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それぞれの異世界転移〜勇者と聖女と巻き込まれ薬師と巻き込まれ〇〇は、どう生きますか? みんな最後は幸せになりたいよね〜  作者: 紅葉月


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side巻き込まれ薬師【24】

 ばっと立ち上がり向かおうとすると、執事さんに止められた。


「急いでお越しくださったので、しばらく休憩してもらうよう旦那様から指示されております。その間にお二方に婚約の手順の説明をするようにも仰せつかっておりますので、どうぞおかけになってお聞きください」


 言われてみればこれからなにをどうするのか全く知らない。魔道具のことを書き出すのに夢中になっていて頭からすっぽりと抜けていた。

 ヴォルフィさんを見ると、彼もすっかり忘れていたようで「あちゃー」という顔をしていた。


「それほど複雑なことはいたしません。要は婚約の内容が記された契約書に、同意して署名するというそれだけのことでございます」


 ロマンのかけらもないのね。まあでもこれは本来は貴族の家同士の契約みたいなものなんだから、それも当然か。


「主な契約の内容は、婚姻の時期、婚姻後はどちらがどちらの家に入るのか、持参金の有無や金額、婚約解消の条件やその際のペナルティ、あとは不測の事態が生じた時の対応ですね。それを確認し、問題なければ当人たちと双方の家長が署名して婚約が成立します。同じ内容で3部作成して、婚約者双方と公証役場が保管することになります」

「なるほど」

「具体的な内容ですが、お二方の婚姻の時期は未定で1年後に決定することになります。婚姻後はサツキ様がアイゼルバウアー侯爵家に入られることになり、持参金の代わりに異界の知識を提供いただきます」

「わかりました」


 それは昨日も言われたし、既に魔道具の形で動き出してるから問題ない。他にも私の知っていることで役立つことがあるなら提供することに異存はない。


「婚約解消の条件ですが、サツキ様が万が一にも当家に仇なす方だと判明した場合は即刻婚約解消のうえ、しかるべき刑罰を与えるということは記載させていただきます。それ以外はお二方のご意向を反映するとのことです。いかがなされますか」


 それも昨日言われていたことだし、仕方ないと思う。

 この世界の住人と違って私の素行調査をするのも無理だし、会って数日で信用なんてできないでしょう。たぶん他国の間諜疑惑も持たれてるんだろうなぁと思うし。


「サツキさんにだけ重い条件を課すのは不公平ですね。俺にも条件をつけてください」

「ええ……」


 いきなりそんなこと言われてもなぁ。


「サツキさんの元の世界では、どんな時に婚約解消になるんですか?」

「うーん、婚約解消というより離婚の理由ですけど、浮気とかDV……ええと家庭内暴力とか借金あたりですかねぇ」


 性格の不一致が1番多いって聞いたような気もするけど、それは契約書に書くのは難しそうだし、この世界では認められない気がするし。


「浮気は不貞行為のことですね。家庭内暴力というのは具体的にはどこまでが含まれますか?」

「配偶者に暴力を振るったり怒鳴ったりして心身を傷つけるとか、あとは体の関係を強制的に持つとかですかね……。私も元の世界での法律上の定義をわかってるわけじゃないですけど」

「わかりました。借金というのは、俺個人がしてもいけないということですか?」

「したらダメというか、私を勝手に保証人にしたり、借金を残して行方不明になったりとかですかね……。身に覚えのない借金をいきなり背負わされるのが困るってことです」

「ああ、なるほど。では全部入れておきましょう」

「……ありがたいですけど、この国の常識から外れることなら無理に入れなくていいですよ」


 この国は見た感じ家父長制っぽいから、後継ぎを作るために体の関係を強制されるとか、折檻で手をあげるとか、男の浮気は当然みたいな考えがあってもおかしくないイメージだ。

 もちろん私には受け入れ難いことだけど、要はヴォルフィさんがそれをしないならわざわざ契約書に入れて悪目立ちしなくてもいいと思っている。


「もちろん契約書に書かなくても、俺はサツキさんを裏切るようなことは絶対にしません。でも、これはサツキさんのいた世界では許されないことで、サツキさんも嫌だと思っているなら入れましょう。もやもやさせたままの婚約は俺が嫌です」

