side巻き込まれ薬師【62】
そのあとは例によってヴォルフィに抱え上げられてどこかの部屋へ運ばれたけど、その間も私はずっと泣き続けていた。
時々部屋に訪ねてきた人と話す時以外はずっとヴォルフィがそばにいてくれたけど、いつもと違ってひとりにしてほしいような複雑な気持ちだった。だから、泣いている原因を話す気持ちにもなれなかった。
涙が止まった後も、膝を抱えてぼんやりと壁の一点を見つめている私をさすがに危ないと思ったようで、いろいろ話しかけてくるけど、本当になにも話す気になれなかった。
悪いなと思いつつひとりになりたくて、でも「ひとりにして」って言ってしまったらあの女のところに行っちゃうんじゃないかという不安がなくならなくてそれも言えず、なんとも言えない空気が漂ったまま時間だけが過ぎていった。
また誰かが部屋を訪ねてきて、食事はどうするのか聞いている。
「サツキ、なにか食べれそうか? 食べれそうならここに持ってきてもらうか?」
「……伯爵に招かれてたりしないの?」
ヴォルフィは侯爵家の一員としてきているのだから、歓迎の宴が催されるんじゃないだろうか。
「今日は移動で疲れてるだろうから正式なのは明日にしようって言われてる。まあ部屋で食べるんじゃなかったら伯爵とフリーデグント様と一緒にって感じにはなるだろうけど」
「…………」
食欲はあまりないし、泣きじゃくった後の私の顔は人前に出られるようなものじゃないから、私は部屋から出たくない。
いつもなら何も言わなくてもヴォルフィもそれに付き合ってくれるし、私もそうしてほしいと思うだろう。だけど、なんとなく伯爵たちのところへ行きたいと思っている気がするのは、私が疑心暗鬼になっているせいだろうか……。
「私はここで食べるけど、ヴォルフィは伯爵のところに行ったら? 久しぶりに話したいこともたくさんあるだろうし、私がいない方が内輪の話もしやすいでしょう? 帰りが遅くなってもいいよ」
普段通りに言おうと思ってたはずなのに、口を開くと突き放すような口調になってしまった。途端に激しい後悔と自己嫌悪に襲われるけど、どう言い直していいのか今の私にはわからない。
ヴォルフィは傷ついたような表情を浮かべた後、「わかった」と言ってそのまま部屋から出て行った。
自分が言った通りになっただけなのにひどく落ち込みながら、また流れてきた涙を拭うこともせずそれを見送った。
ヴォルフィは夜中に部屋に戻ってきたけど、私は寝たふりをしていた。
気配はベッドに近づき、でも私に触れることもベッドに入ってくることもないまま、また部屋から出て行った。
そのまま朝になっても彼は戻って来なかった。
ほとんど寝ていないぼろぼろの状態で運ばれてきた朝食を食べる。冷たい水で顔を洗ったら多少はスッキリしたけど、瞼は重いままだからきっとひどく腫れてるのだろう。
私が泊まった部屋は伯爵邸の一室のようで、室内にはベッドと机しかない。それでも客室だからかお風呂はついていた。鏡はなかったのでどれだけひどい顔をしているのか見れなかったけど。
収納に鏡も入れておこうと強く思った。
さすがに部屋に閉じこもってるわけにもいかないので、朝食を下げに来た人……騎士の見習いみたいな雰囲気の少年に、伯爵に会いたいと伝えた。
しばらくしてまた少年が呼びに来てくれたのでついて行き、案内された部屋の扉をノックする。
「おう、入ってくれや」
昨日と全く変わらない伯爵の口調に安堵しながら扉を開けると、ぐっちゃぐちゃの室内が目に入った。
ほとんどは書類や本だけど、それが山のように積み上がっていてあちこちで雪崩を起こしている。
それに混じって斧や剣が転がっていたり、謎の木箱も埋もれている。
ゴミのような山の向こうにこれまた書類が積み上がった机があり、伯爵が座っていた。
なにここ……。
「おう嫁さん、こっちだ。周りのものにぶつかんねぇように気ぃつけてくれよ」
入り口のところで呆然としていると、再び伯爵に声をかけられた。
ものすごく入りたくないけど、仕方なくゴミの間を慎重に進む。
あ、ゴミって言っちゃった。
「いやぁ、ものが多くてすまんなぁ。はっはっはっ!」
ものが多いとかそういうレベルじゃないと思うけど……。
机の近くにはやたらときれいに磨かれた椅子が1脚だけあり、そこに座るよう勧められた。
「茶ぁとかいるか? どっかにはあると思うんだがよ……」
「いいです! お気遣いなく! さっき頂いたばかりですので!」
伯爵がゴミの山を漁ろうとするので全力で止めた。山がさらに崩壊する未来しか見えないし、そんなところから発掘されたものを口に入れたくない。
「銀狼となんかあったのか?」
改めて座り直した伯爵が真顔で聞いてくる。
なんでもないと言うか一瞬迷ったけど、過去のヴォルフィのことはやっぱり気になるので聞いてみることにした。
なんとなく女の人には聞きたくない心境だから、伯爵しか聞ける人がいない。
「……ヴォルフィは特に仲のよかった女性はいなかったんですよね?」
「あー、誰かになんか言われたか? だから気ぃつけろって言ったのによ」
「どちらかというと私の内面の問題なので……」
「そうか? あいつはほんっとに女っ気がなかったなぁ。野郎が好きなんじゃねぇのかって噂が立った時もあったぐらいだしよ。女と関わるのなんて、何人かで討伐を終えた後にそいつらと飲みに行ってて、そこに女が混ざってるってことぐらいじゃねぇかなぁ。まあ俺が知ってる範囲の話だがよ」
「狙ってる女の人は多かったんですよね?」
「そりゃあな。あの見た目で腕が立つ。おまけに冒険者の中じゃ真面目な性質だろう? ちょっと遊んでみてぇってやつだけじゃなく、真剣に付き合いてぇから狙ってるやつもいたなぁ。ワケありっぽいから敬遠するやつもいるにはいたけどよ」
「……そうですか」
なんでそれで私を選んだんだろう……?
見た目も大したことなくて、特に取り柄もなくて、自分に自信もなくて、この世界の常識もなくて、自分の身を守ることさえできなくて、本当になんにもないのに。
ヴォルフィの足を引っ張ることしかできないのに。




