあの場所に誘導したんですね?」
「その通りです。情報の正確性を確かめないままサツキ様をお連れしてしまったのは本当に申し訳なく……」
「謝罪はいいから事実を語ってくれ」
フリーデグントさんの謝罪をヴォルフィが容赦無くぶった斬る。
ここでようやく私は、ヴォルフィがものすごく怒っていることに気がついた。
ここしばらく一緒に気落ちしていることが多かったから気づいてなかったけど、今は抑えきれない怒りのオーラが揺らめいている。
怒るのは当然だと思うので止めないけど、イライラしてるとまたメンタルに悪そうなのでそっと腕に触れてさすっておく。
「……仰せのままに。ヤンからの情報はデニスに伝えられ、そして夫へ報告されました。本来であれば本当に群生しているのかを下見した上で決めるべきですし、位置も討伐のポイントと近いので日をずらすべきでした。しかし、夫はポーションを一刻も早く領地へもたらすことを優先し、調査を怠りました」
気づけば、サツキちゃんの話が80話になっていました(そしてまだ終わらない)。
こんなに長くなるつもりはなかったんですが、やはり人が激動の3年間を送った様子を描こうとするとサラッとは終わりませんよね……。
この作品を通して、「Aさんが見てる視点とBさんが見てる視点(=それぞれの主観)、それが無数に絡まりあって世界はできている」というのを描きたいので、サツキちゃん以外の転移者の視点も丁寧に描きつつ完結を目指していきたいと思います。
今年もお付き合いいただけると、とても嬉しいです!




