side巻き込まれ薬師【79】
午後になり、私たちは侯爵家の家令と会う部屋に向かっている。
久しぶりに私もヴォルフィも人前に出られる格好をしている。と言っても、どちらも簡素なワンピースにシャツとズボンというラフなものではあるけど。
体力がガタ落ち中の私は、緩めのシルエットとはいえきっちりした服を着て背筋を伸ばして歩いているだけで疲れる。髪が結ってあるだけで肩が凝る。
さすがに抱き上げて運んでもらうわけにはいかず、今はエスコートされる形で手だけ借りている。終わったら今日はダウンしそう……。
指定された部屋の前に来ると、侯爵家の騎士が中に声をかけて扉を開けてくれた。
立ち上がって私たちを迎えたのは、たぶん40代ぐらいの本当に本当になんの特徴もない男性だった。髪も目も薄めの茶色でよくある色だし、顔も「特徴がない」としか説明のしようがない顔だった。明日には忘れてしまいそうだし、人混みに紛れたら100%見つけられないと思う。
名前はカイさん。王都の屋敷の責任者だそう。
私の体調を気遣ってクッションをたくさん用意してくれたので、お言葉に甘えて寄り掛からさせてもらう。
「早速ですがヴォルフガング様、サツキ様、侯爵閣下からのご用件をお伝え致します。ヴォルフガング様にはすでにお話ししてある内容も含まれますが、よろしいですか?」
「ああ、サツキにわかるように話してくれ」
「承知いたしました」
まず、私たちが急いで戻らなくてよくなった理由だけど、王家に魔道具を献上したところものすごく失礼な扱いを受けたからだそうだ。
なので、私の謁見などあろうはずもなく、いわゆる淑女教育も急がなくてよくなったらしい。
「失礼な扱いとは具体的にどのようなものですか?」
「そもそも、王家は献上品に対してなにかしら返礼を下賜するのが慣わしです。それは品物であったり領地であったりお言葉を賜るだけであったりとさまざまですが、ひとつだけ決まっているのは高位の貴族には決して金銭で返すことはないということです」
「まさか……」
「はい、そのまさかです。下賜されたのは金貨1袋でした。サツキ様は金額にピンとこられないでしょうが、献上した魔道具の最初の販売予定価格が金貨10袋と言えばお分かりいただけますか?」
定価の10分の1……。
「サツキ、一応言っておくと、金貨1袋は庶民の1家族が数年は裕福に暮らせる額だ。だけど、王家やうちのような家からするとそれっぽっちの金額だ」
「献上するということは、販売するということではありません。全く違うものです。私たちも頂き物に値段をつけようとはしないでしょう? 献上に対して金銭で返す。それは貴族としての矜持を踏み躙るに等しい行為です」
予想もしていなかった大事件をいきなり知ってしまい、一気に激しい疲労を感じた。
「それに対して侯爵様はどうされたんですか?」
「今はまだなにも。ただ、王家に見切りはつけておられますので、王都の屋敷は引き払う用意に入っています。閣下自ら指揮を取っておられますので、私が使者を買って出ました」
「距離を取るってことですか」
「現状ではそうです。ただ、すでにジェンティセラム公爵家とオーディリッツ公爵家には水面下で接触をしております。両家の出方次第ではもっと積極的な対応もあり得るかと」
積極的な対応……。
王家に反旗を翻すってことかな……。
オーレンシア王国内で最も栄えた領地であるジェンティセラム公爵領。そして芸術と工芸の都であるオーディリッツ公爵領。南北の雄がどう出るかによっては、血生臭いことになりそうだ。
「その、魔道具が気に入らなくて国王が気分を害したってことなんでしょうか?」
小説なんかの暴君の描写では、贈り物が気に入らなくて首を刎ねるとかもあった気がする。
そこまではなくても、魔道具のせいだとすると侯爵家の皆さんに合わせる顔がない。
「好みではなかったという可能性はもちろんあります。ですが、好き嫌いに関わらずあの魔道具が持つ可能性を読み取れていない、ということを閣下は重視しておられます」
「国王には先を見る目がないと」
「その通りです」
侯爵は国王に対して、為政者として先がないという判断を下したようだった。
「……少しだけお聞きした話では、王家の力がないと『災厄』に対抗できないから王家として認められているそうですが、表立って楯突いて『災厄』の時に侯爵家が見捨てられたら困るのでは?」
「だからこそ両公爵家と接触しているのです。もちろん、国王の意図を秘密裏に探ってもいます」
