side巻き込まれ薬師【30】
研究棟は、離れとは別の方向の庭の外れにあった。もともと倉庫だったそうで、無骨な見た目の平屋だ。
私たちが来ることを先に使用人さんが伝えに行っていたので、建物の前でふたりが待っていた。
魔術師っぽいローブを着て眼鏡をかけた人間の青年が付与術師で、ドワーフが鍛治職人だろう。
ふたりとも高位貴族を前にしているせいか、緊張した面持ちだ。
かたや私は、ドワーフって本当にいるんだ、と感動してまじまじと見たくなる衝動を抑えるのが大変だった。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
人間の青年がそう言うと、ドワーフも黙って頭を下げた。
「構わないよ。中で話そう」
建物の中はとても広い空間になっていて、片隅にテーブルと椅子が置かれている。奥の方に扉が見えるので、他にも部屋があるみたいだ。
テーブルと椅子に座ると、メイドさんがお茶を用意してくれた。ここには台所がないので、屋敷の方からわざわざ持ってきてくれたらしい。
「じゃあ改めて。僕が魔道具開発の責任者ベルンハルト・カール・アイゼルバウアーだよ。こちらの女性が異界からの客人で魔道具のアイディアの提供者、ゴトウ・サツキ。その隣が私の弟のヴォルフガング・クリストフ・アイゼルバウアー。サツキはヴォルフガングの婚約者でもあるからそのつもりでね」
ベルンハルトさんが初っ端から釘を刺していくので、技術者ふたりの顔がますます引き攣っている。
私が蔑ろにされてしまうと、侯爵家として判断を下さないといけないようになるから、双方の安全のためであることはわかるけど……。
ガチガチに緊張しつつも、どうにか自己紹介をしてくれたことによると、ドワーフの鍛冶職人がヤルトさん、付与術師がフリッツさんという名前だった。
ヤルトさんは領都で工房を営んでいて、フリッツさんは侯爵家お抱えの付与術師で、これまでは魔石の鉱脈の近くで魔道具を作っていたんだそう。
私は災厄などの詳細は伏せて、異世界から迷い込んできたため侯爵家で保護され、ヴォルフィの婚約者になったということをサラッと説明した。
「技術者ではないので構造や理論などは詳しくありませんが、アイディアの欠片だけでもご提供できたらと思っています」
と、逃げを打つことも忘れない。
私が挨拶すると、ベルンハルトさんの仕切りですぐに話し合いが始まった。
「サツキの資料はすでに確認してるよね。まずはその中からいくつかに絞って試作を行いたいから、どれにするかを決めよう。僕が意見を言うと決定事項になってしまうから、先に技術者の考えを聞こうかな」
ベルンハルトさんの言葉にヤルトさんとフリッツさんは顔を見合わせ、先にフリッツさんがおずおずと話し始めた。
「付与の面から申し上げるなら、冷蔵庫やシャワー、オーブンにコンロといったひとつの動作だけのものは作りやすいと思います。ペンは極小の魔石に付与しないといけないので必要な魔法陣が入り切るかやってみないとわかりませんし、条件に合う魔石が安定して手に入るかが不安です。洗濯機と電話はかなり複雑なものになるので試作に時間もかかりますし、完成できるかもなんとも言えないです」
「わかった。ヤルトは?」
「正直なところ、なんの素材で作るべきかが見えてこねぇんですわ。見たところ、全体的に熱を伝えない素材が必要だとは思うんですが」
ヤルトさんは鍛治職人。主に扱うのは金属だろう。
それに対して、日本で家電使われていた材質は……なんだろう。あれはプラスチック?それなら石油から作らないといけないけど、この世界に石油があるのかもわからないし、あったとしても石油からプラスチックに加工する方法を私は知らない。
それにプラスチックは自然に分解されないからあまり持ち込みたくない技術でもある。
そういえば樹脂なんかも使ってたような……。
「ああ、確かにそうだね。サツキ、元の世界ではなんの素材を使っていたの?」
やっぱりこっちに回ってくるよね。
うーん、樹脂ならこの世界でもなんとかなるかな?
「私もはっきりとは知らないのですが、おそらく何かの樹脂かなと思います」
「ジュシとは?」
「えーと、特定の種類の木の幹を傷つけて、そこから滲み出る液体……です」
たぶん!!!!!!!!!
