side巻き込まれ薬師【43】
「ケガは治った?」
「……ああ。肋を何本かやってたんだが、完全に治ってる。すごいな」
「肋!?」
どこをケガしたのか1番最初に確かめるべきだったのに……。いくらいっぱいいっぱいになっていたからといっても、気が回らな過ぎだ。反省しなければいけない。
「すぐに治せなくてごめんね。問答無用でポーション使えばよかった……。でもヴォルフィもポーション持ってたよね?」
「……馬とメアリにも使ったから、俺の手持ちは全部使い切った。騎士たちが持っている分を再分配しようとしたところで蛇がもう一体出てきて、尻尾にやられた」
「あれ、そんなに強かったの!?」
ヴォルフィが遅れをとるなんて……。
そんなやつの至近距離にいたのは、だいぶ危なかったんじゃ……。
そう思うと急に鳥肌が立ってきた。
「いや、俺が集中できてなかったからだ。サツキを早く探しに行きたくて……」
ううっ、やっぱり私のせいだ。
メアリにまでケガさせて、本当に何やってるんだろう。
また涙が溢れそうになるのを、イザベラ様の声が遮った。
「湿っぽいのは後でやるがよい。それよりもサツキ、まずは及第点をやろう。よく、影月の力を引き出したの」
「ありがとうございます」
握りしめたままの影月にちらりと意識を向けると、応えるかのように影月のマナが揺らめいた。
「影月はお主を使い手と認めたようじゃの」
イザベラさんは満足げに影月を見つめている。
「とはいえ、あれはお主と影月の間のパスを通して治癒っぽいことをしたに過ぎぬ。もっと魔法として洗練された形にするにはの……」
「イザベラ様、すみません。他にも仲間がいるので、先に無事を知らせてきてもいいですか?めちゃくちゃ心配してると思うので」
「ああ、構わぬ。先程のところに出してやろう。それが済んだら戻ってくるとよい」
イザベラさんが影月の使い方をレクチャーしようとしてくれているところを、遮ってしまった。悪いとは思うけど、先にみんなに無事を知らせないと大騒ぎになってるはずだ。
なにせ私に続いてヴォルフィまで姿を消したのだから。
「ここはお前が作った別空間になるのか?」
「そうじゃ。お主らがおった森の中に出入り口のひとつを置いておったのじゃが、それにサツキが触れて起動してしまったようじゃの。資格のないものが触れても動かぬが、やはりカンと同じ世界の者だからじゃろう」
「わかった、元の場所に戻してくれ。それから、俺たちは先を急ぐ旅をしている。悪いが、ここに戻ってくる時間はない」
なんの相談もなく発せられたヴォルフィの言葉に、ショックで胸がズキンと痛む。
確かに元々余裕のない日程で、さらに現在進行形で時間をロスしているから急がなきゃいけないのはわかってる。
もっと影月と櫻月の使い方や、一貫斎さんのことを知りたいっていうのは単なる私のわがままだけど。それは確かにそう。そうなんだけど……。
でも先に一言あってもよくない……?
