side巻き込まれ薬師【44】
落ち着いたところで、お互いの状況を報告しあった。
メアリもケガをしたようで心配していたけど、馬を含めてみんなかすり傷や打撲程度だったらしい。それもポーションで全快してるって。本当によかった。
馬車の場所が移動していたのは、倒した魔獣の死体から距離を取るためだった。
死体を放置しておくと他の魔獣が集まってくるので、本来は回収するか埋めるか燃やすか、とにかくそこに残さないようにするものだそう。
だけど今回は数が多すぎて、マルクスさんが持ってる騎士団の備品のマジックバッグでは入り切らないし、埋めるのも無理だし、森の中で燃やすわけにはいかないしってことで、やむなくそのままにしてきたそうだ。
残りの倒木をどうにか騎士3人でどけて馬車を走らせ、ある程度距離を取ったところで、このままこの辺で私とヴォルフィを探すか、最寄りの領主に助けを求めるか、侯爵領に引き返すかで意見が割れて揉めていたところに、私たちが戻ってきたのだった。
最寄りの領主になる伯爵は、この道を荒れたまま放置していることからわかるように、領地経営に力を入れていないらしい。宝石が取れる鉱山を複数有しているから、そこからの収入で自分たちだけが贅沢に暮らしているらしい。
だから身分の低い自分たちだけが助けを求めても無意味だろうし、あまり関わらない方がよさそうだと思う、というのはツヴァイさんの談。
私も大蛇に驚いたところからイザベラさんに出会ったところまでをざっと話した。
私以外の転移者の話や、エルフに会ったというくだりで4人ともめちゃくちゃ驚いていた。
転移者ももちろん珍しいけど、エルフは本当に閉鎖的だから会うことなんて皆無と言っていいらしい。
説明が終わったところで私は改めてみんなに謝った。
「心配をかけて本当に本当にごめんなさい」
「いえ、サツキ様は護衛対象です。それに不用意に動き回られていたわけでもありません。そこに魔獣の接近を許してしまったのは、完全に自分の落ち度です。誠に申し訳ございません。いかなる処罰でも受ける所存です」
私が謝るとすぐにライデンさんがもっと謝ってくるし、他のみんなもライデンさんの言う通りだと思っている雰囲気がある。
あれはどうしようもなかったことで、ライデンさんに落ち度はないって言っても聞いてもらえる気がしない。
たぶんこれは私がどれだけ自分の考えを訴えても、どうにもならないものなんだろう。
私は端くれとはいえ貴族になる予定の人間。彼らの主家の一員になる予定の人間。
そういうことなのだ。それ以上にも、それ以下にもならないのだ。
私が納得がいっていないことなんて関係なく、ここはそんな社会なのだ。
とは言っても、ライデンさんが厳罰を下されないように嘆願でもなんでもするつもりではあるけど。
「それで、もうちょっと詳しいことを聞くためにイザベラさんの所に戻りたいんだけど、みんなはどうしたらいいかな。安全な場所はこの辺にあるのかな……」
私は早くイザベラさんの所に行きたいけど、みんなをこんなところに残していくわけにはいかない。モンテス子爵領にあったような野営用の場所でもあればいいんだけど。
「次の街へ着くまでは安心はできないでしょうね」
さらりとツヴァイさん。マルクスさんも無言で頷く。ライデンさんは「自分の命に代えても守ります!」とか言い出しそうな気配があったので、視線で黙ってもらった。
「あのエルフに相談してみたらどうだ?それが解決しないとサツキが来れないと分かれば、なんとかするんじゃないか?」
ヴォルフィが意外な提案をしてきた。
すごく嫌そうで仕方なく言ってるのがありありと伝わってくるけど、自分の気持ち以上にみんなの安全を考えられるのは彼のいいところだと思う。
「そうだね、聞いてみようか」
イザベラさんにもらった木札はあの空間への鍵だって言ってたけど、行ってから事情を説明するのは手間なので、ダメもとで木札に呼びかけてみることにした。
「イザベラ様、イザベラ様、聞こえますか?ちょっとご相談したいことがあるんですけど」
