side巻き込まれ薬師【78】
そんな大事なことをそんな体勢で話すなって?
それはそうなんだけど、立て続けに起こったショックな出来事のせいでふたりともかなり精神的に不安定でしてね……。
ヴォルフィは私に触れてないと眠れないそうだ。いつの間にか消えていなくなっちゃうんじゃないかって思ってしまうんだって。
私の熱が下がってからは一緒に寝てたんだけど、患者の負担になるからやめろってお医者さんに言われて、1度は別の部屋で寝ることにしたの。
私は眠り薬成分もある薬湯の力で寝ちゃってたけど、ヴォルフィは全く眠れなくて私の部屋にこっそりやって来て、ベッドの端で崩れるようにして眠っていたそうだ。
朝になって私の様子を見にきたメアリが発見して、心臓が止まるかと思うほど驚いたと言っていた。
それが2日続いて、メアリが私に相談してからは一緒に寝ている。私は心労による発熱で、感染る病気でもないし。
それを聞いたお医者さんは心底呆れたため息をついてから、「当分は手を出すなよ。それは本当に患者の負担になるからな」と釘を刺して帰っていった。
私も、目を覚ましたらヴォルフィがいなくてパニックを起こした時があって、それ以来ほとんどずっと一緒にいる。
これは文字通り傷の舐め合いなんだと思うけど、ある程度傷が癒えるまでは見逃してほしいと思う。治療は最初が肝心だしさってことで。
で、冒頭の話に戻る。
「それってヴォルフィが聞いてたらいいんじゃないの? 私はオマケみたいなものなんだから、わざわざ直接話してもらわなくてもいい気がするんだけど」
「サツキにも直接話すよう父上に命じられてるらしい。その部分の話は俺も詳しくは聞いてないし」
「そっかぁ。じゃあ都合を聞いてきてもらおうか。メアリ、お願いできる?」
「はい、ただいま」
茶器を片付けていたメアリがパタパタと部屋から出ていく。
私たちの身の回りのことはメアリが一手に引き受けていて彼女の負担も相当なものなんだと思うけど、伯爵家の人間が一切信用できなくなってしまったらしく、自分以外の手が入ることを頑として認めない。
ツヴァイさんは私が予想していたように密偵が元々の仕事だったそうで、今は一時的に本職に復帰しているんだって。具体的になにをしているかを私は知らないけど、私たちの身の安全を守るために駆け回っているらしい。
だから表立っての護衛はマルクスさんとライデンさんだけになってしまって、ふたりの負担も心配ではあるけど、ふたりとも「罰を受けたい」って全身で訴えてるからまあいいかと思っている。
「失礼いたします。ヴォルフガング様、サツキ様、使者の方は本日の午後か明日の午後でしたらいつでも構わないとのことです」
「どうする、サツキ?」
「今日にしちゃおうか。早めに終わらせる方がいいよね」
「かしこまりました。……それと、伯爵夫人ができればお会いしたいとおっしゃっています。いかがなされますか?」
伯爵夫人……フリーデグントさんか。
私は熱で倒れて以来、侯爵家からのメンバー以外ではお医者さんにしか会っていない。
お医者さんはフリーデグントさんの主治医だそうなので、私の容態は聞いているのだろう。
「私は聞きたいこともあるから会ってもいいかなって思うけど、どうしよう?」
「今は父上の名代は俺じゃなく家令だ。相談してから返答する方がいいと思う」
「そうだね。じゃあメアリ、それで返事しておいてくれる? それから午後の準備もお願いね」
「かしこまりました」
家令やフリーデグントさんと会って、情報がたくさん入ってきたら自分がそれに耐えられるのか心配だ。
あの時、魔獣に対峙した時は自分の気持ちが明確になってスッキリした気がしていた。
確かに、あの時に決めたことは変わらない。だけど、その一瞬で自分の心や思考や習慣の全てがこの世界の色に塗り替えられるかというと、そうではない。
変化した部分とついてこれてない部分がごちゃ混ぜになっているのが今の状態だ。
「サツキ、どうした? やっぱり不安ならやめておくか?」
「ううん、違うの。……魔獣に襲われた時に考えてたことを思い出してたの」
「……なにを考えてたんだ?」
ピクッとこわばったヴォルフィの体を撫でながら、私はあの時に思ったことを話していった。
「そういうわけでね、私はこの世界の人になろうって決めたの。って言っても急に全てを変えるのは無理だけど、でもいつかはヴォルフィの隣で同じものを見れるようになりたいなって思う」
「俺の全部がほしいって言ってたのは?」
「うーんと、同じものを見たいっていうのの延長で、ヴォルフィの全部を知りたいし独り占めしたいってことかな。ここに来てからさ、私以外のみんなが過去のヴォルフィを知ってて、それが寂しいっていうか嫉妬っていうか、それもあって気持ちが不安定だったの。いろいろ心配かけてごめんね」
「いや、いい。過去のなにが知りたい? なんでも話すし、縁を切れってサツキが言うなら切ってくる。俺はできるならサツキをこのまま閉じ込めておきたい」
ヴォルフィは日本のラノベでいうヤンデレだよなぁって思う。
いやそれも、前からずっと思ってはいたけど直視しないようにしてたんだよね。だって、ヤンデレとかメンヘラって、それが好きって人もいるにはいるけど、一般的には依存みたいな扱いされるからよくないものって印象でさ。
でも、自分の気持ちに素直になってみたら私も独占欲に塗れた嫉妬深い人間だったわけで、だったらお互い様だし抑えなくていいかなって思ったの。
「過去の全部が知りたい。どこで誰とどんなことしてたのか全部知りたい。これから少しずつ教えてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
「現在と未来は全部私にちょうだいね?」
「もちろん」
私の重たい女発言に対して心底嬉しそうな笑顔を浮かべると、蕩けるような瞳が近づいてきてキスされた。
私が熱を出してからずっと、密着して過ごしているもののキスもあまりしていなくて、久しぶりに舌を絡める激しいキスをされて一気に体が熱くなってきた。
気づいた時には押し倒されていて、そのまま流されたくなってしまう。
「ヴォルフィ、さすがに今したら私の体力がもたないと思うの……」
息も絶え絶えになりながら、どうにか訴える。本当に体力がガタ落ちしてるのを自分で感じるの。
「……サツキの熱がまた上がったって言う? 熱が出たみたいに熱くなってる」
「そんなこと言ったら、お医者さんがまた来てバレて怒られるよ」
「はあ、そうだな」
ものすごく残念そうな顔をして、それでも名残惜しそうに軽いキスを繰り返してくる。
そんなことをしていると、「失礼します」と言ってメアリが入ってきて、私たちの様子を見るなり真っ赤な顔をして「失礼しました!」と言って飛び出していった。
メアリ、本当にごめん。ボーナスをものすごく弾んでもらうように侯爵に真剣に真剣にお願いするから!