旅のリーダーはヴォルフィでも、影月と櫻月に関しての当事者は私なのに。
私が傷ついた様子を見たヴォルフィは、なぜかショックを受けたように目を見開いて、そして顔を背けた。
その態度にますます傷付く。
落ち込みたいのは私の方だよ……。
そんな私たちの様子を見ていたイザベラさんが、呆れたようにため息をついた。
「ほんに、人間の男というものは身勝手な者ばかりよのう。よいか、銀色。お前がサツキの望みを潰して回るのはお前の勝手じゃが、それはお前の独りよがりと知った上でやるがよい。そして妾はお前の意思を汲んでやる立場にはあらぬし、お前は妾に命じる立場にもあらぬ。それをわかった上での発言と捉えるが、よいのかえ?」
イザベラさんがほんの少し言葉に力を加えただけで、ものすごい威圧感が私たちを襲った。これが悠久の時を生きてきたエルフという存在なんだということが、ビシビシと全身に伝わってくる。
イザベラさんは影月と櫻月、そして一貫斎さんへの強い想いがあるから、使わせると決めた相手との間に他者が介入してくるのが気に入らないのだろう。
ヴォルフィは私を守るように威圧を返しているけど、その表情はどこか迷っているような後ろめたいような感じでパッとしない。
そして私の心境も複雑だ。
この世界のことはまだまだよくわからないから、これまでは全面的にヴォルフィの言うことを受け入れてきた。ちゃんと希望も聞いてくれてたし。
だけど、今回のことについてはイザベラさんの言葉に賛成している自分がいる。私にも私の感情と考えがあるってことを理解してほしい。
とはいえ、ヴォルフィの手を振り払ってイザベラさんの教えを請いに行くという気持ちにもなれない。私にとってヴォルフィが1番大切な存在であるのも確かだから。
「あのう、とりあえず元の場所に戻してください。それから、影月と櫻月のことは私もきちんと教わりたいので、また改めて訪ねてきてもいいですか?今は時間がないというのも本当ですので。ヴォルフィも、それならいい?」
結局私が出したのは問題を先送りにするだけの妥協案だった。でも、今はそれ以上のことは思いつかない。
「……まあ、それなら反対する理由もないが」
「妾も構わぬぞ。人間の後でなんぞ妾にとっては一瞬じゃ。じゃが、目的地に着くのが遅れなければいいと言うのなら、妾の魔法で移動を補助してやろう。シルフの力を借りれば今日の分を取り返すなど容易いことよ」
シルフ……ファンタジーによく出てくる風の精霊だ。それならこの世界にも精霊はいるってことになるけど、今までそんな話は聞かなかった。大気中のマナの話といい、どうやらエルフしか知らないことがたくさんあるようだ。
「ヴォルフィ、私はイザベラ様の教えを請いたい。私も一緒に戦えるようになりたいし、さっきみたいなケガをしちゃった時も治せるようになりたい。いつまでも足手纏いは嫌なの」
「…………わかった。勝手に決めて悪かった。旅程が遅れないなら今日教わる方がいいだろう。明日の出発にしよう」
「ありがとう。私もわがままを言ってごめんなさい」
複雑そうな表情をしているから、まだ思うところはありそうだけど、とりあえず話がまとまった。後でもうちょっと深いとこまで話し合わないといけないとは思うけど。
「では元の場所へ戻してやろう。これがこの場所への鍵じゃ。マナを流せば扉が開く。じゃが、ここへ入れるのはお主らふたりだけじゃ。妾としてはサツキだけでいいのじゃが、それでは銀色が納得しないじゃろう?」
「当たり前だ」
イザベラさんに渡されたのは艶やかに磨かれた木の札だった。手のひらに収まるサイズで、複雑な魔法陣が彫られている。
「影月はそのまま連れてゆけ。これが鞘じゃ。では戻すぞ」
鞘を押し付けるように渡され、返事をする間もなくイザベラさんが指をパチンと鳴らすと、周囲の景色が一瞬で切り替わった。
さっきまでいた森の中だが、場所が少し違う。
少し離れたところに見慣れた馬車が停まっていて、騎士3人とメアリが言い争っているようだった。早く止めないと。
私が急いで影月を鞘にしまっていると、騎士たちが私とヴォルフィに気づいて驚愕し、そしてその顔が安堵で緩んでいった。マルクスさんがメアリに声をかけ、私たちに気づいたメアリが泣き出す。
急いで駆け寄ると、泣きじゃくるメアリに力一杯抱きしめられた。普段は表情をほとんど変えない使用人の鑑が感情をあらわにするのを見て、改めて罪悪感で胸がいっぱいになった。
そこに駆け寄ってきたライデンさんの目も赤くなってる。
「サツキ様、ご無事でよかった!危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ありません。どのような罰でも受ける所存です」
跪きながらそんなこと言われると、私が慌てる。
「そんなのいいから立って!私はなんともなかったし、ライデンさんのせいじゃないから!」
「そうは参りません!」
罰したくない私と罰されたいライデンさんで収拾がつかなくなりかけたので、ひとまず処分は保留して旅が終わってから正式に沙汰を下すってことになった。
そんな一悶着もあったけど、私たちは再会を喜びあったのだった。
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