「ふーん。そんなの聞いたことある?」
ベルンハルトさんの問いに、フリッツさんとヤルトさんは揃って首を振る。
「兄上、木の幹から液体を採取するというのは依頼でやったことがあります。その時はなにかの薬の材料だったと思いますが」
さすが冒険者。
「そう。じゃあ違う用途に使える木もあるかもしれないね。ヤルト、素材はこちらで調べてみるからしばらく待ってくれる?」
「へい」
「素材のことを考慮しないなら、サツキはどれがいいと思う?」
「そうですね……。個人的にはペンがほしいです。あとは冷蔵庫と洗濯機があると家事に役立ちそうだと思いますけど」
「うん、だいたいわかった。方針としては付与がシンプルなものから世に出しつつ、同時に複雑なものも研究を進めておく。先に発表したものの衝撃が落ち着いた段階で、次を出せるように準備をしておく。これはいいかな?」
全員が頷く。
「で、先に作るものだけどペンと冷蔵庫にしようと思う。なぜかというとね、まず販売するのは貴族相手になるから、屋敷の裏側で使うような実用品じゃなくて見せびらかせるものにする必要があるわけ。そうなるとこの中では冷蔵庫とペンだよね」
「……冷蔵庫も裏側で使うものでは?」
思わず口を挟んでしまった。だって冷蔵庫といえば厨房に置くものでしょう?
「もちろん裏方で使う用も開発するけど……例えば客を招いて晩餐会をしたとして、その会場に美しい装飾を施した魔道具が置いてある。そしてそこからよく冷えた飲み物や果物を取り出して目の前で提供する。これはなんだ!って客が驚けば、ホスト役は鼻高々だよね。そういう、見せびらかすための冷蔵庫を考えてるよ」
「な、なるほど」
そんな使い方考えてもみなかった。冷蔵庫なんて生まれた時から存在するものだったから、そこから冷えたものを取り出すだけでパフォーマンスになるなんて目から鱗すぎる。
「そっちはサイズは小さめでいいから見た目にこだわろうと思う。ちょっと時間差で、容量を増やして装飾をなくした実用品を発売する。これは厨房に置いたり、商人の輸送用を想定してるよ。どうかな?」
「完璧だと思います」
「そう、よかった。ペンも似たようなものだね。そもそも字が書けるのがある程度の教育を受けた者だけになるから、必然的にペンを使うのは上流階級がメインになる。となると冷蔵庫と同じで、見た目にもこだわって見せびらかせるペンがいいよね。こっちは贈り物としての需要も見込んでるよ。ペンも時間差で装飾がない実用品も出すつもり。商人とか、領主の元で書類書いてる役人向けだね」
日本とは身分なんかの社会構造が根本的に違うから、ターゲット層の設定からして全然違うということがよくわかった。
やっぱり販売はお任せして正解だわ。
営業の仕事なんかをしてたわけでもないから、マーケティングに詳しいわけじゃないし。
「というわけで、ふたりにはまず冷蔵庫とペンを優先しつつ、他のも作っていけるように開発してもらいたい。製品として固まるまではあまり人を増やしたくないけど、手が足りなかったら言って。力仕事だけなら騎士にやらせるし、技術者が必要なら追加で雇うから。あと、手に入る素材をあれこれ注文してあるから、そろそろ届くはずなんだよね。それは好きに使って構わないし、足りないものは買うから早めに言ってね。設備もこれからだから必要なものはどんどん言って。魔石も十分な数を手配してるから遠慮なく使って」
「ありがとうございます」
「それから、魔道具の見た目の方は別の女性、僕の婚約者なんだけど、そっちが担当するからいずれ引き合わせるし」
「は、はい」
さらに貴族が追加されると聞いて、ふたりの顔がまた引き攣った。
「じゃあ僕は行くけど、なにかあったらそこの副官に言って。毎日様子を見に来させるから」
そう言われて初めて、壁際に男性が立っていることに気づいた。なんというか地味としか言いようがなく、印象に全く残らなそうな人だ。
「ベルンハルト様の副官を務めておりますハンスと申します。以後、お見知りおきください」
無表情のまま淡々と挨拶された。
ハンスさんの無表情は侯爵やアルブレヒトさんのような貴族的な感じじゃなくて、例えるなら感情のない密偵のような……。
密偵……。やっぱりそうなのかな。
実はずっと気になってることがあるんだけど、私の厨二病的妄想だって言い聞かせてたんだよね。
折を見てこっそりヴォルフィに聞いてみよう。
そのあとはフリッツさんとヤルトさんに猛烈に質問攻めにされ、夕食だと呼ばれてようやく解放された。
つ、疲れた……。
私の夕食は部屋に用意してもらうようお願いして、ヴォルフィの腕に縋るようにして部屋まで戻った。
私を残していくのがめちゃくちゃ心配そうだったけど、今日は家族の溝を解消してきてくだされ。私はひとりでだらけながら食べますから。
お風呂を済ませ、半分寝ながら夕食も終わらせ、でもまだ寝たらダメなのでスッキリするような飲み物をメイドさんに頼んだ。
晩餐の時の話がどうであれ、たぶんヴォルフィは終わった後にここに来ると思う。来ていいって私が言ったし。だから私は起きて待っていたいの。




