side巻き込まれ薬師【57】
「えーと、ちゃんと整理したいんですけど、まずヴォルフィは冒険者を辞めるって話なので、カードは伯爵にお渡しして終わりなんじゃないんですか?」
「おう、その通りだ」
さっきと言ってることが違うと突っ込もうとした私を遮るように、伯爵はニヤリと笑った。
「本来はな。だが俺のカンが、これはまだ必要だって言ってやがる。だからこれからこのカードは、俺の執務室の書類の山に埋もれちまうんだ。お前らはきちんと俺にカードを渡した。俺はきっちり受け取った。だからその後でカードがどうなろうが、お前らに責任はねぇ」
要するに、伯爵が受け取った後にカードを紛失したことにして、ヴォルフィの冒険者資格を返却する手続きを止めてしまうつもりらしい。
意味は分かったけど理由が分からなくてますます困惑する私の耳に、ヴォルフィの深いため息が聞こえた。
「はぁーー。サツキ、これはここでは日常茶飯事だから深く考えない方がいい。伯爵の勘っていうのは予知能力みたいなもので、外れない。だからここにいる人間は伯爵の勘だって言われたら、みんな『そういうもんか』で終わらせてる。それに、伯爵も理由は分かってないから聞いてもムダだ」
「おう、そういうこった」
「そ、それはすごい能力なんじゃないですか?」
未来予知ができるなんて、教祖的なものに祭り上げられてもおかしくないレベルだと思う。
「俺が自由自在に使えればそうなんだろうけどよ、勝手に降ってきやがるだけだから不便なもんだよ。あの時だってもっと早く……いや、なんでもねぇ。とにかく、これは俺が預かったから、お前らはその後のことはなんも知らねぇってことでいいな?」
「よくないですけど、わかりましたよ……」
ヴォルフィがさらにうんざり感を醸し出してる。
「それで、サツキがCランクってのはどういうことです? 冒険者登録もしてませんよ」
「登録は今すりゃいい。んで、ここにいる間にCランクまで上がって、そのカードは銀狼のと一緒に俺が預かる」
「………………」
意味がわからな過ぎて、ついにヴォルフィも絶句してしまった。
「すみません。Cランクってそんな簡単に上がれるものなんですか? 私は登録もしてませんし、魔法や剣も教わり始めたばかりの素人ですよ」
「ああ、そりゃ見りゃわかる。けどよ、なんつーか嫁さんはチグハグなんだよなぁ。明らかに素人なのに、なんかこうそうじゃねぇもんが混じってるっつーか。あー、わかんねぇからそこはどうでもいいな!」
伯爵はひとりで話しながらひとりで考え込み、ひとりで開き直ってしまった。
私たちはもっと意味がわかっていませんが……。
「たぶんCランクにはなれるし、なるべきだって俺の勘が言ってる。だから嫁さんもここで冒険者登録して、俺が出す依頼をこなしてCランクまで上がれ。俺が言いてぇのはそれだけだ」
「………………」
ヴォルフィを伺うと、ものすごく難しい顔をして考え込んでいる。
私にはCランクが具体的にどのぐらいのレベルなのかピンとこないので黙っているけど、そんな簡単になれるものではないってことは感じている。
それに、伯爵のところに滞在するのは一週間ぐらいの予定なので絶対ムリだと思う。
というか、伯爵は私たちがどれぐらい滞在するつもりだと思ってるんだろうか?
「嫁さんの指導は碧き風にやらす。銀狼はその間好きにしてりゃあいいが、嫁さんの依頼について行くのは禁止だ」
「なっ!? ありえねぇ、この話はなしだ。あいつにサツキを任せるとか、寒気がする。俺が教えるんじゃなきゃサツキに冒険者はやらせねぇよ」
「銀狼お前なぁ、なんでそんな両極端なんだ……。あんだけ女嫌いかと思えばこの執着っぷり。あんまり独占欲丸出しにしてると嫌われるぞ」
「うっ……。だがヒースはダメだ」
碧き風なんてダサい名前なんなのって思ってたら、どうやらさっきフリーデグントさんが言っていたヒースさんという人と同一人物らしい。
ヴォルフィの仲良しっぽいけど、ヴォルフィは私に会わせたくないらしい。
「ねぇ、その碧き風って人はなにか問題がある人なの?」
「……問題しかない。あいつは無類の女好きだ。そんな奴にサツキを任せられるわけない」
「いやいや、碧き風はお互いに割り切った関係になれる女にしか興味ねぇよ。銀狼みたいなめんどくせぇ奴の女に手ぇ出すわけねぇって」
「だが、もしもということがあるだろ!」
いや、ないって。
私は十人並である自覚はあるので、どちらかというとヴォルフィがあばたもえくぼ状態になってるだけだと思う。
まあ世の中には女の体をしてさえすればいいという輩もいるので私だって人並みに警戒はしてるけど、話を聞いてる限りではそのヒースさんは危ない橋は渡らなそうだ。
私の頭の中で、まだ見ぬヒースさんのイメージがチャラチャラした遊び人で固まっていく。
「それなら女冒険者に頼むほうが安心だ。ヒースはダメだ」
「お前、それ本気で言ってんのか?」
そう言った伯爵の声はとてもヒヤリとしていて、思わず身がすくんだ。
「あんだけ女冒険者に冷たくしてたお前がベタ惚れしてる女だぞ? お前に振られた奴が逆恨みして嫁さんになんかしようとしても、俺は驚かねぇぞ」
「………………」
「いいか、銀狼。お前が嫁さんを大事に思ってて、傷つかねぇように守ろうとしてるのはわかる。それはいい。けどな、嫁さんをなにから守んなきゃいけねぇかはもっとよく考えろ。あと、嫁さんはお前と別の人間で違う考えを持ってるってことを忘れんな。それが嫁さんの指導をお前にやらせねぇ理由だ」
「………………」
「碧き風には会うんだろう? ちゃんと嫁さんを紹介して、そんで嫁さんがどうしたいかを聞くんだな。お前、この話になってから嫁さんに一切意見を聞いてねぇの自覚しろよ」
伯爵はそう言うと私たちを置いてどこかへ行ってしまった。
待って、私たちはどこへ滞在すればいいのですか……?
まあそれは後で誰かに聞けばいいか。
私は隣で項垂れているヴォルフィの、真っ白になるまで握りしめられている拳に手を伸ばした。