木札からはなんの応答もなく、私が自分の行動を恥ずかしく感じ始めた頃に、近くの空間に切れ目ができていきなりイザベラさんが現れた。
「なんじゃ?」
「イザベラ様!?」
私は飛び上がるほど驚き、騎士3人は剣に手をかけている。メアリは反応し損ねた所にエルフの美女が現れて、呆然としている。ヴォルフィは苦々しげ。
「お主が呼んだのであろう。どうしたのじゃ?」
「あ、はい、そうでした。私とヴォルフィがイザベラ様のところにお邪魔している間、仲間には安全なところで待っていてもらいたいんですけど、どこかいい場所はありませんか?」
「ふーむ」
イザベラさんはぐるりと辺りを見回した。
「西の出入り口のあたりはもっと明るい森であったのにのう。しばらく来なんだ間にずいぶん様変わりしたものよ。いずれにしても森であることには違いないがのう」
イザベラさんは少し考えた後に、私に向き直った。
「妾が知っておる頃と変わっておるゆえ、安全な場所というのはわからぬ。ここに魔獣の入れぬ結界を張ってやるか、そうじゃのう、あの草原までならこの者たちも入れてやってもよい。妾にできるのはそのどちらかじゃの」
「サツキ、草原ってのはなんだ?」
そういえばヴォルフィは小屋の中に直接出てきたから、周りの草原を見てないんだった。
「さっきの刀があった建物は草原に囲まれてたの。本物の草原じゃないと思うけど」
「そうじゃ。あれも妾が作り出した空間ではあるが、あの草原は緩衝地帯じゃの。直接小屋に入れぬように、間に挟んだ空間じゃ。水もなにもないが魔獣もおらぬ。馬車ごと入って構わぬぞえ」
いくら魔獣の入れない結界を張ってもらっても、魔獣の気配までは消えないだろう。こんな鬱蒼とした場所で魔獣の気配を感じていては、安心して眠れないと思う。
でも、あの草原も実際に見たのは私だけだし、異空間というだけで落ち着かないかもしれないからどっちもどっちかもしれない。
悩みながらヴォルフィの方を見ると、ヴォルフィも私を見ていた。
「草原ってのはどんな場所だった?」
「見渡す限り、草原と青い空だけだったよ。ここよりも広くて明るいのは確かかな」
あの時は急にひとりになったショックで景色に対する感想なんてなかったけど、雰囲気はいいと思う。
「イザベラ様、あそこは夜になるんですか?」
「なるぞえ。外と同じように日が暮れて夜が開ける。季節の変化はないがの」
ちゃんと夜があるなら悪くないんじゃないかな。明るい中で寝なきゃいけないのは辛いけど、そうじゃないならここよりいいと思う。
「お前たちはどう思う?」
ヴォルフィはさらに騎士たちとメアリに意見を求めたところ、みんな魔獣がいない方がいいという意見で、イザベラさんの草原にお世話になることになった。
「ではイザベラ様、よろしくお願いします」
「うむ」
イザベラさんがまた指をパチリと鳴らすと、周囲が草原に切り替わった。さっきより少し日が傾いてきている。
私以外はみんな落ち着かない雰囲気でキョロキョロしている。
「サツキと銀色は明朝まで連れていくゆえ、好きに過ごすがよい。火は使っても構わぬが、この草は食用にはならぬから気をつけよ」
「エルフの姫君、貴女様の温情に感謝いたします」
順応性が高くてそつのないツヴァイさんが、跪いてイザベラさんに感謝を述べる。イザベラさんも鷹揚に頷いている。
マルクスさんとライデンさんも慌てて跪き、メアリも淑女の礼を取っている。
「そなたらの旅はまだ先が長いのであろう。糧食は持っているのであろうが、これを食すとよい」
そう言ってイザベラさんがまた指を鳴らすと、空中に小さな空間の切れ目が現れ、そこからドサドサとなにか落ちてきた。
それは野うさぎが4体に、果物とか木の実が各種。
イザベラさんが狩ったり採取したのだろうか?どちらにしても、それをくれるそうだ。
ツヴァイさん達はより深く頭を下げ、感謝の気持ちを示している。
イザベラさんはとても面倒見のいいエルフのようだった。
「ではゆくぞ」
聞き慣れた指パッチンと同時に、私たちはさっきの小屋の中にいた。




