side巻き込まれ薬師【38】
翌朝は夜が明けないうちから起きて、出発した。
さすがに昨夜は早めに寝かせてくれたので、今日はポーションに頼ることなく回復できた。
朝食のために馬車を止めて外に出ると、だいぶ雲が晴れていてきれいな朝焼けが見えた。
街道はかなり整備されているのでぬかるみにはまるということもなく、馬車は順調に進んだ。
馬車の中で、私はずっとヴォルフィの膝の上に抱えられている。
向かいの座席にメアリがいるからものすごく恥ずかしいんだけど、降りたいって言うと「サツキは馬車に慣れてないから」とかなんとか、あれこれ理由をつけて降ろしてくれない。
まあ、直接座席に座ってるより快適だし、別にくっついてるのは嫌じゃないけども……。
いちゃいちゃしようとするなら断固として離れようと思ってたけど、ただ抱えられてるだけだからもう諦めた。
野営したり街の宿に泊まったりしつつ街道を進むこと数日。モンテス子爵領に入ったあたりから道はでこぼこになり、いかにも山の中といった様子になった。
今回はモンテス子爵領の端っこを掠るように進むので、すぐに隣の伯爵領に入るそうだ。
「モンテス子爵領は治安維持に力を入れてるから割と安全だが、隣はそうでもない。魔獣や、もしかすると野盗の類も出るかもしれない。サツキのことは俺が守るから安心してていいけど、出るかもしれないとだけは思っておいてくれ」
「わ、わかった」
この世界に来てから、危険な目にあったのは最初に魔獣に襲われた時だけだ。でもそれは安全な場所で守られていただけの話で、一歩そこから離れたら危険がすぐ近くにあるということを改めて感じて気を引き締めた。
「……じゃあさ、私が膝に乗ってたらいざという時に動きにくくない?」
「不穏な気配がしたら降りてもらうけど、サツキはそんなに俺から離れたいのか?」
「イエ、ソウイウワケデハ……」
そんな言い方するってずるいと思うの。
いつの間にか隣の伯爵領に入っていて(ちゃんと関所を抜けたそう。ほぼスルーだったらしく馬車の中からは全然気づかなかった)、道のがたつきがひどくなったと思っていたら急に馬車が止まった。
「申し訳ありません、倒木で道が塞がっています。どけられないこともないのですが、何本も倒れているようですので迂回した方がいいかと思います」
マルクスさんの報告にヴォルフィは難しい顔をして、私を座席に下ろすと「ちょっと見てくる」と言って馬車の外に出ていった。
メアリは私と扉の間になる位置に移動し、短剣をいつでも抜けるように構えている。
確かに、立ち往生してる高位貴族の馬車なんて、格好の獲物だから警戒しすぎることはない。
私も一応短剣を収納から出してベルトに差しておいた。魔法もすぐに使えるように心構えをしておく。
様子を見にいったヴォルフィはすぐに戻ってきた。
「この道を進むのは無理そうだ。倒木の数が多い。確かに1本1本は動かせないことはない大きさだが、それを何本もやっていたら時間がかかって危険だ。迂回するとかなり遠回りになってしまうが、仕方ない」
そう言ってため息をつくヴォルフィを見ていると、私にある考えが浮かんだ。
「ねえヴォルフィ、私の収納スキルで倒木を収納しちゃったらいいんじゃない?」
「いや、かなりの本数だから入りきらないと思う」
「それならスキルの容量を確かめられそうだし、それにいっぱいになったら道から外れたところに捨てたらいいんじゃないの?」
「……確かにそうだが」
なぜかヴォルフィは躊躇っている。
「他になにかあるの?」
「近くはないが魔獣の気配がする。だからあまりサツキを外に出したくない」
魔獣……。
急に背中にゾクリと寒気が這い上ってきた。それは怖いし、足手まといでしかない私は馬車の中でじっとしているのが最善だと思う。でも……。
「ヴォルフガング様、お考えの迂回路というのはここから西に戻って分岐点を北に進む道のことでございますか?」
「ああ、そうだ」
私もヴォルフィも迷っているところに、メアリが言葉を挟んだ。
「わたくしの実家はその道を通っていかねばならない場所にありますので、何度か通ったことがございますが、この道とさほど変わらない悪路でございます。倒木が昨日の嵐のせいであるなら、その迂回路も無事ではないかもしれません」
「……それは、その通りだ」
ヴォルフィは少しだけ逡巡したあと、私の方を向いた。
