side勇者【5】
活動報告にも記載していますが、連載開始早々に体調を崩し、更新が滞ってしまい申し訳ありません。
少しずつ持ち直して来ていますので、再開いたします。不定期更新になってしまうかもしれませんがよろしくお願いします。
応接室のソファに座って待っていると、程なくして子爵がやってきた。ヴォルフガングとサツキさんが立ち上がって迎えるので、俺も倣う。
「異世界の客人、よくぞ参られた。私はモンテス子爵アルブレヒト・アイゼルバウアーだ」
「ヤマモト アツシです。よろしくお願いします」
「楽にしてくれ。ヴォルフもサツキ殿もご苦労だった」
「いえ」
子爵に勧められソファに座ると、メイドさんがお茶を用意してくれる。ちなみに食後のお茶も今のお茶もちゃんと紅茶だ。よかった。
モンテス子爵は濃い茶色の髪に、黒い瞳の美青年だった。俺と同じぐらいの歳だろうか。こっちの人の年齢は見た目ではよくわからない。
「ヤマモト殿とお呼びして構わないかな?」
「あ、はい」
「いきなり見知らぬ世界に来てしまい、さぞや困惑されていることと思う。また、ヤマモト殿は勇者であるとも知らせをもらっているから、できる限りの配慮をしたいと思っている。まずはこれまでの経緯を聞かせてもらえないだろうか」
「わかりました」
俺が勇者であることまで既に伝わっているらしい。なら話が早い。
俺は、日本で道を歩いていたら魔法陣のようなものが現れたこと、気づいたら森の中に倒れていたこと、歩き回って村を見つけ、サツキさんの存在を知ったこと、ステータスに勇者と書かれていたことを順に話していった。
「なるほど。ヤマモト殿とサツキ殿は同じ世界から来たということで間違いないか?」
子爵はサツキさんの方に向かって聞いた。
「間違いないです」
「わかった。サツキ殿のことはどこまで?」
「3年前にやって来て、今は薬師をしていることだけです」
「うむ」
子爵は大きく頷くと、俺の方に向き直った。
「さて、ヤマモト殿。サツキ殿は3年前に我が領地内で、貴殿と同じような経緯で発見された。彼女の希望もあり、アイゼルバウアー侯爵家の庇護下で薬師などの仕事をしてもらっている。しかし、貴殿は勇者であるとのことゆえ、王城に報告し国王陛下の指示を仰がなければならない。おそらく、そのまま陛下の元で勇者として我が国のために力を振るってもらうことになるだろう。突然見知らぬ世界に来て、勝手な話だと思うだろうが」
「わかりました。日本に戻りたいとはそれほど強く思っていませんので、勇者としてできることをしたいと思います。王様のところにはすぐ向かいますか?」
「それはありがたい言葉だ。侯爵である父からの使者がこちらに向かっているため、その指示に従い王城へ向かうことになると思う。使者の到着は明日の予定で、このまま王都へ向かうか一旦侯爵領に向かうかわかるはずだ。今日はゆっくりと疲れを癒してもらいたい」
「わかりました。ありがとうございます」
この後は休みだ!昨日から歩きづめだから正直助かる。いくらポーションで回復したとはいっても、気持ちの方はだいぶ疲れてるし、ダラっとしたい。
「サツキ殿とヴォルフも協力してもらいたいが、都合は付けられるか?」
「定例のポーション納品が一週間後となっています。持参しておりますので、少し早いですが直接納めることをお許しいただければ、あとはご指示に従います」
「それは助かる。騎士団の方に話は通しておくから、よろしく頼む。ヴォルフはどうだ?」
「俺も受けてる依頼はないんでどうとでもなりますよ、兄上」
えっ!?今なんかすごい爆弾発言があったんですけど!?兄上!?そういえば「ヴォルフ」って愛称で呼んでたな……。
「なんだお前、ヤマモト殿に話していなかったのか」
驚愕する俺に気づいて、子爵が苦笑してる。ヴォルフガングは「普段は冒険者なので」と肩をすくめるだけだ。
うわー、まじかよ。子爵は侯爵の息子だから、ヴォルフガングも侯爵の息子なのか……。確かに貴族と言われたら納得する見た目だよなぁ。銀髪ってラノベでは王家とか貴族の鉄板カラーだもんな。しかも貴族なのに冒険者って、これまたラノベっぽい設定のやつだなー。訳ありなのかもしれない。子爵は銀髪じゃないし、その辺が関係してるのかも。仲は悪くなさそうだけど。
「では、フランツ。ヤマモト殿をお部屋にご案内するように。サツキ殿とヴォルフはいつもの部屋を用意させている」
「それでは皆様、こちらへどうぞ」
サツキさんとヴォルフガングの部屋は俺と違うところにあるみたいで、二人は子爵の部屋を出たところで反対側に向かっていった。同じ部屋なのかな?どうでもいいけど。
フランツさんに案内された部屋はかなり広くて、ベッドも広い。書き物机にソファやテーブルなんかも用意されている。
「メイドが控えておりますので、なにかありましたらベルを鳴らしてお申し付けください」
