side巻き込まれ薬師【74】
直接の流血描写はありませんが、「血」や「死」を扱った内容になっていますので苦手な方はご注意ください。
「それヲ鍛錬で行うカどうかはギルド長に相談すル。ギルド長はヴォルフにいうだろうシ、ヴォルフは反対するだろウ。だが、最終的ニはサツキがどうしたいかデ決めるべきダ」
「………………はい」
「ひとつだけ言うならバ、なにモ殺さないということハ、生きるのがとても難しくなるトいうことダ」
「………………はい」
「今日ハここまでニしよう。明日のポーション作りモ補助は行ウ」
「はい、ありがとうございました」
ニワトリを入れたカゴを持って、ヒースさんは去って行った。
ヒースさんの言っていることはとても正しいと頭では理解しながらも、鉛を飲んだような気持ちが晴れることはなかった。
私はベジタリアンではない。つまり肉を食べる。
その「肉」とは言うまでもなく生き物を殺して食糧としたものだ。
だから私も生き物の命を食べて生きているし、その生き物を間接的に殺しているとも言える。
それを自分でやるかどうか、ただそれだけの違いのはずなのに。
あのニワトリは今日潰す予定のニワトリだとヒースさんは言っていた。それなら私の夕食の皿の上に載っているかもしれない。
私ができなかったことを誰かが代わりにやって、私はその結果だけを享受する。
それは日本での生活と変わらないと言えば変わらない。日本にいたときはそれに対してなんにも思わなかったのだから、こっちの世界でも同じようにすればいいだけなのかもしれない。
それに私は侯爵令息夫人(予定)だ。貴族の一員(予定)だ。こっちの世界でも貴族は自分の手を汚したりはしないだろう。特に女性は。
だったら人任せでもいいんじゃないかって思う。
いや、分かってる。
それではダメだって分かってる。
分かってるけど認めたくないから、こうして頭の中で理屈をこねくり回しているだけ。
貴族らしい貴族ならそれでよくても、それじゃ私の婚約者には合わない。
分かってる。頭ではよく分かってる。
でも……。
「サツキ、もう帰ってるのか? ああ、やっぱりショックだったのか!?」
薄暗くなった部屋のベッドの上で明かりもつけずに膝を抱えていたら、帰ってきたヴォルフィを驚かせてしまった。
でも伯爵から話は聞いてるようで、すぐに理由を分かってくれた。ベッドに上がってきて、ぎゅっと抱きしめてくれる。
「ヒースに言われたことがきつかったんだろ? そんなの無視していい。獲物を捕まえて捌くのも、魔獣を倒すのも俺がするからサツキは無理しなくていい。俺はずっとそう思ってる」
確かにヴォルフィは、私が影月と櫻月を手にすることにもずっと渋い顔をしていた。
あの時は「私のことを勝手に決めないで」って反発する気持ちが強くて押し切ったけど、もう少し詳しく話を聞いてもよかったのかもしれない。と、今は思う。
「サツキは戦わなくていい。そんなのは慣れてる俺がするから、サツキは魔道具とか調薬とか、負担にならずにできることをしたらいい。俺はこんな状態のサツキを見ている方が嫌だ」
「……そうだね」
だけどやっぱり、ヴォルフィはわかってるようでわかってない。
戦わなくていいって言われたって、守ってくれるって言われたって、本当にずっと片時も離れず一緒にいられるわけじゃない。
そんな時に、生きるか死ぬかの瞬間が訪れたら?
そんなのはその時考えればいい?
無理でしょう。不審者に会った時に悲鳴をあげることさえ、咄嗟にはできないんだよ。
そう思うと、実はヒースさんが今の私が抱えている迷いを誰よりもよく分かっているような気がする。
「ヴォルフィ、その……獲物に止めを刺すっていうのに1度は挑戦してみたいと思う。それでどうしてもできなかったら、ヴォルフィの言う通り戦うのをやめるしかないかなとは思う。挑戦だけはさせてほしいの」
「……わかった。だけどそれは俺がいるところでやるって約束してくれ」
「うん、それはそうする」
私にはできないかもしれない。できたとしてもひどいトラウマになってしまうかもしれない。それならやらない方がいいのかもしれない。
いろいろ思うけど、1度は向き合わなければいけない。それだけは確実だ。
私の希望をヴォルフィが伯爵に伝えてくれたけど、あと数日は討伐隊から離れてほしくないと言われたそうで、とりあえずはこれまで通りの鍛錬を続けることになった。
今日の午前中はポーションの試作。
今日も全く態度の変わらないヒースさんが補助をしてくれる。ヒースさんへの依頼内容は私の護衛が主なので、森に行く行かないにかかわらず側に控えていないといけないそうだ。
まず作るのは、通常のポーションに必要な材料を、それぞれ同じ効能のある別の素材に置き換えただけのものだ。分量も通常のポーションと同じ割合で使う。
それを鑑定して、その時点でわかる問題点があれば改善しつつ、配合をいろいろ変えたバージョンも試作予定だ。
私の滞在期間でどこまでできるか……。
ヒースさんは薬草の処理も器用にこなしてくれたので、あっという間に試作品第1号が完成した。
比較のために手持ちのポーションを取り出して見比べてみると、色はそれほど変わらない気がする。
次は鑑定だ。
まず手持ちのポーションを鑑定する。
名前:ポーション
品質:上
効能:中程度の外傷の回復。体力の大幅な回復。
「中程度の外傷ってどのぐらいのことなんですかね?」
「ポーションで治るのハ、まあ自力デ動けなくハないレベルの怪我のイメージだ」
「なんとなくわかりました」
次に試作のポーションを鑑定する。
名前:ポーション
品質:普通
効能:軽度の外傷の回復。体力の回復。
試作の方が効果が落ちるようだ。
「このポーションより品質の悪いポーションって売ってるんですか?」
「あるゾ。軽傷にしか効かなイから、初級の依頼ヲ受ける低ランクの冒険者ガ使うことが多イ」
「試作の方はそのレベルのポーションみたいです」
「そうカ……」
「次は治癒の効果があるレイルの木の葉の分量を増やします」
「分かっタ」
そんな感じで集中していたら時間はあっという間に過ぎたし、採取した植物もあっという間に減っていった。
「明日カ明後日にはまた採取に行こウ。ギルド長ニ騎士の手配ヲ依頼しておク」
「はい」
「サツキは、こっちの才能ハあると思ウ。自分デ採取をせずとも薬師ハできる。その道ヲ選ぶことも間違いでハない。ヴォルフの側デどのようにありたいかヲ考えるのが大事だト思う」
「……はい」
ヴォルフィの側でどのようにありたいか。
その答えを出すには、意識にも上らないように私が目を逸らし続けていることと折り合いをつけなければならない。
そしてそれはこの世界の誰にも、ヴォルフィにさえも相談できないことなのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
延々と続いているサツキちゃんの思い悩みにも、近々キリがつく予定です!もう少しお付き合いくださいませ。




