side巻き込まれ薬師【56】
「フリーデグント・ザスキア・シュナイツァーだ。遠路はるばる、よく参られた。このような姿を晒して申し訳ないが、貴女の話をお聞かせ願いたい」
見た目に違わないハキハキした口調で挨拶され、我に返ると同時にまたしても罪悪感に苛まれる。
彼女の顔や体の傷を無遠慮に見つめてしまっていたし、しかも驚きが顔に出てしまっていた。とても失礼なことをしてしまった……。
「これは私自身の至らなさが原因だ。人からどう見えるかはわかっているので、気にする必要はない。いつもは人前に出ないようにしているのだが、今日は直接聞いた方がいいとコレが言うのですまぬな」
「……大変失礼いたしました。サツキ・ゴトウと申します」
「ヴォルフも久しいな。息災でなによりだ」
「お久しぶりです、フリーデグント様」
「ははっ!ヴォルフがそのような畏まった話し方をしているのは新鮮だな。だが、いろいろ踏ん切りがついたようだな。いい顔をしている」
「ありがとうございます」
フリーデグントさんがヴォルフィを見つめる表情は優しげで、慈愛に満ちていた。
フリーデグントさんに他意はないのだろうけど、私の知らない過去のヴォルフィを知っているのだと思うと、胸がズキっと痛んだ。
「失礼いたします。遅くなりまして申し訳ございません」
遅れてユーディトさんもやって来たので、改めて私とユーディトさんが挨拶してから、再び『災厄』について知っていることを話した。
一通り話し終わったところで、冷め切ったお茶を飲んで喉を潤す。
フリーデグントさんとユーディトさんは無言だけど、その頭の中ではものすごい勢いでこれからの計画が立てられているのだろう。
ふたりが口を開く前に伯爵が言葉を発した。
「悪ぃがフリーデとユーディトで先にざっくりした方針を決めといてくれねぇか。俺はこれから冒険者としてのこいつらの相手をしないといけねぇ」
「あぁ、わかった。サツキ殿、ここは何もないところだが遠慮も不要だ。気楽に過ごしてほしい。困ったことや必要なものがあればなんでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
「ヴォルフも久しぶりに羽を伸ばしていってくれ。ちょうどヒースも来ているから旧交を温めるといい」
「ヒースはどうでもいいですが、楽しませてもらいます」
フリーデグントさんは私たちに声をかけてから、ユーディトさんと一緒に出ていった。
その背中を見送る私の胸には、また私の知らない名前が出てきて、知らないヴォルフィの姿を感じさせられたことへのモヤモヤが渦を巻いていた。
「銀狼、フリーデのことを嫁さんに話してなかったのか?」
「それよりも大事な話を先にしていて、説明しようとしたところで伯爵がいきなり入ってきたんですよ」
ヴォルフィが若干うんざりした空気を醸し出している。
さっきの伯爵はノックはしたものの返事も待たずに入ってきたから、いきなり入ってきたも同然ではある。きっとそんなことが日常茶飯事で振り回されてきたのだろう。
「そうかよ。驚かせちまって悪かったなぁ。あれは昔、魔獣にやられちまったんだよ」
そう言って伯爵は自分とフリーデグントさんの過去を教えてくれた。
「フリーデは先代伯爵の一人娘でな、大剣ぶん回して魔獣を狩りまくってたんだ。あいつ自身が伯爵位を継いで戦い、文官に向いた婿を取って内政やらすってんで相手も決まってたんだ。だがなぁ、ある時やたらと魔獣が増えた時があってなぁ……」
伯爵はほんの少しだけ言葉を切ったけど、躊躇いを振り切るように話し続けた。
「後で調べた感じでは山の上の方で大物同士の争いがあって、そこから逃げるように魔獣どもが下に下に降りてきてたようだった。まあとにかくやたらと魔獣が出る時があって、フリーデも騎士団と一緒に連日討伐に行っててよ、んで群れに囲まれて、他の騎士を逃がそうと殿してたあいつはあぁなったってことだ」
話し始めたものの、やはり過去を思い出すのが辛いのか、伯爵の説明は段々と早口で大雑把になっていった。しかし質問するのも憚られる空気だ。
「まあそれであいつ自身が伯爵を継ぐのは難しくなって、婿も文官じゃ都合悪ぃってなって、そん時にここで冒険者やってた俺に先代伯爵から声がかかったってわけだ。なんの学もねぇ荒くれ者が伯爵サマだなんて、笑い話にしかなんねぇけどな」
そう言う伯爵の表情は笑い話どころか泣きそうだったけど、かける言葉も思いつかず黙って聞いていた。
「まあそんなわけだ。もしあいつの見た目が嫌じゃなければ、ここにいる間話し相手になってやってくれや」
「それはもちろんです」
伯爵がフリーデグントさんのことを心から案じているのが感じられて、私は一も二もなく頷いた。
「じゃあ本題だな。銀狼、冒険者カードよこせ」
ヴォルフィは渋々といった様子でカードを取り出すと、差し出されていた伯爵の手に置いた。
「よし。これはこのまま俺が預かっとくからよ、いる時にはまた取りに来いよ」
「あぁ!? なんだそれは!?」
「それから嫁さんの方だがな、あーCランクってとこか?」
「なに言ってやがる!?」
伯爵のよくわからないセリフに、聞いたことのないヴォルフィの言葉づかいが重なり、さらに追加で伯爵がよくわからないことを言うから私はフリーズしている。
お願い、順番に説明しながら進めて……!
「おっ、銀狼の言葉づかいが元に戻ってるぞ。はっはっはっ!」
「うるせぇ! 笑ってねぇでちゃんと説明しろ!」
「嫁さんが引いてるぞ」
伯爵がニヤニヤしながらつっこむと、ヴォルフィはハッと我に返ったようで急に慌て出した。
「ごめん、サツキ! つい昔のクセが。嫌だよな? 気をつけるから」
「あ、いや、別に。そうだよね、冒険者は荒っぽい人が多いもんね。びっくりはしたけど平気だよ」
私は本心から言ったのに、ヴォルフィはまだなにか弁解している。
別に私は上品な家の育ちではないし、地元の近くにいわゆるガラが悪い地域もあったから多少の耐性はある。
「そんなことで嫌わないから、ここでは前にいた時みたいに振る舞っていいよ。それに、私が知らないヴォルフィの姿があるのはなんか嫌だし」
「サツキ……!」
なんかよくわからないけどヴォルフィが一気にご機嫌になった。
なので私は伯爵の言ったよくわからないことを解決すべく、ニヤニヤと私たちを眺めている伯爵に向き直ったのだった。




