side巻き込まれ薬師【23】
1日おきで投稿できていたんですけど、昨日は台風の気圧のせいでダウンして1日遅れになってしまいました。申し訳ないです。
「敷地内の使っていない建物をひとつ研究棟にするつもりだよ。昨日から荷物を運び出してるから、今日明日中には使えるようになるだろう。設備は職人が来てから必要なものを入れていく予定だね」
「はい」
仕事が早いです。
そして使ってない建物が平然とあるなんて、さすが広大な敷地です。
「職人は、とりあえず付与術師と鍛治師ひとりずつを選定して、試作はそのふたりを中心に最低限の人員で行うよ。ほぼ絞り込んであるから、こっちも明日にでも決まると思う。サツキ殿も面接したい?」
「いえ、それはお任せします。信用できる方を選んでくださると思いますので」
「魔道具事業に関わる外部の人間は、全員契約魔法で秘密保持を厳守させる。サツキ殿の出身も口外できないから、そこは心配しないで」
「ありがとうございます」
「職人が決まったらすぐ顔合わせをしたいから、婚約の手続きと神官の鑑定以外は体を空けておいて。それから、候補の魔道具を選んで、見た目とか使用目的なんかをまとめた資料を作ってくれる?できたら顔合わせより先に確認しておきたいから早めにお願い」
「わかりました」
言いたいことを言い終わると、ベルンハルトさんは執務に戻っていった。
楽しそうな笑顔を浮かべたまま去っていくベルンハルトさんの背中を、ヴォルフィさんはなんとも言えない表情で見送っていた。
「……兄上、あんな人だったっけ……」
心の声が漏れてしまったらしく、ハッとしてバツが悪そうに頭をかいている。
「お兄さんは、今までどんな印象だったんですか?」
「ベルン兄上は、笑顔で接してくれたのは前からですけど、優しいのも変わらないですけど、でもなんていうか今日はなにかが違って……」
ベルンハルトさんは、腹黒だと思うよ。
間違いなく。
「俺、兄上のことも何も知らなかったのかもしれないって急に不安になって……」
しょぼんとしているヴォルフィさんに「腹黒の本性が出たんでしょう」ってそのまま言うのは躊躇われて、「掴みどころがない感じですかね」ってぼかしたら「そうです!」って力一杯頷いていた。
いや、わかりやすく腹黒だよあれは。
でも、侯爵も戸惑った空気を出してたから、本当に今までは猫をかぶって隠し通してたのかもしれないけど。
「今までは接する時間が少なかったから仕方ないですよ。これからたくさんお互いのことを知っていったら大丈夫ですよ」
ヴォルフィさんの手を両手で包み込みながらそう言うと、ホッとした顔をしていた。
あんまり世間擦れしてないしてないこの人を純粋なまま置いておきたいと願う私は、間違いなくベルンハルトさんと同じ側にいるんだろうなぁとしみじみ感じた。
「サツキさん、この後どうしますか?魔道具の資料を作るなら、俺は外しますけど」
「あ、その資料作りでちょっと気になってることがあって……」
私は転移してくるときにサーラ神から翻訳機能をもらって、会話と文字を読むことはできている。だけど、文字を書くことはまだやっていなくて、書いた文章が翻訳されるのかどうかが気になっていたのだ。
それをヴォルフィさんに伝えると、確かめるのを手伝ってもらえることになった。
サロンのテーブルは低くて書き物に向かないので、なんの部屋かよくわからないけど書き物机がある部屋に移動する。紙もたくさん用意してもらった。
この世界のペンは羽ペンで、私は日本にいたときも含めて初めて使う。せめて万年筆ぐらい使ってみておけばよかった。万年筆と羽ペンはまた別物なんだろうけど、尖ったペン先の経験をしておけばよかったよ。
と思いつつ、インクにペン先を浸けて慎重に「冷蔵庫」と書く。
画数が多いので途中でインクに漬け直さないといけないのが、ボールペンやサインペンに慣れた私にはストレスだ。
ペンも提案するか。
