side巻き込まれ薬師【55】
「サツキ、大丈夫か? 顔色が真っ青だぞ」
心配するヴォルフィの声で我に返った。
「あ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「なんだ? 銀色の嫁さんはその病気に心当たりがあるのか?」
やはり数多くの冒険者を見ているからか、シュナイツァー伯爵は鋭い。
「直接知ってるわけじゃなくて歴史の本で読んだだけですけど、私がいた世界でも凄まじい猛威を振るった病気に似ているな、と。今回の『災厄』もそれぐらいの被害が出るものだとしたら……と想像したらゾッとしてしまいました」
本当はそれだけが原因じゃないんだけど、言いたくないから理由の半分だけを話した。
「どうせ王家が手を回してるんだろうけどよ、詳しい経緯が王家以外に残ってねぇのが問題なんだよなー。事前の兆候も伝わってねぇし。そのせいで領主どもの対応が後手後手に回っちまうのがいけねぇ。それに比べたら、今回は先に手が打てるってのはありがてぇことだ。だから銀狼の嫁さんが悩む必要はねぇよ」
「……はい、ありがとうございます」
伯爵は私を励ましてくれたけど、私の胸に渦巻く罪悪感が消えることはなかった。
「悪いんだけどよ、ユーディトと俺の連れ合いを呼ぶから、さっきの話をもう1回してやってくれるか? 連れ合いが内政やってるから知らせといてやりてぇんだ。俺が又聞きで話すよりも直接聞かせてやってほしい」
「私は構いません」
「伯爵、フリーデグント様は……」
「銀狼の言いてぇことはわかるが、あいつも当事者だから除けもんにはできねぇ」
伯爵は立ち上がると、まだ強ばった表情をしている私をチラリと見てから、ヴォルフィに声をかけた。
「行政館まで行ってくるから、しばらく休んでろ」
伯爵が部屋から出て扉が閉まると、どっと力が抜けた。
初対面の伯爵の前では気が抜けなくて、罪悪感に飲み込まれそうな心を押さえ込んでたから。
「サツキ、具合が悪いのか? 顔が真っ青だ」
心配そうに私の頬に触れるヴォルフィの手の温度に、涙が溢れそうになったけどぐっと我慢した。
代わりにべしゃっとヴォルフィにもたれる。勢いよくぶつかっていっても、彼は鍛えているしもともとの体格差があるから軽々受け止めてくれる。
「どうした? さっきの病気がそんなに気になるのか?」
「……病気のことというか、私はいけないことをしたんじゃって思ったら急に怖くなったの」
「いけないこと? なにかしたのか?」
続きを話すかどうか迷ったけど、話し出したら絶対に泣いちゃうし、そしたら伯爵が戻って来るまでに収拾つかなくなりそうなのでやめておくことにした。
「今話し出したら泣いちゃって話し合いもできなくなりそうだから、後で聞いてくれる?」
「サツキが平気ならそれでいいけど……」
「うん、今は大丈夫だから後でお願い」
私はそのままヴォルフィに寄りかかって気持ちを落ち着けようとした。
伯爵が言っていた前回の『災厄』は本で読んだペストの症状に似ていた。もちろんここは異世界なので似たような別の病気かもしれない。
だとしてもだ、どうしても繰り返し記述されていたペストの甚大な被害が私の頭から離れない。
それと同じ規模で人が死ぬような事態が発生するなら、少しでも被害を減らすために私は聖女と勇者の手助けに尽くすべきなんじゃないかという考えが頭から離れない。
聖女に関わりたくないという私のわがままを通すのは間違ってるんじゃないかという不安が頭から離れない。
私が被害者を増やしてしまうんだという罪悪感が頭から離れない。
だけど、それと同じぐらい強い気持ちでそれを嫌がっている自分がいて、ふたつに引き裂かれる心の狭間に飲み込まれてしまいそうだ。
あいつには、妹には会いたくない。今の幸せな環境に水を差されたくない。
あいつは姉のものをほしがるタイプではないから、ヴォルフィを奪ろうとはしないだろう。
今までのパターンと同じなら、こっちの世界で私が知り合った人たちをひたすら貶して私が傷つくのを見て満足そうにするだけなんだけど、聖女として権力を手に入れてしまったらもっと面倒なことになる気がする。
私を権力に任せてヴォルフィから引き離して自分の近くに置いて、聖女として大切にされる自分を見せつけて悦に入る、みたいな。
まあでも、聖女や国王としての公的な命令さえどうにかできるなら、別にいうことを聞く必要はないんだよね。あいつもいい大人なんだから、自分の人生は自分でどうにかしてほしい。
これが身勝手な考えだとしたら、私は身勝手な人間でいいや。
開き直りの境地にたどり着いて、私はようやく平静を取り戻した。
「顔色もマシになったな。落ち着いたか?」
ずっと私の頭を撫でてくれたいたヴォルフィが、私の顔を見てホッとしたように言った。
「うん、ありがと。そういえば、さっき伯爵夫人のことを気にしてたけど、どういう人なの?」
ここに呼ぶと言った伯爵に対して、ヴォルフィが微妙な反応をしていたのも気になっていたのだ。
「ああ。その、なんていうか、見た目を気にしてあまり人前に出ない方だから、ちょっと……」
見た目を気にして?
こんな歯切れの悪い言い方をするってことは、顔にひどい痣があるとかなのかな?
貴族女性の顔のことなら話題にしにくいよね。
「銀狼、入るぞ」
もう少し具体的に聞こうとしたところで伯爵の声がし、返事も待たずに扉が開いた。
伯爵に続いて部屋に入ってきたのは、黄色に近い金髪を三つ編みにして背中に垂らした背の高い女性だった。鍛えているらしく全体的にガッチリとしていて肌も焼けており、伯爵と似た雰囲気の防具を身につけた女戦士という感じだ。
しかし、その顔には左頬から左目にかけて大きな傷跡が走り、左目は閉じたままだった。
そして、彼女の左腕もあるべき場所から失われていた。




