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それぞれの異世界転移〜勇者と聖女と巻き込まれ薬師と巻き込まれ〇〇は、どう生きますか? みんな最後は幸せになりたいよね〜  作者: 紅葉月


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side巻き込まれ薬師【69】

 やらなければいけないことはたくさんあるので、私は気持ちを切り替えて収納からイザベラさんの資料を取り出す。それから薬師のメイヤさんにもらった植物一覧とレシピも出しておく。


 イザベラさんの資料は1枚目しか読めていない。そう、1枚しか読めていない。

 とりあえずざーっとだけ見た感じでは、2枚目と3枚目はそれぞれ影月と櫻月の付与の詳細だった。『なにかあったらこの魔法陣を見て修復するように』と書いてあるけど、絶対無理なやつだよね。天才は凡人の能力をわかってないやつだよね。


 4枚目と5枚目は影月で使える魔法の詳細。6枚目と7枚目は同じく櫻月で使える魔法の詳細。これが私にとって重要な部分だわ。

 8枚目から10枚目ははエルフの魔法の概念的なことで、これも重要だと思ったけどちょっと見ただけでも高度すぎてついていけないことがはっきりわかった。『大気のマナ』って書いてあるのが見えたから読みたいところではあるんだけど……。


「これってどこまでヒースクリフさんに見せていいかな? 私には付与のとことかエルフの魔法のところは難しくてついていけないんだけど」


 隣に座って資料を覗き込んでいたヴォルフィを見ると、とてもとても難しい顔をしていた。


「……全部、表に出せない気がするな」


 やっぱりそうだよね……。

 エルフの魔法というだけでその価値は計り知れないし、その中でも卓越した付与の使い手が書いたものだもんね。


「それぞれの刀で使う魔法は練習したいから、見てもらわなきゃダメかなぁって思うけど」

「……まあ、そうだな」


 ヴォルフィはしばらく無言で考え込んでたけど、ようやく考えがまとまったらしく大きく息を吐いた。


「サツキ、俺の本音としてはこれは誰にも見せるべきじゃないと思う。少なくとも父上の判断を仰いでから決めたいところだ。とはいえ、せっかく双剣使いでもあるハーフエルフがいるんだし、ヒース自身も前向きだ。だから、この具体的な魔法の部分を俺がさらに端折って書き写したものだけを見せることにしたい。これは俺の希望というより、ヒースの安全を考慮してそうすべきだと思った」

「ヒースクリフさんにも危険が及ぶかもしれないってこと?」


「そうだ。俺とサツキは侯爵家の力である程度守られるが、あいつは一介の冒険者だからな。権力者が実力行使に出たときに、抵抗するにも限度があるだろ。それに、俺はあいつにこれ以上なにかを抱え込ませたくない……」

「わかった、そうしよう。でもその前に、資料の内容と今決めたことは伯爵に報告はしておこう」

「ああ、そうだな」


 今回はヴォルフィの謎の独占欲みたいな気持ちから反対されたわけじゃないから、素直に受け入れることにした。ちゃんとヒースクリフさんのことを考えてのことだってのもわかったからね。


 伯爵には明日の朝イチで面会したいと伝えてもらい、了承の返事をもらった。

 資料を無難にまとめつつ書き写すのはヴォルフィがやってくれたので、私はポーションのレシピを見返して植物一覧から置き換えられそうな薬草をピックアップしていった。

 書いてある効能は同じでも、加熱したら効果がなくなるのとか毒性を帯びることもあるだろうし、組み合わせで副作用が出る可能性もある。そこは鑑定しつつ試作を繰り返すしかないんだろうなぁ。


 作った試作品を試しに飲むのもどうしたらいいんだろうと思っていたけど、夕飯をご一緒したフリーデグントさんになにげなく聞いたところ「罪人を使う」と、こともなげに言われてしまった。

 そうだよね、為政者の感覚ってそういうものだよね……。

 契約書に書いてある私の仕事は試作品の完成までだから、それを引き渡した後に伯爵たちがどんな人体実験をしていたとしても私には関係ないんだけど、そのはずなんだけど……。



 翌朝はギシギシする体を影月とポーションに頼って回復し、馬に乗って伯爵のところへ向った。

 なんでギシギシなのかは察してください。その前日が喧嘩みたいな感じで一緒に過ごしてさえなかったから、覚悟はしてましたよ。おかげでヴォルフィはとっても上機嫌です。


 街を抜けるときはまたあの女が現れるんじゃないかと思ってちょっとドキドキしてたけど、なにも起こらず無事に到着した。

 伯爵には資料の内容を説明し、ヴォルフィが編集した版と、その部分だけ元の資料も見てもらった。


「俺ぁなにも聞いてねぇし見てねぇんだけどなぁ……」


 なんてぼやきつつも丹念に見比べていく伯爵。

 私もヴォルフィの編集後はまだ見てないので、一緒に見せてもらった。

 どう変わってるかというと、各魔法についての理屈や理論の解説を全部削除した感じ。魔法の名前と効果だけが羅列された状態になってる。


「理屈を抜いたのはあれか。碧き風を守るためか?」

「そうです。あいつは自分の身の安全についてはちゃんと考えてますから、自分からペラペラ話すとは思ってません。それぐらいは信用してます。ですが、知らなくていいことは知らない方がいいかと思いました」


「うーん、確かにそうだけどよ。でもよ、その考え方は仲間に対してじゃなくて、()()()()()()()()()()()()だぞ。お前らはそういう関係になっていいってことなんだな?」

「……あいつを見下しているつもりはありません。ですが、これは侯爵家への影響という面から考えても、俺が判断できる範囲を超えていると思いました」


「ならいい。銀狼を試すような真似して悪かったな。お前はしがらみのある立場になっちまったんだって理解してるならそれでいい。ま、本来なら先にそれを全部読んでから碧き風に話を持ちかけるべきだったから、そこは減点だがよ」


 そう言った伯爵の表情はどこか寂しそうで、伯爵も同様に冒険者から貴族になったときに苦い思いをたくさんしてきたんだろうなと思った。

 でも資料をここまでちゃんと読めなかったのはヴォルフィのせいなので、大いに反省してほしい。



 その後ヒースクリフさんと落ち合ったところでヴォルフィは別行動になる。


「おいヒース。サツキになんかあったらぶっ殺すからちゃんと仕事しろよ」

「はは、依頼だかラもちろんだヨ。ヴォルフは安心しテ討伐してくるとイイ」

「てめぇがサツキに手ぇ出した時は楽に死ねると思うなよ」

「オレは修羅場はキライだから信用してくレ。サツキが嫌がることハしないさ」

「馴れ馴れしくサツキって呼ぶんじゃねぇ!」


という恒例の(?)やりとりをして、ヴォルフィは冒険者ギルドの方に向かっていった。

 自分で決めたことなのに、遠ざかっていく背中を見るのはとても心細いものだった。

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