side巻き込まれ薬師【33】
「ご苦労だったね。早速見せてもらおうか」
そう言われ、私はまず冷蔵庫にかけてある布をとった。
サイズは小ぶりな2ドアの冷凍庫付き冷蔵庫と、その半分サイズの冷蔵庫のみの2種類だ。
どちらも私の案が採用された装飾で、顔が映るぐらい艶やかな黒で全面を塗って、蔦のような模様が描いてある。模様の色は、冷凍庫付きが金色で、冷蔵庫のみが銀色になっている。
ベルンハルトさんは報告書でおおよそは知っているはずだけど、やはり実物は違うのか興味深そうに冷蔵庫を見つめている。
改めて材質や保冷効果を説明していき、中に入れていた飲み物と氷を試してもらう。
「保冷される道具だってわかっていたけど、それでも実際に冷たい飲み物や氷を出して飲むと刺激的だね。うん、いい感じだ」
試作品第一号としてはいい評価をもらえた。
私は現時点での問題点として、魔石への魔力供給もしくは交換の方法、そして魔法陣の模倣防止をしたいことを伝えた。
「魔石は隠すような構造にして、交換のための職人を派遣できるようにしよう。回収してきた魔石に魔力を供給して、また交換用にすればいい。それから、わざと解体した形跡のある冷蔵庫の修理には一切応じないことにしようか。当然だけど、商業ギルドに権利の登録はするから」
私の質問に一気に回答すると、次はフリッツさんに向き直るベルンハルトさん。
「あと、この魔石にさらに魔法陣を読めなくする付与はできる?」
「できなくはないですが、そうなるとかなり大きな魔石が必要になりますので、使える魔石が限られてきます」
「どうせ生産数も購入者も絞ってスタートするから構わないよ。読めないようにして」
「かしこまりました」
次にヤルトさんの方を向く。
「この装飾は保冷効果に影響してるの?」
「いえ、全く影響ないでさぁ。これはサツキ様のアイディアで装飾しましたが、依頼人に合わせて変えても問題ございやせんで」
「それはいい」
ベルンハルトさんは満足そうに冷蔵庫を撫でている。
次はペンだ。
最終的に万年筆っぽい見た目のペンになった。
私は万年筆の構造もボールペンの構造もわかってないので、私の漠然としたイメージをヤルトさんが試行錯誤して形にしてくれた。
私は試し書きをして感想を言っていただけだ。
しょっちゅうインクをつけなくていいって、本当に楽。ヴォルフィも報告書の代筆に試作品を使って感動していた。
実用向けのペンは装飾なしでシンプルな銀色のもの。
装飾ありの方は黒、ワインレッド、青の3色を作り、キャップに金色の模様を描いてある。
ペンも今回は蔦みたいな模様だけど、受注段階になったら希望に合わせて描くつもりだ。家の紋章なんかを希望する人もいそうだし。
インクは別売りにして自分で足せるようになっているが、インクを足すところ以外は外せないようにしてあり、魔石と魔法陣は見れないようになっている。
ペンの方は試し書きをしたベルンハルトさんから即OKが出た。
ハンスさんも様子は見に来ていたけど触ったりはしていないので、便乗して試し書きをしている。いつもの無表情の向こうに興奮を隠しきれていない……ような気がする。
「冷蔵庫の問題点を大至急で改善して。完成したら商業ギルドに登録して、王家に献上。それから一部の貴族向けに受注を兼ねたお披露目会をする。お披露目会の告知をするところまでは2ヶ月で持っていきたいから、心してかかって」
ものすごいブラックな指示が出たけど、フリッツさんとヤルトさんは目を輝かせてる。
付与術師は不遇職だったから、フリッツさんはこれだけ大きな仕事を任されて本当に嬉しいんだろうな。
ヤルトさんは、元々はモンテス子爵領で冒険者向けに武器を作ってたけど、商売敵のトラブルに巻き込まれて居づらくなって侯爵領に流れてきたんだって。
だけど、侯爵領で武器を作るとなると騎士団の武器が主になって、そこに食い込むのは難しいから仕方なく包丁とか鍋を作って生活してたらしいし、やっぱり大きな仕事に携われて嬉しいんだろうな。
お弟子さんも同じように流れてきた人間らしいので、「これでまともな仕事をさせてやれる」と言って喜んでいた。
単に私の立場の強化のために提案した魔道具だけど、それに人生を変えられつつある人を目の当たりにすると、責任重大で気が引き締まる。ふたりのためにもがんばろう。
「それから、商人の輸送向けの方も早く作って。貴族向けのお披露目が終わったら、いつでも発表できるようにしておいて」
