side巻き込まれ薬師【67】
「さあて、これはどう進めたもんかなぁ」
私がヒースさんの剣に目を奪われていると、伯爵の困っている声が聞こえた。
伯爵の方を見ると、頭をポリポリ掻きながら唸っている。私の視線に気づいて理由を説明してくれた。
「これはよ、領主やギルド長としての俺が聞いちゃあいけねぇ話だからなぁ。碧き風が大森林のエルフの身内だとか、銀狼がそこのエルフに会ったとか聞いちまったら、俺はもっと詳しく聞き取って調査団を派遣するとか考えないといけねぇ。でもよ、碧き風のおっかさんの話を根掘り葉掘り聞くとかしたくねぇし、お前らとエルフの交友をぶっ潰したくもねぇしよ。そうなったら後は聞いてねぇことにするしかねぇだろう?」
「……確かにそうですね」
「まあでも全く知らねぇよりは、俺の胸の内にだけでも情報はあったほうがいいからよ。教えてくれたのに感謝してるし気にすんなよ」
「……はい」
私が「伯爵の前で刀を出さない方がよかったんじゃ」って思ったのが顔に出てしまったらしく、気遣ってくれた。
「だからよ、エルフの話とかその剣の出自を伏せつつ、碧き風と嫁さんが組んで行動する自然な状況をどうやって作ったもんかなぁってのが悩みどころなんだよな」
「サツキはそもそモ冒険者でもないのだナ?」
「はい、登録していません」
「登録ハすぐにできるとしテ、なにかギルド長が依頼ヲするような特技や知識はないカ?」
「そうですね……」
日本の知識をおいそれと出すわけにはいかないから、そうなると私にできることなんて……あっ。
「私は薬師と鑑定のスキルがあるんですけど、この辺りに生えている植物で本当にポーションは作れないのか気になってたんですよ。それってもう調査済みですか?」
「一般的に流通してるポーションに必要な薬草は生えてねぇぞ。それはもう調べ尽くしてある」
「では、似たような効果のある植物を代替品として使うという調査や研究はどうですか?」
「……んなこと考えたことはねぇな。ポーションに使う薬草ってのは決まってるんじゃねぇのか?」
「定番となっているレシピで使われている薬草は決まっていると思いますが、同じ効能のある薬草で代用したり、ポーションに似たような回復薬を作るということは不可能じゃないと思います。やってみないとわかりませんけど」
「つまり嫁さんは、この辺に生えてる植物を鑑定して採取し、それでポーション的なのが作れねぇか試したらどうだって言いてぇのか?」
「そうです。それを伯爵が私に依頼した形にして、ヴォルフィより長期間滞在していて近隣の事情に詳しいヒースクリフさんに案内役と護衛を頼んだってことにすれば、なんとか辻褄は合いそうじゃないですか?」
「確かにそうだな。つーか、それは口実としてじゃなくマジで依頼してぇな。銀狼と碧き風はどう思う?」
「オレは賛成ダ。半日を採取やポーションの試作ニ、半日をサツキの訓練ニ当てればいいだろう」
「……それって俺は別行動なんだよな?」
「俺はその方がいいと思うけどな。銀狼が一緒だと、嫁さんが自分でなんかする前にお前が全部やっちまいそうだからなぁ」
「……わかった。じゃあ俺はどうしてたらいい?」
「銀狼は大森林の討伐隊に入ってくれたら助かるな。お前らがいられるのはあと数日だからなぁ、銀狼に指名で依頼すると達成できねぇかもしれねぇしよ」
「わかった」
ちょうど方針がざっくりと決まったところで、部屋の扉がノックされた。
「おう、入れ」
「失礼します」
入ってきたのはこれまた騎士見習いのような少年だった。
「伯爵様、鳥で手紙が届きました」
「おう」
少年の手からひょいっと手紙を取り上げ裏を見ると面白そうに目を細めた。少年はさっさと退室している。
「銀狼の家からだなぁ」
「……なにかあったのか」
