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side勇者【9】

 一切表情を変えることなく、目を逸らすことなく淡々と言われた内容に理解が追いつかなかった。

 なんで俺がこの人にこんなこと言われなきゃいけないんだ?

 俺は本当のことを言っただけなのに、なんでこんなマジギレしてるんだ?

 俺は勇者なのにこんなモブの地味女に……。

 そう思うと猛烈に腹が立ってきた。


「ははっ、なにキレてるんですか。図星を指されて逆ギレですか?」


 わざと挑発するように言ってみる。

 しかし、サツキさんは全くそれに乗ってこなかった。

 むしろ、今にも俺に飛びかかりそうなヴォルフガングの腕を強く掴んで押さえている。


「一発ぐらい殴ってはいけないのか?」

「ダメ。そんな価値もないし、それで向こうの思う壺になったら余計に癪だもの」


 こんな女に読まれていることに余計に腹が立つ。

 勇者を実際に殴ったとすれば、何かしら罰が与えられるだろうと思ったのに。

 それにさらりと俺を貶している。


「用は済みましたので、失礼いたします」


 氷のような眼差しのままのサツキさんと、殺気を抑えようともしないヴォルフガングが出ていった途端、俺は気が抜けてソファの背もたれにもたれかかった。

 腹立たしい気持ちとは裏腹に、ふたりを怖いと思ってしまう自身の本能的な部分にも苛立つ。

 絶対に勇者として活躍してあいつらを蹴落としてやる。

 絶対に俺の前に跪かせて許しを乞わせてやる。



 

 夕食と風呂も終えてのんびりしていると、にわかに屋敷が騒がしくなってきた。

 メイドさんが俺の部屋にも来て、侯爵がもうすぐ到着するから身支度をして出迎えるように言ってきた。

 到着は明日のはずなのになんでまた……。急ぐにしてもこんな時間に着いたらみんな困るのに、お偉いさんはホント身勝手だよな。


 今日手に入れた服から適当に選んで着替えて玄関に行くと、既に子爵とサツキさんとヴォルフガングを始め、使用人たちがずらっと並んでいた。俺は端の方にこそっと立っておいた。


 しばらくたって、足が疲れてきた頃にようやく侯爵が到着したらしい。

 扉が開けられ、みんな外に出て出迎える。


 侯爵は馬車じゃなく馬に乗ってきたようで、護衛の騎士共々馬から降りるとこっちに歩いてきた。暗くてよくわからないが、がっしりした偉丈夫という感じだ。


 子爵が先頭に立ち、「お帰りなさいませ、父上」と頭を下げる。それに合わせて子爵の後ろに立つサツキさんとヴォルフガング、その後ろにずらっと並ぶ使用人一同も頭を下げる。俺も一応それに倣う。


「皆、出迎えご苦労。変わりないか?」

「はっ、一同変わりなく」


 侯爵の声は低く落ち着いていて、絶対的な権力を持つ者特有の自信に満ち溢れていた。


「勇者殿は?」

「ヤマモト殿、こちらへ」


 子爵に呼ばれて近づくと、侯爵の理性的な視線が一瞬俺を捉え、そしてすぐに離れていった。

 明からさまではないものの、その一瞬で俺という人間を判断されたような気がする。


「勇者のヤマモト・アツシ殿です。ヤマモト殿、こちらが我が父であり、当代のアイゼルバウアー侯爵です」

「ヤマモトアツシです。よろしくお願いします」


 そう言って俺は頭を下げる。


「うむ、我が領は勇者殿を歓迎する。この国のために苦労をかけるが。よろしく頼む」


 侯爵はそう鷹揚に声をかけると、護衛の騎士たちを労い、子爵に促されて屋敷に入っていった。サツキさん、ヴォルフガング、使用人たちも戻り始める。


 侯爵も、俺に対して上から目線でそっけない態度だった。歓迎すると言ってるものの、特に歓迎されてる気配は全くないし口だけだ。この家のやつはどいつもこいつも俺をバカにしてる。

 俺はやさぐれた気持ちをどうにか落ち着けると、誰もいなくなった玄関から屋敷へ入った。


 部屋に戻る途中で執事に捕まり、侯爵が朝食を共にしたいと言っていることと、明日の朝イチで王城に使者を出すから、いつでも登城できるようにしておくように言われた。

 