私がひっそりと決意を固めている間に、さらにブラックな指示が追加されている。ふたりとも元気に返事をしているけど、体には気をつけてよね……。
「試作品の完成まではふたりでやってもらうけど、その後に量産し始める時の職人に推薦したい人がいたらハンスに言っておいて。素行調査して問題なかったらメンバーに入れるから」
「「わかりました」」
「他にはなにかある?」
「あの、ベルンハルト様。できれば最初は冷蔵庫の所有者を把握できるほうがいいんじゃないかと思います。例えば、各冷蔵庫に個別の識別番号をつけて、最初に購入したのは誰なのかを記録しておくとか。考えすぎかもしれませんが、仲の良くない貴族なんかが、購入した冷蔵庫をわざと故障させてからどこかの商人に使わせ、侯爵家にいちゃもんをつけてくる可能性もなくはないかと……」
私が懸念事項を伝えると、ベルンハルトさんは満足そうに「考えておく」と言ってくれた。
ひとまずここで私の役割は区切りがついたということにしてくれるそうで、侯爵の許可が出ればシュナイツァー伯爵のところへ行っていいと言われた。
ただ、貴族へのお披露目会へは私の参加は絶対だし、それまでに貴族の立ち居振る舞いを叩き込まなきゃいけないから、1ヶ月後には王都の別邸に入るように言われた。
それに、王家への献上は侯爵が行うけど、私という異世界人のアイディアであることは伝えるから、お呼びがかかったら謁見しないといけない。そのための行儀作法も覚えておかないといけない。
だから王都別邸に滞在する1ヶ月は、ほぼマナーレッスンになるようだ。考えるだけで憂鬱だわ……。
土地勘がない私にはその日程がどうなのかよくわからなかったけど、ヴォルフィが渋い顔をしているから、1ヶ月でシュナイツァー伯爵領へ往復するのはかなりきついみたい。
「兄上、それはちょっと……」
「ダメ、これ以上は延ばせない。量産体制に入ったら職人の人数も増えて、どこからか情報が漏れるリスクは格段に高まるんだから。それにサツキの立ち居振る舞いも完璧にしておかないと婚約者であるヴォルフも困るんだよ。これは父上の意向だから従って」
「……はい」
「ヴォルフとサツキはもう外れていいから父上のところに行っといで。準備も出発も早くしたほうがいいでしょう?」
急に抜けてしまうことをフリッツさんとヤルトさんに謝ると、満面の笑みのふたりに「こっちのことは気にせず旦那さんと楽しんできてください!」的なことを言われた。結婚してないし新婚旅行なわけでもないからね!?
侯爵に面会の依頼をするとすぐに会ってもらえた。日程はベルンハルトさんに言われた通りで、準備が出来次第出発していいと言われた。
道中の護衛をする騎士と、同行させるメイドさんの選抜とか荷造りはもう手配されていて、本当にこの家の人は仕事が早すぎる……。
護衛をする騎士はモンテス子爵領からここまで護衛してくれた3人だった。
既に数日前から侯爵邸にきていて、こちらの騎士団の訓練に混ざっていたらしい。
長期間の拘束になるから悪いなと思ったら、シュナイツァー伯爵に会えるかもしれないから希望者が殺到してたらしい。その中で、私を護衛した経験があるということで3人が勝ち抜いたんだって。
今回はメイドさんもひとり同行してもらうんだけど、メアリという名前の彼女もスキルが「剣術」で、ある程度の訓練を受けているらしい。
というか、今この家に女主人がいないから立場があやふやになっているけど、男爵家の三女であるメアリは本来なら侍女になるべきなんだそう。
そういう使用人をひとまず私とコンスタンツェさんに分けてつけて、家の中の組織も明確にしていくつもりみたい。
ヴォルフィはその日のうちに、シュナイツァー伯爵宛に「これから向かう」という手紙を出していた。冒険者ギルドに依頼したら一瞬で受注されたらしい。こっちもシュナイツァー伯爵に会えるかもしれないからだそうだよ。すごい人気だね。
私の荷造りも既に終えられていて、私がやったのは調薬道具なんかをこっそりスキルで収納しておくことだけだった。
全部の荷物を収納することも考えたけど、私のスキルを大っぴらにするかどうかまだ決めていないからヴォルフィに却下された。
それに、もし私の収納スキルに全ての荷物を入れた状態で私だけがはぐれでもしたら、荷物が全部行方不明になるからよくないって言われた。確かにそうだね。
同じ理由で、ヴォルフィのマジックバッグにも個人の荷物と非常食しか入れていないそうだ。
そんな感じで準備は日暮れ前に終わって、明日の早朝に出発することになった。