「……ありがとうございます」


 執事さんはよく訓練されていて表情が全く変わらないので、私が言ったことをどう思っているのか全くわからない。

 なら、気にしなくていいか。どうしてもダメなら侯爵からダメ出しが入るだろう。


「もし俺のせいで婚約解消になった時は、何を望みますか?」

「うーん、とりあえず当面の生活に困らない金銭と住居と仕事を保証してもらうことですかね……。あとは私に悪評が立たないように配慮してほしいです」

「それはもちろんです」

「私が悪人だった場合のことは聞きましたけど、それ以外で私が原因だったときはどうしますか?」

「……サツキさんの方が後ろ盾もなく立場が弱いので、何も求めたくないです」


 いやいやいや、それは私に甘すぎるでしょう。

 確かに寄る辺のない立場である私には差し出せるものもないけれど。


「婚約解消して、今後一才侯爵家とは関わりを持たない。それまでに提供した技術や知識は侯爵家に帰属するってところですかね。侯爵家について知ってしまったことを口外できない魔法契約を結ぶってのも入れておきましょうか」


 私の提案にヴォルフィさんは「厳しすぎる……」と不服そうだったけど、どうにか了承してくれた。

 


 執事さんは話し合った内容を先に侯爵に伝えてくると言って出て行った。改めて迎えにきてもらうまでは待機だ。

 普段ならもうすぐ夕食という時間なのでお腹が空き、お茶請けに置いてある焼き菓子についてが伸びてしまう。

 というか、公証人の勤務時間はどうなってるんだろう。こんな時間に来なくても、明日でよかったのでは?

 それをグチのような気持ちでヴォルフィさんに言ったら苦笑していた。


「領主の直系の婚約ですからね。公証人の中でもそれなりの立場の人間を派遣しないといけませんが、人数が限られているので出払っている場合もあり得ます。おそらく父上が今日中と依頼したので、大急ぎで呼び戻してやっとこの時間に来れたというところでしょう」

「……それはなんか申し訳ない」


 うん、夕食が多少遅くなるぐらい我慢しましょう。

 それに、早く婚約できるのが嫌なわけではもちろんないし。


 そんな会話をしているうちに、執事さんが迎えに来たので今度こそ公証人のところへ向かう。

 案内されたのはなんというか、豪華な会議室という感じの部屋だった。

 広くて大きなテーブルが中央にドンと置かれ、椅子がテーブルを囲むように置いてある。

 公証人と補佐らしき人がテーブルの一辺の前に立っていて、隣の辺に侯爵が座っている。

 侯爵の向かいの並びに座るよう促されたので、ふたり並んで座った。(後で聞いたけど、本当は両家が向かい合って座るからヴォルフィさんは侯爵の隣に座るものなんだって。たぶん私をひとりにしないようにっていう侯爵の配慮らしい)


「それではこれよりヴォルフガング・クリストフ・アイゼルバウアー様とゴトウ・サツキ様の婚約における契約の儀を行います」


 公証人の宣言から始まり、侯爵とヴォルフィさんと私がそれぞれ虚偽を行わないという宣誓を立てた。

 それから契約書の内容が読み上げられたが、さっき話していた内容がそのまま反映されていて少し驚いた。

 さらにそこに、私が属する家の当主の署名はなくても私に一切の不利益はなく、契約内容の履行になんら影響を及ぼさないという内容の文言も盛り込まれていて、思わず侯爵を見ると黙って頷かれた。

 侯爵の真意は全然わからないけど、でもだいぶ好意的に受け入れられていると思っていいんだろうか。


 全ての内容が読み上げられ、その内容でよければ署名する段階になった。

 まず侯爵のところに公証人と補佐が契約書とペンを持っていき、侯爵が3枚とも署名した。

 次にヴォルフィさんが署名して、最後が私だ。この順番は家格が高い方からになるそうで、貴族じゃない私が後なのだ。

 元の世界の文字でいいと言われたので「後藤彩月」と漢字で書いた。

 そこに公証人が、正式な文書であることを証するために署名し、契約が締結された。

 侯爵と私に1部ずつ渡され、公証人は去っていった。


 これで無事にヴォルフィさんと婚約できてホッとした。

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