 翌朝、メイドさんに起こされ身支度を整えた俺は食堂に向かった。

 既に子爵、サツキさん、ヴォルフガングは席に着いて楽しそうに会話していた。

 俺が着席して程なくして侯爵が来て、朝食が運ばれてきた。


 侯爵が上座のお誕生日席の位置に座り、その横に俺と子爵が向かい合って座っている。

 子爵の隣にサツキさん、俺の隣にヴォルフガングですごく嫌だ。殺気こそ向けられていないものの、隣から観察されている気配がひしひしと感じられる。


 侯爵は銀髪をしていて、ヴォルフガングもちゃんと血縁者なんだということが感じられた。


「勇者ヤマモト殿、侯爵位を賜っているフォルクハルト・イェルク・アイゼルバウアーだ。これまで不便な思いをさせてしまったことを申し訳なく思う。責任を持って王城へ送り届けるまで、今しばらく辛抱してもらいたい」


 こっそり侯爵の様子を窺っていると、いきなり声をかけられて驚いた。

 しかし、内容は俺を気遣っているようでそうじゃないのがよくわかる。

 勇者のことは王家の責任。うちはたまたま領地で見つけちゃったから王城に連れて行くのはやるけど、それ以外は関係ありません。

 ということのようだ。


「はあ、ありがとうございます」


 俺は適当な返事を返して、朝食の残りを平らげるのに専念した。

 侯爵もそれ以上話しかけてこなかった。



 朝食後は日本の服に着替え待ってるだけなのだが、国王からの使者は割とすぐやってきた。

 すぐに登城せよとのお言葉だったので、にわかに侯爵邸は慌ただしくなった。


 メイドさんが俺の髪型をささっと整えてくれて、門の前に停まっている馬車に乗り込む。家紋入りの豪勢な馬車で、最も各式の高いものだと既に乗っていた子爵が教えてくれた。


 侯爵が乗り込むとすぐに走り出した。


 後ろにもう一台、俺が王都に来るときに乗っていた馬車が停めてあったのが気になったが、一緒に来るわけでもなかったのですぐ忘れてしまった。


 王城にはすぐ着いた。侯爵邸があるのは王城にもっとも近い一等地の中だから、馬車に乗る必要もないような距離だ。もちろんそこは見栄と外聞の世界だから徒歩なんてありえないわけだけど。


 馬車を降りると、日本でいう駐車場のような場所だった。駐馬車場?


 お城は石造で装飾は少なく、砦と言われた方がまだ納得できるような見た目だった。

 衛兵が重そうな扉を開け、侍従に先導されて侯爵、俺、子爵の順で城へ入っていく。

 中も窓が小さくて少ないからか薄暗く、空気も籠っている気がする。

 足音をカツカツ響かせながらなんとも陰鬱な気分で進んでいると、そのまま謁見の間へやってきた。どうやら国王はすぐ会ってくれるらしい。


 侍従が大声で俺たちの来訪を告げると、衛兵がまた重そうな扉を開ける。

 謁見の間はさすがにカーペットが敷いてあり、こっそり周りを見ると壁には豪華なタペストリーがかかっていた。絵はおそらく何かの神話や逸話の場面なのだろうが、俺には全くわからない。

 侯爵が立ち止まって跪いたので、俺もそれに倣う。後ろで子爵も跪いているようだった。


 そのまましばらく待つと、ようやく国王がやってきたようだ。


「面を上げよ」


 そう言われて顔を上げると、玉座に座る若い男性が目に入った。

 淡い金髪に鮮やかな碧眼。「王子様」と聞いて真っ先に思い浮かべるような美貌がそこにあった。しかし眉間に皺を寄せ暗い灰色の服を着た姿は、城の陰鬱さと相まって見た目の美しさを台無しにしていた。


「フォルクハルト・イェルク・アイゼルバウアー並びにアルブレヒト・ハンネス・アイゼルバウアー、王命により異界の勇者ヤマモト・アツシ殿をお連れいたしました」

「大儀であった」


 侯爵がスッと横にずれたので、俺と国王が正面から向き合う形になった。


「余はオーレンシア王国が117代目国王ルートヴィヒ5世である。当代の勇者を歓迎しよう。来るべき『災厄』に立ち向かうため、どうか力を貸してほしい」

「もちろんです、陛下」


 さすがに俺も国王に対しては神妙になるが、しかし暗そうな国王だ。ずっと眉間に皺を寄せたまま、憂鬱そうな表情をしている。


「勇者殿に紹介したい者がいるのだが、その前にアイゼルバウアー侯爵に書簡の件を聞いておきたい」

「はっ、なんなりと」


 書簡?なんのことだろうか?