ヴォルフィの表情が緊張したものになり、私もドキドキしてきた。
伯爵はまたしても手でビリっと封筒を破ると、中身を出して読み始めた。
「詳細は書いてねぇけど、急いで戻んなくてよくなったみたいだぞ」
そう言ってヴォルフィに手紙を渡す。私にも見えるようにしてくれたので、一緒に覗き込んだ。
内容は、事情が変わったので私たちを1ヶ月ほど滞在させてやってほしいと伯爵にお願いするのが前半で、後半が同じような内容を私たちに向けて書いたものだった。
事情が変わったというのがどういうことなのかは全く触れられていない。
「事情が変わったってどういうことなんだろうね?」
「分からない。でも、緊急事態ではないと思う。それなら急いで帰還しろって言われるだろうし」
そもそも私たちが早めに戻らなければならなかったのは、冷蔵庫とペンを王家に献上する前に私にマナーを叩き込むためだ。
戻らなくてよくなったのなら、献上が延期や中止になったか、私が関わる必要がなくなったかのどちらかだろう。
そのへんの内容はまだ伯爵にも知られてはいけないだろうから、手紙には書けなかったのだろう。
「まあ近ぇうちに使者が来て事情ってやらを説明するだろうよ。鳥だと他人の手に渡っちまうリスクがあるからなぁ。俺としてはよ、さっきの話を腰を据えて進めてくれんなら、いくらでもいてくれやってところだ」
「危険な地域にあまりサツキを長居させたくないんだが、事情がわかるまでは身動きが取れないからな……。サツキは大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫」
としか言いようがない状況だし。
ヒースさんに教えは請いたいし、伯爵に提案したことも成果を出したい。
でも、またあの女に絡まれたらと思うと憂鬱になるから早くここを離れたい気持ちもあるし、複雑なところではあるけど。
「嫁さん、こっちの建物の居心地が悪かったらフリーデのところに部屋を用意させるからよ、遠慮なく言ってくれ。銀狼はどこでも寝れるからよ、そういう配慮が足りてねぇだろう? 行政館の方が住むのには向いてるからよ」
「ありがとうございます」
「ヴォルフが酒場ヤ花街へ繰り出したいのデなければ、オレも奥方様の元でノ滞在を推奨すル」
「んなとこ行くか!」
ヴォルフィの反論を無視しながら私を見るヒースさんの視線は、予想外に真剣なものだった。
「森に近いと危ないからですか?」
「いや、サツキのコンディションのためダ。それほど鍛えていルわけではないだろウ? 調査と鍛錬ヲ行うなら体をしっかりト休めるべきだ。それに、この近辺にはヴォルフと親しくなりタい者がいるかラ、落ち着かないだろウ。護衛対象が足手まといニなるリスクは減らしたイのが本音ダ」
足手まといという言葉に私の胸がズキっと痛んだ。それは絶対に嫌だ。
「ヒースお前、言い方……」
「ヴォルフィ、その通りだから。ヴォルフィがよければフリーデグント様にお世話になりたい。……あの人から距離を取りたい」
ヒースさんは私たちの仲直りの現場を見ていたので、なにが原因なのかだいたい察しているのだろう。自分の仕事のやりやすさを強調するような言い方をしてるけど、たぶん私たちを気遣っていてくれるのだと思う。
伯爵の提案ももちろん同じ理由からに違いない。
「サツキがそうしたいならそうしよう。伯爵、お願いします」
「おうよ。フリーデに遣いをやっとくから、今夜からあっちでいいぞ。侍女も先に行かせておくか? 騎士どもは暇そうだったから演習に放り込んどいたし、あっち行くときに拾って連れてけよ」
前回はめちゃくちゃ短くて失礼しました。
お詫びに1日に2回更新を!とか考えていたのですが、体調がまだ万全じゃないので通常の更新だけになってしまいました……。