と言って、フランツさんは下がっていった。
近くには若いメイドさん。亜麻色の髪をお下げにして、顔にはそばかすがある。田舎のお嬢ちゃんって感じだ。とりあえずお茶以外の飲み物があるか聞いてみると、果実水があるそうなのでお願いした。
改めて部屋の中を見ると扉があったので開けると、お風呂とトイレだった。お風呂はサツキさんの家と同じように魔石からお湯が出るようだ。シャワーないのかよー。これは俺が異世界チートで作るしかないのかなぁ。トイレは魔石で水を流す水洗のようだ。流れた先がどうなっているのかはわかんないけど、とりあえずぼっとんじゃなくてよかった。
窓の外は庭園のようだ。なんか花も咲いてるみたいだけど、そんなに興味ないし種類もわからない。
ぼんやり庭園を眺めていると、サツキさんとヴォルフガングが連れ立って歩いて行くのが見えた。ポーションの納品とか言ってたし、それかな。領主に納めてるってことはサツキさんはそれなりに腕のいい薬師なのかもしれない。
そういえば、サツキさんはなんで転移してきたんだろう。勇者以外にも何かの弾みで転移しまう人はいるのかな。だとすると、俺やサツキさん以外にも転移者がいるのかもしれない。聞いてみたいけど、サツキさんは俺に距離を取ってる感じがするし、ヴォルフガングはあからさまに敵意を感じるから聞きづらいんだよなぁ。まあいいか。急ぐことじゃないし、聞きやすい人がいたら聞こう。
ソファに座っていると、メイドさんが果実水を持ってきてくれた。薄めのオレンジジュースって感じだ。
メイドさんが下がって一人になったので、だらしなくソファに寝っ転がる。
この世界のことをもっと知りたい気持ちもあるけど、それも聞きやすい人が現れてから聞きたいし、今はとりあえず休憩だ。疲れた。
俺はいつの間にか寝てしまっていたようで、夕飯に呼びに来たメイドさんに起こされた。窓の外はもう真っ暗だ。
夕食は子爵、俺、サツキさん、ヴォルフガングの4人でとった。サラダにスープにパン、鶏肉っぽい肉を焼いたものでなかなか美味しかった。でも確かにこれが続いたら、ラノベあるあるの日本食恋しいが起こりそうだなぁ。米、見つけられるといいな……。ついでに炊ける人もセットで見つけたいところだ。俺には炊飯器なしで炊く技術はない。
夕食の席では子爵が率先して話を振ってくれるので、気まずくならずに食べることができた。
侯爵家には子どもが4人いて、ヴォルフガングは末っ子だそうだ。冒険者になりたいって出奔したらしい。マジでラノベだな、こいつ。結局、有事の際は侯爵家に戻ることを約束して、実家とは付かず離れずで活動してるそうだ。
子爵は侯爵家の長男でこの子爵領を任され、次男は侯爵の元で仕事を手伝っていて、紅一点の妹さんは既に嫁に行っているそうだ。
子爵は幼い頃からの婚約者と2年前に結婚していて、奥さんと子どもは侯爵領にいるらしい。どうしてここで一緒にいないのかはよくわからないが、別に不仲ではなさそうだ。
ちなみに子爵は30歳で、ヴォルフガングは22歳なんだって。22歳でAランクか……。俺よりチートなんじゃね?
子爵の結婚がこの国の貴族にしては遅めなのは、奥さんが結構年下だかららしい。
子爵は楽しそうに家族の話をしているが、ヴォルフガングは自分の話が出るたびに苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
そこからサツキさんの話になり、なんと彼女が俺と同じ年の日本から転移したということがわかった。しかもかなり近くに住んでたみたいだ。まじか……。
「ってことは、サツキさんは俺の転移に巻き込まれたってことなんでしょうか?」
「そうかもしれません……」
「転移のスタートは同じなのに、違う年に行っちゃうってことがあるんですねー」
サツキさんは多分、俺のせいで転移したってことに気づいていたのだろう。だから俺に対してわだかまりを持ったような態度になったんだと思う。そうだとしても俺にはどうしようもないし、この世界でうまくやってるようだからいいんじゃないって思うけど。だって貴族と親しくしてるんなら、普通の転移者としては大成功になるだろ。
「サツキ殿にはこの3年、とても助けられている。知らない世界でさまざまな苦労があったと思うが、本当にありがたいことだ」
「皆様にお力添えいただいたからです」
言葉は硬いけど、子爵とサツキさんの間には身内に向けるような暖かな空気感がある。ヴォルフガングとの関係は公認なのかな。勢いで踏み込んでみてもいいけど、そこまで知りたいわけでもないし面倒なことになったら嫌だからやめとこ。
食事は和やかに終わり、部屋に戻ると風呂の用意が整っていた。さすが貴族の家だ。メイドさんは風呂場や着替えの説明をしたら下がっていって、入浴の手伝いは言われなかった。いやいや、そんなの期待なんてしてなかったからな!