side巻き込まれ薬師【65】
「……オレが見た付与ハ、オレの母親の里で使われテいたものダ。母親の里ニはイザベラ様という族長の娘ガいて、よく一緒ニ狩りをしていたト聞いたことがあル」
「なんだと!?」
またしても伯爵が大興奮している。
ここまで無言で見守ってくれてるヴォルフィも、さすがに驚いた顔をしている。
「じゃあ碧き風は東の里に行ったことがあるのか!?」
「いヤ、ハーフエルフは疎まれルからと言われて、行ったことハない。里の話モあまり聞いたことはなク、付与やイザベラ様ノ話を断片的に聞いタだけだ。オレの防具ハ母親が父親のためニ付与をして作ったモノで、オレが引き継いで使っテいる」
「ダンジョンで手に入れたって言ってなかったか?」
ここで初めてヴォルフィが口を挟んだ。
「そういうことにしテおく方が面倒ガないからナ。ダンジョン産ならこんナ色の防具を使っていてモ、あまり気にならナイだろう?」
「……確かにそうだな」
「そのイザベラ様がオレの聞いたイザベラ様なラ、この高度ナ付与も納得がいく。里デ1番の付与の腕前だったそうダ。触らないから、近くデ見てもいいカ?」
「もちろんです」
私が了承すると、ヒースさんは膝立ちになって影月と櫻月にものすごく顔を近づけ、隅々まで真剣に見ている。
話しかけたそうにそわそわしている伯爵をヴォルフィが無言で押しとどめながら、じっと見守る。
なんとなく影月と櫻月も緊張しているような気がする。
「サツキは、この剣をイザベラ様かラ譲り受けたのカ?」
「譲っていただいたのではなく、私が生きている間は貸してくださるそうです」
「そうカ。この剣や付与のことハ、イザベラ様から聞いテいるのだナ?」
「……触りだけって感じです。ここにくる途中の事故のような感じで出会ったのであまり時間がなくて。なので紙にまとめてくださった資料もあるんですけど、まだ全部読めていません」
正確に言うなら時間がなかったからだけじゃなくヴォルフィが嫌がったからだし、資料が読めてないのもヴォルフィのせいなんだけどわざわざ口には出さない。だって私は大人だからね!
「銀狼、そこはなんとかしてやれよー。別に俺んとこは遅れたって構わねぇんだしよ。それよりも本物のエルフに会って、しかもそいつが付与した武器をもらえるなんざ最高のロマンじゃねぇかよ!!」
刀を出してからずっと伯爵のテンションがおかしい。
そんな伯爵にめんどくさく絡まれてヴォルフィが鬱陶しそうな顔をしてるのを見て、私はザマァみろと思っていた。口には出さないだけで、不満ではあったんだからね。
「でハ全く使いこなせてはいないのだナ?」
「はい」
ヒースさんは返事をした私と、無言のままのヴォルフィの表情を見比べて事情を察したようで、軽く頷いたあと全然違う話をし出した。
「ヴォルフは付与術についテどれぐらい知っていル?」
「魔石に魔法陣を描いて魔道具にするんだろ?」
「間違っテいないが、それが全てでハない。まず、魔石デある必要はない。物体に魔法陣ヲ描くことにより、その魔法陣デ記述した効果や能力を物体に与えラれる」
「記述?」
表現が気になって思わず口を挟んでしまった。
「そうダ、魔法陣は文章ヲ図形にしたものだ。だから、より長ク複雑な文章を魔法陣ニすることができれば、高度ナ付与を行えル。その観点デ言えば、この剣に施されている付与ハ最高難度で価値ガ計り知れない。このサイズにこれだけノ記述が込められていルのはどのようにすればいいのカ想像がつかない。それに、オレが全て読めていル自信もなイ」
魔法陣ってそんなふうに作り出されてたんだ。
フリッツさんが冷蔵庫やペンを作るために何をどうがんばってくれていたのかが、やっと理解できた。
「別に読めなくても、それをそのまま書き写せば同じ効果が出せるんじゃないのか?」
「ヴォルフは、その言語ヲわかっていない人間が筆写しタ文章を読んだことハ?」
「?」
ヒースさんの言っている意味はヴォルフィにはピンときていないようだったけど、私にはなんとなくわかった。
日本語をわからない外国人が書き写した日本語を見たことがあって、確かに読めはするんだけどなんかこう全体的に違和感があった。
同様に外国人が書いた日本語でも、日本語の勉強として書かれた作文みたいなのにはその違和感はなかった。
どこがどうとは説明できないけど、やっぱり意味を理解して書くかどうかっていうのは違いが出るものなんだなって思ったのだ。
それを「日本語」って名称は出さずに言うと、ヒースさんは大きく頷いた。
「まさにそうダ。魔法陣は線1本、点1つが元々は言葉ダ。だからほんの少しノ位置や角度の違いデ意味が変わってくル。それを解さず描くト、そうだナ例えば『手のひらサイズの炎を出す』トいう記述が『身の丈サイズ』となってしまウようなことが起こる」
それは大問題ですよ……。
いかに付与が繊細な作業なのかがよくわかる。フリッツさんに会ったら改めてお礼を言おう。
「それニ、おそらくこれはエルフの日常の言語でハなく、古語ヲ魔法陣にしている。だとすると古語ノ知識も必要だし、古語には1つの記述に2つノ意味を持たせていル場合もあるから、更に読み取りにハ慎重に行わなければいけなイ」
それは和歌でいう掛詞みたいなものだろうか。例えば「まつ」という記述に「松」と「待つ」の2つの意味を持たせているといったような。
というか、そのエルフの古語自体を和歌に喩えて考えるとわかりやすいかも。和歌には既にある有名な和歌を踏まえて読んだ内容もたくさんあって、それは和歌の知識がないと正確に読み解くことはできない。
さらに当時の習俗とか独特の言い回しとかもあるだろうから、現代の日本語を読む目で見ていては見落とすことの方が多いだろう。
そういうことだと思う。
「サツキ、資料とやらヲ見てもいいカ?」
「どうしましょう、できれば全部読んでから決めたいです」
「わかっタ。ところで、ヴォルフはオレになにを求めテいる? この剣を使うためノ手助けなら、できることは限られてイるぞ。その資料ヲ理解するのニ付与の解説が必要ならするガ、オレは付与を突き詰めテいるわけではないからナ。イザベラ様にまたお会いするコトはできないのカ?」
お読みいただきありがとうございます。
いつも午前中〜お昼の時間帯で更新をしているのですが、次回29日(金)は午後になりそうです。
更新自体は行う予定ですので、夕方とか夜とか翌日以降にでも覗いていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




