side巻き込まれ薬師【28】
やっぱりそうなのか……。
薄々自分でも思ってたんだよ、変わった呼び方をしちゃってるようだって。
初めて呼んだときのヴォルフィも微妙な表情してたしさ。侯爵家の人はみんなヴォルフって呼ぶしさ。
でも、いきなり変えるのもおかしいかなって思ってずっとそのままなのですよ。ついに突っ込まれたか……。
「……いえ、私が呼び始めました。やはりおかしいのでしょうか?」
「おかしいとは言わないが、なんというか親密さを感じさせる呼び方なのに実際の距離感がそこまでではないようで、違和感があると言えばあったな」
「そうですか……。私のいた国では私のような名前が一般的で、ヴォルフガング様やアルブレヒト様のようなお名前は外国で使われる名前だったんです。『ヴォルフガング』という人物が登場する物語の中でそう呼ばれていて、他に例も知らなかったのでよくある呼び方だと思って使ってたんですが、違うんですね……」
正確には物語じゃなくてモーツァルトが主人公の映画だけどね。
「それは親しい女性が呼んでいたのではないか?」
「確かに奥さんがそう呼んでました。……そういうことですか」
なんてこった!奥さんとか恋人が呼ぶような親しげな呼び方をいきなりしてたのか!
それは微妙な顔もするだろう。申し訳なさでいっぱいだわ。
よく愛想を尽かされなかったものよ……。
「だが今は婚約者なのだからなにも問題あるまい」
「そうですね……」
じゃあわざわざ突っ込まないでほしかったけど、自分でもどうなのか気になってはいたから、はっきりしてよかったと思っておこう。余計なダメージを食らったけどね!
「長らく引き止めて悪かった。ヴォルフも戻っているだろうし、好きなところに昼食を用意させよう。代わりと言ってはなんだが、晩餐はヴォルフを貸してもらえないだろうか?」
「もちろん構いません」
早速わだかまりを解消するための話をしてくれるようだ。それなら反対する理由なんてない。
「感謝する」
そう言ったアルブレヒトさんは初めて微笑んだ。
それはヴォルフィを少し大人にしたような感じで、不覚にもときめいてしまった。数年後にはヴォルフィもあんな感じになるのかな。ふふふ。
アルブレヒトさんと一緒に部屋から出ると、部屋の前にヴォルフィがいた。
話が聞こえない程度の距離は保っていたけど気になっていたようで、私たちが出てくるのを見て不安そうな表情が明らかにホッとしたものになった。
「兄上、サツキのスキルになにかあったんですか?」
「いや、スキルは聞いていた通りだった。サツキ殿には別件で時間をもらっていた」
「別件……」
ヴォルフィの表情が急激に不安げなものに変わっていく。
「そのことをお前にも話したいから、今日の晩餐は私たちと共にしてほしい。サツキ殿の了承は得ている」
私の方をチラリと見てくるので、安心させるように微笑んで頷いておく。
「わかりました。サツキがそれでいいなら」
「では今日は食堂に来るように。昼食は好きな場所に用意させるが、どうする」
また私の方を見てくるので私の希望でいいか。
「ではバスケットに詰めてもらえますか。庭でピクニックのように食べたいです」
「わかった」
アルブレヒトさんは近くにいた使用人さんを捕まえ、昼食のことも含めていくつかの指示を出して去っていった。
用意されたバスケットと敷物を受け取り、庭に出る。
どちらからともなく離れが見える芝生の方へ向かい、適当な木陰で敷物を広げた。
バスケットの中を見ると、外で食べやすいようにサンドイッチにしてくれている。
ヴォルフィに支えてもらって敷物に座ると、そのまま後ろから抱きしめられるような体勢になった。
ドキドキするシチュエーションだけど、ヴォルフィがなぜか切羽詰まったような雰囲気で、ドキドキというより心配になってくる。
「ヴォルフィ、どうしたの?」
「……兄上に嫉妬するなんておかしいのに、ふたりだけで話していたことが気になってしょうがない」
私の肩に顔を埋めながら苦しそうにそんなことを言うので、話の内容を言いたい衝動に駆られたけど、ぐっとこらえてヴォルフィの頭を撫でる。
「それは夕食の時にお兄さんがちゃんと教えてくれるから、もうちょっとだけ待ってね。私もヴォルフィが苦しそうなのは嫌だから言ってしまいたいけど、それはお兄さんに悪いから我慢するし。お兄さんから聞いた後でももやもやするなら、夜中でもいつでも私の部屋に来ていいから。ね?」
「……わかった。ごめん」
まだ不安は全然とれてないような表情で言われても説得力はないんだけど、でもやっぱり勝手に話すわけにいかないからさ。
「私のスキルのこと聞いてくれる?」
「ああ、もちろん」
それからサンドイッチを食べながら、スキルは自覚してたのと一致してたこと、調薬は既にレベルが高い状態らしいこと、神官さんたちのスキルに近いらしいこと、他のスキルも強力になってそうだから試した方がいいことを話した。
「スキルの練習に入る前に、一通り試してみたいの」
「ああ、そうしよう。全スキルが強力だとしたら、サツキは最強になれるかもしれないな」
やっと冗談っぽいことを言ってくれてホッとした。まだ無理してるっぽいけど。
「あ、あとね、私がヴォルフィって呼んでることをお兄さんに突っ込まれたよ。全然わかってなくて、親しくない時から親しげな呼び方しててごめんね」
「いや、構わないしむしろうれしい。サツキだけに呼ばれる特別な呼び方だからな。サツキが考えたのか?」
「うっ……」
ごめんなさい、パクリなんです。
元の世界の他国にいた有名作曲家が、物語(本当は映画)の中で奥さんに呼ばれてた呼び方だって説明したら、予想に反してすごくうれしそうだった。
「サツキの元の世界での呼び方なんだったら、それはこの世界では俺だけだろ?」
「え、でもヴォルフ〇〇って名前の人で同じように呼ばれてる人はいるかもしれないよ」
そんなに変わった呼び方じゃないと思うし。
「そうだとしても由来は違うだろ?その作曲家の物語からとったのは、この世界では俺だけだ」
「そだね」
あまりにも幸せそうな表情で抱きしめてくるから、他の転移者は知ってるかもしれないという言葉は飲み込んだ。
ヴォルフィが離れの見えるこの場所に来るのは、きっといずれ離れに足を踏み入れるための心の準備をしているのだと思う。
だったら、ここではたくさん幸せな気持ちになって、離れを見てもかつての嫌な思い出じゃなくて、私との幸せを思い出すようになれたらいいなって思ってる。
大事なのはそこだから、細かいことはどうでもいいよね、うん。
そのままモーツァルトについて知ってることを説明していると、ヴォルフィが急に真顔になって私を抱く腕に力を込めた。
「誰か来た」
呼び方の話が気になる方は映画「アマデウス」をご覧ください!