はっきり聞いたら面倒そうだから深掘りしないけど、たぶん3家から圧力をかけて『災厄』への対応はさせるとか、実権は奪い取ってしまうとかそういうことなんだろうな。
頭痛がしてきてこめかみを揉んでいると、心配そうなヴォルフィと目が合った。
「疲れたか?」
「想像してたより話が大きくて衝撃を受けてるだけだよ」
実際に疲れてもいるけど、一気に聞いてしまう方がいい気がするからね。
「では話を進めます。当初の計画では王家に魔道具を献上したのちに、社交界でお披露目をして注文を受ける予定でした。しかし、王家の対応が悪かったため両公爵家に高級版の魔道具を差し上げると同時に、内密の話をするために侯爵領にお招きしたいという方針に転換しています」
王家への献上品よりもいいものをプレゼントすることでご機嫌を取って、一緒に裏切りませんかって持ちかけるつもりなんですね。深くは聞かないけど。
「でもそういう場合って、目下の家が相手の領地に届けに行くものじゃないんですか?」
「その通りです。ここまではすでにヴォルフガング様にお伝えした内容で、ここからがサツキ様に直接お話しする内容になります。両公爵にご足労いただくに足る理由、つまり持ち出しができない魔道具などのアイディアがあれば教えてほしいとのことです」
そんなん、都合よくあるかいな。
と反射的に言いそうになって寸前で飲み込んだ。
要するに家電みたいなのじゃなくて見世物的なものだよね……。うーん。
「オーレンシア王国に、外国でもいいですけど、見世物ってどんなものがありますか?」
「見世物ですか? 定番は吟遊詩人の歌に、踊り子が舞うようなものでしょうか。あとは曲芸師が軽業を見せたり、楽器の演奏、短い演劇といったものですかね」
「そうですか。それとは別に、火薬ってありますか? 名前は違うかもしれませんが燃える粉みたいなものです」
「燃える粉ですか……。私は存じませんが、それでなにをするのですか?」
私は花火について知っている限りを話した。もちろん作ったことも中身を実際に見たこともないので、とてもあやふやな知識なのだけど。
でも、わざわざ来てもらうとなるとかなり劇的なものを用意しないといけないし、しかも持っていってはできないことを納得してもらわないといけない。
もしも花火大会をすることができれば、かなりのインパクトがあるんじゃないかと思ったのだ。
「あとは光る魔道具を大量に使ってイルミネーションをするとか?」
イルミネーションの説明は花火より簡単だった。灯りの魔道具の応用なので、色や形を変えたり、点滅するようにすればなんとかなりそうだし。設置する場所を工夫して特別感を出せばいけそう。
「なるほど……。最終的には侯爵閣下のご判断になりますが、カヤクに当たるものはすぐに調べた方がよさそうですね。私はこのお返事を持って明日にでも帰還いたします。おふたりはサツキ様の体調を見ながらということになると思いますので、王都へは立ち寄らず侯爵領へ向かってください。そのように閣下にご報告しておきます」
「わかった。伯爵との折衝についてはどうなっている?」
「奥方様から伯爵代理として新書をお預かりしましたので、こちらも一旦閣下にご報告してからということになります。どこまでの責任追求と賠償を求めるのかというところの判断になるかと」
「わかった」
「……ツヴァイは出来の悪い弟子ではありますが、見所はございます。どうぞ存分に使ってやってくださいませ」
あなたも密偵だったんですか……。
驚くほど特徴がないという特徴は、言われてみれば確かに密偵っぽいけども。
なんでツヴァイさんが騎士団にいたのかってこととか、アイゼルバウアー侯爵家の密偵で気になってることとか、いろいろあるけどこれも深くは聞かない。
いずれ知るべき時が来たら教えてもらえるだろう。
部屋から出た瞬間に緊張の糸が切れてどっと疲れが襲ってきたので、自室に帰るのは抱き上げて運んでもらったよ。
明日も新情報の嵐で疲れそうだなぁ。
年末年始はお休みをいただきますので、次回の更新は1月5日(日)となります。よろしくお願いいたします。
処女作であるこの作品を書き始めて約半年。どうにか続けて来られたのはいつも読んでくださる皆様のおかげです。本当に本当にありがとうございます。
来年も完結に向けて直走っていきますので、お付き合い下さると大変嬉しいです。
よいお年をお迎えください!




