side巻き込まれ薬師【61】
「ヴォルフ!いつの間に戻ってきてたの!」
燃えるような赤毛で華やかな顔立ちの美女が駆け寄ってきて、ヴォルフィへの好意を隠しもしない笑顔で私と反対側の腕に絡みつく。私の存在に気づいてるだろうに、あからさまに無視をしてくるところに彼女の悪意を感じる。
「フィリーネ」
赤毛の女性の名前を口にしたヴォルフィの口調は事務的で、そのことにホッとしている自分がいた。
「ヴォルフ、ヒースもいるのよ。もう会った? またみんなで依頼を受けましょう。ああ、その前にみんなでヴォルフを歓迎しないとね!」
やたら「みんな」と繰り返し、意識的にヴォルフィが自分の仲間であることを強調してくる。その相手が私であることは明白だ。
そのわざとらしさにも、媚を含んだ声音にもひどくイライラする。
「フィリーネ、俺は家の用で来ているから依頼は受けない。それに婚約者と一緒だから誤解を招くようなことはやめてくれないか」
そう言ってやんわりと赤毛の女を引き離すヴォルフィ。赤毛の女は不満そうにしつつも腕を離し、ようやく私の方を向いた。
値踏みするような視線で私を眺め、口の端にフッとバカにしたような笑みを浮かべる。もちろんヴォルフィには気づかれないようにだ。
「ヴォルフが貴族の関係者だっていうのは本当だったのね。その婚約もおうちの意向なの?」
「いや、違う。俺が望んだ相手だ」
「……へぇ、そうなの」
ヴォルフィの返事に対してひんやりとした気配を漂わせながら、また私の方を見てくる。
どうやって私に身の程をわからせて身を退かせるか……それを高速で算段しているように見える。
私は動揺を漏らすまいと無表情を心がけているけど、うまくいっているかわからない。
燃えるような赤毛を無造作に背中に流し、情熱的な黒い瞳をしている女。無骨な革鎧越しでもそのスタイルが素晴らしいことが見て取れる。腰には剣を差し、彼女も冒険者であることを窺わせる。
そして、自分で自分の魅力を十分にわかっている人間に特有の余裕と自信が全身から溢れている。
認めたくないけど、女性としての魅力は私より格段に上だと思う。
だからといってヴォルフィを諦めるつもりは全くないんだけど、私の心にはなぜか闘争心は湧いて来ず、代わりに不安で埋め尽くされそうになっている。
ヴォルフィの婚約者は私で、それは本人が言っていたように彼自身が望んだもので、毎日たくさん愛してくれているのだからもっと余裕綽々でもいいはずなのに……。
「婚約者のサツキだ。サツキ、彼女はフィリーネといって伯爵領を拠点にしている冒険者のひとりだ」
「……サツキです。よろしくお願いします」
よろしくするつもりは全くないけど、大人気ない態度を取るのもプライドが許さなくて形だけの挨拶をした。
「ふぅん。ねえヴォルフ、ここにはどれぐらいいるの? ヴォルフの話も聞きたいし、聞いてほしい話もたくさんあるのよ。おいしいお店もできてるから行きましょうよ」
私の存在とここまでのやり取りをなかったことにするつもりらしく、また媚を滲ませた表情と声音でヴォルフィに擦り寄る。
「一週間ぐらいの予定だが、伯爵の意向もあるからなんとも言えない」
またやんわりと赤毛の女を引き離すヴォルフィ。
もうちょっとはっきり拒絶したらいいのに……。
「サツキ、もう少し見て回るか? それとも戻るか?」
「……戻りたいかな」
「わかった」
「せっかくヴォルフの馴染みの場所に帰って来れたんだから、自由にさせてあげたらいいのに」
赤毛の女が不満そうに言った言葉が私の胸に刺さった。
私がヴォルフィの自由を縛ってると言いたいの?
「フィリーネ、俺がサツキに負担をかけたくないからそうするんだ」
「……そう?」
あざとく小首をかしげる赤毛の女を視界に入れないようにして、ヴォルフィと繋いだままの手に力を込める。それに気づいたヴォルフィが強く握り返してくれたことに少しだけ安心した。
「戻ろう」
「ヴォルフのことギルド長にもお願いしておくわねー!」
歩き始めた私の背中に、あの女の声が刺さる。
伯爵になにをお願いするというのだろう……。
際限なく不安が広がって涙が溢れそうになるのを必死で堪える。泣き叫びながら走り回りたいような、どうしていいかわからない感情が私の中を吹き荒れている。
ヴォルフィがなにかを話しかけてくれているけど全く耳に入ってこず、私はヴォルフィの手を強く握ったまま無言でひたすら歩き続け、門をくぐったところでようやく立ち止まった。
ここは来客用の門だから冒険者であるあの女が追ってくることはない。
張り詰めていた気持ちが限界を迎え、私の目から涙が溢れた。
「サツキ!? どうした!?」
ヴォルフィが慌てているけど、こんなドロドロした感情は言いたくないし、自分でも自分の気持ちに整理がつかないから黙って泣き続けた。
本当はこんなことで泣くのさえ負けた気がして嫌だったけど、溢れ出したものは止まらなかった。
私の様子を心配した門番の騎士とヴォルフィがなにか話しているのを遠くのことのように感じながら、私は黙って泣き続けた。