「サツキのスキルで収納してくれ。だが、絶対に俺から離れるな。それに、もし危険が迫ったら俺の指示に従ってくれ」
「うん、わかった」
ヴォルフィに守られながら馬車から出る。
ギリギリ馬車1台分の幅の山道を、ドーンと倒れた木が塞いでいる。倒木の向こうを見ると、確かに他にも木が倒れているのが見えた。
騎士たちを呼び寄せたヴォルフィは素早く指示を出し、マルクスさんが馬車とメアリの護衛に残り、ライデンさんとツヴァイさんが私の護衛についてくれることになった。
「あまり馬車から離れたくない。何本かどけたら一旦戻る」
「うん」
倒木に近づく私にヴォルフィがぴったり貼り付き、それを守るようにライデンさんとツヴァイさんが周囲を警戒する。
緊張しながらそっと倒木に触れ、「収納」と呟くと倒木が一瞬でなくなった。
私以外の3人が息を呑むのを感じながら、次の木を指差して移動する。
道自体がかなりぬかるんでいて歩きにくかったけど、転ぶこともなく順調に倒木を収納していき、4本目を終えた時点で馬車に戻る指示が出た。
私とヴォルフィが馬車に乗り込み、進めるようになった分だけ進む。道が悪いのでスピードは出ない。
「サツキ、あんなに収納して疲れてないのか?」
「うん、全然。容量もよくわかんないけど、まだ入りそうな気がしてる」
容量がはっきりわかればいいのに。例えばステータスみたいに見えるとかさ。
と思った瞬間、目の前に半透明の板が浮かんだ。
「えっ、なに!?」
驚いた私の声を聞いて、ヴォルフィとメアリが一気に周囲を警戒し出した。
「サツキ、なにがあった!?」
「えっ、これ見えない?」
私が板を指し示すと、ヴォルフィは怪訝な顔をしている。メアリも困惑している。
「そこになにがあるんだ?」
警戒を解かないままのヴォルフィに聞かれて板をよく見ると、
・丸太×4
・神託の短剣×1
・乳鉢×1
などと書いてあった。その後も調薬道具や、ポーションなんかがずらっと並んでいる。
間違いなく、これは収納の中身だ。
「えーと、ここに収納の中身が表示されてるんだけど、私にしか見えないみたい」
「それは今まで見れなかったのか?」
「見れたのかもしれないけど、見たのは今が初めて。スキルの使い方ちゃんとわかってるわけじゃないから……」
「……そうか」
危険なことではないと判断したようで、ヴォルフィは警戒を解いた。それを見てメアリも短剣から手を離す。
「私も初めて見てびっくりしちゃって、大声出してごめんなさい」
「いや、いい。それで、収納の中身と、今どれぐらい使っているのかもわかるのか?」
「うーん」
もう一度板をよく見ると、左上あたりに小さな赤い四角があるのに気がついた。さらに目を凝らすと、板の上の方に横線が一本走っていて、その左端が赤くなっているようだった。これはもしかして……。
「容量かもしれない表示はあるんだけど、そうだとしたらまだ全体のうちのほんのちょっとしか使ってないみたい」
「……あんなに何本も木を入れたのにか?」
「これが容量を表してるのかまだわかんないけど……」
この横線が容量で赤い部分が収納した量を表しているなら、もっとたくさん収納していけば赤い部分が横に伸びていくはずだ。そうすればはっきりするだろう。
そんなことを話しているうちに馬車が止まったので、再び降りる。
「まずいな。魔獣に気づかれたかもしれない。気配が近づいてきている」
ヴォルフィが忌々しそうにそう言った。騎士たちも気付いているようで頷いている。
「急ごう。万が一魔獣が襲ってきた場合は、ライデンがサツキを馬車に連れて行ってマルクスとふたりで馬車を守ってくれ。俺とツヴァイで相手をする」
「「はっ!」」
さっきまでとは比べものにならないぐらい高まった緊張感の中で、倒木を収納する。いくらひどい嵐だったとはいえ、これは倒れすぎじゃないだろうかとも思うけど、実際に倒れているのだから仕方ない。
次の木に近づき「あと2本」と思ったところで、ヴォルフィの「早い!?来るぞ!」という鋭い声が響いた。3人とも剣を抜いて構える。
私には全くわからなかったけど、茂みからウルフ型の魔獣が次々と飛び出してきた。ヴォルフィと初めて会った時のウルフより、体が大きくて顔つきも凶悪そうに見える。
2度目の魔獣との遭遇。その原始的な恐怖は、ここが異世界であることを深く私に実感させた。




