side巻き込まれ薬師【59】
今日から再開しますので、よろしくお願いします!
探しに行くとは言っても、まず行くのは冒険者ギルド一択だ。
もちろん詳細は教えてもらえないけど、携帯電話やスマホのような通信手段がないこの世界、ある程度の情報は教えてもらえるし伝言も頼めるそうだ。
ヒースさんが依頼を受けて出かけているかどうかぐらいはわかるだろうということで、やって来た。
要塞の一角にある倉庫のようなところが冒険者ギルドになっていた。
ここも重そうな扉を開けて中へ入ると、石造の殺風景な室内の正面にカウンターがあった。向かって右手には依頼が貼り出される掲示板、左手にはくたびれた椅子が数脚と扉がある。
掲示板の前に少年と少女の二人組がいるのと、カウンターの中にユーディトさんがいるだけで閑散としている。
というか、副ギルド長自らカウンターに立ってるのもおかしな気もするけど、ここは全てが例外でできてるようだからまあいいのか。
私たちはまっすぐユーディトさんのところへ向かった。
「どうされましたか?」
分厚い書類の束をいくつも積み上げて目を通していたユーディトさんが、さっきと変わらない無表情で聞いてきた。
「ヒースに会いたいんだが、森に出てるのか?」
「そうだと思います。数日前に依頼を受けられた後も夕方にはお見かけしていますので、日帰りで通われてるのではないかと」
「そうか。毎日ギルドへ報告に来てるわけじゃないんだな?」
「そういう類の依頼ではありませんので。来られた際のご伝言なら承りますが」
「一応頼む。俺が探していて、伯爵のところに滞在していると伝えてくれ」
「承知いたしました」
ヒースさんは当たり前と言えば当たり前だけど、仕事中だった。
「サツキ、そういうわけだから日暮れ前にまたこのあたりに来てみよう」
「うん、わかった」
もう用は済んだんだけど、初めての冒険者ギルドなので返事をしながらも思わずキョロキョロしてしまう。依頼の掲示板とか見ちゃダメかな?
「……奥様は冒険者ギルドは初めてですか?」
おおおおおお、奥様!?
「違います! あ、冒険者ギルドは初めてですけど、奥様じゃないです! まだ婚約してるだけですし、恥ずかしいのでサツキと呼んでください!」
ダダ漏れの好奇心を突っ込まれたことと、予想外の呼び方をされたことで急に恥ずかしくなり、必要以上に力強く否定してしまった。それがまた恥ずかしい……。
「失礼いたしました、サツキ様。特に物珍しいものはありませんが、ご自由に見てくださって構いませんので」
「……依頼の掲示板もですか?」
「もちろん構いません。今は空いている時間帯ですので」
そういえばもうお昼時な気がする。時計がないからなんとなくのお腹の具合だけど。
「あの、副ギルド長がカウンター業務もされてるんですか?」
「今は他の職員を昼休憩に行かせてますから。手が足りなければ誰でもなんでもする、そうでなければこのギルドは回りませんし」
軽く肩をすくめながらそう言うユーディトさんは、変わらず無表情だから本心は読み取れない。
そんなに人手不足なのかな? 伯爵の雰囲気的に周りの人は苦労と仕事がが絶えないのかもしれないけども。
掲示板のところにいた少年少女がこっちに向かってきたので、ユーディトさんに会釈してカウンターから離れた。入れ替わるように掲示板のところへ行く。
掲示板のど真ん中に大きめの依頼書が貼ってあり、その周りに小さめの依頼書が無数に貼ってあった。
大きめの依頼書は「魔獣討伐 討伐内容及び報酬はランク・実力により応相談」というなんの内容もない記載だった。
「えっ、なにこれ?」
「ああ、これが伯爵が領主として出してる依頼で、常に貼ってあるしこのギルドのメインの仕事だ。本来はランクに応じて魔獣の種類を書いた依頼を出すもんだけど、ここに長くいる冒険者にはランクを上げたくない者も多くて、こんな抽象的な依頼になったんだ」
「……ランクを上げたくない?」
なんで?
ランクが上がらないと受けられる依頼も限られるし、報酬も少ないものじゃないの?
「Bランクになると指名依頼が入るようになって、Aランクになると断れないような相手から指名されることが多くなるから、ここを離れたくない奴らはCランクのままでいたがるんだ。だけど実力的にはもっと上だから、ランクはそのままで実力に合った依頼が受けられるようにっていう苦肉の策だな」
「それっていいの?」
「別にランクアップの試験は受けなきゃいけないもんじゃないからな」
それでいいのか……?
「そのギルドに高ランクの冒険者が多数所属していることはギルドの評価に繋がりますが、ここはギルド長があんな感じですので。領地が平和で冒険者も満足してるならなにか問題あるのか、というスタンスでやっています」
び、びっくりした!
いつの間にかユーディトさんが後ろに立っていた。ヴォルフィはちゃんと気配を察知してたようなので、教えてほしかった……。
「それはユーディトさんが本部に報告したりしないんですか?」
「ああ、監査役というのはもう名前だけです。いえ、本部はそのつもりなのでしょうが、わたくしはもう本部に戻るつもりはありませんので、無難な報告だけを行っています」
「戻らない……? 任期があるわけじゃないんですか?」
「ありますが、誰も後任になりたがらないので既に2期目です。本部にいるような人間は現場のことなんてなにも知りませんし、知ろうともしません。目障りだったわたくしを追いやって訃報を待っていたようですが、あてが外れて困っているのでしょう」
「ふ、訃報?」
殉職してこいって送り出されたってこと!?
「サツキ様はご存知ないのでしょうが、わたくしの肌と髪の色は呪われた者として忌み嫌われています。わたくしが学歴と魔法の実力を持っていたので表向きは無碍にできなかったようですが、疎ましかったのでしょうね。帰ってこなくていいと言われて送り出されました。ですから望み通り帰りません」
「………………」
なんと返事をしていいのかわからない。
「なにも気遣っていただく必要はありませんよ。ギルド長は仕事ができれば見た目などどうでもいいという方ですし、それにあまり大きな声では言えませんがここにはフリーデグント様がいらっしゃるので外見に触れることは暗黙のうちにタブーとなっていますから。それでも面倒な冒険者はギルドの規約に則って少し痛い目にあってもらうだけです」
その口調にはどことなく強がりが含まれている気がしたけど、今日会ったばかりの私になにも言えるはずがなかった。
私が困っている間に職員さんたちが休憩から戻ってきたので、ユーディトさんもカウンターの方に行ってしまった。
「ユーディトも苦労してきてるみたいだけど、それは冒険者稼業やってる奴なら大なり小なりそうだ。ひとつひとつ気にする必要はない。あんなふうに自分のことを話すのは珍しいと言えば珍しいが」
「……うん、そうだね」
私の中で芽生えつつある気持ちがなんなのかわからないまま、無理矢理気を取り直して残りの依頼を眺めた。