「あの内容は真か?」

「もちろんです。我が侯爵家の名にかけて、嘘など申しません」

「……その真意はいかに?」

「それも記した通りでございます」

「……そうか」


 さらに憂鬱さを増した国王はため息をつくと、俺に向き直った。


「勇者殿、アイゼルバウアー侯爵の身内となにかあったのだろうか?侯爵からは貴殿を王都にお連れしたという知らせと同時に、『勇者殿を王城に引き渡したのち、アイゼルバウアー侯爵家は勇者と聖女に一切の関わりを持たない。災厄への対策は勇者と聖女に関わらない形でのみ行う』という通達があった。その理由が侯爵家の人間と貴殿との間のトラブルらしいのだが、心当たりはあるだろうか」


 はぁ!?そんなこと言っていいのか!?

 というのが俺の最初の感想だった。

 いくら国王が絶対的な権力を持ってないとはいえ、そんな一方的な宣言ができるものなのか!?さすがに罰せられるんじゃないかと思うんだけど……。


「トラブルと言いますか、むしろ私が辛く当たられていたと思うのですが……」


 俺はここぞとばかりにねじ込んだ。


 トラブルといえばサツキさんと揉めた時にヴォルフガングが怒り狂っていたことだと思うが、こっちだって嫌な思いをさせられてるんだ。


「侯爵の()()()()に暴言を吐いたと聞いているが、心当たりはないということか?」


 息子の……妻……??

 あのふたり夫婦だったのかよ!?


 確かに親密そうで恋人同士だとは思ってたけど、一緒に住んでなさそうだったし結婚してるとは思わなかった。

 冷静に考えれば結婚してるともしてないとも言われてないのだが、この時の俺には「騙された」としか思えなかった。


 だってそうだろ。「ただ保護されてる異世界人」と「侯爵家の一員」だったら扱いが全然違うに決まってる。現に、侯爵は身内であるサツキさんを庇って俺と関わらないようにしようとしてる。身内だってわかってたらもうちょっと態度変えてたのに。


「夫婦とは知りませんでしたし、多少言い合いになった時はありましたが私が一方的に悪いと言われる状態ではなかったと思います」

「暴言ではないと?」

「はい」


 あの時の会話だけを切り取ったら俺が悪いように聞こえるかもしれないけど、それまでもずっとあのふたりは俺を蔑ろにしていた。

 それを無視して俺だけを悪者にして断罪しようとするなんて絶対に許せない。


「恐れながら陛下、発言をお許し願いたく」

「許す」


 いきなり侯爵がしゃしゃり出てきた。


「息子の妻であるサツキは勇者殿と同じ世界より3年前に我が領に現れ、以来我が領の発展に力を尽くしているのは既にご存知のことと思います」

「……うむ」

「確かに『災厄』に抗うために力を合わせるのは王国民の務めではございますが、その任務は多岐にわたると存じます。

現在、魔獣の数が増加していることを確認しております。

仮に此度の『災厄』が魔獣の大発生であった場合、我が領は討伐に慣れた騎士団及び備蓄しておりますポーションや薬品類、食料、魔道具の提供が可能でございます。

そしてその生産には薬師であり、魔道具生産の立役者であるサツキが大きく関わっております。

それだけの支援が行えるというのに、何故サツキ本人をわざわざ勇者の元へ派遣せねばならないのでしょうか。

元々、勇者と聖女のみが召喚されることによって『災厄』を鎮めていたのに、イレギュラーな存在であるサツキが必要であるというのは不思議な話です。彼女は我が侯爵家の一員として王国に尽くす所存でございます」


 ものすごく丁寧に言ってるけど、要するに「金の卵とるんじゃねぇよ。協力はするって言ってるだろ?そっちはそっちでちゃんとやれよ」ってことだ。


 というか、俺はサツキさんを派遣してほしいなんてこれっぽちも思ってないし言った覚えもない。なぜか誤解が生じているようなので訂正しようとしたら、国王の深いため息に遮られた。


「侯爵、それは()()()()()()()わかった上での発言と捉えてよいのか?」

「もちろんでございます」


 国王はもう一度深いため息をつくと、俺に向き直った。


「先ほど紹介したい者がいると言ったが、それは今代の聖女である。入ってまいれ」


 そう言われて横の扉から入ってきたのは、デニムにパーカーを着た女性だった。小柄で、髪は明るい茶色に染めている。緊張しているのか無表情だが、その顔は……。


「聖女ゴトウ・クミカ殿。サツキ殿の妹だそうだ」


勇者くんは「嫌な男を書こう」と思って書き始めたので、筆を進めるのが辛くて辛くて……。体調不良も重なって、ようやくここまで来ました。あと1〜2話で区切りをつけて、サツキ視点に移ります。そうすれば更新頻度も上がるはず……!

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