魔道具=家電のつもりだったけど、インクに浸けなくていいペンがほしい。切実にほしい。
そんなことを考えつつどうにか「冷蔵庫」と書き終わり、横に椅子を持ってきて座っているヴォルフィさんを見ると、難しい顔をしていた。
「見たことがない文字です。それがサツキさんの世界で使われている文字ですか?」
あー、やっぱり私が書いた文字は翻訳されないのね。
どうやら私が情報を受け取るときに脳内かどこかで翻訳されるようで、アウトプットは日本語のままのようだ。
「そうです。正確には私がいた国で使われている文字ですけど。書くのはこっちの言葉を勉強しないと無理みたいです……」
困ったなぁ。
おいおい勉強はするとしても、今は魔道具の資料を急ぎで作らないといけない。
私に絵心があれば精巧な絵を描いて済ませられるかもしれないけど、絵だけで表現できるほど得意じゃない。
「じゃあサツキさんが言うとおりに俺が書いていきますよ」
ヴォルフィさんが当然のようにそう言ってペンを取るので、私は慌てた。
「ええっ!めちゃくちゃ大変ですよ!」
「でも、これは今すぐやらないといけないでしょう。それに、他の人にやらせるのも俺は嫌です」
ううっ、そんなこと言われたら私だって他の人とよりあなたとがいいですよ。
「代わりにじゃないですけど、またサツキさんの国の文字を教えてください。サツキさんのことをもっと知りたいし、俺たちしかわからないってなんかよくないですか?」
「……はい」
至近距離で見つめながらそんなことを言われて、ボーッとした私は流されるままに頷いていた。
でも、それは本当に嬉しかったんだ。元の世界に未練はないと言いつつも、置き去りにしてきたものに目を向けてくれて嬉しかったんだ。
座ってる位置を交代して、私が家電の説明をするのをヴォルフィさんが書き取っていく。書かれたものは読めるから、ちょっと違うなってところは直してもらう。
私が羽ペンに四苦八苦しながら家電の絵を描いて、そこにも説明文を書いてもらった。
ふたりで一緒になにかを作り上げていくっていうのは、とても楽しくて幸せな時間だった。
昼食を挟んでいくつか仕上げたところで、さすがにヴォルフィさんの手の負担が気になったのでそこまでにした。
冷蔵庫、ペン、洗濯機、シャワー、オーブン、コンロ、電話(通信機)が仕上げられた。
間に合えば時計、活版印刷、カメラも加えたい。
お茶を用意してもらって、ヴォルフィさんの手をマッサージしていると執事さんがヴォルフィさん宛の手紙を持ってきた。
不思議そうな顔で受け取り差出人を見て、さらに不思議そうな顔になる。
ペーパーナイフで開封して便箋を一瞥し、いよいよ困惑した表情になる。
手紙の内容を聞くのはあまりよくないのかもしれないけど、気になってしょうがなくてじーっと見ていると、私の視線に気づいて説明してくれた。
「昨日話していたシュナイツァー伯爵からです。『もし冒険者を辞めるなら俺のところに来い。悪いようにはしないから』だそうです」
そう言いながら差し出された手紙を見ると、要約ではなく本当にそのまま書いてあった。
貴族の手紙って時効の挨拶とか、もっと回りくどく長々と書くもんじゃないのか?
本当にこの伯爵は合理主義者のようだ。
「辞めるなら来いってどういうことなんでしょう?冒険者を続けたければ来いならわかるんですけど」
手紙を返しながらそう質問すると、ヴォルフィさんも首を傾げている。
「辞める手続きをシュナイツァー伯爵のところでしろってことですかね……?どこでもできるので領都のギルドで済ませてしまおうと思ってたんですが……」
「Aランクになるのに推薦してもらったって言ってたじゃないですか。推薦者のいるところでやる方がいいとか、そういうことでは?」
「そんな話、聞いたことがないですけど……」
ふたりで首をひねっていると、さっきの執事さんがまたやって来た。
「公証人がいらっしゃいました」
思わず顔を見合わせる。
いよいよ婚約するんだ。




