side巻き込まれ薬師【54】
「おう、銀狼。よく来たな!まさか嫁まで連れてくるとは思ってなかったぞ!」
そう言って豪快に笑いながらヴォルフィの背中をバシバシと叩くシュナイツァー伯爵。
「ご、ご無沙汰しています、伯爵。まだ結婚してないので婚約者です」
背中を叩かれて噎せながら挨拶をするヴォルフィ。
「なんだなんだその話し方は。すっかりお貴族様になっちまったな、お前も。ま、ワケありなのはわかってたがな。さあ、むさ苦しいところだが入ってくれや」
見るからに重そうな無骨な扉を伯爵が軽々と開け、私たちはぞろぞろと中に入っていった。
通路も石造で寒々しく、なんの装飾品も置かれていない。
鎧戸が開けられているので辛うじて光が入っているが薄暗く、もっと寒くなってくると昼でも締め切ってしまうので、明かりをつけないと真っ暗になるそうだ。
私とヴォルフィが通された客間も、ソファとテーブルと本棚があるぐらいだ。あと、なぜか金属の全身鎧が飾ってあるのが動き出しそうで不気味だ。
メアリと騎士たちは隣の控えの間に案内されたので、客間には3人だけだ。
「銀狼の嫁さん、俺はランドルフ・シュナイツァーだ。ここで伯爵をやってるが、堅苦しことは性に合わねぇから気楽に過ごしてくれや」
「サツキ・ゴトウです。よろしくお願いします」
向かい合って座り、改めて挨拶をした。
伯爵は見た目通り豪快で、ヴォルフィに聞いていた通り細かいことを気にしないようだった。
「銀狼、嫁さんもワケありか?あんまり見ねぇ面構えだし変わった名前だ」
「……サツキは異界からの客人です。そのことも含めて父から手紙を預かっていますので、目を通していただけますか」
ヴォルフィがマジックバッグから手紙を取り出し伯爵に渡す。
伯爵はキョロキョロしてペーパーナイフを探していたようだけど見当たらず、そのまま豪快に封筒を破いた。手紙まで破りそうだわ……。
「チッ、やっぱりそう言うことか」
伯爵が独り言を言いながら手紙を読んでいると、扉がノックされた。
「あー、入れ」
顔も上げずに適当に返事をする伯爵。誰が来たかわかってるのかな……。きっと気配とかでわかってるんだろうな、うん。
扉を開けて、茶器が乗ったトレイを持って入って来たのは小柄な女性だった。
髪も肌も陽の光に当たったことがないかのように真っ白で、瞳は灰色だった。
ヴォルフィも銀髪だけど、その女性の髪は更に色素が薄くて真っ白としか言えない。私の脳裏に「アルビノ」という言葉が浮かんだ。
「ギルド長、客人はヴォルフさんと言っていましたが、貴族として応対されるならわたくしを使わないでいただけますか」
女性は冷たい無表情で文句を言いながら、テーブルに茶器を並べていった。
「あーすまん。だが、これはお前にも関係ある話だ。……来るぞ、『災厄』が」
手紙から顔を上げて女性を見る伯爵の表情は、さっきまでの親しみやすい空気は一切なくとても厳しいものだった。
「……それはいつ、どのようにですか?」
「それははっきりしねぇが、1〜2年のうちだろうって話だ。おまけに魔獣の大発生かもしれねぇってよ。どう思う?」
「……普段より手強い魔獣が出たという報告は数件受けており、調査中です。冒険者への聞き取りと調査の範囲を急いで広げます」
「おう、頼む」
女性は足早に部屋を出ていった。
えーと、どちら様だったのでしょうか?
「サツキ、彼女はユーディトと言って、ここの冒険者ギルドの副ギルド長だ。ここは特例で伯爵がギルド長を兼ねているから、監査役として本部から派遣されて来ているんだ」
「まあ俺が書類仕事をほとんどしねぇから、監視というより事務仕事のために来てるようなもんだがな」
私の戸惑った様子に気づいたふたりが説明してくれた。伯爵のは説明じゃない気もするけど……。
「ええっと、本来は領主と冒険者ギルドは別組織なんだっけ?」
「そうだ。領主が関わってくると、冒険者の安全や利益を守るという元々の役割より、自分たちに都合のいいように冒険者を使う組織になりかねないからな」
「ここが特例なのは、前の『災厄』の時にバタバタと人が死んで、しゃあなしでそん時の伯爵がギルドの仕事もやってたのが予想外にうまくいっちまったかららしいな。こっちにはあんま詳しい記録は残ってねぇけど、そん時のギルドの対応に落ち度があったって向こうさんは把握してるらしくてよ、それでなし崩しに特例になってるらしいな」
なんか微妙に聞いてはいけない話のような気がするんだけど……。
「それでよ、銀狼。お前の嫁さんが聖女の身内で、聖女が近いうちに召喚されるから、それはつまり『災厄』が起こるからだって話なんだよなぁ?」
「そうです。サツキ、個人的なことは言わなくていいから伯爵に事情を説明してくれないか」
「うん、わかった」
そこで私は、久しぶりにこの世界に転移してしまった話を伯爵に語ったのだった。
話を聞き終わった伯爵はとても厳しい顔をして考え込んでいる。
「……なんで今回は魔獣って思ったんだ?」
「モンテス子爵領の方で、魔獣の数が増えてるからです。もちろんそれは『災厄』とは無関係で、疫病や災害が起こる可能性もありますが、兆候として感じられるのは魔獣なのでそれを優先して対策を始めています」
「…………」
「ここへ来る途中で魔獣の群れと遭遇しましたが、通常より魔法への耐性が強いと感じました。ユーディトさんの話も合わせると、たまたま強力なのが出たとは言えないんじゃないかと」
「……違いねぇ」
私がはぐれてしまった時の魔獣は通常より強力だったらしい。
あの時の不甲斐なさを思い出して胸がちくりと痛むのを、無理矢理追い払う。
「あの、伯爵様。前回の『災厄』ではたくさん人が亡くなられたそうですが、その時も魔獣だったんですか?」
侯爵家の人たちは、前回の『災厄』がなんだったのかあまりわかっていないようだった。伯爵が知っているなら聞いておきたい。
「いや、違うな。前回は疫病だ」
「……それはどのような?」
「あーなんだったかな。高熱が出たり吐いたり意識がなくなったり……。あと、あれだ。節々が腫れたり紫斑ができたりしたらしいな」
伯爵が適当に付け足したような症状の説明を聞いて、私の背筋は凍った。
それはたぶんペストだ。
それはかつてヨーロッパの人口の3分の1から3分の2を死に至らしめたとされる伝染病。
だから今回も、たとえ疫病じゃなく魔獣だとしても、起こりうる被害の甚大さが想像以上のものであることを感じ、私の喉元に冷たいものが迫り上がってきたのだった。




