side巻き込まれ薬師【27】
話とは……なんぞや……?
なんとなく認められたつもりでいたけど、アルブレヒトさん個人的には思うところがあって苦言を呈されるんだろうか……。
「……わかりました」
一気に吹き出した変な汗に塗れながら、アルブレヒトさんの向かいの席に座り直す。
未婚の男女だけなので、間違いがないように扉は細く開けられている。扉のすぐ外にも誰か控えているのだろう。
「そう緊張しなくていい。別に文句を言いたいわけではない。それに、仮に思うところがあったとしても、父上が認めた人を陰で責めるようなことはしない。その辺りは弁えているつもりだ」
苦情じゃないとわかってホッとした。
最近この緊張と安堵のアップダウンがありすぎて堪えるわ……。
「文句というよりむしろ礼を言いたい。サツキ殿のおかげでヴォルフとの間にあった溝といったらいいのか、ズレて噛み合わなくなってしまっていたものが解消に向かうようになった。父上は立場上、貴女に頭を下げることはできないが感謝しているのは同じだ。僭越ながら私が父上の意を汲み代理で感謝を伝えている」
「それは、お役に立ったなら幸いです。ですが、私はヴォルフガング様をお慕いしていただけですし、それに元々は自身の安全を求めての行動ですので……」
「お慕いする」なんて言葉を実際に口にする日が来るなんて!!!
鳥肌立ちそうなのと苦笑が漏れそうなのを抑えるのに必死です。
「ヴォルフが家を出るまで、自分たちのやり方が間違っているとは誰も思っていなかった。妹……ヴォルフにとっては姉だが、あの子も私たちにとっては家族の一員であったから、ヴォルフに危害を加えることをやめさせればいいと思っていた。ヴォルフも身の安全が守られればなんの屈託もなく育っていくと思っていた」
アルブレヒトさんは大きくため息をつくと、お茶を一口飲んだ。
「そうじゃなかったとわかったのは、ヴォルフが冒険者になると言い出してからだった。いつの間にか狩りや野営のやり方まで身につけて、思い詰めた表情で父上に申し出ているのを見て、初めてヴォルフの置かれた状況をヴォルフの側から見ていなかったことに気づいた」
再びため息をつく。
「引き止めようにも本人が頑なであったし、それに正直なところ、引き止めてもかけ違った状態をどうしたら解消できるのかわからなかったから、離れて冷却期間をおくほうがいいんじゃないかと思ったんだ。籍は残しておけば適当なところで戻ってくるだろうと思っていた」
それであんな中途半端な状態になっていたのか。
でも、ヴォルフィから話を聞いた印象では、距離を置いただけで解消できるような単純なものではないと思う。
そんな気持ちが顔に出ていてしまったらしく、アルブレヒトさんは困ったような表情をした。
あんまり口を出す気はなかったけど、聞いてくれる気はあるみたいだし言ってもいいか。
「確かに、私が現れたということがなければ、ヴォルフガング様はどちらかの立場を選ぶというときに、平民の冒険者を選んでいたのだろうと思います。今も貴族に戻るとは決めても、それで結局なにをするのか、なにができるのかがわからず不安に感じているようでした。ヴォルフガング様のことを気遣っておられるなら、まずは立場を明確にしてあげてください。そしてそのために不足している知識や能力があるなら、補うための教育のお手配をお願いします」
彼が感じている不安定さの根底は幼少期の疎外感で、そこに積み重なるようにして立場の不明確さがあると思う。
アルブレヒトさんの表情を伺うと、まだ続きを求めているようなので、もう少し踏み込むか……。
「私の生きていた国には貴族はいませんでしたので、見当違いのことを申し上げるかもしれないと先にお断りしておきます」
アルブレヒトさんが頷くのを確認して続ける。
「私のイメージでは、貴族は子どもを愛情を持って育てるというよりは、その家における役割を全うさせるために育てるという認識です。アルブレヒト様は次期侯爵としてふさわしくあるように、ベルンハルト様はその補佐と申しますか……」
「私に何かあった時のスペアだな」
私が言い淀んだことをズバッと言われてしまった。
「……はい。それ以外の令嬢や子息は家門に益になる家に嫁いだり婿入りをするもので、国によっては国の官吏や騎士になる道もあるというイメージです」
「だいたい合っている。国の官吏や騎士というのは最高神の神官や聖騎士が務めるから一般的ではないが、どうしても希望するなら聖職者になれば就くことはできる」
「であるなら、本来は外に出されるはずのヴォルフガング様が、順調に冒険者としてレベルを上げて活動していたのに、原則の通りに行動していたのに、それに反するように家に戻された。おそらく刷り込まれた常識に矛盾しているから混乱しているのだと思います。どうしてそうしたのか、なにを求めているのかを明らかにして安心させてあげてください」
「……サツキ殿、私たちはヴォルフを無理に連れ戻したわけでは……」
「はっきりそう言わなくても、戻らないなら籍を抜くって言われて、しかもすぐ決めないといけないんだったら戻る方を選ぶしかないですよね?冒険者はなろうと思えば改めてなれますから」
「……」
「ヴォルフガング様が戻ると決めたのは、やはり幼い頃の心の傷が癒されたがってるからだと思います。私という要素も多少はあったのかもしれませんが、『もう一度信じてみたい』という気持ちが大きいのだと思います。だからきっと、1番大事なのは『あなたを大切に思っています』と言動で示してあげることではないでしょうか。子どもの頃の記憶を上書きしてあげつつ、ここに戻ってきた意味を、必要とされてるという実感を与えてあげることが重要なのではないでしょうか」
「……そうだな、サツキ殿の言う通りなのだろう。私たちはなにを見ていたのだろうな……」
「こういうのはちょっと距離のある他人の方が客観的に見れますから」
それに、大事にされたという実感がないのは私も同じなのでね。
「今お聞きしたお気持ちを、そのままヴォルフガング様に伝えられてはいかがですか?長年のわだかまりを先に解消してしまってから、これからのことを話し合われる方がいいと思います」
「そうだな、そうしよう」
アルブレヒトさんはようやく安心したような、長年の重圧がマシになったような表情をした。
「失礼かもしれませんが、大貴族なのにずいぶん愛情深いというか、もっと政略に寄った扱いをするものだと思ってたので意外に感じてます」
「その認識で間違っていないが、私は私個人の感情としてヴォルフの気持ちを見誤っていたことに罪悪感を持っている。父上はどちらかというと、当主として妻や娘を監督しきれず、ゴタゴタを社交界に知られてしまった監督不行き届きを悔いているのだと思う。ヴォルフを見るとその不甲斐なさを思い出すのだろう。ベルンは……あいつは当時も今もなにを考えているのかよくわからない。もしかするとあいつは当時も客観的に現状を見定めていたのかもしれないな……」
それはあり得そうだ。
そして、彼もまた自分の立場を弁えているから、思っても言わなかった可能性はとても高い。
それぞれがそれぞれの事情のためとはいえ、それでヴォルフィの心の傷が癒えるならなんだっていいと思うよ。
「侯爵様やベルンハルト様も含めてということに拘らず、アルブレヒト様のお気持ちだけでも伝えてあげるときっとヴォルフガング様は安心されると思います」
「そうだな。ふたりにも聞きはするが、私だけでもヴォルフと話そう」
よかったよかった。
「ところでサツキ殿。これは個人的な興味なのだが、ヴォルフのことを少し違った特別な呼び方をしているな。あれはヴォルフが言い出したのか?」
「ゔっ……!」
解決した穏やかな空気になって、そろそろ退出しようかと思ったら予想外の爆弾を投げられて、思わず変な声が出てしまった。




